4-42 新迷宮④~モーヴェドラゴン①~
―――アシュランス王国・王都スカーレット
エルドラドブランシュ宮殿・昼食の間
R4075年09月15日(風)14:47―――
時空牢獄に捕らえられた事にまだ気付いていないモーヴェドラゴンをそのまま放置し、サラさんとサンドラさんと父バイルと俺は、俺の神授スキル【フリーパス】で一旦帰宅した。
昼食の間にはまだ誰も集まっていなかった。
正午十三ラフン前。ちょっと早過ぎた様だ。
集まり方にもよるが、我が家の昼食はだいたい十五時半頃らしい。日頃、何かと忙しく時間を気にしていなかった。
「ロイク様。昼食まで時間がありますので、汗を流し着替えて来ますね」
「私も少し汗を流してから昼食にしたいと思います」
サラさんはスカーレット大神殿の最上階の温泉へ。サンドラさんはエルドラドブランシュ宮殿の地下の訓練所へ。
父バイルは、
「仕留めた森兎を解体してから昼食にする」
と、言い残し何処かへ行ってしまった。
昼食の間に一人残された俺は、タブレットの画面にモーヴェドラゴンの様子を映し出し、それを目に被せてある魔導具【MRアイズ】にミラーリングさせ、神授スキル【神眼Ⅲ】と併用し眺めていた。
―――ゼルフォーラ王国・国王王国管理地
名を持たざる歪みの森の迷宮・北東部
R4075年9月15日(風)14:50―――
眠ってしまった様だ。
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我の体よりも大きな木が生い茂る信じられぬ程に深い森。空を確認しようにも、空は枝と葉に覆われ僅かに見える程度。
大きな木の存在にも驚かされたが、それ以上に驚いたのは僅かに覗いた空から降り注ぐ陽光が二つ存在した事だ。
陽光が二つ存在する。それは太陽が二つ存在すると言う事。
それは、ここがメアでは無い何処かだと言う事。
二つの太陽が沈むかして空から姿を消すと同時に、森の中は完全な闇に支配された。
本当の驚きはここからだった。
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我はモーヴェドラゴン。我の眼はドラゴンアイズ。光の届かぬ闇の中であっても、我の眼は全てを鮮明に映し出す。
ダンジョン攻略を果たし強制転位で脱出した我と我の部下九竜は、強制転位のミスに巻き込まれメアでは無い何処かへと転位した可能性が高い。
我は部下を探すべく、我の体よりも大きな木が生い茂る信じられぬ程に深い森を彷徨った。無様にもトカゲの様に地べたを這い尾を擦り彷徨い歩いた。
飛べないドラゴンはただのトカゲだ。
咆哮をあげたが咆哮とも呼べぬ狼の遠吠えに毛が生えた程度の虚しく情けない響きだった。
情けない咆哮は無残にも深い森に飲み込まれ部下達に届く事は無かった。
スキルが上手く発動しない!!!
悪気を上手く練る事が出来ない!!!
しかも恐ろしい事に悪気が回復しない!!!
恐ろしさ。不安は体力を容赦無く奪っていく。空腹のせいかもしれない。喉の渇きのせいかもしれない。
部下の安否を心配しつつ、大地に体を横たえ瞼を閉じる。
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この森では視覚よりも聴覚や嗅覚に集中した方が良い様だ。
水の流れる音が聞こえる。
小さな何かが駆ける音が聞こえる。
渇きと飢えは何とかなりそうだ。
安堵し少しだけ気持ちが緩んでしまったのかもしれない。
我は、二つの太陽が空から消える少し前に目を覚ました。
本当の驚きはここからだった。
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悪夢が始まった。
体を起こし、水の音を頼りに地べたを這い。小川を見付けた。小川の水は見た事も無い清らかさで透明だった。
飲むのに躊躇し暫し考え込んでしまったが、渇きには勝てずどうにでもなれとがぶ飲みした。
美味かった。今まで我が飲んでいた物が本当に水であったのか。我は皆に騙されていたのではないか。
ふと、我に返り、周囲を見回すと、周囲は闇に覆われていた。
僅かに見える空には星が輝いていたが森の中に光が届く程では無い。
ドラゴンアイズを夜行仕様に切り替え小川から離れる事にした。
一歩踏み出した瞬間だった。
体が何かに吸い込まれる。歪められる感じがする。脚を踏み下ろした時には、景色が一変していた。
小川が消えた!?
