4-45 新迷宮⑤~気絶する者と蹲る者~
「......メアの創造神様の大神殿の大祭壇に描かれし祭壇画と、コルトの邪の女神様の神楽殿の大広間にあった沐浴祭壇は一対の存在故、創造神様より許可されし一族の中でも神気を強く受け継ぐ子孫は自由に行き来する事が出来た。もう一人の妾は、神気も無しにどう言う訳かそこを自由に通り抜ける事が出来てしまってな。懐かしい話であろう。・・・まぁ~愚かな事にもう一人の妾がコルトの神殿で悪戯をし忌々しい神々の手の者から逃げ回る羽目となり最終的には捕らえられトラウマを抱える切欠になった事故、余り良い思い出ではないがな。旦那様もアスピーもそうは思わぬか?」
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―――ゼルフォーラ王国・国王王国管理地
名を持たざる歪みの森の迷宮・北東部
R4075年09月15日(風)16:40―――
母さんに連れられ三十ラフン程姿を消していた父バイルと、レベル九十九の先を気にするサンドラさんと、二十八歳年上だった叔母様サンドラさんが三歳年上の叔母様サンドラさんとなり呼び方や接し方に悩むサラさんと、俺は、完全なる個としてその存在が認められたリュシルを加え、時空牢獄に拘束し放置していたモーヴェドラゴンの目の前に、俺の神授スキル【フリーパス】で移動した。
「ど、何処から現れたぁっ!!!」
モーヴェドラゴンは、警戒し身構えている。
警戒して当然か。見ず知らずの誰かが突然目の前に現れたら俺でも警戒する。警戒する前にまずは驚くと思うが。
「旦那様よ。このトカゲかなり弱っておる様に見えるが何かしたのか?」
弱ってるのか。ただのドラゴンにしか見えないけど、リュシルには微妙な何かが分かるのか?
「寝てたみたい何で、時空牢獄に拘束しておいただけですよ」
「そうか。ならば目覚め事態に気付いたこのトカゲが震驚し冷静さを欠き愚かにも無意味に暴れ回り体力を消耗した上悪気を使い果たし虚勢のみで立ち尽くしておる訳か」
「な、何故この様な下賤の地に卿なる一族が・・・」
「ハァ~」
リュシルは、胸の前で腕を組みながら小さく息を吐くと、
「旦那様よ。このトカゲ屠っても構わぬか?」
冷たく言い放った。
いきなり死刑宣告?・・・一瞬だったけどこっちを見た時、笑顔、ドヤ顔をキメてなかったか?
「お、お待ちください卿よ。我は、私はモーヴェドラゴン。で、ですが、ウェードカルンドーナのリッター。下卿です。け、卿に保護を要請します」
「保護だと、妾にウェードカルンドーナのリッター風情を保護しろと言っているのか?」
「ま、まさか貴女様はぁっ!・・・・・・イヤありえん。中央の上卿が下賤なヴィスズ等と同じ空間に居られるはずがない」
おや、このドラゴン。俺達の事を下級種のヴィスズと勘違いしてるみたいだ。
「旦那様よ。時空牢獄を解除して貰えるか?」
「殺さないですよね?」
「妾に任せておくが良い。そうは思わぬか?」
リュシルは、腕組みを止めると徐に浪漫しか存在しないはずの谷間から扇子を取り出した。
いったい何をする気だ?・・・って、なっ、ななぬっ!
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凝視・・・ば、馬鹿。俺!・・・。
リュシルは、流れるように滑らかな所作で扇子を開き口を隠す。
・・・凝視・・・
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洗練された所作の一つ一つに美しさと品の良さを感じ、つい見入ってしまった。
・・・・・・・・・浪漫を!
「トカゲ」
「は、はい」
「暫く見ぬ間にメアも随分と様変わりしたものよのぉ~。マクスィマールの礼すら知らぬ愚か者がリッターとは何と嘆かわしい」
「あ、あ、あ、あド、ド、ドリドリ・・・」
何かドラゴンの様子がおかしくないか?って、あっ!
リュシルが一歩だけほんの一歩だけドラゴンに近付いただけで、ドラゴンは白目を向き口から泡を吹き出し前屈みに崩れ落ちてしまった。
あらら。
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「おいっ!これどうすんだよぉ―。こんなでっけぇ―獲物俺の鞄に入んねぇ―からなぁっ!」
入らないも何も、ファルダガパオに生き物はもともと入れられない。
「あ”ぁ―そっかぁっ!おめぇ―は知んねぇ―かも知れねぇ―がぁっ!」
ん!?まさか、・・・まさかな。
「おめぇ―に貸したら森熊が丸々一匹入る様になってなぁっ!だから安心しろってぇ―、五百キログラムまでなら余裕だぁっ!まぁ―何だぁっ!素材やら金やら飯やら着るもんに武具だろう後はぁ―母さんに見られっとまじ・・・まぁ―どうでも良い事なんだけどなぁっ!ハッハッハッハッハ」
錆びた鉄の槍がつっかえてたから取り外しただけ何だけどな。って、森熊が一匹入る様になったって話かよ。・・・だよな。何度試してもダメだったんだ。そう簡単に開発に成功するとは思えない。
「そ、そっか。良かったな」
「おぅ。任しとけぇっ!」
相変わらず、対応に困る。親父はさておき、この後どうしよ。
「ロイク様。それ、暫くは目覚めそうにありませんよ」
モーヴェドラゴンと一定の距離を保ちながらサラさんが話し掛けて来た。
「ですね」
「しかし、これは実に大きく見事なドラゴンですね」
モーヴェドラゴンの鱗を近くで確認しながらサンドラさんは瞳を輝かせていた。
ふ~む、聞きたい事もあるし討伐するのは・・・・・・。あっ、でも鱗位ならびっしりあるし一枚・・・四、五枚位は平気かな?
