1-19.2 暴走する欲望と、女達の本音と建前②
作成2018年3月19日
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【タイトル】 このKissは、嵐の予感。
【第1章】(仮)このKissは、真実の中。
1-19.2 暴走する欲望と、女達の本音と建前②
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――― ロイ貴族領軍私兵隊本部
――― 6月3日 10:20
≪トントン トン トントントン トン
「何だ?」
「エーギンハルト・ヘンデル士爵様」
「馬鹿者。大きな声で呼ぶでない」
「申し訳ありません」
「まぁいい・・・入りなさい」
「はっ!」
≪ガチャ
「それで、何用だ?」
「はっ!侯爵邸より連絡鳩が、エーギンハルト・ヘンデル士爵様宛の手紙を運んで参りました」
「侯爵邸からだと、さっさと渡さんか」
「こちらです」
エーギンハルト・ヘンデル士爵は、私兵隊の兵士から手紙を受け取ると、直ぐ様手紙を開き読み始めた。
・
・
・
「黒め侯爵邸の連絡鳩を使いおって、紛らわしい奴だ!」
「手紙には何と?」
「アルヴァ様からの御命令だ」
「黒から、領主様の御命令が届いたのですか?」
「そうだ。私の総合案内所で、所長である私に恥をかかせてくれた辺境集落の士爵とパマリ家の令嬢を、どの様な手を使っても構わん生きたまま捕え、アルヴァ様へ引き渡すと良いらしい。成功した際には、我々に爵位を与えてくれるそうだ」
「捕らえろと言われても、相手は勅令により王都へ向かっている途中の英雄と、パマリ侯爵家の者です。貴族領軍私兵隊には手が出せる相手ではありません」
「まさか、本物の息子で、しかも英雄だったとはな。・・・・・・しかも、連れに侯爵家の一族で、中央騎士団団長の令嬢が同行している。さっさと王都へ出立してくれと思っておったが、こうなると出立される前に何とかしなくては・・・」
「秘密裏に拘束するにも、隊長達に知られず兵士を動かすのは難しいです」
「どうするべきか」
・
・
・
≪トントン トン トントントン トン
「何だ?」
「卿。坑道の黒から、傀儡が卿を拘束させた英雄の真意を確かめる為、接触の行動に出た。と、連絡が入りました」
「あの馬鹿娘達と、辺境の英雄が繋がるのはまずいな・・・傀儡は英雄にどう接触した?」
「英雄達は、早朝商人商家協会に入ったそうです。これは、騎士団事務所の黒からの報告で間違いありません。その後、協会長のロメイン・バトンが出勤。暫くして、商家の馬車に扮した傀儡の馬車が到着。その馬車の御者も黒との事です」
「ふむ。手紙や口頭でのやりとりはまだという事か・・・。英雄は、ロメインと何をやっている?」
「荷物を持ち歩いていない事から取引ではなく、何らかの打ち合わせの可能性があるとだけ報告が来ております」
「あの男は、侯爵夫人に会わせろと煩い奴だった。何か嗅ぎ付けて、英雄に近付いたか・・・?」
・
・
・
エーギンハルト・ヘンデル士爵と私兵隊の男と、廊下からドア越しに話す男。3人の奇妙な密談は続いた。
「私が今の状況に置かれてしまっては、傀儡達は邪魔でしかないか・・・・・・・・・・・・。騎士団事務所と傀儡の黒は、商人商家協会だったな」
「はい」
「鳩は使えんな!・・・黒に誰かを走らせ、目一杯時間を掛け街中を走ってから飼育小屋へ移動し、どんな手を使っても良いから、英雄達を飼育小屋の中へ誘導する様に指示しなさい」
「卿からの指示だと伝えて宜しいでしょうか?」
「英雄の身柄を求めているのは、アルヴァ様です。事が成就した際には、爵位を与えると手紙に書いてあった。黒に急いで指示しなさい」
