4-8 ラメールの祠と、水神玉。
俺はタブレットからリビングセットを設置した大きな空飛ぶ絨毯を取り出し、1人掛けのソファーにオスカーさんを座らせ、テーブルには神茶と菓子を置いた。
墓地の真っ只中に浮く空飛ぶリビングルーム。ただの空飛ぶ絨毯で寛ぐのは難しいかもしれないが、墓地の中でただ突っ立てるよりは幾分かましだろう。
空飛ぶ絨毯を取り出した際、ヴィルヘルム殿とイニャス首相とルーク財務大臣に詰め寄られた為、chefアランギー様に今がプレゼンの絶好のチャンスだと耳打ちしておいた。
建国間もないアシュランス王国の伝統。その名も奥義【丸投げ】。
・
・
・
・
・
・
旧霊廟バイタリテに入ろうとした時だった。
「おんや。陛下暫しお待ちを」
chefアランギー様に呼び止められた。
「どうしました?」
「オスカー・フォン・フォルヘルルによって施された封印ですがぁ~。破るのでは無く入るに留めた方が良いですぞぉ~。はい」
「破るとか入るとか言われても良く分からないんですけど」
「アランギー。ロイクにも分かる様に簡単に説明してやるね」
「そうですなぁ~。然らば、端的に参りましょう。オスカー・フォン・フォルヘルルが旧霊廟バイタリテに施した封印は荊棘の誓願【ヴゥーアムシェーヌ】です。この封印は創造神様と術者が盟約を結ぶ事で成立する極めて難易度の高い結界です。その代償は命」
「創造神様が命を代償に?」
「そうですぞぉ~。肉体と精神の限界を超え魂に課せられる寿命超過が盟約の対価代償なのですぞぉ~。心身共に衰えようとも盟約により期間満了と成るまで魂は誓願の義務を果たし続けるのです。はい」
まるで呪いだな。
「自然の力の循環、水の循環を利用した封印の魔力陣を創造神様と盟約を結ぶ事で強化した嗜好の一品。ただぁ~未熟な誓願だったのでしょうなぁ~。封印としては100点満点なのですがぁ~。はい」
「未熟なのに100点満点なんですか?」
「ほぼ永久。終日封印の盟約ですからなぁ~。封印としては満点と言って良いのではないでしょうか。ですが、自身の能力を超え結んでしまったが為に、オスカー・フォン・フォルヘルル自身は一生このままですぞぉ~。はい」
「肉体と精神の限界を超え、意思も無く盟約期間が満了するまで存在し続けるって酷ですね」
「おんや。誤解があったようですなぁ~。訂正致しましょう。オスカー・フォン・フォルヘルルの本来の寿命は74歳。肉体も精神も18年の超過によって限界を超えております。試してみましたが既に念話も通じず、結界を維持する為に死を回避しているだけの魂の器がオスカー・フォン・フォルヘルルだった存在です。先程私は未熟な誓願と説明致しましたが、この超過によって死を回避する期間をオスカー・フォン・フォルヘルルは定めていません。封印の結界は死の回避即ち寿命超過が続く限り維持されます。ですから未熟な誓願と説明したのですぞぉ~。はい」
・・・ずっとこのままって事か。何とも哀れな。
「それで、破るとか入るとかってどうい事ですか?」
「つまりですなぁ~。封印の結界を破って中に入った場合。盟約は強制的に期間満了となり誓願は終了。オスカー・フォン・フォルヘルルは解放され超過した年月もあり朽ち果てるでしょう。仮に未熟な誓願が意図的であったのならオスカー・フォン・フォルヘルルの意志はどうなるのでしょうなぁ~。はい」
「な、何と。・・・御老体は、オスカー殿は、旧霊廟バイタリテの乱れた魔力や悲劇により彷徨い続ける魂から王都を守る為、この様な姿に成ってしまったのですか。前国王カールの命を受けたとはいえ、何と言う忠臣」
国王ヴィルヘルムは、感動している。というか、興奮していた。
