4-24 屋上のアトリエ+フォルヘルル島、調査一日目④~3つの井戸~
エルドラドブランシュ宮殿の屋上には、俺が設置した追求や探求を目的とした施設がある。
追求や探求を目的としたこの施設を俺だけがただ1言【アトリエ】と呼んでいる。そう俺だけが密かにそう位置付けている。
アトリエに入れる者は、俺の家族眷属、俺が許可を与え同行する者、工房ロイスピーで働く精霊様達。そして自由気ままな神々様方である。
自由気ままな何でもありな神々様方が自由に出入りするアトリエのセキュリティーは機能していないに等しい。
口の堅い精霊様や聖邪獣様と違い、神々様方は気の向くままに何でも自由気ままにお喋りし噂を広める。
噂を聞き付けた暇を持て余し刺激に飢えた神々様方は自由気ままに出入りする。少しでも暇潰しになれば良いやとやって来る。実際、刺激はほとんど無くても良いらしい。
神様は自由、何でもありである。
2ヶ月程前、エルドラドブランシュ宮殿の屋上にあるアトリエに、工房ロイスピー代表室が新設された。利便性を追求した結果である。
工房ロイスピー代表室の主は共同経営者のマルアスピーだ。
代表室の設置と同時に、工房ロイスピー主席助手室と工房ロイスピー次席助手室が新設され、主席助手室の主にはパフさんが次席助手室の主にはカトリーヌさんが拒否権無し半強制的に大抜擢された。
アトリエは、自由気ままな神々様方に対しては無力過ぎるセキュリティーだが、神々様方以外の存在に対しては別である。アトリエ以上に優れた場所等この世界には存在しないと言って過言ではない。
機密性を考慮した結果、アトリエの主である俺の立ち入りすらも制限するエリアが設けられた。フォルティーナが率先し施したらしい結界は、何でもありな神々様方ですら自由に出入り出来ないとても優秀な物だった。
そんな事が出来るなら、だったらアトリエ全体に・・・。と、思わないでもない訳だが・・・
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工房ロイスピーの為ではない。この優れたセキュリティーが施されたエリアには、嫁許嫁's臨時家族会議室が存在するらしい。
嫁許嫁's臨時家族会議。後に、レユニオンエプーズと呼ばれる事となる創造神様公認の嫁達によるルーリン・シャレット家の最高意思決定機関。そんな最高機関の前身機関の本部が存在するらしい。
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存在するらしい。
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―――アシュランス王国・王都スカーレット
エルドラドブランシュ宮殿・屋上のアトリエ
R4075年9月13日(水)16:30―――
創造神様公認の許嫁パフ、アリス、サラ、テレーズ、バルサ、メリア、カトリーヌ、エルネスティーネ。遊びの女神フォルティーナと料理の神chefアランギー様公認の許嫁サンドラ。9人は、エルドラドブランシュ宮殿の屋上のアトリエ内工房ロイスピー専用エリアにある小規模会議室のドアの前に立っていた。
小規模会議室とは、30人程度の比較的小規模な人数で話し合いを行う為の工房ロイスピー専用の会議室の1つである。
パフは、小規模会議室唯一の出入り口であるドアの横に設置されたブルークリスタルの四角い版に、右手の指を5本あてている。
ブルークリスタルの四角い版が一瞬だけ発光するとドアの前の廊下に、
≪指静脈認証 クリア 貴方 ハ 主席研究員パフ デ 相違 アリマセンカ?