「はい」
「エーギンハルト・ヘンデル士爵様。生きて捕らえるのでは?いくら英雄でも傀儡達のあれ達には・・・」
「誰が戦わせると言った」
「違うのですか?」
「当たり前だ。街中であんなのが暴れてみろ、冒険者探検家協会も貴族領軍私兵隊も信用を無くしてしまうわ」
「では、どうされるおつもりですか?」
「騎士団事務所に手伝って貰うとしよう」
「騎士団事務所にですか?」
「そうだ。騎士団の馬車を、貴族領軍私兵隊は取り締まる事が出来ないだろう」
「はい」
「飴は飴屋。騎士団には騎士団だ」
「あれに関しては、治安維持の優先権はこちら側にあるのだ。貴族領軍私兵隊本部の兵士で確保しておけば、何とでもなるだろう」
「なるほど・・・ですが、騎士団や王国軍にも、貴族階級の者の身柄を一方的に拘束する権利は、無いはずですが」
「そこで、あれが役に立つ訳だ。手紙を2通準備しなさい。1通は騎士団事務所憲兵隊に傀儡から来た連絡鳩を使って運ばせると良い。1通は貴族領軍私兵隊本部に誰にも見られない様に投書すると良い」
「はっ!」
「手紙の内容は、騎士団事務所憲兵隊には、ルシア・ブオミル前侯爵第二夫人の名で、あれの魔獣使いと騎士団の馬車に乗車している者達の不正取引と飼育の実態。ロイの治安を乱そうとしている可能性が高いと書けば良いだろう。騎士団関係者として憲兵隊も放置は出来ないはずだ。ここには、あれが街中に居る。確かめて欲しい。そうだな・・・鳴き声が聞こえたとか適当な理由で良いとして、それなりの者の名が必要だ。奴隷商地区に飼育小屋を設けたのは失敗だったか・・・低俗な輩しかおらん」
「鉱山の責任者マルセル・ケルナーの名でも宜しいのではないでしょうか?鉱山に住み付いている様な男ですから、仮にばれてもずっと先になると思います」
「そうだな。ここには、鉱山管理事務所の所長の名で良いか。私は、動けん。任せたぞ」
「はっ!」
・
・
・
――― ロイの侯爵邸 朝食の間
――― 6月3日 10:40
ブオミル侯爵領ロイの侯爵邸の朝食の間では、執事家令のヨン・ライアン家臣女の男爵と、男性の魔術師1人と、女の魔術師2人。4人は頭を抱え対策を検討していた。
・
・
・
「思考は『呪いは何処だ』だけを巡らせる。良いな」
「ヨン様。分かりました」
魔術師3人は頷きながら答える。
「アルヴァ様の元へ戻り、怪しまれない程度に会話を交わした後、風魔術の結界の調子がおかしいと、朝食の間に戻るふりをして抜けてください」
「俺だけその場を離れて様子を見る訳ですね」
「はい」
「その後、何食わぬ顔で合流し、また様子を見る訳ですね」
「そうです。それでは皆さん行きましょう」
4人は、ブオミル侯爵領ロイの侯爵邸の朝食の間を後にした。
――― 侯爵邸 趣味部屋
――― 6月3日 10:56
≪コンコン
「アルヴァ様。執事家令ヨンと魔術師3名が戻りました」
「うん。召使入れて良いぞ」
「かしこまりました」
≪ガチャ
「ヨン。何か分かったか?」
「朝食の間にも呪いの形跡は無いそうです。念の為、この部屋と朝食とアルヴァ様の寝室には、風属性の感知魔術を施しておきました」
「そうか」
「医務局長の処方薬はお飲みになられましたか?」
「いや、僕は病人ではない。日頃の激務に疲れているだけだろうから、薬等いらん」
「今は、何も聞こえませんか?」
「あぁ~」
「4人で考え得る可能性を検討しました」
「可能性か」
「はい。昨日から今朝にかけて、私がアルヴァ様のお傍を長時間離れていたのは3回だけです」
「何が言いたい」
「アルヴァ様のこの不可思議な現象は、その何れかの時に原因があるのではないかと、あくまでも1つの可能性です」
