4-31 名前①~魔導具の新しい形式~
―――アシュランス王国・王都スカーレット
エルドラドブランシュ宮殿
・三階ミーティングルーム
R4075年09月13日(水)27:45―――
フォルヘルル島の調査より帰還した俺は、温泉で汗を流し、いつもより少し遅い夕食を一人で済ませると、エルドラドブランシュ宮殿の三階にあるメインコンファレンスルームに、アシュランス王国の内政や外交や軍事に携わる一家眷属を緊急召集した。
―――会議15ラフン前
≪ガチャ スゥ―
「扉が勝手にっ!?」
「あ、驚きました?これはですね。開発したばかりの魔導具のドアです」
「ドアを魔導具にしてしまうとは突拍子も無い事をお考えになられる」
「そう思ってたんですが、今日調査した井戸の底の地下大都市の塔の最上階の部屋のドアには、俺が開発した魔導具以上の効果が付与されていたんですよね」
「ミスリルの扉の話ですね。エリウス様の話では、回収しても暫くすると復元され元の状態に戻っているとか」
「たぶんですがそれはドア本体に施された付与では無く、壁か床か天井の何処かに転送に良く似た何かが施されていたんだと思います。温泉に浸かってる時に気付いたんで、次の調査の時にでも調べてみるつもりです」
「そうなると処刑用の汚水の方ですね」
「・・・あれは処刑とか関係なしに精神的になかなかです。離れた場所から排水が流れ落ちる様を神眼で視ていましたが、ノーズクリップやモザイクが欲しかったです。ドアを開けたら落とし穴だったり魔獣が湧いたり刃物や針や魔術が飛んで来るって罠は普通ですが、狭い部屋に閉じ込め汚水で水責めは笑えないです」
「扉を開けたら刃物が飛んで来て突き刺さるのも笑えないと思いますが確かに汚水は最悪です。水棲の私にとってはかなりの死活問題です。邪獣の頃から呼吸は不要でしたが汚水の中をエラ呼吸しながら泳ぎ回る同胞達を想像すると眉が寄ってしまいます」
へぇ~。
亜神鱓様の表情を確かめる。
ユマンに近い化現ではあるみたいだけど、眉は見当たらない。言葉の綾ってやつだったか。
「ところで、ロイク様。話を戻し恐縮なのですが、この扉は開閉の効果が付与されているだけではありませんよね?」
「おっ、良くぞ聞いてくれました。そうなんですよ。このドアの魔導具はですね。商品名を【サーヴァントドア】と言いましてですね。生命反応と体内の自然魔素の循環を瞬時にスキャンし予め許可した者だけに反応し開く仕組みなっているんです。他にもですね。誰がいつドアを開閉したかとかドアを潜ったかとか許可の無い同伴者の個人情報とかも記録します」
「最近流行のセキュリティーを重視した扉でしたか」
「えぇ」
現時点に於いてララコバイア王国やアシュランス王国では確認されていないのだが、ゼルフォーラ王国や旧ヴァルオリティア帝国や北大陸フィンベーラの諸国では、7月中旬頃から急増し始めた窃盗強盗事件。
警備や住民に気付かれる事無く書類や商品や金品が盗み出されたり貴族や豪商や婦女子が拉致され乱暴されたり金品を要求されたりする事件が多発しているそうだ。
「玄関や部屋にこのドアを取り付けるだけでかなりの効果が期待出来ると思うんですよね。ドアだけだと意味が無いと思いまして【サーヴァントウィンドー】もセットで開発してみました」
「窓もですか」
「部屋には普通窓がありますからね。重要です」
「ですね」
「おい。ロイクっ!何廊下でくっちゃべってるんだよぉっ。部屋に入んならさっさと入れっつぅーのっ」
メインコンファレンスルームの観音開きで開かれたドアの前で立ち話をしていると、メインコンファレンスルームの中から父バイルが話し掛けて来た。
上座のドアから入室すると、メインコンファレンスルームの下座のドアに最も近い円卓の席に座る父バイルと、その後ろに立つジェルマンさんが居た。
許可は出していない。いったいどうやって入ったんだ?