棒読みで感情の無い若い女性の声が響く。
「え?あ、えっと助手だった様な・・・」
≪声紋認証 クリア 貴方 ノ 自然魔素 ノ 波動 ヲ 確認 シマス 放出 シテクダサイ
「え?」
≪波動認証 エラー 貴方 ノ 自然魔素 ノ 波動 ヲ 確認 シマス 再放出 シテクダサイ
「えっと、これいったいどうしたら良いと思いますか?」
「自然魔素の波動を放出しろと言われても・・・困りましたねぇ~・・・」
アトリエ内工房ロイスピー専用エリアを毎日の様に行き来するパフとカトリーヌですら、何をどうしたら良いのか分からない。
「パフさん。ここ、いつからこんなに厳重になったのかしら?」
アリスは、ブルークリスタルの四角い版を覗き込みながら質問した。
「それがですね。昨日は、指静脈認証だけでした」
アリスのパフへの質問に答えたのはカトリーヌだった。
「昨日の夜から今日の午前中にかけて、声紋認証と波動認証が増えたって訳ね」
「「はい」」
テレーズの言葉に、パフとカトリーヌは同時に肯定した。
「マルアスピー様はこの中に居るのよね?」
「ランチを済ませたら小規模会議室に皆さんを連れて来てと頼まれましたので、中で待ってると思います」
サラの質問に答えるパフ。
「パフさん。どうして臨時家族会議室では無くて、工房ロイスピーの小規模会議室なのかしら。呼ばれた9人は皆トストフィアンセですよ」
「私にも分かりません」
メリアの質問にパフは答える事が出来なかった。
「トストフィアンセって、chefアランギー様が夕食の後のお酒の席で乾杯の音頭を取られた時に・・・確かぁ~・・・」
「バルサ殿。メリア殿。トストとは乾杯や祝杯といった意味です。トストフィアンセとは、許嫁の立場にある皆さんをお酒の席でchefアランギー様が祝福してくださったのです。あの時、chefアランギー様はトストエプーズとも仰られておりました。この言葉は、マルアスピー様、フォルティーナ様、アル様、ミュー様、マリレナ様、可愛らしいトゥーシェ殿、妖艶なトゥーシェ殿、バジリア殿を祝福してくださったものです」
言葉に詰まるバルサを助ける様にサンドラは語った。
「サンドラ様。トストフィアンセとは、許嫁である私達全員を指し示す言葉では無かったのですか?」
「メリア様。・・・乾杯の許嫁、祝杯の許嫁と自ら呼称するのは......
........流石に」
「あぁ~流石にちょっと痛いですね」
メリアの質問に、バルサが返答し、バルサの返答にメリアは納得しつい被せる様に言葉を発してしまった。
「痛いです」
バルサは、これだけは言い切りたかったのだろう。1言だけ強調し〆た。
「あのぉ~。サンドラ王女様。メリア様。バルサ様。今は会議室に入る事を考えた方がよろしいのではないでしょうか?」
エルネスティーネは、脱線する3人を視界に捉えながら、弱々しくも確りとした言葉を口にした。
「そうですよ、サンドラ叔母様。まずはこのドアをどうにかしなくては」
「サラ。叔母様は止めてくれと言ったではないか」
「・・・つ、つい癖で、申し訳ございませんサンドラ叔母様。以後あっ・・・サ、サンドラ!!!以後、気を付けます」
「そうして貰えると嬉しい」
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≪波動認証 エラー 貴方 ノ 自然魔素 ノ 波動 ヲ 確認 シマス 再放出 シテクダサイ
「ダメです。いったい何をどうしたら良いのやら。サッパリ分かりません」
「パフさん。その青いクリスタルにもう1度指をあてていただけますか?」
「メリア様。認証版にですか?」
「もしかしたらですが、それに触れながら自然魔素を......」
≪ガチャ
「何をしているのかしら。・・・フォルティーナもアルもマリレナもトゥーシェももう1人のトゥーシェもミューもバジリアも中で待ってるわよ」
「......どうやら開いたみたいですね」
「はい」
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マルアスピー、フォルティーナ、アル、マリレナ、ミュー、トゥーシェ、もう1人のトゥーシェ、バジリア、パフ、アリス、サラ、テレーズ、バルサ、メリア、カトリーヌ、エルネスティーネ、サンドラ。17人?は、工房ロイスピーの小規模会議室の中央に置かれた楕円型のセンターテーブルを囲む様に座っていた。
「アスピー。それで話とは何だね」
最初に切り出したのはフォルティーナである。