「昨日は、昼食の後、商業地区の視察に出かけ、屋敷に戻ってからは夕食まで、趣味部屋に居た。その後は夕食を済ませ、寝室で休むまで趣味部屋で過ごした。今朝は寝室で起床し、身支度を整え朝食の間に移動した」
「そうですか・・・まずは、昨日6月2日昼食後に出かけられた商業地区ですが、どちらを視察され、何方とお会いになられましたか?」
「・・・色々だぁっ!」
「色々ですか・・・」
「そうだ!・・・次だ、次は何だぁっ!」
「侯爵邸に戻られてから、夕食までの間はこの部屋にいらっしゃられたとの事ですが、侯爵邸に戻られてから、夕食までの間に、何方とお会いになられましたか?」
「・・・色々だぁっ!」
「色々ですか・・・」
「あぁ~。僕は忙しいからなぁっ!」
「左様ですね・・・」
「次だ、次」
「昨日の夕食の後、今朝の朝食の間までの間に、何方とお会いになられましたか?」
「召使のオードリーと、僕の愛人達だけだ」
「そうなりますと、昨日の夜から今日の朝にかけての時間は、除外して良さそうです」
「何か分かったら直ぐに知らせろ」
「かしこまりました」
「アルヴァ様。ヨン様。俺は、朝食の間をもう1度確認して来ます。直ぐ戻ります」
「わかりました」
「おい、お前」
「は、はい。アルヴァ様」
「これが解決した暁には、お前を出世させてやる。名を名乗れ」
「は、はい。ブオミル領ロイ侯爵邸警備隊魔術師部隊の6と申します」
「ロク?変わった名前だな」
「アルヴァ様。侯爵邸警備隊は孤児達を、ブオミル侯爵家が教会や領土内から引き取り育て、その中から攻撃力や魔力量の優れた者達を、警備隊の隊員として抜擢しております。彼等に名前はありません」
「ほう。そっちの女2人の名は?」
「私は、ブオミル領ロイ侯爵邸警備隊魔術師部隊の加持祈祷班の661と申します」
「私は、ブオミル領ロイ侯爵邸警備隊魔術師部隊、闇属性使いの2438と申します」
「変な名ばかりでは無いか。僕がお前達に名を付けてやる」
「は、はい・・・ありがとうございます」
魔術師3人は、嬉しかった。アルヴァ・ブオミル侯爵に対し、心から感謝の言葉を口にしていた。
「そうだなぁ~・・・ロク。お前は、少しだけ触って、ロックだ。岩山や岩石の意味では無く、弾ける意味でロックだ」
「風魔術の俺には良い名です。アルヴァ侯爵様。ありがとうございます。生涯忠誠を誓います」
「お前は、ルイだ」
加持祈祷班の661と名乗った女の名はルイに決まった。
「あ、ありがとうございます。・・・このご恩は、生涯忘れません・・・」
ロク改め、ロックと名付けられた男の魔術師の様に、嬉しそうに見えないのは、この世界でルイという名が男に付けられるものだからだ。
「そして、お前は、闇魔術を使うから、ピメユスだ」
「ピメユス?」
「そうだ。神話の時代の言葉で、闇はピメユスと呼ばれていたそうだ。少し前に知り合った女から聞いた」
「ありがとうございます。神話の時代の闇が名前とは勿体ない位です。大切に致します」
「それでは、アルヴァ様。ヨン様。このロック、朝食の間を確認して参ります」
「・・・頼みました」
風魔術の魔術師ロックは、疾風の如き軽快な足取りで、アルヴァ・ブオミル侯爵の趣味部屋を後にした。
『あのはしゃぎ様は何だ?ロクがロックになっただけで』
「ヨン。浮かれさせておけ」
「え?」
『まさか?』
「男の手駒が1つ増えた・・・まさかとは何だ!僕の人徳を目の前で見ていたでは無いか!」
「は、はい。まさかでは無く、まさにと言葉を誤りました。まさにアルヴァ様の人徳が有ればこそです」
「そうだ。僕のな!ワッハッハッハッハ」