父バイルの傍に歩み寄り、ジェルマンさんに軽く会釈をする。
「ロイ、国王陛下。申し訳ございません。止めたのですが・・・」
ジェルマンさんは申し訳なさそうに頭を下げると、略式の礼で挨拶をした。
「おいおいジェルマン。お前なぁーに謝ってくれてるのよぉー。これじゃまるで俺達がわりぃーみてぇーじぇねぇーかっ」
こいつに関しては、今は無視で良いだろう。話が進まなくなる。
「ロイクで構いませんよ。ジェルマンさん」
半分家族の様な間柄である。無意味な気もしないでもないが、答礼し社交辞令を済ませる。
「本当に申し訳無いロイク君。バイルの奴が行くと言って聞かなくてね」
「はっ?全部俺のせいってかっ、何でだよっ!こっちの方がぜってぇー面白れぇーって、言ったじゃねぇーかよっ」
「面白うそうだと話していたのはお前だろうが」
「んなっこまけぇー事気にすんなよぉー。分かるだろう。なっ。なっ!・・・よっし俺が許す」
何言ってんだこいつは・・・。
「良し分かったっ!ロイクぅ―――」
気持ち悪い声で話し掛けて来るなよ。
「なぁーロイクぅ―――」
・・・。
「何だよ親父。今から大事な会議なんだよ。用事があるなら早く言ってくれ」
「おっ任せとけっ!良かったなっジェルマン」
父バイルは楽しそうだ。
「大切な会議だと言っているし。私達はリビングに戻らないか?」
「何言ってんだよぉー。折角ロイクが良いって言ってくれてんのにぃー何言ってんだよぉー。・・・あっ―――おめぇーさてはジェルマンの偽もんだろっ」
何言ってんだこいつは。本当に大丈夫なんだろうか。
「あのなぁ~バイル・・・」
「ガッハッハッハッハ。冗談だよ冗談...... ......ガッハッハッハッハ」
・・・・・・・
・・・・
・
「なぁ~親父。どうやて入ったんだ?」
「はぁー?・・・ロイクおめぇー頭でぇーじょぶかぁ―――」
・・・こ、こいつにだけは言われたく無い言葉の一つだ。
「ああぁぁ分かったっ!おめぇーそれはねぇーって」
はっ?
「確かにジェルマンは御貴族様だぜぇー。それもそこいらに転がってる様な御貴族様じゃねぇー。泣く子も黙るゼルフォーラ王国の侯爵の所の御貴族様だっ!」
「おいバイル。何故今の話の流れで私の名前が出て来るのだ」
「考えてもみろよぉー。世の中の御貴族様は自分の事すら満足に出来ねぇーなぁーんも出来ねぇー石ロコボンクラ共ばかりなんだぜぇっ。ロイクがそう思っちまっててもしゃーねぇーって」
は?・・・こいつ何言ってんだ?
「だがしかしだ。ロイク。俺が保証するっ!ジェルマンでもドアくれぇーはでぇーじょうぶだぁっ!安心していいぞっ。うん」
「「「はぁ↑!?」」」
ジェルマンさんと亜神鱓様と俺の声がメインコンファレンスルームに空しく響いた。
≪スゥ―――
「おんや。パトロン殿よ」
「chefアランギー様。何度も言ってますよね。いきなり俺の後ろに現れないでください」
「バイル殿とジェルマン殿が居る様に見えるのですが他の皆さんはいったいどちらに?」
俺の話は無視ですね。
「なぁーchefアランギー。面白そうだしよぉー、俺も参加していいかぁっ!」
「おい、バイル。神chefアランギー様に対し何だその態度は不敬だぞ」
「かてぇ―事言うなよまったくぅー。俺とchefアランギーはむかしっ・・・からこんな感じなんだよっ」
嘘付け。会ったの三ヶ月程前だろうが。
「おんや、実にすんばらしいですぞぉ~。臨時の対策会議に自ら進んで出席したいとは、天晴ですなぁ~。はい」
「会議だぁー!?」
怪訝そうな顔で睨まれても困る。さっきから会議だと何度も言ったはずだ。
「・・・おっ!おっといっけねぇー。ジェルマンだ。ジェルマン」
「私がどうしたのだ?」
「ジェ、ジェルマンと向こうで待ち合わせしてたんだった。いっけねぇーいやぁーうっかりうっかり。・・・って事で俺行くわっ。じゃなっ!!!」
父バイルはメインコンファレンスルームから勢い良く出て行った。
「親父の奴・・・何やりたかったんだ?」
「奇警な御方だとは聞いておりましたが、ロイク様の御父上様は想像以上の様です」
「何の何のあれは序の口ですぞぉ~亜神鱓もその内になれる事でしょう。ハハハハハ。いつ見てもパトロン殿の御父上殿は自由で羨ましいですなぁ~。世界広しと言えどもあの風はなかなかですぞぉ~。はい」
神様に羨ましがられる親父って・・・。
「神chefアランギー様。亜神鱓様。ロイク君。わ、私もこれで失礼します。バ、バイルを待たせる訳には行きませんので・・・」
「ジェルマンさん。毎度毎度親父の奴が申し訳ないです」
「こちらこそいつも済まないね」
ジェルマンさんは、深々と頭を下げ挨拶を済ませると、メインコンファレンスルームを後にした。
あっ、聞くの忘れた。どうやって入ったのかを・・・。
「ロイク様。御父上様もゼルフォーラのジェルマン侯爵も普通に退室致しましたがサーヴァントドアはあれが正常なのでしょうか?」
あれ?・・・おかしいなぁ~何故に開いた?
