4-67 再会。
メア下界には、二つの域『悪魔域』と『魍魎域』が存在する。
その二つの域。メア全土を統べるメア王国の首都『王都ミルトン』市。その中央に聳え立つ始まりの王サザーランド・ボナ・サザーランドの居城『ジブリール』城。
ジブリール城は、途轍もなく巨大だ。
リュシル曰く「地上五十五階最上階の無十楽礼拝堂と地下三十四階最下階の溶岩池池畔処刑場はジブリール城とは別物。故に、謳に聞く地上一万九千九百六十六センチメートル、地下一万一千五百三センチメートルは誇張見栄じゃ見栄。実際は、それ程大きな城では無いのじゃ。笑える話であろう。旦那様もそうは思わぬか?」
大人な方のトゥーシェことリュシルの見解はさておき、ジブリール城は、・・・・・・半端なく巨大だ。
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俺達は、ボナ・サザーランド家の筆頭家令で国王付名誉近衛従者を兼任するヴァンピストの長の賢弟トラヤヌス・ド・モルダヴィアの案内で、地下十三階の中央にある国王プライベートリビングルームへと移動した。
トゥーシェとリュシル曰く。
「おおぉぉぉ、爺やが爺やではなかったのじゃぁ~」
「ん?もう一人の妾は知らなかったのか?」
「何をじゃぁ~?」
トラヤヌスさんは、トゥーシェが物心着いた時からトゥーシェにとっては『爺や』さんだった様だ。
トゥーシェとリュシルは、良く無い方の微笑みを浮かべ、準備がどうこうと話してたはずなのだが、二人は素っ気無い態度で再会の挨拶を済ませると、何食わぬ表情で飄々としていた。
俺は、二人から何となく感じる何とも言えない違和感を無視し、トラヤヌスさんと挨拶を交わした。
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「よいしょっとぉ~」
≪ドサッ
「旦那様。朝ですよ・・・」
≪パンパンパァ~ン
「・・・御客様がお見えですよ・・・」
≪パンパンパァ~ン スパァ~ン
え!?
トラヤヌスさんは、肩に担いでいたメア王国の国王サザーランド・ボナ・サザーランドを一人掛け用のソファーに雑に下ろすと、国王のその頬を打った。
「相変わらずなのじゃぁ~」
相変わらず?・・・これが?トゥーシェの言葉の意味が分からない。
「懐かしい光景じゃ。帰って来たことを実感させられる音じゃ。もう一人の妾もそうは思わぬか?」
「変わってないのじゃぁ~」
懐かしい?この光景が?
トゥーシェとリュシルがおかしな言葉を口にしている。
「旦那様。いつまで寝ているおつもりですかぁっ!」
≪パンパンパンパァ~ン パンパァ~ン
「かなりやり込んでるね」
ん?
フォルティーナが右耳に耳打ちして来た。
「ここまで完成された美しい往復ビンタを見るは我も始めだ」
え?
ロザリークロード様が左耳に耳打ちして来た。
「追求し尽くしたかんがあるね」
「我同様遊びの女神の眼にもそう映っておるのだな」
「当然だね。しなやかで華麗な手首のスナップは本物だね」
≪パンパンパンパァ~ン
「返しの鮮やかさは最早芸術の域に達しておる。そして何よりもこの音よ。実に清々しく心地の良い音色を響かせておる」
「うんうんだね。慈愛や天啓、冥護も無しにここまで極めてしまうとは天晴だね」
「あのぉ~」
「なんだね」
「我が使徒ロイクよ。言いたい事があるのであればはっきりと申せ」
「俺の耳を通して話し込むの止めて貰えませんか」
「気にする必要はないね」
「その通りだ。我が使徒ロイクが気にする様な事ではない。主はもっと大きな、・・・そう下界レベルであるが良いぞ」
「は、はぁ~・・・」
ダメだ。聞く耳・・・。届いて無いや。
≪パンパンパンパァ~ン
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「旦那様。こ・く・おう・へ・い・か。起きてください」
≪パンパンパンパァ~ン パンパンパンパァ~ン
「ん、んんん」
「おや、やっとお目覚めですか」
「ん?・・・うおっわぁっ!ハァ~ハァ~ハァ~。・・・・・・・・・」
メア王国の国王サザーランド・ボナ・サザーランドは目を覚ますと、色鮮やかに紅く腫れ上がった頬を両手でさすり、息荒く肩で呼吸をしながら、天井をジッと見上げている。
「陛、・・・旦那様?」
「まただ。・・・寝起きは頬がヒリヒリしてたまらん。コラーゲンもプラセンタも全く効かぬではないか。潤いが足りておらん」
「左様でございますか。・・・それはそうと旦那様」
「なんじゃトラヤヌス。儂は今人生の岐路に立っておるのだ」
「それはようございました。・・・それはそうと旦那様、ソファーで横になりながら御客様と御会いになられますか」
「客じゃと。王にでは無く、儂にか?」
「左様でございます。プライベートリビングルームの方へお通ししておきました」
「そうか。待たせておけ。どうせ時間は幾らでもあるのじゃ、それよりも儂の夢の方が大事じゃ」
プライベートリビングルームってここじゃなかったっけ。
「お待たせしても宜し」
「良い。それよりも夢じゃ夢」
「左様でございますか。・・・どの様な夢をご覧になられたのですか?」
「トゥーシェじゃ」
「トゥーシェお嬢様をですか」
「そうだ。夢でトゥーシェを見た」
夢で?