執事家令のヨン・ライアン。魔法陣や魔導具に詳しい加持祈祷班の661。闇魔術使いのピメユス。3人は、確信した。アルヴァ・ブオミル侯爵に起こっている奇妙な現象は、男が近くに居ると起こらないのだと。余談だが661は生涯ルイを名乗る事はなかった。
『呪いは何処だ?呪いは何処だ?』
『呪いは何処だ?』
『呪いは何処だ?呪いは?呪いは?』
「ヨン何だ?な、・・・何なんだ?」
「どうされました?」
『呪いは?』
「私達は何も喋っておりません」
『呪いは何処だ?』
「あぁ~・・・だが、確かに今も、呪いは何処だと聞こえている」
『呪いは何処だ?』
「呪いですか?」
『呪いは何処だ?呪いは何処だ?』
「煩いぞ・・・頭の中で同じ言葉を何度も連呼するなぁ~!」
≪コンコン
「アルヴァ様。警備隊の魔術師が戻られました」
『呪いは何処だ?』
「あぁ~・・・何でも良い、勝手に入れろ」
『馬鹿はここだ!』
「かしこまりました」
『呪いは何処だ?』
『呪いはここだ!呪いは何処だ?呪いは何処だ?』
≪ガチャ
「アルヴァ様。ヨン様。向こうは異常ありませんでした」
・
・
・
「うん?止んだ・・・?」
・
・
・
「アルヴァ様。頭の中に聞こえる声の、現時点での対処法ですが」
「何か分かったのか?」
「あくまでも現時点での対処法に過ぎませんが、アルヴァ様のお傍で、風魔術師ロックが風魔術の力を発動し続け、この状況からお守りする事です」
「それなら、僕の近くで魔術を使い続けろ。ロック良いなぁっ!」
「は、はい」
「回復薬は幾らでも使ってかまわない。ヨン。回復薬・MPを手配しろ」
「かしこまりました」
「ロック。お前が僕の傍に居れば、普段と変わらない訳だな?」
「アルヴァ様。あくまでも原因が判明し解決するまでの、当座凌ぎでしかありません」
「ヨン。僕は馬鹿じゃない。それ位分かっている!」
「左様ですね・・・」
「僕の貴重な時間を無駄にした。迎賓の間に移動するぞ」
「かしこまりました」
「ヨン。ロックに僕の私生活区域への出入りを許可する」
「アルヴァ様と彼女達の時間の際は、どうされますか?」
「簡単な事だ。僕の傍で後ろを向いて目を閉じていれば良いだけだろう。行くぞ」
「はぁっ!アルヴァ様」
「かしこまりました」
・
・
・
――― ブオミル侯爵邸 迎賓の間
――― 6月3日 11:33
ブオミル侯爵邸の迎賓の間には、アルヴァ・ブオミル侯爵と、執事家令のヨン・ライアンと、風魔術使いのロックと、彼女達ことアルヴァ・ブオミル侯爵の愛人達6人と他数人が居た。
「侯爵様ぁ~昨日の夜も今朝もぉ~いつもより凄かったわぁ~」
「そうだろうそうだろう」
「侯爵様ぁ~」
アルヴァ・ブオミル侯爵は、朝食の後はここ迎賓の間で、日課の様に愛人達と愛の追求に時間を費やしていた。
「ヨン様。これはいったい何ですか?」
「見たままの通りです」
「アルヴァ侯爵様は噂通りの事を・・・」
「そうです。迂闊な事を口にすると簡単に処刑されます。気を付けてくださいよ」
「気を付けます」
≪ザッザッ
1人の兵士が、迎賓の間の扉の無い正面入り口の前に駆け足でやって来た。
「御報告致します」
正面入り口の横に待機する文官が、駆け足でやって来た兵士に確認する。
「アルヴァ様に緊急の報告ですか?」
「いえ」
「それでは、入って直ぐの机。向かって左側の担当者に報告しなさい」
「はっ!」
≪ザッザッザ
兵士は、迎賓の間の向かって左側、入口に近い机まで駆け足で移動する。
「アルヴァ様は御忙しい故、緊急の報告以外は、私が担当しています。こちらで間違いありませんか?」
「あっちらの机の担当とこっちらの担当は違うのですか?」