「正常じゃ無いです・・・」
「おやおや気付きませんでしたぞぉ~。新しい魔導具ですなぁ~。・・・ふむふむ、ほぉ~。絵図形式では無く短縮文字を模様に見立てた新しい形式ですか。まさに芸術。これは商品価値鰻上りの売れっ子間違い無し。早速アシュランス王国の全ての主要部屋に設置する事にしましょう。はい」
「これとセット開発したこんな物もあるんですが」
タブレットから......
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......取り出し、chefアランギー様に手渡す。
「おおぉぉ~。・・・パトロン殿よ。会議の後で話し合う必要がありそうですな。はい」
「たまには早く就寝したいんでほどほどにお願いします」
・
・
・
「時に、パトロン殿よ。魔法陣型、魔術陣型、魔導陣型、術式型、方式型、呪詛型、循環型、他にもまだまだ存在しますが、この形式は過去にも存在した事の無い完全なる新型元祖です。この形式の名称はお決まりですかな?」
「まだ考えてないです」
「そうですか。それでしたら、文字文様式というのはどうですかな」
「文字文様式ですか」
正直、名前に関しては何でも良いかなって思ってた。神様の命名なら有難いだけで願ったり叶ったり考える手間が省けて大助かりだ。
「コルト下界とは異なる下界KANBE下界には、文字文様と呼ばれる図柄を用いた非常に高価な衣類が存在します」
へぇ~
「KANBE下界?」
亜神鱓様は知らなくて当然か。神や亜神になったからといって、直ぐに全てを理解出来る訳では無い。
「KANBE下界はここコルト下界よりも十倍程広く大きな下界です」
「十倍とはまた随分と広い世界なのですね」
「コルト下界では光の時間の空を飾る縦陽として有名ですな」
横陽より一回り小さな縦陽。有名って使い方はちょっと違う気もするが・・・。
「天に浮かぶ陽がもう一つの下界ですか」
「左様ですぞぉ~。そして、光の時間の空を飾る横陽は、コルト下界よりも十三倍程広く大きな精霊界ですぞぉ~。はい」
「な、何と精霊様方が住まう異界精霊界は、この世界の頭上に浮かんでいたのですかっ!!!」
今は亜神様だけど、元々は邪獣様だ。精霊様に様を付けてしまうのは抜けない癖みたいな物なんだろうな。
かくいう俺も、改善する様に促されている事が多々ある訳なのだが。ハハハ。実に難しい・・・。
「・・・浮かんで・・・・・・まぁ~そんな感じですな。はい」
「そのKANBE下界に、文字文様柄の高級衣類が存在してる訳ですね」
「その通りですぞぉ~。一種族のみで世界を支配する様になってからは不安定を極めてはいますが、食の文化だけは上々。褒めても良いでしょうなぁ~」
へぇ~・・・って、魔導具の名前の話はどうなったんだろうか?
「ロイク様」
亜神鱓様がウィスパーボイスで話し掛けて来た。
神授スキルになった【レソンネ】で話し掛けてくれれば良いのに・・・。
「どうしました?」
「chefアランギー様は物知りですよね。尊敬します」
・・・フォルティーナ程じゃないけど、脱線が凄いけどね。
「で、ですね」
ありがとうございました。