4-108 世界は勝手にまわるもの⑨~缶詰がスメリングソルト~
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「技能労務の下界乙ってどんな称号なんですか?」
「・・・」
「廃棄物ってあの廃棄物ですよね?・・・収集運搬の意味は分かるんですが、集めた後どうするんですか?」
「・・・」
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chefアランギー様が席を外した取調室では、終始無言を貫く天使ハスデアと一人で喋り続ける俺が、かれこれ四〇ラフン程向かい合っていた。
好きな食べ物は?
・・・。
好きな色は?
・・・。
嫌いな色は?
・・・。
そもそも好きとか嫌いとかっていったい何だと思いますか?
最近思うんですよ。異界とか異域とか異空とか異次元ってどういう風に繋がってるんだろうって。
俺は今ここでいったい何をしているのだろう?そんな疑問を覚えつつただ只管話し掛け続ける。
意味なんて無くて良い。
どうせこれは、
・・・ただの、
・・・・・・独り言。
俺の独り言だ。
「異界とか異域って全部異空に存在してるんじゃないかって思うんですよね。異空に界が存在するから異なる界や域から見るとその存在している界は異界なだけで、域とかもそんな感じなんじゃないかって、どう思います?」
「・・・」
≪スゥ―――
「ふんむっ。なるほどなるほどなぁ~るほど。概ね正解です。ですが半分不正解といったところでしょうか。はい」
真後ろその距離一センチメートル以上三センチメートル以下。物凄い至近距離で話し掛けて来る声。
「・・・」
最早何も言うまいと少し前心に決めた。
だからせめて心の中で言おうと思う。
そう、冷たく冷静に言おうと思う。『離れて貰えますか』と。
気分的にはまだまだ言い足りないが今はこの位にしておう。用事を済ませ戻って来たようだし、目の前のこれを天使ハスデアを何とかして貰うのが先だ。
視線を目の前の天使ハスデアに固定したまま、振り返る事無く話し掛ける。
「早かったですね。用事は済みましたか?」
「いやはや役所は相変わらずでしたぞぉ~、部署なのか部課なのかは知りませんがタライマワシにされること五回だったか七回。やっとの思いで異動先を聞き出し、連れて来ましたですぞぉ~」
神界でもそうなのか。って、よくよく考えなくてもそうか。ヒュームのベースは神様なんだから、ベースの方がこっちよりも酷い・・・って、連れて来た?
「連れて来たっていったい誰をですか?っシェ・・・ア、天使アラキバさん?」
勢い良く振り返るとそこにはchefアランギー様の顔が・・・。
正直ちょっとイヤかなり驚いたが顔に出しちゃいけない。chefアランギー様の表情を見た瞬間そう感じた。
ここで引いたら負けだ。と。
誤魔化す為、視線を少しだけ上へ動かすと、chefアランギー様の後方に立つ天使アラキバと目が合った。
「どうもっち、久しぶりっち。その節は助けて貰ってん、ありがとうっち、感謝してるっち」
「お、お久しぶりです・・・」
「異動先の界がかなり距離の離れた界でしたので流石に少し、あぁ~・・・異空の話は次の機会で宜しいですかな?パトロン殿よ」
「・・・どうして態々しゃがんでるんですか?それにとっても近過ぎると思うんですよ。少し離れて貰えませんかね?」
「眼と眼で通じ合う。それは神であろうと人であろうと獣であろうと同じ事なのですぞぉ~。何より、存外私は上から下からといった目線が苦手なのです。AはBより上でAはCより上でAにはBもCも同じ様にしか見えない。分かりますか!」
「・・・いったい何の話してるんですか?それよりも近いんで離れて貰えませんかね?」
「確かにこの話は難しい側面を持ってはいます。未知数と言いますか既知数と言いますか。意図的に難しく・・・つまりAとは神なのです」
でしょうね。寧ろそれしか思い浮かびませんでしたが。
「神アランギー様。天使ハスデアはそこで夢堕ちしてん下級準三であってんっち?」
「ふむ。実に興味深い話ですなぁ~。私の眼には、錯乱と混乱と半狂乱と健忘気味としかありませんですぞぉ~。はい」
「えっち!?この下級準三狂ってるっちかっ!!!」
「エッチですか。まぁ~大人な事情に関しては天使ハスデアのプライベートですからなぁ~。パトロン殿も無遠慮にも土足でプライベートに踏み込む様な輩を許せない口だったかと」
「どうして俺の方を向いて喋るんですか?chefアランギー様と話をしてるのは天使アラキバさんですよ」
「意味が分かりませんですなぁ~。私の認識に間違いがなければになってしまいますが、今私が話をしているのは私の唯一無二の存在パトロン、ロイク・ルーリン・シャレット殿ですぞぉ~。はい」
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「スメリングソルトみたいな感じで『発酵した小魚の缶詰』か『発酵した深海魚の缶詰』か『発酵した海の草の粉末と石灰の粉末とアンモニアの粉末を溶かした液体』が必要・・・どれも聞いた事が無いんですが」
「コルトに存在しない物なんだっち」
「日に何度も何度も神界へ行くのは芸がありませんからなぁ~。私のコレクションの中から香りだけではない本物を。神界のそれ以上を提供しましょう。となりますと、パトロン殿にはガスマスクが必要不可欠」
ガスマスク?
「いやいやいや。何が悲しくて地下の取調室で俺だけマスクを被んなくちゃいけないんですか。勘弁してくださいよ」
「ふんむっ。・・・まぁ~良いでしょう。それでは机の上に出しますぞぉ~。はい」
≪パン パァ~ン
・・・
・・
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「これが缶詰ですか?」
カラフルな絵が描かれた円柱型の金属にしか見えないんだがこれはいったい?
「さて、使う順番はアラキバ、貴方に任せましょう。おっと」
「はいっち!」
≪パン パァ~ン
机の上に変わった形の短い棒が一本現れた。
「缶詰はその缶切りで開けると良いですぞぉ~。はい」
「あ、あのぉ~神アランギー様。それで、この缶詰はどれがどれなんっち?どれから開けたら良いっちか?」
缶切り?開ける?もしかしてあの棒を使って缶詰を切って中身を?
「良くぞ聞いてくれました。ですが、説明する前に、一つ現状の改善を行いましょう」
改善?・・・全く話が見えないんですけど。
chefアランギー様は、俺から見て右側の席に腰掛けた。
何だ。改善って座りたかっただけか・・・。
「何をやっているのですかなぁ~。説明が必要なのはアラキバ、貴方ですぞぉ~。ここはコルト同席の許可等必要ありませんですぞぉ~。はい」
「ありがとうございますっち」
天使アラキバは、chefアランギー様の向かいの席に腰掛けた。
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「これがっちか?」
「その通りですぞぉ~。それが発酵した魚の缶詰ですぞぉ~」
KANBE下界の『シュールストレンミング』と呼ばれる発酵させた小魚の缶詰かぁ~。
しっかし凄い発想と技術だ。
後で実験しなくては、する必要がある。うん。
缶詰、缶詰ねぇ~。
「一つだけ忠告しましょう。そのシュールストレンミングなのですが、三つの中で最も確実克危険な缶詰。御利用は計画的にですぞぉ~」
「確実で危険っちか・・・それなら迷う必要はないっち。これを」
天使アラキバは、右手に持った缶切りの尖った部分を左手で固定した缶詰の平らな面の端に押し当て、そして力を入れた。
≪カシュ
ありがとうございました。