「はい、右は政治経済治安司法に関係する事案担当です。こちらは右以外のブオミル侯爵家に関わる事案担当です」
「それでしたら、報告致します」
「報告書をここで作成しますか?報告書を持参していいますか?」
「持参しています」
「それでは、提出してください」
「はい。処分方法でありますが、特殊な指示をいただいておりますので、処分開始の指示をいただきますまで、ここに待機致します。確認をお願いします」
「分かりました。これは、アルヴァ様直の御命令ですね。至急執事家令のヨン・ライアン女の男爵様に確認して参ります」
「はっ!」
担当官は、執事家令のヨン・ライアンの元へ移動する。
「ヨン・ライアン女の男爵様」
「どうしました」
「報告書が届いております」
「こちらに」
「はい」
「どういう事だ?」
「如何なされました?」
「あ、いや・・・報告書を持って来た兵士は何処だ?」
「あちらに控えております」
「直接話そう」
「は、はい」
「魔術師ロック。私は少しここを離れます。アルヴァ様を頼みます」
「はい」
――― ブオミル侯爵邸 目立たない通路
――― 6月3日 12:00
執事家令のヨン・ライアンは、報告書を届けに来た兵士を、迎賓の間から少し離れた通路まで連れ出し確認する。
「昨日のアルヴァ様の御命令は、料理人アランをブオミル侯爵領から追放だったはずだが?」
「隊長から預かりました報告書の通りです。御命令通り処理致しました」
「・・・そうか・・・」
「また報告の際に、料理名の御指定御指示を承って来るようにと、隊長より申し付けられました。魔獣の餌ですが、料理人に相応しく料理しろとの御命令です。御指示をお願い致します」
「変に料理しては、魔獣も食べないだろう・・・東モルングレー山脈の登山ルートから20・30m程茂みの中にでも捨てて来い」
「かしこまりました」
「それで」
「はっ!」
「料理人をいつ捕らえたのですか?」
「陽が昇る少し前です」
「そうですか。アルヴァ様には私から報告しておきましょう。任務ご苦労様です」
「はっ!」
・
・
・
執事家令のヨン・ライアンは、アルヴァ・ブオミル侯爵が自分を信じてはおらず、他の者を使い後から改めて命令を出していた事実に唖然としていた。
――― ブオミル侯爵邸 迎賓の間
――― 6月3日 12:20
「アルヴァ様。侯爵邸の警備部より報告がありました」
「そうか。僕は両手が塞がっている。短くまとめて話せ」
「かしこまりました。先日の料理人の料理が完成しました」
「はて、僕は何か料理を作る様に、指示していたか?」
「・・・はい」
「侯爵様ぁ~・・・私を料理してくださいよぉ~」
「私もぉ~」
「そうかそうかぁ~・・・まずは服を脱がせないとなぁ~ハッハッハッハ」
「イヤー侯爵様のケダモノォ~」
「ワッハッハッハ・・・そうだ、忘れるところだった。ヨン」
「はい。アルヴァ様」
「33歳で老け込むのは早いぞ、女を磨け」
「と、言いますと?」
「ヨン。召使長のポップ様に対して僕が出してやった命令を、料理人に出した命令と間違えたていた様だぞ」
「・・・・・・確か・・・魔獣に、料理を出す様に・・・」
「お前こそ疲れているのではないか?昨日、シャレット士爵家のロイクという英雄から貰った薬が良く効くぞ。また会う事になるだろうから。その時はお前の分もあるか聞いてやる」
「あ、ありがとうございます・・・・・・薬?・・・アルヴァ様。昨日その士爵家から薬を貰い飲んだのですか?」
「あぁ~。おかげで彼女達は大満足だぁっ!そうだろう、お前達?ハッハッハッハ」
「侯爵様ぁ~」
「とってもぉ~」
「どの様な効能のある薬をお飲みになられたのですか?」
「あぁ~・・・男の為の薬だったなあれは!なぁ~お前達」