「そうなのじゃぁ~。忙しいのじゃぁ~。さっさと言うのじゃぁ~」
フォルティーナに便乗したのは騒がしい方のトゥーシェだ。騒がしい方のトゥーシェは騒がしいだけで日々やる事も無く退屈しており忙しい訳等無い。ほぼ反射的に社交辞令的に悪態を口にする。
「やっと皆集まったみたいね。それじゃ始めるわ。皆、タブレットからティアラを出して貰えるかしら」
マイペースなマルアスピーが騒がしい方のトゥーシェの言葉を気にする事は無い。スィーツ、デザート、そしてロイク。マルアスピーの思考は偏っている。
「ティアラ?あのぉ~マルアスピー様。コルネットの事でしょうか?」
「そうね、カトリーヌ。貴方と、アリス、サラ、テレーズ、バルサ、メリアはコルネットね」
マルアスピーは、話を続けながらタブレットから聖スカーレットのティアラを取り出した。
11人?は、促されるがままに、タブレットからティアラやコルネットを取り出す。11人とは、フォルティーナ、アル、ミュー、マリレナ、女王様な方のトゥーシェ、メリア、バルサ、カトリーヌ、アリス、テレーズ、サラの事である。
「トゥーシェ。お前のティアラはあたしが預かってるね。感謝するね」
≪パチン
フォルティーナが指を鳴らすと、パレスのティアラがトゥーシェの頭の上に現れた。
「な、何でお前が持ってるのじゃぁ~。ドロボーなのじゃぁ~」
「うるさいね」
≪パチン
「ギャァ――――――」
「お前は、ロイクと共有の財産が無いね。タブレットに収納スペースが無いね。態々、創造神から預かってやったあたしに対しその口のきき方は何だね。全く躾が成ってないね」
「出したわね」
マルアスピーは、見慣れた光景を気にも留めず話を進める。
「今ここには、私の聖スカーレットのティアラ。フォルティーナの聖キュリオジテのティアラ。アルの聖オェングスのティアラ。ミューの聖ワワイのティアラ。マリレナの聖ネセシテのティアラ。トゥーシェのパレスのティアラ。もう1人のトゥーシェのコシュマールのティアラ。創神具のティアラが7個と、メリアのフィーラ伯のコルネット。バルサのカトムーイ伯のコルネット。カトリーヌのククイム伯のコルネット。アリスのゼンスタード伯のコルネット。テレーズのダカイラ伯のコルネット。サラのラクールのコルネット。神具のコルネットが6個あるわ」
「アスピー。それがどうしたね」
「さっき、創造神様から神授をいただいたの」
「創造神様から神授をですか!」
「えぇ、アル。その通りよ」
「う~む。おかしいね、あたしは知らないね」
「フォルティーナ。貴方、寝ていたでしょう?」
「あたしがかね?」
「えぇ」
「う~ん。お、・・・覚えてないね」
どうやら、フォルティーナには心当たりがある様だ。
「創造神様は気にしていたわ」
「わ、私は忙しく働いていたね・・・」
平常心を装ってはいるが、その声は真実を語っていない時のそれである。
「フォルティーナ。貴方の事ではないわ。パフちゃん達の事よ」
「あぁ~何だね。パフの事かね。そうだと思ったねし、知ってたね・・・」
まさしくそれである。
「私の事を創造神様がですか?」
「えぇ。正確には、パフちゃん、バジリア、エルネ、サンドラ。4人の事を気にしていたわ」
「「「「私達をですか!?」」」」
4人は互いに顔を見合わせている。
「あぁ―――。なるほどだね。あたしのティアラ以外には1日に88回だけ即死を回避する神授スキルが付与されているね。コルネットの方には1日に27回だけ即死を回避する神授スキルが付与されているね。ティアラやコルネットを創造神から貰ってない4人には即死を回避する神授スキルが無いね」
「そうね。フォルティーナ。話を進めても構わないかしら?」
「アスピー。こんなにも狭いコルト下界のこんなにも小さな会議室で焦っていったいどうするね。まずは神茶でも飲みながら落ち着くね」
≪パチン
皆の前に、冷たい神茶が良く映える夏専用グラスが現れる。
「パフ。これに良く冷えた神茶を入れるね。それとロイスピーの菓子を適当に持って来るね」
「は、はい。フォルティーナ様」
パフは慌てて席を立ち、小規模会議室を後にした。
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「フォルティーナ様。どうして夏用のグラスと一緒に冷たい神茶を出さなかったのですか?」
「アル。神とは時として非情にならなくてはいけないね。今がその時だったね」
「お茶やお菓子を取りに行って貰う事が非情ですか?」