「モーヴェドラゴンはメアで最も大きな種族故、大きくて当然だぞ。知らなかったのか?」
メア下界魔界出身者以外は誰も知らなくて当然だと思いますよぉ~。
「こ奴の個体名はジャンガヴァード・パジャ・ギャヴォググと言うらしいがリッター故、これでも小柄な方だぞ。知らなかったのか?」
「マジかぁっ!これでちっちぇ―方なのかよぉっ!」
「それで小さい?」
「これが小さい・・・ですか?」
先程から、俺達四人が、モーヴェドラゴンを、これ、それ、呼んでるのには訳がある。俺達の言葉では発音が難しく言い難いからだ。
「これよりも大きなドラゴンがメア下界には居るんですね」
「いるぞ。だが安心するが良い。こ奴等は巨躯に成れば成程虚弱な種族羽の生えたトカゲ故、旦那様を害する事は無い。そうは思わぬか?」
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メア下界の悪魔種竜魔族や悪竜族は、強い個体に成れば成程小さく人の形に近くなるらしい。
トゥーシやリュシルの祖父魔王サザーランドに従える十二の獣の一角で、絶息の無慈悲のバハムートは、親父より二回り程大きい人型で、ドラゴンの姿になると、これの三分の一程の大きさらしい。
因みに、これの状態は、
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≪これ≫
【名前】ジャンガヴァード・パジャ・ギャヴォググ
【全長】87.6m
【体重】不明
【状態】悪気欠乏
【H P】156222/49018653
【悪気】1/33
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リュシルの指摘通り、体内の悪気が不足し動ける状態ではなかった。
ヒューム属で言う所の【MP】全消費からの気絶。時間経過での【MP】回復無効。これに近い状態だ。
つまり、
「悪気を回復させれば、起きるって事ですよね?」
「んな訳ねぇ―だろうがぁっ!これ、艶っぽいガキちょが有難てぇ―事に自分から近付いたってのによぉ―っ!気絶しやがったんだぜ気絶。分かっかぁ―、あああぁぁぁ―――勿体ねぇっ!なっロイクぅっ」
無視で行こう。
「トゥーシェさんやリュシルさんの力の源の悪気が欠乏した事と、恐怖によって気絶したのでしたら、悪気の回復の他に、気付け薬を使ってみてはどうでしょうか?」
サラさんは、一定の距離を保ったままだ。
「はぁっ?んな勿体ねぇ―。こんなの蹴っときゃ―そのうち起きんだろうぉ―」
≪ガツッ
親父の奴、本当に蹴りやがったよ。
「うぐっ・・・」
急に脚を抱えて蹲りだしたが何をやってるんだ?
「「バイル様!?」」
サラさんとサンドラさんは心配している様だが、今の距離からは一歩も歩み寄る気は無い様だ。
警戒するのが当然だ。蹲ってるあれの様に、気絶したドラゴンの傍らで無警戒に蹲る方がどうかしてる。
「旦那様よ。旦那様のてて親殿のステータス値が面白い事になっておる故、見てみてはどうか?」
「ふむ」
俺は神眼Ⅲを意識し親父のステータスを確認する。
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「骨折・・・」
ボソリと、小さく呟いた俺の声は、サラさんとサンドラさんに届いていた様だ。
「「骨折したのですか!?」」
「のぉ~面白いであろう。蹴った側があの程度の一撃で骨折じゃぞ。フッフッフッフッフ愉快じゃ笑いを堪え真顔で旦那様に話を振るのが大変であったわ。そうは思わぬか?」
愉快。・・・面白い。・・・概ね正解だ。だがしかしだ。これはそれらを通し越し、ただの馬・・・。いかんいかん。例え本物だとしても実の親に対し言ってはいけない一言だ。
蹲り痛みに悶える父バイルと、気絶したままのドラゴン。シュールな光景だ。
「サラさん。サンドラさん。リュシル。何だかとっても馬鹿臭くなって来たんで、サクッとそこの二人を回復させて話を進めます」
「そうですね。今日はやらねばならぬ事が多いですしその方が良いでしょう」
サンドラさんは、何故か俺の後方へと移動しながら話をする。
「そうですね。私もロイク様と叔・・・サンドラ様の意見に賛成ですわ」
サラさんも、何故か俺の後方へと移動しながら話をする。
「旦那様よ。面白い故、妾はもう少しだけこの喜劇な光景を見ていたいぞ。焼き付けるまで待ってはくれぬか?」
「そうですねぇ~」
やる事は沢山あるけど、別に急いでる訳ではない。フッ・・・。
「三・・・十ラフンだけですよ」
ありがとうございました。