「はぃ~侯爵様ぁ~」
「アルヴァ様」
「何だヨン。だから男の為の薬だと言っただろう。諦めろ」
「いえ、そうではありません。・・・その、士爵家の者を英雄と先程仰いましたが、その者は何者なのでしょうか?」
「昨日、偶然会っただけで良く知らん。アリスというなかなか良い女を連れていたので、ここに連れて来るように命令はしてある。気になるなら、後で話すと良い」
「ここに呼んだのですか?」
「あぁ~そうだ」
「士爵家の者で英雄と称される程の方が、このロイに滞在しておられるのですよね?」
「だから、そうだと言っているだろう。同じ事を何度も聞くな、朝のあの悪夢を思い出す。さっきも言ったが33歳はまだ老け込むには早いぞぉ~なぁ~お前達!」
「えぇ~侯爵様ぁ~」
「・・・それで、アルヴァ様は、贈物を献上した士爵家の英雄に対して、ブオミル侯爵家として路銀の他に何か贈られました?」
「僕がか?」
「英雄は国賓です。当主自ら迎い入れ持て成す際は、慣例として路銀と食料等を提供する事になっております」
「英雄は美味しい仕事の様だな」
「英雄は、JOBではありません。討伐対象として指定されている魔獣や、討伐令が出されている魔獣を、沢山の目撃者や証言者の前で1人で討伐した者や、記録カードに履歴が残っている者、討伐の際に多くの人命を救った者に贈られる呼称です。王国中央議会や王国軍中央指令や国王陛下より発表される公の文章の後は、ゼルフォーラ王国だけではなく世界中の者から英雄と称される事になり、歴史にその名を刻む者の事なのです」
「ほうぉ~。あとで会う事になるだろうし、会った時に渡せば良いのだろう。任せた」
「かしこまりました。それで、士爵家の英雄を招待したのは、昼食にでしょうか?それとも、午後のおやつにでしょうか?」
「あぁ~昼食頃だったと思う」
「かしこまりました。それでは、ブオミル侯爵家として恥ずかしくない昼食会を、士爵家の英雄には楽しんでいただきましょう」
「あぁ~任せたぞ」
「料理人や召使達と打ち合わせの必要がありますので、厨房に行って参ります」
「あぁ~頼んだぞ・・・」
執事家令のヨン・ライアンは、迎賓の間を後にした。
・
・
・
――― ロイの騎士団事務所
――― 6月3日 13:30
「ルシア・ブオミル前侯爵第二夫人様より提供していただきました情報通り、危険物が入った巨大な箱8個と男3人女3人の身柄を拘束したと、連絡鳩で報告が届きました」
「ロイ駐屯騎士団はドラゴン討伐によって壊滅的な状態にある。それ故、少しでも評価を上げる必要がある。今回の件は、夫人へ直接お礼を伝えなくてはな。報告会議が終わったら監察官様に伝えなくてはな」
「はぁっ!」
「憲兵隊が戻り次第、東門広場、南門広場、北門広場の駐屯所に張り出す。張り出す内容をまとめ、各駐屯所に連絡鳩でまわせ」
「はぁっ!」
・
・
・
≪クルック クルック
「良し、良い子だ!目の前の侯爵邸までこれを頼むぞ。行け」
≪バサバサバサバサ
――― 侯爵邸 鳩小屋
――― 6月3日 13:40
1人の男が、連絡鳩から手紙を外し、内容を確認している。
「騎士団に拘束させるとは、エーギンハルトも智恵を使ったな・・・さて、アルヴァ侯爵様へ報告に行くとするか」
・
・
・
――― ブオミル侯爵邸 迎賓の間
――― 6月3日 13:50
≪トントン
「アルヴァ様」
「うん?何だ!」
「御報告致します」
「お前は?」
「黒の1人でございます」
「あいつはどうした?」
「侯爵邸の地下です」
「そうか・・・あいつは変わった奴だからな!・・・それで、報告の内容は?」
「はっ!騎士団事務所の黒より連絡がありました......