「マリレナ。君は分かってないね。良いかね。パフは創造神公認の許嫁の1人だね。そんなパフが他の許嫁の目の前で小間使いとしてあたしの指示に従い神茶と美味しい菓子を取りに行く。分かるかね。これは最早非情に値する仕打ちだね」
「・・・そ、そう・・・そうですね・・・」
マリレナは、バジリアへと視線を動かした。
「マリレナ様。フォルティーナ様にとっては、そ、その・・・非情な行為仕打ちなのでしょう。たぶん・・・ですが」
「そ、そうね」
誰もが釈然としていない中、
「さてと、パフが菓子を持って来る間に、あたしは創造神に確認しておく事があるね。皆、静寂を楽しむと良いね」
フォルティーナは、自由に言い放つ。
神様は自由、フォルティーナは自由。何でもありである。
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「遅いね」
「遅いのじゃぁ~」
「ふむ、遅いのか」
フォルティーナの言葉に、騒がしい方のトゥーシェと女王様な方のトゥーシェが反応した。
「まだ10ラフンも経っていないわ」
「そうですよ。フォルティーナ様もトゥーシェさんも気が短過ぎますよ」
「何を言っておるのじゃぁ~。もう10ラフンも経ってしまったのじゃぁ~」
「アル。トゥーシェの言う通りだね。時間は無限ではないね。トゥーシェ。お前もたまには良い事を言うね」
「おう。任せるのじゃぁ~」
アルは、フォルティーナと騒がしい方のトゥーシェのやり取りを、笑顔で見守っていた。
「人数が人数ですし、神茶を煎れるのに時間がかかっているだけではないでしょうか?」
「それは無いわ。工房ロイスピーの休憩室には神茶のホットとアイスが絶える事無く供給され続ける蛇口があるの。ロイクが付けてくれたの」
「そ、そうですか・・・」
バジリアの言葉は、マルアスピーから提供された休憩室の情報によって、その意味を失った。
「そ、そうよね。きっとお菓子をどれにしようか迷っているのね」
「マリレナ。それも無いわ」
「そうなのですか?」
「えぇ。工房ロイスピーのお菓子や商品は、ロイク専用の収納とトゥーシェ以外の皆が共有の収納の両方に収納されているの。皆、自由に取り出せるのだから迷う必要はないわ。パフちゃんはおススメを紹介すれば良いだけなのだから」
「そ、そうですね・・・」
マリレナの言葉は、マルアスピーから告げられた菓子の収納の情報によって、バジリアをホローするには至らなかった。
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「ちょっと、遅過ぎない?」
「遅いわよね」
アリスとテレーズは、パフが戻って来ない事が気になり始めた様だ。
「そうね。そろそろ30ラフンは経つわね」
サラは、視界に映し出された時計を確認しながら唯一のドアを見つめ心配そうに呟いた。
「私、手伝いに行って来ます」
メリアは、席を立つ。
「メリア。貴方には無理よ。工房ロイスピー占有エリアに詳しくないでしょう。迷惑をかけるだけだわ」
「パフさんや私でも何処に居るのか分からなくなる時があります。慣れていないメリアさんでは迷子になってしまうと思います」
カトリーヌは、マルアスピーの言葉を優しさ5割に変換し、メリアへ届けた。
「あのぉ~宜しいでしょうか」
「何かしら、バルサ」
「私も宜しいでしょうか。パフさんですが」
「何かしらカトリーヌ」
「マルアスピー様。あ、あのドアなのですがぁ~・・・・・・」
「エルネ言いたい事がある時は、遠慮何て要らないわ。私達は対等なのだから」
「は、はい。ありがとうございます。・・・パフさんですが、あのドアを・・・・・・......」
エルネスティーネは、バルサ、カトリーヌ。サンドラ、アリス、テレーズ、サラ、メリアへと視線を動かし、互いに頷き合った上で話を続ける。
「......あのドアをぉ~・・・」
8人は、呼吸を合わせて、
「「「「「「「「開けられないだけだと思います」」」」」」」」
「ん?あのヒュームの娘はドアの開け方も知らないのか?吃驚だぞ」
「ミュー様。そう言う意味ではありません」
「そ、そうだな。さっきドアを開けて会議室を出て行った。開け方を知らないという事はないか。だとするとお前達の話してる意味が僕には理解出来ないぞ」
「マルアスピー様。あのドアについてお聞きしても宜しいでしょうか?」
「何かしら、サンドラ」
「波動認証とはいったい何でしょうか?」
「波動認証は」