トゥーシェとリュシルを交互にチラ見する。
トゥーシェは、俺に催促して奪い取った工房ロイスピーの菓子をモグモグと頬張り御満悦の笑顔を浮かべ幸せそうにしている。
リュシルは、思い出しているのだろう。感慨深い表情で部屋を見回している。
祖父と孫娘であってるんだよな?
メア王国の国王サザーランド・ボナ・サザーランドへと視線を戻す。神眼Ⅲのおかげで、トラヤヌスさんと言う名の壁の向こう側も良く見える。
「左様でございましたか。それはようございました」
「ドリームの儂が見る夢じゃ。その意味は分かるな」
「勿論でございます」
何これ、コントとかじゃないんだよな。
「儂は、トゥーシェとの再会を意味する吉の予知夢を見たのだ」
夢魔族って予知夢を見れるのか。凄いな。
「左様でございましたか。・・・それはそうと旦那様、御客様にはいつ御会いになられますか」
「しつこいぞトラヤヌス。待たせておけと申したであろう。今は儂の予知夢じゃ。トゥーシェを第一に考えよ」
「トゥーシェお嬢様をですか」
「そうだ。だが気になる事があってな。二人おったのじゃ。・・・トゥーシェが二人おったのじゃ」
「・・・左様でございましたか」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
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メア王国の国王サザーランド・ボナ・サザーランドは、時に頷き時に瞼を閉じ自分自身を納得させながら少しずつ少しずつ言葉を紡ぎ、夢の話を語っている。
「無十楽礼拝堂で、幼女に襲われたのですか」
「そうなのだ。トゥーシェの件が予知夢であれば、この件はいったい。・・・トラヤヌス。お前の意見が聞きたい」
「畏まりました。それでは私の意見を申し上げる前に今一度確認致します」
「ふむ」
「旦那様は、無十楽礼拝堂で幼女に締め上げられた挙句腹パンされ金銭を巻き上げられた。トゥーシェお嬢様を見かけられたのは、腹パンされる前で間違いありませんか」
「間違いない」
「腹パンされ金銭を巻き上げれた挙句の果て意識を失い予知夢からお目覚めになられた。間違いありませんか」
「その通りだ。恐ろしい夢であった。正夢にならなければ良いのだが。・・・それで、お前はどう思う。早く申せ」
「畏まりました。・・・この件は、旦那様が御客様に御会いになられれば」
「しつこいぞ。客の話なぞ求めておらん。トゥーシェを第一に考えよと申したはずじゃ。はぁ~もう良い。・・・儂はな、この恐ろしい夢は儂の潜在意識の奥底片隅に幾許かの恐怖心が潜んでおって、その僅かばかりの恐怖心が見せたのではないかと考えておる。だが、幼女の姿であった事を垣間見るに、恐怖心は僅かばかりかそれ程でも無い様に思えてならないのだ。そもそもこの儂に恐怖と呼べる代物が存在し得る物なのか。・・・ふむ、何とも難しい夢じゃ」
トラヤヌスさんは、真顔で忠実に仕事を熟している。たまに、笑いを堪えている様にも見えなくもないが優秀な働きぶりだ。
「なぁ~人、ロイク」
工房ロイスピーの菓子をムシャムシャと頬張りながら、トゥーシェが話し掛けて来た。
「どうかしましたか?」
「疲れたのじゃぁ~。座りたいのじゃぁ~」
「おっと、これはこれは大変失礼致しました。古の世界を管理されしロイク国王陛下、運を司りし良妻の女神フォルティーナ様、邪竜神ロザリークロード様、聖馬神エリウス様、トゥーシェお嬢様、リュシルお嬢様。そちらの長ソファーを御自由にお使いくださいませ」
「おぉ~座るのじゃぁ~」
この部屋にソファーは二脚しか見当たらない。一脚は一人掛け用のソファー。もう一脚は目の前にある長い長いソファーだ。約十二メートルある。
俺達は、右からロザリークロード様、俺、フォルティーナ、トゥーシェ、リュシルの順番に腰掛け、メア王国の国王サザーランド・ボナ・サザーランドと対峙した。
メア王国の国王サザーランド・ボナ・サザーランドは、未だ俺達に気付いていない。不思議だ。
「トラヤヌス。儂が人生の岐路に立ち、悩んでおる時に騒がしいぞ」
「申し訳ございません」
「なぁ爺や喉が渇いたのじゃぁ~」
「パーラー。トゥーシェお嬢様にハチミツたっぷりのママレードコールドドリンクを」
「おおおぉぉぉ―――懐かしいのじゃぁ~」
「妾にはノーマルママレードホットドリンクで良いぞ」
「畏まりました。リュシルお嬢様」
