4-94 異文化交流③~パーティーと伝統と常識の定義~
精霊界のパーティーは、想像以上に独特な物だった。
正装は、ツートンカラーのつなぎ服。精霊界ではジャンプスーツと呼ぶらしい。配色は、パステルカラーであれば組み合わせは自由。ただし、伝統的にはパステルカラーに余り拘る必要は無いらしく気分に任せて良いらしい。
衣装と同じく帽子もアバウトだ。獣の耳や角がアクセントになったとんがり帽子であれば色は自由。ただし、特にとんがってなくても良い。
ティアラを乗せた精霊様。簪を挿した精霊様。ねじり鉢巻きを巻いた精霊様。とんがるとんがらないとかそういう次元のアバウトさではなかった。
靴は裸足でも良いが、基本的には身体のサイズに合わない大きな大きな靴が好ましい。だからだろう。会場のあちらこちらに持ち主不明の靴が落ちていた。
ミト様の話では、露出度の高い服は好ましく無いが人気がある。ミニスカートやショートパンツはそういう服だからギリギリセーフ。ダメージが深刻で穴や傷や汚れが目立つ衣装は、穴が小さければ余り問題にならない。
装飾品は、オペラグラス、カラーレンズのメガネ、クリアレンズのサングランス、つけチョビ髭、つけ鼻、つけボクロ、耳当て、マスク、マフラー、非金属のブレスレット、グローブ。
光物取り分け宝石や貴金属の類は下品で面白くないとされ、パーティーやセレモニーの席では控えるのが常識らしい。
一応、常識はある様だが、宝石や貴金属で豪華に装飾された鞘だけを腰に差した精霊様。大斧やオ槌や大槍を引き摺りながら背負う精霊様。聖邪獣様に騎乗したままうろつく精霊様。精霊界の人気ブランドで着飾った聖邪獣様を肩に乗せ鼻高々に自慢気な上下ジャージ姿の精霊様もちろんツートンカラー。
面白ければ何でも許される。
ブッ飛んだ個性を出し惜しみもせず存分に発揮するのも常識。
ミト様曰く。
「常識にとらわれてはいけない。これが精霊界の一番の常識なのよぉ~♪」
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ロロノクック様と俺は、パーティーのメインヴェニュー大広間を抜け出し、公王一族専用の休憩を兼ねた臨時の談話室で、精霊界で最も古く最も愛され最も飲まれ続けている黄金色の酒『レッフォルミューニュー』を片手に、真面目半分愚痴半分談笑を響かせ親睦を深めた。
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パーティーも終わりに差し掛かり、聞こえて来る楽団の音楽が楽し気で力強くノリの良い楽曲から優雅でお洒落なスウィングを感じる楽曲へと変わる。
それを合図に、談話室から大広間へ戻った俺達は、カットしただけのフルーツが山盛りになった大皿が並べられたデザートコーナーで黙々とフルーツを食べ続けているマルアスピーと合流した。
「ずっと食べてたんですか?」
「そうね」
聞く必要は無かったが何となく聞いてしまった。にしても相変わらず話が続かない。・・・あっ!そうだ。
「chefアランギー様が言ってましたよ。フルーツはビタミンや食物繊維が豊富でお肌やお通じに良い反面、糖分が見た目以上に多く食べ過ぎると太るらしいですよ」
「そう。問題無いわ。精霊界の果物はとってもヘルシーなの」
「そうなんですね」
「えぇ」
・・・。
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マルアスピーは、フルーツを黙々と食べ続けている。
スウィングが心地良い大広間に、何とも言えない空気を作り出しているマルアスピーと俺の沈黙を破ってくれたのはロロノクック様だった。
「ところで、ミトは?」
そう言えば・・・。
マルアスピーは、ロロノクック様の言葉を受け、フルーツを食べながら周囲を見回す。
「そうね。いないわね」
居ないな。
「探して来ましょうか?」
タブレットなら直ぐだし。
「その必要はないわ」
「その通りです!」
って、要らないんですか?
「そ、それならそれでいいんですけど・・・」
二人の強い否定に、言葉尻が濁る。
「お腹が空いたら帰って来るわ」
「その通りです。そのうちフラッと姿を現します」
犬とか猫じゃあるまいし・・・。
「そうだったわ。ねぇロイク。ロロノクック。そんなことよりも深刻な状況に気付いてしまったの」
お祖父さんを呼び捨てですか!?って、それにミト様は母親ですよね。そんなことって・・・。
「私達が席を外している間に何かあったのか?」
あれ?ロロノクック様、気にしてない?