......ロイ駐屯騎士団の憲兵隊が身柄を拘束したそうです」
「そうか、拘束したか・・・アリスの他に美少女が2人いたそうだな!」
・
・
・
――― ロイ貴族領軍私兵隊本部
――― 6月3日 13:30
「鉱山管理事務所の所長マルセル・ケルナーからの通報は間違いだったと、出荷広場の貴族領軍私兵隊派出所の連絡鳩で報告が届きました」
「そうか。ロイの街の中から魔獣の鳴き声が聞こえるとあったが、坑道内で聞いて勘違いしたのだろう。相変わらず人騒がせな奴だ」
「そ、そうですね。本部長」
「本部の捜査治安部隊が戻ったら、今日はあがって良いと伝えておけ。私は執務室で面倒な始末書を仕上げるとするよ。ハハハ」
「本部長。お疲れ様です」
「終わったら、美味しい茶でも一杯貰えるかな」
「二杯でも三杯でもお出しします」
「ありがとう。さて、頑張るとするか」
・
・
・
――― ロイ貴族領軍私兵隊本部 5階
――― 6月3日 13:40
≪トントン トン トントントン トン
「何だ?」
「エーギンハルト・ヘンデル士爵様」
「入りなさい」
「はい」
≪ガチャ
「失敗しました」
「失敗しただと?」
「はい」
「騎士団の憲兵隊も、貴族領軍私兵隊も、奴隷商地区に行ったのだろう?何を失敗したのだ」
「全てです」
「どういう事だ?」
「ですから、魔獣の押収も、英雄達の拘束も失敗したそうです」
「英雄に逃げられる可能性は最初から高かったからな。それは仕方ないとしても、魔獣の押収を失敗したとはどういう事だ。騎士団に先を越された訳ではあるまいな?」
「・・・それが、魔獣は居なかったそうです」
「いない?何を言っておるか」
「それが、騎士団憲兵隊と貴族領軍私兵隊と多数の人間達の前で、確認したそうですが魔獣は居なかったと報告が届きました」
「ど、どういう事だ???・・・傀儡達が、私が拘束されたと聞き慌てて隠したか・・・だが、あの大きな魔獣を昨日の今日で8匹も、誰にも気取られず移動出来る訳が無い・・・」
「エーギンハルト・ヘンデル士爵様。我々はこれからどう動くと良いでしょうか?」
「決まっておる。アルヴァ様からの御命令に従うまでだ」
「そうですが・・・」
「現場に向かった兵士達が戻ったら、その時の状況を詳しく確認しろ分かったな」
「はっ!・・・」
「どうした」
「貴族領軍私兵隊の隊長へ提出する始末書と、警備部に提出する始末書と、マルセル・ケルナーへの確認書と提出させる誓約書を自作自演する必要があるのでアホらしくて」
「ふん。兵士が戻ったら、詳細を確認し、改めて報告に来い分かったな」
「はっ!」
・
・
・
――― ロイの騎士団事務所 受付
――― 6月3日 15:30
「ただいま、戻りました」
「お疲れ様。あれ?第3師団の皆さん達は何方かな?」
「・・・」
「どうしたそわそわして、トイレなら先に行って来い」
「は、・・・ありがとうございます・・・」
・
・
・
御者はトイレに駆け込むと、慌てて紙とペンを取り出し、手紙を認めた。
トイレから御者が受付へ戻ると、騎士団憲兵隊の隊長がカウンターの奥から歩いて来た。
「憲兵隊の隊長殿。先程はお疲れ様でした」
「おぉ~戻ったか君も大変だったねぇ~。ロイク様方はどうしたのかな?一応、拘束されている事になっている訳だしねぇ~そう思うだろう?」
