5-20 悪狼神様の草庵④
―――ガルネス神王国・西ガルネス神平原
悪狼神様の草庵の前
R4075年9月25日(風)14:00―――
リュシルと俺は何の成果も得られないまま、俺の神授スキル【フリーパス】で、大草原の小さな穴の前へと移動した。
お次は、神授スキル【転位召喚・極】召喚:対象:ハイジィー:座標→位置:目の前 発動≫
「えっ!? な、何こ、この膨大な悪気は…………。す、凄い……」
俺達の前に姿を現したハイジィーさんは、キョロキョロと周囲を見回し自然魔素の流れを確認しているようだ。
ん? 今、自然魔素じゃなくて悪気って……。
神眼を意識し周囲を見回す。
あぁ―――ホントだ。
≪「リュシル。こ……」
≪「妾しか居らぬのにレソンネとはどうかしたのか?」
≪「……この辺りに充満してる悪気なんですが、フォルヘルル島よりヤバいみたいです」
≪「メアと寸分違わぬ故、この上なく居心地が良いのぉー。ん? ヤバいのか?」
≪「疾病、疫病、汚染、呪い。コルトでは邪属性や闇属性に悪気が干渉し易いらしくて少量でも問題なんだそうです」
≪「ほう。すると皆でここに来たわ、悪狼神様が草庵、御神殿を移築する為か?」
≪「移築?」
≪「この悪気は悪狼神様が草庵、御神殿の賜物。故に早々に対処をと考えたのではないのか?」
≪「……ああぁぁ―――」
≪「先の町も上々であったがどうするのか?」
≪「さっきの町ってランドリートですよね」
≪「ここが別格過ぎる故、気にしておらなんだが少量でもヤバいのであろう。先の町も心地の良い悪気が戦いでおった…………気付いておらなんだか?」
≪「……悪気存在してたんですね。気付いてたなら、俺が質問した時に教えてくださいよ」
≪「すまなんだ。何か意図が……無かった訳か」
≪「え、えぇ。……さて、今後の動きが大きく変わってしまいました。ただ、次にやるべきことは予定通り」
「アシュランス国王王妃両陛下。ここは何処なのでしょうか?」
おっと、忘れてた訳じゃないですよ。
聞きたいことばかりだろうけどもう少しだけ我慢して貰おう。あ、でも、落ち着かせる為に、場所くらいは教えておくか。
「西ガルネス神平原です。西北西へ約五〇キロメートル進むとヴォールポートで、東へ約一〇〇キロメートル進むとランドリートです」
「転移魔術でひゃ一〇〇キロメメぉ~~~!? え? えぇ!? あ、えっと。……う、嘘…でも先程の結界が……で、でもありえない。MPが……しかも三人…………タイムラグはありましたがほぼ同時だった。あの短時間で回復するのはどう考えたって無理。そ、その前に一〇〇キロメートル分のMPがまず無理だから……」
凄いなこの人。こんなに喜怒哀楽が激しい感情表現豊かな独り言初めて見たよ。老子ナディアに近いかも。……放っておいた方が良いタイプってことだな。うん。
説明は落ち着いてからで良いかよね?
≪「フォルティーナ。今って、あっおい様の草庵ですか?」
≪「草庵? 何を言ってるね。例えここが大地に穴を掘っただけの粗末で見窄らしい神には相応しくない穴倉だとしてもだね。ここは」
≪「神様が休息する場所は漏れなく神聖域。漏れなく神殿って話ですよね。その話は何度か聞いてるんで今はいいです。それで、草庵にいるなら迎えに来て欲しいんですけどお願いできますか?」
≪「ロイク。君はいったい誰に言ってるね。あたしは神だね」
このタイミングでそれ来るかぁ~……。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
小さな穴の前で、独り言に全身全霊を注ぐ者。
フォルティーナの話を聞き流し続ける者。
俺の背中に男の夢と希望を押し付け抱きつく者。
≪フワッ
一〇ラフン程思い思いの時間を過ごした俺達の前に、フォルティーナが姿を現した。
「悪狼神の神殿は窮屈でしょうがなかったね。呼ばれてちょうど良かったかもしれないね。それであたしにいったい何の用事だね」
「何のって、俺の話聞いてましたよね?」
こいつ……。
「その話はもう良いね。最初に断っておくがだね。そもそもあたしはあそこに戻る気はないね。分かったかね」
「あそこって、あっおい様の草庵のことですか?」
「それ以外に何処があるね。良いかねロイク。君はもう少し人の話を真摯に受け止める必要があるね。まずはそこから始めるべきだとあたしは常々思って」
「草庵の件は分かりました。そうなると、俺達はこれからいったいどうしたらいいんですか? フォルティーナには代案があるんですよね?」
≪パチン
フォルティーナのフィンガースナップの音が響くと、あっおい様とユーコ様が俺達の前に姿を現した。
「あ?」
「は、それでだぞ。キューン キュ……外?」
あっおい様はコーヒーカップを口から離し一言だけ声を漏らし、ユーコ様は楽し気に笑うその声を止めフォルティーナを睨み付けている。
「二人を呼んだのはほかでもないあたしだね。言いたいことはしまっておくね、質問は無しで問題ないね。昔から良く聞く話に、コーヒーは冷めると確かに不味いかもしれない。だがしかしどうだろうだったらいっそのこと冷やしてしまえば良いじゃないか。そうすればただのアイスコーヒーじゃないか。つまり、ぬるくなる前に飲んでしまえばいいだけの話だね」
フォルティーナは十八番の残念な表情を浮かべいつもの調子で何も気にしていない。
「遊びの女神。お前の辞世は受け取ったぞ。前々から間の悪い間抜けだと……今すぐそこへなおれ、神界へ返品してやるぞ」
「まぁ~まぁ~屋外で飲むコーヒーも悪ないかいな? そう怒らんといて落ち着きまひょか」
「その通りだね。悪狼神は悪狐神と違って良い事言うね。場の空気が温まったところで始めるとするがだね。君達をここに呼んだのには訳があるね」
「無かったら本気で怒るぞ。キューン キューン」
「聞きまひょ」
「ふむ。さぁ~ロイク今がその時だね、好きな様に話すと良い……と、思ったがだね。その前にリュシルに聞きたいね」
「妾にか」
「当然だね。あたしが知るリュシルはお前しかいないね」
「おい。こっちの話はいったいどうなった。さっさと話さないと本気で怒るぞ」
「フォルティーナ様、雨降りますえ」
「ここは外、天下の往来だね。当然だね。……だがだねリュシルそれは今ではないね。メアからの流れ人を態々見に行ったかと思えば、その帰りは外で仲良しこよしでいったい何事だね。恥ずかしくないのかねロイク」
俺にも降る訳ね。
「妾は寒さに震えてしまわぬよう恥を忍んで仕方なく旦那様に抱き着いておる故、お構いなく、知らぬ存ぜぬで頼めるか」
「おい。怒るぞ」
「なんや爾後の民を見たかったんどすか?」
って、同時に話すのマジで止めて欲しいんですが……。
ありがとうございました。