5-13 悪狼神様の草庵③
ガルネス神王国の神都ガルネス(ガルネス以外の国では王都として認識されている)の南約四七キロメートルの地点にある畜産農業が盛んな町ランドリート。
狼の神獣あっおい様の草庵は、畜産農業の町ランドリートから西へ約一〇〇キロメートルの地点にある。
≪パチン
フォルティーナのフィンガースナップの音が臨時の会議検証対策室に響く。
俺達は、あっおい様の草庵の前へと移動した。
―――ガルネス神王国・西ガルネス神平原
悪狼神様の草庵の前
R4075年9月25日(風)11:00―――
どんよりと低い雲が垂れ込め、大草原には闇の自然魔素が溢れている。
「もうじき冬どすさかい。暫くはこないな感じが続きますえ」
「冬? ですか?」
三六〇度、見渡す限りの大草原。二つの陽の光は黒く厚い雲に遮られ辺りはまるで闇が支配する時間の様だ。にも関わらず、神眼を意識することなく視界に広がる鮮明な景色。MRアイズは、今日も絶好調だ。
大草原の小さな穴を背にランドリートの町があるらしい東の方角を眺めつつ、あっおい様とサンドラさんの会話に聞き耳を立てていると、晩夏とはいえ季節はまだ火焔の夏真っ盛りだというのに、あっおい様がおかしな事を口にした。
秋もまだなのに冬?
「そうどすえ。こんねきは早いと一〇月中旬頃には雪降り始めるさかい」
「休息月に雪がですか?」
「人間の娘はん。そないに驚く事ちゃいます。ここは北の大陸どすえ。粉雪舞降る大樹月、泥濘花芽吹く息吹月。こんぬきは四月上旬頃まで雪の季節見渡す限りの雪景色大雪原どす」
へぇ~、この辺りには秋が無くて夏の後は冬なんだ。
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「いつまでカルーダカーテンの話をしているのかしら。メアの悪魔種族の話はもう終わったのかしら?」
「そうだぞぉー。私の友神の庵に遊びに来たのは遊びが目的じゃないんだぞ。ランドリートにコルトの人間は一人もいなくて、いるのはメアの人間だ。家畜の話から見に行こうと言い出したのはフォルティーナお前だぞっ!!」
「何を言ってるね。あたしは知ってたね。確認する必要があると言い出したのはロイクだね。あたしじゃないね。あたしもマルアスピーもアルもマリレナも邪神竜もミューもバジリアも、パフもアリスもテレーズもサラもバルサもカトリーヌもメリアもエルもサンドラも、エリウスもマクドナルドもバルタザールもオスカーも、ロイクとトゥーシェとリュシルに付いて来ただけだね。あとバイルはおまけだね」
「おいっ、ちょ、ちょっと待てよ。おまけって何だよ。おまけって。俺は……あ……えっと……ま、いいや」
確認しに行くから一緒に来てくれ。って、頼んだ覚えはないんだが。あっおい様とユーコ様とリュシルと俺の四人で……ぶっちゃけ俺一人でも問題ないと思う。
父バイルへと視線を動かす。
面白そうだからってついて来ただけだろう。親父は……。
「叔母様じゃなかったサンドラ叔……様。一〇〇キロメートル先のランドリートよりも、北にあるノーバースリートやヴォールポートの方が近いと思うのですが」
「MRアイズの地図を見る限りランドリートの半分五〇キロメートル程離れた地点にあるようですからね」
「ですよね……」
「サラ? 気付いた事があるのなら」
「いえ、気付いたと言うか、私なら近い方に調達しに行くとー……」
「キューン、キューン。ウワッハッハッハッハァ―――。一ラフン♪二ラフン♪三ラフン♪一軒隣か二軒隣か♪そんなに変わらないなら美味しい方が良いに決まってるぞ」
「その通りどす。肉は新鮮で美味しおして安全な物ちゃうとあかんどす」
「おんや。正にその通りですぞぉ~。食材とは、安心安全は勿論の事、心身ともに健康かつ活力漲る暮らしをサポートする為、日夜進歩しているのですぞぉ~。はい」
あっ、居たんだ。
「それでよっ。メアって国にはいつ行くんだぁ?」
……親父の事は無視で良いだろう。
「バイル様。メア下界ではなくランドリートの町です」
「おっ、パフパフわりぃーなぁー。そうだったそうだった!で、メアのランドリートにはいつ行くんだぁー?」
「タブレットで上空から確認した感じだと、どこにでもありそうなユマンの集落だったし。検索してもメア下界の存在は該当無しだった。タブレットがおかしくなったとは思えないし、だからってユーコ様やあっおい様が見間違うとも思えないし」
「ロイク、大丈夫かね。だから見に来たね。人間常に初心にかえって真っ新なキャンバスに情熱を叩き込むね。それだけに恋とは甘酸っぱくて切ないね」
……こいつも無視だ。
「陛下」
「サンドラさん。今は私用です」
「……こんな大所帯で押し掛けては先方も」
「今日は祭りだなっ!こりゃー楽しくなりそうだぁー。なっ、なっ、なっロイクっ!!」
「バイル殿。そうではなくてですね。畜産が盛んな町に商人でもない私達が突然集団で押し掛けるのです」
「目立ってしょうがねぇや、こりゃ参ったねぇーちくしょっ!」
「いや、そうではなくてですね。バイル殿。私の話を」
「風呂入ってくりゃ良かったぜぇー、ソープの達人つったらまず俺じゃん。かぁーミスっちまったぜぇ―――」
「私の話を聞いてください」
「何だぁー。ソープの達人とは世を忍ぶ仮の姿だが真実はいつもぉー、一つ!愛の伝道師とは俺の事だが俺に何か聞きたい事があるならぁー、言ってみな!聞くだけで良いなら弓より朝飯前ってなっ!」
関係ない。関係ない。俺はこの人とは関係ない。
視線を東の方角に固定したまま、
「リュシルと俺で様子を見て来ます」
「妾と旦那様だけでか?」
「おい待つのじゃ。悪魔種族がいるかもしれないのに私を置いて行くとは良い度胸なのじゃぁ~」
「そうだっそうだっ!祭りに俺を連れてかねぇーっておめぇー親を捨てる気かぁっ!」
「初めて北の大陸に来たのだから平野と穴以外にも見てみたいのだけれど」
「僕は、陸続きだった砂漠を見に行きたいぞ。ゼルフォーラ砂漠と何が違うのか気になって気になって」
「ミュー。砂漠も良いのだけれど、せっかく北の大陸に来たのだからまずは水煙の聖地」
「何を言ってるね。ここはフィンベーラ大陸。北の大陸だね。北の大陸と言ったら魚介類と穀物酒だね。とりあえず一杯のつもりで飲むのが礼儀だね。これだから最近の存在は ブツクサブツクサブツクサブツクサ」
「主殿。このエリウス。バルタザール殿の様に剣にはなれません。ですが、主殿とマルアスピー様の盾として何処までお供したく存じます」
「了解。マルアスピーの盾宜しく。皆も、あっおい様の草庵で、あっ……」
穴。
大草原の小さな穴を見つめる。
「ええどすえ。この人数やと少しばかり狭いかもしれまへんが問題あらへんどす」
小さな穴にしか見えないが、どうやら問題ないらしい。
ありがとうございました。