「わ、私は、馬車を停車場に戻して、まだ清掃が終わっていませんので、これで失礼します」
「お、そうか。ロイク様方に宜しくと」
「は、はい」
「御者。ちょっと待ちなさい。馬車を戻して清掃するのに、ロイク様方は居るのか?」
「あ、いえ・・・」
・
・
・
「冗談だよ。ロイク様は転位魔術が使えるそうじゃないか。駐屯騎士団の帰還組から聞いたんだが、本来は気分が悪くなる転位魔術がとてもスムーズで滑らかで、何事も無かったかの様に移動するらしいぞ」
「は、はい・・・」
「どうした、あぁいった現場は始めてで疲れたか?」
「はい」
「御者の立場で、騎士団に勤務する者が現場に出る事は無いからな。良い勉強になったと思うしかないな」
「そうします・・・」
「おっ!馬車の掃除だったな。頑張れよ」
「はい」
・
・
・
――― ロイの騎士団事務所 馬車停車場
――― 6月3日 15:50
「いた」
「黒、灰色は、黒と白。白、白は、白と白」
「どうした」
「この手紙を至急侯爵邸まで頼む」
「分かった。持ち場に戻れ」
・
・
・
「いやー天気が良い日の、馬車磨きは気持ちがいいなぁ~」
「まったくです」
「おぉっ!せいが出るね」
「見回り御苦労様です」
「あぁ~」
・
・
・
――― 侯爵邸 鳩小屋
――― 6月3日 16:00
1人の男が、連絡鳩から手紙を外し、内容を確認している。
「エーギンハルトめ浅智恵だったか・・・さて、アルヴァ侯爵様へ報告に行くとするか」
・
・
・
――― 侯爵邸 昼食の間
――― 6月3日 15時40分
「アルヴァ様。士爵家の英雄はまだ到着されないのでしょうか?」
「・・・その様だな」
「折角の料理が冷めてしまいます」
「ヨン。落ち着け」
「そ、そうですね」
「僕は、趣味部屋で休んでいる。もし、来たら呼んでくれ」
「かしこまりました・・・・・・もしですか?」
「あ、いや、もしかしたら何かで遅れているだけかもしれない、もし昼食に間に合わなかった時は・・・午後のおやつで頼む」
「かしこまりました」
「おい、ロック。お前だけ着いて来い」
「はい」
・
・
・
――― 侯爵邸 趣味部屋
――― 6月3日 16:10
≪トントン
「アルヴァ様。こちらだとお聞きしました。いらっしゃいますか?」
「うん?何だ!」
「拘束した者達の件です」
「屋敷に連れて来いと命令したはずだ」
「それは無理でしょう」
「何故だ!」
「黒からの報告では、商人商家協会の協会長室に身を隠しているとの事です」
「どういう事だ?」
「エーギンハルトが失敗したのでしょう」
「老いぼれめ・・・使えん奴だ!・・・そうだ。良い事を思い付いた」
「良いお考えですか?」
「あぁ~・・・昨日身柄を預かったエーギンハルト・ヘンデル士爵が逃亡した。商人商家協会に入っていく所を貴族領軍私兵隊が見た、潜伏している匿っている可能性がある。貴族領軍私兵隊は身柄を拘束する必要があるよな?」
「はい。ですが、エーギンハルトは、その貴族領軍私兵隊の本部におりますが」
「そんな事は知らん。ヘマをしたら知らんと言ったはずだ。後は任せた」
「はぁっ!」
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「アルヴァ様」
「何だ、ロック」
「今のはいったい?」
「お前には関係ない忘れろ」
「はい・・・」