「あぁ~五月蝿いね。お前達はほんの少し僅かな時間すらも静かに出来ないのかね。全くだね。良いかね。そもそもお前達はぁ~・・・あぁ―――、あぁ―――。ううん。喉が渇いたね」
≪パチン
フォルティーナが指を鳴らすと、大きなピッチャーを両手に持ったパフが、先程までパフが座っていた席に着座した状態で現れた。
「マルアスピー様ぁ~開けてくだ・・・えっ!?」
・・・・・・・・・・
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「神茶も菓子も揃ったね。アスピーさぁ~今だね」
「そうね」
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―――ララコバイア王国・フォルヘルル領
フォルヘルル島・西ドュン村の玉切り場
R4075年09月13日(水)17:00―――
「2人にはまだ早かったみたいですね。今日は俺がやっちゃいましたが、次の機会があったら2人に任せるんで、練習しておいてください」
「早いと言いますか・・・」
「ん?オスカーさん。どうかしましたか?」
「オホン。いえ、何でもありません」
「主殿。練習してどうにかなる事なのでしょうか?」
「エリウス。人間の俺に出来るんです。神様になったエリウスに出来ない訳ないじゃないですか」
「に、人間ですか・・・」
「ですよ。chefアランギー様が言ってたじゃないですか。神は理不尽な存在です。故に何でも出来る。って」
「そ、そうでしたね・・・」
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「ロイク様。井戸を埋めていた物は全て取り除きましたがこの次はいったい何をなされるおつもりですか?」
「次は当然」
目の前の井戸の中を覗き込む。
「ま、まさかとは思いますが、井戸の中に・・・」
オスカーさんも井戸を覗き込む。
「入るに決まってるじゃないですか。水も無いしちょうど良いじゃないですか」
「オスカー殿。この流れで井戸の中を調査しない訳がありません。アイダ殿の呪いの感染源とこの井戸に因果関係は無いでしょうが、目の前に怪しさ120%の井戸が存在する以上、調査する必要があります」
「エリウスの言う通りです。関係無くても調べておく必要があります」
「怪しい事に間違いはありません。・・・ロイク様。この井戸は本当に枯れているのでしょうか?」
オスカーさんは、井戸の底を覗き込む為、少しだけ身を乗り出す。
「こういう時にこそ、アナログです」
「アナログ?」
「そうです」
エリウスは、拳大の石を拾い上げると、井戸の中へ放った。
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≪カツン コッコッコ
「はて?気のせいでしょうか。この井戸は30m程の深さなのですよね?」
「井戸を埋めていた地属性の自然魔素で生成された棒は30m位の長さでした。ですが、棒の長さと井戸の深さは必ずしも比例しているとは限らないかと」
「5カウン程でしたので、深さは約120m強でしょうか」
「ですね。約122m強位ですね」
どうやらエリウスは、俺とほぼ同じ深さを導き出していた様だ。
「ロイク様。エリウス様。5カウンより長かった様な気がするのですが・・・」
「オスカー殿。長ければ更に深い。短ければ浅い。それだけの事です。ハッハッハッハ。また、面白い事を言いますなぁ~。ハッハッハッハッハ」
「100m以上もの深さの井戸?・・・井戸は勝手に深くなったりはしないはず・・・」
オスカーさんは、ブツブツと呟きながら、地面から拾い上げた拳大の石を井戸の中へと落とした。
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≪ ・・・ ッ
「あ、あのぉ~。私の気のせいでなければ良いのですが。今、音は?」
「微かにしました」
「はい。主殿。約9カウンで、カツッと小さな音が聞こえました」
9カウンか。エリウス、数えてるなぁ~。
「ちょ、ちょっと待ってください。9カウンですか?9カウン」
「はい。約9カウン後に小さな音が聞こえました」
オスカーさんは、1人で焦っている様だ。
「こ、この井戸。約400m弱の深さって事ですかぁっ!?」
だいたい・・・397m位か。
「そうですね。約400m弱になりますね。約122mだと思いきやまさかの約400m。主殿。これは面白くなって来ました」
「いやいや、この状況ですが、おかしいとは思いますが、けっして面白いとは」