「破るのでは無く普通に入った場合。結界は消えません。ただ、仮に未熟な誓願が未熟故に成立しただけの物であった場合。オスカー・フォン・フォルヘルルは解放の機会を逃したという事になりますなぁ~。はい」
・・・あのぉ~重いんですけど。いったい俺にどうしろと。
国王ヴィルヘルム、イニャス首相、ルーク財務大臣の視線が痛い。
「ここは、陛下に全てを委ねましょう。ここに居る者全員が陛下を信頼しその判断に従うのは当然の事ですからなぁ~。はい」
「ロイク殿」
「「アシュランス王国国王陛下」」
「「「オスカー殿の件。お任せします」」」
・・・おい。・・・・・・さてどうしたものか。神授スキル【フリーパス】を意識した事が無い。破るも入るも実際のところ加減も方法も良く分からない。
俺は思案する。
・
・
・
決めた。まずは、旧霊廟バイタリテの中に入って、湧き水の細工をサクッと終わらせよう。オスカーさんについては、戻った時に様子を見て考える事にしよう。
・・・信頼されてるみたいだし。
・
・
・
・
・
・
俺は、右足からゆっくり踏み込み旧霊廟バイタリテの中に入った。神授スキル【フリーパス】様様である。
さて、大海水の祠は何処かな?
タブレットで祠の場所を確認する。
・
・
・
「ねぇロイク」
「はい、何でしょう」
「祠は、向こうみたいよ」
マルアスピーが指差す方と地図を見比べる。
「そうみたいですね。行きましょう」
「そうね」
・・・うん?
「1日を無駄にしてしまったわ。仮装舞踏会は変装して昔話をするパーティーだったのね。次からは工房ロイスピーの研究室で新商品の開発をしていたいわ。さぁ~早く行きましょう」
俺達は旧霊廟の奥へと歩を進めた。
「それにしても意外よね」
「何がですか?」
「宮殿の外にいた時には気が付かなかったのだけれど、中は闇属性の自然魔素が充満してたのね」
「大海水の祠って、水属性の自然魔素の循環に干渉してるんですよね?」
「そうね。水の通常精霊或いは中精霊が祠には宿っているはずよ」
「元々は海の祠があったんですよね?」
「そうみたいね。きっと私が生まれる遥か前の話ね」
「ところで、マルアスピー」
「何かしら?」
「どうして居るんですか?」
「哲学ね」
「いや、そうじゃなくて、どうしてマルアスピーが旧霊廟バイタリテの中に居るのかな?・・・と、疑問に思いまして」
「そう」
俺達は祠へと歩を進める。
・
・
・
「えっと、それだけですか?」
「そうね。ロイクは私の居場所で、私はロイクの居場所なの」
「哲学ですか?」
「違うわ。神具の話よ。大和撫子の外套を忘れてしまったのかしら?」
「あぁ~そういえばありましたね。俺達って優先転位で互いの場所に移動出来るんでしたね。転移転位召喚関係のスキルは、神授スキル【転位召喚・極】に全部統合されちゃったから忘れてました」
「ねぇロイク」
「はい、何でしょう」
「この先へはどうやって行こうかしら?」
「そうですねぇ~」
俺達の行く手を、黒く淀んだ水を湛えた大きな池が塞いでいた。
「この池の水は自然の力の循環がおかしな事になっているわ」
「そのようですね。・・・・・・うわっ!マジか。ここの水、王都の上水と繋がってますよ」
タブレットの画面を見て驚いた。目の前の黒く淀んだ汚い水が飲料水として利用されている。王都ラワルトンクの市民はこんな水を飲んでよくもまあ~平気で居られた物だ。
「この水が、大海水の呪いの元凶という事からしら」
「この汚い水が大海水の祠の湧き水なんですか?」
平気じゃなかった。王都の市民は呪いに侵されていたんだった。・・・人口が増え続ける呪いに。
