5-16 ランドリート③ ~犯人~
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姫様は、力任せに剣を振り続けた。
背負いから繰り出された抜きは、ヨロヨロとよろけながらの振り下ろし。
剣尖を床に引き摺り繰り出された払いは、プルプルと震えながらのへの字の薙ぎ払い。
剣を杖の様に床に突き体重を乗せてから繰り出された体当たりは、握力を失った手が剣のグリップを手離しバランスを崩し前のめりになった体からの不発の突き。
「のぉー旦那様よ。あれは剣舞で諧謔を弄した新手の娯楽か?」
「剣舞って言うか、剣技……とも呼べないか。振り回されてるだけなんで、チャンバラかな?」
「あれがか?」
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「あれ、時空牢獄にしておいて、……良かったですよね?」
「大差あるのか? 少しばかりこそばゆくあるとは思うが…………ふぅ~む。男の指より強くはあるか」
えっと、どういう事だ?
「指?」
「桜の花びらが木より舞い降り優しく肌を撫でる。妾としてはその方が良い。期待しておる故共に出精するか?」
は?
「……」
リュシルと俺は、アイコンタクトで頷き合い、ウィスパーで囁き合い、姫様の様子を伺っていた。
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「広い部屋で顔を近付けコソコソする必要無かったですね」
「妾としては、これもまた偶の慇懃故こそばゆいが悦に入り心地良い。あの猫姫の諧謔を弄した剣舞に賛辞を呈しようと思うが、旦那様も一緒にどうか?」
「……それ送ったら確実に喧嘩になりますよ」
レソンネで済んだじゃん。いやいやスキンシップは大切じゃ。などと見つめ合い視線で会話を、もといレソンネに切り替え話をしていると、お姫様に進展があった。
「ハァーハァーハァ―ハァー。音も鳴らない。ハァー、衝撃も返って来ないなんてェーハァー。何なんですかこれはっ!」
「魔術、……魔力陣の痕跡は、なし。呪詛札? ……でも、それだと仕込んだ者も一緒にこの中に。…………姫様っ! 可能性として最も高いのは帝国です。帝国が新たな魔道具の開発に成功したのかもしれません」
「帝国ですか」
「はい」
付き人の女性の話を聞き、息急き切って声を荒げていたお姫様は冷静さを取り戻した様だ。
落ち着きを取り戻した姫様は、たぶん時空牢獄の見えない壁を見据えたのだろう仕事机の上に転がる男を睨み付け、騎士三人を見据え、床に倒れた剣を見据えた。
そして、徐に剣を拾うと。
「貴方達ですね。叔父上を今直ぐ解放しなさい。今でしたら裏切り者の貴方達一族郎党苦しまず穏やかに、安らかなる死が赦されるでしょう。さぁ、最後くらい騎士としての誇りを、ノルテールノーンとしての意地を見せなさい」
騎士三人に剣尖を向け、裏切り者と言い放った。
あらら、どうやら何も取り戻していなかったようだ。十二分に正気じゃない。
それにしても、さっきも気になったんだけどノルテールノーンって何だ?
「なっ、ち違います」
「そうです。我々ではありません」
「信じてください」
「でしたら、叔父上の縄を今直ぐ解きなさい」
否定する騎士三人の声で思考の渦から呼び戻された。
騒がしい仕事机の方へと意識を受けると、視線が俺達に集まり始めている気がした。
騎士Aと騎士Bの視線が痛い。
「何をやっているのです。早くおやりなさい」
「は……い……」
「ですが」
「無理なのです」
騎士Cの視線が加わった。
「何が無理なのです。貴方達は裏切ったとは言え叔父上の騎士だったのです。命令です。今すぐ帝国の魔道具を破壊しなさい。悔い改め英雄として死にたくはないのですかっ!」
悔い改めても、死。……そもそも彼等裏切って無いし。
付き人の女性の視線が加わった。
「ところで騎士様。応接用のソファーでお寛ぎになられている方々は、いったい……」
「貴女は黙っていなさい。この者達には騎士としての、しての…………あ」
俺達を見据える姫様。
騎士A、騎士B、騎士C、付き人の女性、お姫様。全員がこっちを見据えている。
「あの者達は、ですね……な、何と言いますか」
「はぁ~、叔父上にも困ったものですね。どうせあの媚びたリリスは新しい妾か何かなのでしょう」
「あっ……はぁー、いえ……えっと」
姫様は、騎士Cのしどろもどろな説明を遮り持論を展開し続ける。
「騎士としての誇りを見せなさいとは言いましたが、庇い立ては無用です。この様な形で忠義を見せられても」
「ち、違うのです。あー、あの者達は」
「貴女、あれは何人目でしたっけ?」
「このお屋敷で殿下に幸せを説かれた女性の数……ですか」
姫様に、騎士Cの言葉はもう届いていない。
なんか、付き人の女性ととんでもない内容の話をしてないか?