「おぉ~、オスカー殿もおかしいと思うか。主殿。オスカー殿も井戸の底が気になってしょうがないとみえる。早速調査を開始致しましょう」
「2人がそう言うならそうしますか・・・」
「ろ、ロイク様。400mもの深さの井戸です。おかしいとは思いませんか?」
「オスカー殿。ですから、調査するのです」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
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「さて、井戸の底に直接移動しようかとも考えたんですが、壁とかも気になるんで、浮遊しつつゆっくり確認しながら降下する事にしましょう。俺は廃墟の手前に掘られた新しい井戸から行きます。エリウスはあっちの井戸から、オスカーさんはこの井戸からでお願いします」
「え?」
「えって、井戸は3つ俺達は3人。普通に考えたらこれが1番早く終わる方法だと思うんですが」
「そ、そうかもしれませんが・・・」
「主殿。オスカー殿。それではぁっ!!!」
≪タッタッタッタッタ
エリウスは、奥の井戸へと駆け出した。そして、
「井戸の底でぇっ!!!会いましょう」
井戸の中へと飛び込んだ。
「あっ、エリウス様・・・」
「エリウス。壁の調査、忘れないでくださいよ」
エリウスに大きな声で、あえて話し掛けてみた。
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「お任せください」
エリウスの声は、俺の声よりも大きかった。
「それじゃ俺達もサクッと井戸の中を確認しちゃいましょう。それでは井戸の底で」
「え、えっと・・・」
神授スキル【フリーパス】で廃墟の手前にある井戸の前と移動する。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
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井戸の中をゆっくりと降り始めてから3ラフン。
「これ、大海石化した硫黄だよな」
井戸を10m程降下した辺りから壁にはラメール化した硫黄が目に付き始めた。
硫黄の欠片を手に取り確認する。
「実験材料に幾つか持って帰っても良いよな。・・・それにしても硫黄の匂いが余りしないけど、これって大海石化してるからなのか?」
≪スゥ―――
手に取った硫黄を鼻に近付け深く息を吸い込む。
僅かに硫黄。温泉の匂いがした。
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「≪『ねぇロイク』→ロイク≫」
360度クルクルと回転しながら壁を確認していると、神授スキル【レソンネ】でマルアスピーが話し掛けて来た。
「≪『はい何でしょう』→マルアスピー≫」
「≪『トゥーシェの名前の事なのだけれど、名前は決まったのかしら』→ロイク≫」
「≪『今ですか?』→マルアスピー≫」
「≪『えぇ』→ロイク≫」
何故にこのタイミングで、トゥーシェの名前?
「≪『そろそろ妾に名を付けて欲しいのだが決まったか?』→ロイク≫」
神授スキル【レソンネ】で女王様な方のトゥーシェも話し掛けて来た。
「≪『今、井戸の中に居るんで、そっちに戻ってからでお願いします』→マルアスピー&女王様な方のトゥーシェ≫」
「≪『井戸の中か。いったい何をしておるのか?』→ロイク≫」
「≪『呪いの調査ですよ。出かける時に言ったじゃないですか』→女王様な方のトゥーシェ≫」
「≪『はて?・・・ララコバイア王国に行って来る。と、言わなかったか?』→ロイク≫」
「≪『分かったわ。戻ったらトゥーシェの新しい名前と、ティアラと、天球の事を話しましょう。また後でね』→ロイク≫」
えっと・・・マルアスピーには、何だか沢山話す事があるみたいだ。
「≪『妾は旦那様を信じておる故気にはせぬがぁ~・・・まぁ~何だ妾以外の嫁達にはぁ―――あぁ~別に良いのかこの事は妾しか知らぬ故良いのか』→ロイク」
何だ?・・・何か勘違いされてる?
「≪『えっとですね。ララコバイア王国のフォルヘルル島の井戸の中を調査中なんです。別段嘘はついてませんよ』→女王様な方のトゥーシェ≫」
「≪「そうか。ならば、旦那様が戻ってから名を聞く事にしよう。それで良いか」→ロイク≫」
「≪「は、はぁ~・・・」→女王様な方のトゥーシェ≫」
帰るまでにトゥーシェの名前ねぇ~。俺、呪いの調査で忙しいのに・・・。
ありがとうございました。