「そうね。パーティー会場に到着した時から今迄ずっと深刻な状況ね」
「はてぇ~・・・・・・」
ロロノクック様は、大広間全体を見回してから、第二会場の中庭へと視線を移した。
「あっ!・・・あいつはあそこでいったい何を?」
うん?・・・あっ!あれってミト様・・・だな。
ロロノクック様の視線の先では、ミト様がクルクルと回りながら踊りを披露していた。
あれってマルアスピー村の、
「嘆かわしい。裾を捲り上げ脚を晒し滑稽な踊りを踊ってまで皆の気を惹きたいとは」
「大感謝祭の踊り?」
「そうね」
やっぱりか。でも、
「何でミト様が?」
「さぁ~」
うん?あれ、マルアスピーも、
「知ってるんですか?」
「そうね。何度も見た事があるわ」
「あの滑稽な踊りを知っているのですか?」
「知ってるも何も、たぶんですけどあれ、俺の生まれ故郷の無形文化遺産でマルアスピー感謝と賛美の古式舞踏だと思います」
「文化遺産。人間種の伝統的な踊りの一つと言う事でしょうか?」
「そうね」
「故郷では大感謝祭の最終日に聖域の大樹に捧げていました」
「大樹に踊りをですか?」
「えぇ、故郷ではって言うかヒュームには大樹の森の聖域の大樹が精霊樹だって伝わっていないんで、精霊樹を大樹、精霊樹の周りの大樹を老樹とか巨樹って」
「人間種は、自然の力の循環の中心精霊樹の存在を忘れてしまったのだと思っていました。精霊樹信仰が大樹信仰になっていたとは」
「何処かで名前が変わってしまったんですね」
「滅びかけた後。どちらかの後だとは思うのですが、想像の域を出ません」
滅びかけた後?・・・前時代の話だよな?
「あの踊りを見ると、もう季節は結束の秋なのねって思うの」
「あっ、確かに。秋って気分になりますね」
「大地の季節の祭りでしたか。きっと良い祭りなのでしょうなぁ~」
ロロノクック様は、何だか嬉しそうにしている。
「今年は大奉納祭が中止になっちゃったから、その分大感謝祭を盛大にって話に」
「聞いて無いわ」
今、話したんで当然かと・・・。
「まだ確定した訳じゃないんで」
「あらそ」
「信仰の迷宮のおかげで活気付いてるらしいし、演劇の舞台になったとかで観光地としても盛況みたいで、領主一族も王国もこの景気に便乗して復興復旧をって考えてるみたいなんです」
領主一族って言ったけど、アンカー男爵家はレオナさん一人しか居ないんだよな。
「あれね」
「あれって何ですか?」
「カトリーヌから聞いたのだけれど、他の人間種に扮し扮した人間種の人生の一瞬を大衆に身振り手振り台詞という言葉で伝えるパフォーマーとパフォーマーを支える裏方さんがセットになった劇団と呼ばれる芸術に長けた集団が生み出すお芝居と呼ばれる娯楽があるそうなの」
「演劇、あ、芝居はまだ観た事が無いんですよね。村に一度だけ吟遊詩人が来た事があって、歌語りは聞いた事があるんですけどね」
「そう。おすすめは、ファオの集落が舞台の『エスケープ オブ プリセンス アンド ヒーロー』『プリセンス ロマンス』『バースプレイス オブ ヒーローズ』なのだそうよ」
「・・・じゃぁ~、それのおかげって事ですね」
「そうね」
相変わらずだな。ハハハ。
「踊りと祭りについては分かりました。ですが、それで何故ミトは踊っているのでしょう?」
「さぁ~?」
何故って聞かれてもなぁ~。
「分からないわ」
「あの滑け、オホン。あの踊りは感謝と賛美を表現しているのですよね」
「はい。でもミト様のあれは女性パートなんで感謝の方ですね。あれとは別に賛美の男性パートがあるんです」
「そうね。人間種の男と女が火を囲んで楽しそうに踊っていたわね」
「男と女で踊る。なるほど夫婦の舞でもある訳ですか。・・・ミトは一人で何をやっているのでしょうか?」
「踊ってるわね」
「楽しそうですね」
「そうね」
「二人で踊るものなのですよね?」
「そうね」
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暫くすると、回り飽きたのか、ミト様は踊るのを止めた。
「終わったようね」
「そうみたいですね」
「ホラ御覧なさい。お腹を空かせて戻って来たわ」
ミト様は、俺達に気が付くと笑顔で手を振って来た。
「管理者殿。あの馬鹿こっちに来る気です。このままでは周りにあれの連れだと勘違いされてしまいます」
「勘違いって、ハハハ」
手遅れですよ。どうやったって連れにしか見えないと思います。
マルアスピーの顔を見る。
「どうかしたのかしら」
「あ、えっと・・・お皿からみたいですが、フルーツまだ食べますか?」
「そうね」
マルアスピーと俺の会話の横では、
「ブツブツ・・・ミト。シッ、シッシッ・・・こっちに来るな。シッ、シッシッ」
まるで犬を追い払うかの様にミト様を中庭へと払うロロノクック様がいた。
聞こえてないな。
「え?何!!!?聞こえないわ。もっと大きな声で話てよぉっ!!!!」
やっぱりな。
「バ、馬鹿っ!者。モゴモゴブツブツブツ」
