5-9 天使まっしぐらと、神授。
―――エルドラドブランシュ宮殿
地下1階・第二取調室
R4075年9月25日(風)09:20―――
chefアランギー様率いる妖精のおしごとが織り成す愉悦含笑のプティデジュネと恒例のティータイムを満喫した後、天使ハスデアが待つ第二取調室へと移動した。
急設したばかりの第二取調室は広くない。
「アンヒューマンズを集めたのには訳がありそうですなぁ~。はい」
アンヒューマンズ?
chefアランギー様の言葉は難解だ。突発的な脱線も非常に多い。
そのうち何かの役に立つかもしれない。そんなこと、分かっている。理解している。
だが、一挙手一投足全てに反応していては何も進まない。何より身が持ちそうにない。
人には限界がある。何か、皆、たまに、
「腹っ!!! アウゥゥゥ……は、腹が減って、ち、力が。力がはいららららねぇ~。お、お、お願いします。な、何でも良いのでお願いします。何か食べさせてください。お願いします。おおおお、お願いします…………」
腹と絶叫したのは天使ハスデアだ。
chefアランギー様の脚に鼻水全開でしがみ付き消え入りそうな声で空腹を訴えている。
血色も良いし食欲もある。大方、あの今にも消え入りそうな声は芝居。嘘臭いし。しがみ付かれたのが俺じゃなくて、……ホント、良かった。
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chefアランギー様が善意で提供した神界の缶詰その名も【天使まっしぐら】を一心不乱に貪る天使ハスデアを視界から外し、集めた理由を皆に説明していると、
「なるほどだね。あたしには全てがお見通しだね」
フォルティーナがいつも通りに話の腰を折って来た。
……いつも通りの対応で問題無い。
と、俺は判断し、フォルティーナが話を続ける中、説明を続ける。
chefアランギー様は、説明を聞きながら、天使ハスデアの観察を続けている。たまに頷いているようだが、いったいどっちに対してだろう。
アルさんは、俺の右隣で頷いてくれている。温和で慈愛に満ちた雰囲気と優しく柔らかな表情のせいか真剣な顔をしているにも関わらず微笑んでいる様に見えてしまっている。後で、表情の勉強反省会が必要そうだ。
マリレナさんは、三脚ある内の一脚、取り調べる側に並んだ左の椅子に腰掛け説明を聞いている。たまに天使ハスデアが出す鼻息の音に驚き視線を泳がせている。正面に座っているので視線の動きが分かりやすい。
エリウスは相変わらずだ。俺の背後に控えている。
マクドナルド卿とオスカーさんは、俺が宙に展開させた映像資料が珍しいのか食い入る様に見ている。
バルタザールさんは、フォルティーナに絡まれながら説明を聞いてくれている。救出してあげたいとは思う。だが、一つ間違えただけで大惨事に直結しかねないあれに関わるのは、……今じゃない。
ロザリー・クロード様は、三脚の椅子に囲まれた取り調べようの机の上に腰掛け、太く立派な黒光りした尻尾を抱き抱え、優しく撫でている。かなり機嫌が良いみたいだ。
ミイール様は、グレーのフードを深々と被り、閉ざされた取調室のドアの前に立っている。挨拶を交わすまで誰なのか分からなかったのは本人には言えない。フードを深々と被っているのは自身の人化した姿にまだ慣れず恥ずかしいからだそうだ。
例外を除き皆静かに俺の説明を聞いてくれている。
「...... ......神王国を打倒せよ。旧教を潰滅せよ。神授を取り戻せ。って、まだ二日目ですよ。何かおかしなことになってると思うんです。それで皆さんに集まっていただきました」
「シャンスタンブルの模様替え、あぁ~なるほどだね。偉大過ぎて寛容過ぎて美し過ぎる罪作りなあたしの」
「それで、どうしてこうなったか誰か何か知りませんか?」
「戦いの前なのだろう。これは普通の反応だと我は思うぞ」
幼女姿のロザリークロード様は脚を組み替え周囲を見回している。
ん?
俺は、エリウスが立つ後を振り返る。
ロザリー・クロード様の視線が俺を通り越し後方に固定されたからだ。
どうやら、エリウスは、ロザリー・クロード様の意見に賛成みだいた。
「それでだね。ロ、ロイク? ……聞いてるのかね?」
「聞いてますよ。……それで、これが普通とか常識なのかもしれませんが、前の戦いの時はこんな感じになってませんでしたよ」
「ロイク様。もしかしてですが……また」
「また?」
「また神授を……」
「また神授?……また…………って、もしかして昨日の夜また神授があったんですかっ!!!?」
「は、はい」
創造神様。神授の夜の時もそうでしたが、どうして皆の時は俺だけ除け者にするんですか。俺、コルト下界の管理者ですよ。管理者が皆より後に知るとかって何か違うって思ったりなんかしてみたり……。
「そろそろ大きなベッドに買い替えるつもりだね。ベッドと畳は新しい物に限ると飲んでた時誰かが言ってたね」
さっきからこいつはいったい。……まぁ~良い。気にしない。気にしない。気にしない。
「それでアルさん。神授はどんな内容だったんですかっ!?」
「だがだね。だがしかしだね。あたしはそれではダメだと思ってるね。ロイク、君はどう思うね」
「俺に聞かれちゃまずい内容じゃないなら教えてください」
「あ、あのぉ~、フォルティーナ様とのお話はぁ~……」
フォルティーナを気遣っているのだろうか。アルさんはウィスパーで耳打ちして来た。
「満足するまで喋らせておけば勝手に静かになると思いますよ」
「そういう意味ではないのですが……」
「大丈夫ですよ。無視なんかしたら、いったい何をされるか分からないんで、名前を呼ばれたら相槌、それだけは気を付けてますから」
「そ、そうなんですね」
レソンネで事足りるはずなのだが、どう言う訳か皆ウィスパーしてくる。耳そばで囁くのが流行っているのかもしれない。
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何処にでも必ず存在する例外。触れるな危険。関わると惨事。だから自由にさせ、気にしない。気にせずアルさんの話に集中する。
「旧教の神官巫女がいなくなるまで一六歳の神授が無くなる?」
「はい。……世界創造神創生教の神官巫女が地上から姿を消すまで、あくまでも一時的なものです」
アルさんは俺の瞳を見つめ力強く頷き、そして言葉を続けた。
「陛下。パトロン殿。……実に悩ましいですなぁ~。はい。今この瞬間この時を繊細にも紡ぎしパトロン殿をパトロン殿と呼ぶべきか陛下と呼ぶべきか。あぁ~それが問題だ。という程大それた問題ではないのですが、なにぶん呼称とはその存在を認め価値を定め姿形を鮮やかに彩り個をして個たらしめんとするもの。ですのでぇ―――今、この時にお」
「流石のあたしもあの時ばかりは焦ったね。油断大敵眉毛ぼうぼうだったね。ハッハッハッハッハ」
「chefアランギー様もフォルティーナも、何でも良いんで宜しくお願いします。それでアルさん。いなくなるまでなんですよね。地下とか秘境とかコルト下界以外の何処かとか俺達には気付けないような場所に隠れて密かに身勝手で御都合主義な信仰を続けられたら終わりじゃないですか」
創造神様。旧教の神官巫女がいなくなるまで。って、アバウト過ぎやしませんか?
ありがとうございました。