「あたしは、ロングアイランドアイスティーが良いね」
ロングアイランドアイスティーってお酒だし。
「トラヤヌスさん。トゥーシェとリュシルにはそれでお願いします。持参したお茶がありますのでフォルティーナは無視してください」
「女神様を無視しても宜しいのでしょうか?」
「はい。是非無視でお願いします」
「ロイク、君は何を言ってるね。あたしはロングアイランドアイスティーが飲みたいね」
無視して話を進めてしまおう。
「エリウス」
「はっ!主殿」
「テーブルに神茶を出すんで、俺の後ろに立って無いで、ロザリークロード様の隣にでも座ってください」
「ですが私には」
「ここは安全です。と言うか、この場で俺に危害を加えられるのって両隣に座ってるこの人達だけだし。今日はもう警護は要らないんで皆で神茶を楽しみましょう」
「で、ですが・・・・・・分かりました。主殿の神茶を頂戴いたしました後警護に戻ります」
「ところであのドラゴン二人はあそこで何をしてるんでしょうか?」
「分かりません。ですが、コルト下界やアシュランス王国にルールがある様に、メア下界にはメア下界のルールがあるのだと考えます」
「旦那様よ。エリウス様の言う通りメア王国にはメア王国のルールがある。あの二匹のトカゲはリッターとサブリッターではあるが所詮はモーヴェドラゴン。故に、本来この城に入る資格は無いのじゃ。ましてここは国王の私用空間。旦那様もそうであろう。誰とも知らぬ見知らぬ者をエルドラドブランシュ宮殿の三階リビングダイニングルームに通すのか?」
「まぁ~そうですね。・・・この場合、俺達もその見知らぬ者になると思うんですが」
「な、その様な事はございません。古の世界を統べしロイク国王陛下はトゥーシェお嬢様リュシルお嬢様の夫君。このジブリール城はロイク国王陛下の物と言っても過言ではございません。この部屋はメア王国国王サザーランド・ボナ・サザーランド様のプライベートリビングルームではございますが、ロイク国王陛下にこそ相応しい部屋でございます。どうかお気の済むまで御存分にお寛ぎくださいませ」
「は、はぁ~、ありがとうございます・・・」
良いのか?
「そこのトカゲ」
「はっ、ははぁっ!!!」
「貴方とそれは、ロイク国王陛下、運を司りし良妻の女神フォルティーナ様、邪竜神ロザリークロード様、聖馬神エリウス様の従者ではないのですね」
「ヤ―。我、私はウェードカルンドーナのリッターであります。隣で気絶しております者はサブリッターで私の部下であります」
「ロイク国王陛下。そう言う事でございます」
ん?
「旦那様よ。つまりこう言う事じゃ。あのトカゲは諸侯国の中級種族中級悪魔出身の下卿下位貴族。故に、城には入れたがコリドーまで絨毯は踏ませぬと爺やは申しておるのだ。分かったか」
へぇ~。郷に入れば郷に従えって言うし。
「神茶を出します。トラヤヌスさんも一杯如何ですか?」
タブレットから神茶を取り出しテーブルに並べた。専用の器を持っていないトラヤヌスさんとメア王国の国王サザーランド・ボナ・サザーランド様には湯飲み茶碗に注ぎ提供した。
「トラヤヌス。何を一人で・・・・・・」
メア王国の国王サザーランド・ボナ・サザーランドは、天井からトラヤヌスさんの顔へ、そして俺がテーブルに置いた湯飲み茶碗へと視線を動かした。
あ、今目が合った。
メア王国の国王サザーランド・ボナ・サザーランドは、湯飲み茶碗からトゥーシェへ、トゥーシェからリュシルへ、リュシルからトゥーシェへ、トゥーシェからリュシルへ慌ただしく視線、顔を動かしている。
「トゥ、トゥ、トゥーシェがふ二人っ!?」
「おジジ王は相変わらずなのじゃぁ~。寝言は寝ている時に言うのじゃぁ~。トゥーシェは私だけなのじゃぁ~」
「え?えええ?えええぇぇぇ・・・」
メア王国の国王サザーランド・ボナ・サザーランドは、リュシルを指差して叫んだ。
「ト、トラヤヌス!!!お前にもみ、見えるよなぁっ!!!」
「勿論でございます。このトラヤヌス。旦那様を見間違える事はあっても、トゥーシェお嬢様を見間違える事などございません。愛らしい笑顔でスイーツをお召し上がりになられておりますのはトゥーシェお嬢様でございます。美しく微笑まれておられますのはリュシルお嬢様でございます」
「リュシル?・・・リュシルとはいったい誰のことじゃ」
「もう一人のトゥーシェお嬢様でございます」
「はぁ?」
ありがとうございました。