「今日の朝食の席で、記念すべき二〇〇人目だったと、お喜びになられたお館様が、料理長にシャンパンを」
「二〇〇人!? そ、そうですか」
「はい。間違いありません。ここに来て二〇〇人目の記念すべき夜だったと、優雅にシャンパンを楽しんでおられました」
姫様は、騎士Aが言い終える前に声を上げ、騎士Bは、騎士Aの言葉を肯定し補足を加えた。
俺達を捉えていたはずの視線は自然と外れていた。
微妙な沈黙が続く中、沈黙を破ったのは、
「媚びたリリスとはもしや妾の事か? 嘆かわしい。この町の猫はどうも躾がなっておらんようで宜しくないのぉ~。旦那様よ。そこのメス猫とあのエロ猫には躾が必要だとは思わぬか?」
予想通り、リュシルだった。
躾って、リュシルさんや。今度はいったい何をする気……ですか?
「……殺しちゃ駄目ですよ」
考えても分からない事を考えるのは無駄でしかない。メアのたぶんメアの事だし、リュシルに任せる事にした。
「ネコ? 王族である私達をネコ呼ばわりするとは、何と愚かなリリスでしょう」
リュシルに向けられた冷たい微笑みと可愛い殺気。
気にする程じゃないけど、殺気は殺気だ。
姫様へと体を向け真摯な姿勢で対峙する事にした。
騎士Aと一瞬だが目が合った。
「あ、あいつらです。我々が踏み込んだ時には、既にお館様は」
「お館様を簀巻きにしたのは、あいつらですっ!!!」
騎士Aと騎士Bが、俺達を指さし、身の潔白を主張し始めた。
実際、彼等は潔白であり無実だ。
「嘘を仰い。叔父上は王族。キャスパリーグがリリスに負けるはずがありません。闇の時間のシーツの波に揺られ快楽を貪るだけしかできない種族に、いったいどうやったら負けると言うのですか?」
だが、姫様は、彼等の主張を一蹴した。
あららぁ~。信じて貰えない。って、辛いですよねぇ~。
「姫様。殿下は無類の女好きで〇△□×▽◇◎■▽▽※▲□です。もしかしたら」
「だとしてもです。あのリリスの色香に惑わされたところで何だと言うのですか。先程の音は生易しい物ではありませんでした。光の時間のリリスなどユマンの女と変わりません。間違いありません。犯人はこの裏切り者達です」
「違う。違います。我々ではありません。本当です。信じてください。やったのはあいつらです」
何度も何度も俺達を指さす騎士A。
「第一皇女殿下。信じてください。私は無実です」
跪き臣下の礼をとり無実を訴え続ける騎士B。
二人とも必死だなぁ~。って、まぁ~分からなくもない。何せ実際俺達のせいだし。
「話は終わったのか? どうやらそこのメス猫もあのエロ猫同様何やら勘違いしておる。故に、夜の女王トゥーシェ改めこのリュシルが特別に躾ける事にした。旦那様との約束じゃ、殺さぬ故感謝するが良い。嬉しいか?」
空気を読めない、読まないリュシルは、優しく語り掛けた。
あれ、何かリュシルの雰囲気がいつもと。
「まぁ~なんて事でしょう。夜の女王だなんてリリスらしい二つ名ですこと。張り合うつもりはありませんが、私の名を聞く権利を差し上げましょう。聞いて驚きなさい。貴女、私の名を」
あ―――、えっと……。これ以上怒らせない方が…………。
「畏まりました。ええい、頭が高い。下にぃー下にぃー。こちらにおわす御方をどなと心得る。恐れ多くも世界創造神創生教教王...... ......神王陛下が御息女...... ......そこのリリス、頭が高ぁ―――い。ひかえおろうぉー!!!」
ありがとうございました。