「宮殿の見取り図によると、ここは湧き水を溜める貯水池ね。水が湧き出している場所は2ヶ所。祠の直ぐ隣とこの下みたいね」
「あれ?でもおかしくありませんか?見取り図だとこの建物に地下はありませんよ」
「そうね」
「でも、この下にも水が湧き出すポイントがありますね」
「そうね」
「どういう事だと思いますか?」
「不思議ね」
とりあえず祠まで行くしかなさそうだ。祠はこの池の先。唯一の通路は黒く淀んだ汚い水の中に水没してる訳か。
「この水の中に入るのって嫌ですよね?」
「えぇ」
ですよねぇ~。・・・俺もです。
「水を弾く魔法何て知らないし。濡れたく無いし汚れたく無いし。凍らせちゃいますか?」
「凍らせてどうするの?今よりも先へ進み難くなるわよ」
「それもそうですね」
「ねぇロイク。思ったのだけれど、あなたの神授スキル【フリーパス】か【転位召喚・極】で祠の前まで移動出来ないのかしら」
「あ」
・
・
・
と、いう訳で、俺達は大海水の祠の前へ、俺の神授スキル【フリーパス】で移動した。
タブレットの画面で場所を確認してでの移動である。
「あれ?おかしいな。タブレットによると目の前に祠があるはずなんですが」
俺は、タブレットの画面を正面に移動させサイズを目の前の風景に合わせ重ねた。
「石造りの祭壇だけ?」
「そうみたいね。虔しやかな祠なのね」
「その祭壇は何処に行っちゃったんでしょう?」
「知らないわ」
俺は、周囲を見渡し、ふと思った。
もしかして、バイタリテ宮殿その物が、大海水の祠なんじゃ。だとすれば、ここが祭壇だけだったとしてもおかしくない。
「ロイク。あそこに何かあるわ」
「何処ですか?」
「祭壇があった場所の右下」
マルアスピーが指し示した場所には、
「これって、水神玉ですよね」
俺は、金細工に埋め込まれた水神玉を拾い上げた。
「そうね右耳用の水神玉の耳飾りね」
「これって、イヤリングですか」
「えぇ」
へぇ~。イヤリングって左右があったんだ。知らなかった。
「しかし何だこれ?水神玉なのに水の自然魔素を全く感じないって変じゃないですか?」
「そうねぇ~。ドームココドリーロで貰った試供品の水神玉を出して貰えるかしら」
タブレットから試供品の水神玉を取り出す。
「これでどうするんですか?」
「2つとも貸して貰えるかしら」
「どうぞ」
俺は、水神玉が埋め込まれた金細工のイヤリングと試供品の水神玉を、マルアスピーに手渡した。
「イヤリングの水神玉は力を使い果たしてしまった様ね。核の神気もそろそろ限界みたい。ねぇロイク」
「はい、何でしょう」
「イヤリングの水神玉に神気を注いで貰えるかしら」
俺は、水神玉に右手の人差し指を当て、神気を流し込んだ。
「注ぎました。でも、水属性の自然魔素を纏わせないと意味無いと思いますよ」
「それもそうね。左耳用のイヤリングが無いと意味が無いわよね」
話が噛み合って無いぞぉ~。
「ロイク。左耳用のイヤリングを探して貰えるかしら」
・
・
・
タブレットで探し出す事は出来なかった。水神玉が埋め込まれた左耳用の金細工のイヤリングは、コルト下界には存在しない。
それが、タブレットの検索機能が出した答えである。
「もともと右耳用だけだったとか」
「それは無いわ」
「そんな事も分かるんですか?」
「えぇ。Dと彫られているわ。Gも存在していた証拠よ」
ドロワがあるなら、ゴーシュもあるはずって事ですか。
「これから、どうします?皆を呼びますか?」
「そうね。検索している時に気になった事があるの」
話が噛み合わない。
マルアスピーは、皆をここに呼ぶ気が無い様だ。
「画面を拡大して貰えるかしら」
「はい」
マルアスピーは、俺が拡大した画面を操作し検索画面に切り替えた。