さっきまで空が見えていた場所が消えた!?
何が起こった?
今の感じは何だ?
体が何かに引っ張れた様な感じがした。
小川に戻ろう。嗅覚を頼りに・・・・・・・・・あの美味い水の匂いがしない!!!
おかしい。何かがおかしい。
我は周囲を調べる事にした。
一歩踏み出すと、
また、体が何かに吸い込まれる。歪められる感じがする。脚を踏み下ろした時には、景色が一変していた。
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体が吸い込まれる歪められる感覚を何度も味わった。
周囲を絶え間なく動き回る気配に警戒し何度も気を張った。
何かと体が重なり擦れ違った様な錯覚に襲われた時も何度かあった。
ヴィスズ族が好んで使う小さな荷車が見えた気がしたが一瞬の事過ぎて断言出来ない。
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動くと。一歩でも動くと不思議な現象に巻き込まれ何処かに転位している可能性がある。
ダンジョンの強制転位とこの森の不思議な現象には通じる物がある。
我は熟考する為動くのを止めた。だが、引っ切り無しに気配が動き回る中で落ち着いて思考するのは無理だった。
結局、二つの太陽が闇を飲み込むまで、不思議な現象に巻き込まれ続けた。
疲れていたのだろう。
眠ってしまった様だ。
水と食料を確保し部下を探すとするか。
体を起こし、ゆっくり左脚を前に動かす。
よし、転位しない。
≪・・・
うん?何だ?何かにぶつかった様な・・・
左脚を前に、
≪・・・
何かにぶつかってこれ以上進めない。
右脚。右手、左手、後ろ。
右、左、右、左、前、後ろ。
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半径九十メートルの見えない壁の中に、
壁の中に、
と
閉じ込められたぁっ!?
―――アシュランス王国・王都スカーレット
エルドラドブランシュ宮殿・昼食の間
R4075年09月15日(風)14:52―――
おっ、時空牢獄に拘束された事に気付いたみたいだ。
「あらロイク。珍しいわね」
「区切りが良かったんで、たまには皆とゆっくり昼食でもって思ったんです。ちょっと早く来過ぎちゃったみたいですけどね」
「フフフッ」
マルアスピーが昼食の間に入って来た。
「一人ですか?」
「ええそうよ。さっきまで大樹の聖域に行っていたの」
「招待状の件ですか?」
「ええそうよ」
「あらっ、一番乗りだと思って来たのだが妾は三番目であったか。旦那様とアスピーがランチに顔を出すとは珍しいのぉ~。そうは思わぬか?」
「そうね」
「ですね・・・何してるんですか?」
リュシルは昼食の間に入って来るなり後ろから抱き着いて来た。
「スキンシップを知らんのか?夫婦の愛情表現の一つでやるとやらないでは愛に甚大な何かを齎すらしい。メアリーママ殿の知恵故信憑性は高い。アスピーも一緒にやらぬか?」
「そうね」
マルアスピーまで抱き着いて来る。
「変わらないわね」
「一瞬で甚大な何かが齎されては愛も大変故気を使っておるのだろう。もう少し続けてみようではないか」
「それもそうね」
暑苦しい。・・・だが、この感触は・・・・・・。
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「ところで、旦那様とアスピーは昼食の間で何をしていたのだ。聞いても良いか?」
「昼食までまだ時間があるんで、時空牢獄に拘束したモーヴェドラゴンを監視・・・というか何となく見てました」
「私は大樹の聖域に行っていたのだけれど、帰って来たらとても中途半端な時間だったの。だから工房には行かずお昼にする事にしたのだけれど、お昼には早過ぎたみたいね。ロイクしかいなかったわ」
「モーヴェドラゴン?・・・旦那様はモーヴェドラゴン族を拘束したのか?」
「指令は討伐なんですが、気になる事があったんで取り合えず拘束しました」
「気になる事・・・ふ~む。旦那様よ。妾も気になる故、妾のMRアイズにも絵を貰えないだろうか?」
「ねぇロイク」
「はい。何でしょう」
「私も欲しいわ」
「分かりました。・・・・・・ですが、その前にまずは離れましょう」
ありがとうございました。