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「あぁ~楽しかったぁ♪」
「あれ何処で覚えたんですか?」
「ロイクさんは忘れてしまったのかしらぁ~。あの熱い夜のこ・と・を!」
「忘れたわ」
「アスピーちゃんには聞いてませぇ~ん。まぁ良いわ。あれってクルクルネの事かしら?」
「クルクルネ?」
「ダンスよダンス。踊りの事」
「え?あれって、マルアスピー村の感謝と賛美の舞踏じゃ」
「違うわよ。クルクルネは人間種の若者達の間で大流行したカジュアルダンスよ。ホントは男と女がペアーになって踊るのよぉ~♪でも今日は私一人だけだからクルクルネ。残念だわぁ~」
「・・・もしかしてですけど、マルアスピー村の大感謝祭で捧げてる踊りってまさか」
「そうね。たぶんロイクの想像通りだと思うわ」
「まじか。伝統の踊りが遥か昔に流行ったカジュアルダンスとかいう滑稽な踊りだったなんて」
「違うわ」
「違うんですか?」
「当り前よ。カジュアルダンスは滑稽じゃないわ」
あ、えっと・・・そっちですか。
「私の目には滑稽にしか見えなかったが」
「腐ってるのよ。その目」
「く、腐ってるって、父親に向かって普通そこまで言わないだろう」
「仕方ないわよ」
仕方ないって・・・。
「み、ミト・・・」
「それとロイクさん。もう一つ言っておきますが、遥か昔じゃないわ。ちょっと昔一昔前に流行った今も現役バリバリのダンスです」
現役バリバリって・・・酔っぱらった親父がたまに口にしてたな。
「それで、どうして貴女が踊れるのかしら?」
「あら!聞きたいのアスピーちゃ~ん♪え~どうしようかなぁ~あ~どうしようかなぁ~。ウフフッ、分かったわ教えてあげちゃう。教えて貰ったの♪」
「「「・・・」」」
うん?終わり?
「それだけですか?」
「教えて貰わなきゃ踊れないでしょう?」
「そうね」
マルアスピー。納得するところそこじゃないですよね。
「このダンスはね。愛を囁き合いながら踊る愛のダンスなのよ」
女性は、腕を肩より上に上げその場でクルクル右に左に回りながらスカートの裾をいかに綺麗に浮かばせられるか。腕の高さも重要だったはずだ。
男性は、膝を曲げずにどれだけ高く跳ねられるか。そして、その場で前方宙返りと後方宙返りを交互に何度繰り返す事が出来るか。胸で回るのがコツだって聞いた事がある。
この踊りの何処に愛を囁き合う余裕があるというのだろうか?
「私って精霊じゃない」
そうですね。
「精霊様ですね」
何をいまさら?
「人間種よりこのダンスに向いてたみたいなのよ。だからね。あっと言う間にセンターになったのよぉ~♪」
「「「センター?」」」
「そうよ。求愛も沢山♪選り取り見取りだったのよぉ~」
「まさか!その時人間種の男と」
「あら?御父様にしては勘が良いわね」
「中庭で回っていた様に浮いていたのね」
あっ!マルアスピー。話を脱線させないで。って、深刻な事態の話はどうなった?・・・既に脱線してたし。
「・・・おかしいわね。ばれない様に少しだけしか浮かんでいなかったはずなんだけどなぁ~。テヘッ」
見た目はマルアスピーと余り変わらない。表情や仕草が豊かな分、中身を知らなければ・・・かなりの確率でモテるだろう。踊りの上手い下手は関係無かったのではないだろうか。
「貴女の話は終わったのかしら?有益な情報を期待していたのだけれど残念だわ」
「失礼しちゃうわ。私にだって耳寄りな情報の三つや一つはあるんだからねっ!」
減ってるし。
・・・・・・・
・・・・
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「ファオの集落に踊りが伝わったのは、私が大樹の精霊になる少し前。前任者が姿を晦まし追放精霊になった頃ね。たぶんなのだけれど、伝えたのは貴女ね」
ミト様がマルアスピー村に伝えた。イヤイヤイヤそれは無いでしょう。
「はいはぁ~い。そうです私でぇ~す。ゼルーダと私が集落の子供達に教えたのよぉ~♪でもホント嬉しいわぁ~。まだ少ししか経っていないけどぉ~今も残っていたのね。男と女が愛を囁き合うダンスが大樹に愛を捧げるダンスになってたなんて、ロマンチックだと思わないロイクさぁ~ん♪」
「そうね。ねぇロイク。近過ぎると思うのだけれど」
俺の腕に浪漫を態と押し付け抱き着くミト様。
「アスピーちゃんには聞いてませんから。ねぇ~ロイクさん。ウフフ」
その笑顔・・・いや、腕に・・・・・・なり・・・。
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「ところでマルアスピー。深刻な状況っていったい?」
「それはね」
「「それは?」」
「あら、何々?面白い事かしらぁ~♪」
「いったい貴女は何を聞いていたのかしら。ロイクは深刻な状況と言ったはずよ」
「うん分かったわ。深刻なのね。面白そうじゃない♪アスピーちゃんどんな話なの早く教えてよぉ~♪」
ありがとうございました。