「良い。まずは、【バイタリテ宮殿内の祠】で検索してみるわ」
・
・
「ここですね」
「次は、【バイタリテ宮殿内の祭壇】で検索してみるわ」
・
・
「ここですね」
「次は、【バイタリテ宮殿内の大海水の祠】で検索してみるわ」
・
・
画面からポイントが消えた。
「次は、【大海水の祠の祭壇】で検索してみるわ」
「ここですね」
やっぱりだ。さっき、俺が思った通りだ。
「気にな、」
「やっぱりそうか。バイタリテ宮殿その物が大海水の祠なんだ」
マルアスピーの話を遮ってしまった。
「気になったのはここからよ」
って、俺の話はスルーですかい・・・。
「【バイタリテ宮殿の見取り図】を表示するわ」
・
・
タブレットの画面にバイタリテ宮殿の見取り図が表示された。
「この見取り図を残したままで、【大海水の祠の見取り図】を表示させるわよ」
・
・
「あっ!地下がある」
「ここを調べても意味が無いと思うの。もう1つの湧き水のポイントへ行きましょう」
「ここはもう良いんですか?」
「そうよ。だって、ここには祭壇が存在しないわ。水を創造していた水神玉も、これなのよ」
マルアスピーは、イヤリングを俺に見せた。
「水の供給が無くなったのに貯水池には通路を水没さるだけの水がなみなみと湛えられていましたよね。まぁ~黒く淀んで汚い水ではありましが、水は水です」
「あれは水ではないわ。だって、自然の力の循環がおかしな事になっていたもの。水の循環はもっと単純なの」
「水なのに、ゴチャゴチャと各属性が混ざりあって気分の良い物ではありませんでしたね」
黒く淀んだ汚い水である。その時点で気分が良い訳が無い。
「もう1つの湧き水のポイントへ行きましょう」
「そうですね」
・
・
・
俺達は、貯水池の真下にあたる2つ目の湧き水のポイントへ、俺の神授スキル【フリーパス】で移動した。
「呪いの原因は間違い無くここの水ですね」
「そうね」
遷座され土台だけになった社の跡。土台の手前には倒壊した祭壇。祭壇の手前には、直径10cm程の翡翠玉が3つ転がっていた。
地面に転がる3つの翡翠玉は黒く淀んだ水を大量に創造し、その水は滝の様に天井へと昇り、天井に出来た大きな亀裂の中に轟音と共に吸い込まれていた。
「あれって、翡翠玉だけど水神玉ですよね?」
「翡翠玉の水神玉ね」
「それ有り得ないんですよ。色んな鉱石や宝石を大地石化させる実験をやってみた結果。鉱石も宝石も大地石化させると固有の変化と反応をするんです。鉄なら鉄。銅なら銅。どの鉱石も宝石も決まった変化と反応をしました」
「魔晶石の代替石に翡翠を用いた場合はどうなったのかしら?」
「翡翠を大地石化させると、吸収させた自然魔素の量によりますが、身に付けるだけで状態異常の耐性値や回避率が上がる効果、下位の呪いを弾く効果、本当に少しだけですけど寿命が延びる効果も表れました」
「その魔晶石の代替石は大地石化の時なのよね?」
「そうですよ。大地石化ですから」
「大海石化の場合はどうなったのかしら?」
「大海石化?何ですかそれ」
「水属性の魔晶石の代替石は大海琥珀が多かったわ。翡翠を大海石化させた場合はどうなるのかしら?気になるわね」
何それ?
「マルアスピー。その話始めて聞いたんですけど」
「あらそうなのね。魔晶石の代替石の実験を繰り返していたのよね。てっきり、大海石化、大火石化、大風石化の実験もしているものだとばかり思っていたわ」
何て事だ。失念していた。地属性の魔晶石の代わりが大地石なら、他の属性の魔晶石の代わりがあって当然だ。・・・これも帰ったら実験しなくては。
あの翡翠玉・・・。
「マルアスピー。あの翡翠玉って、海の祠が遷座した後、放置された翡翠玉ですよね。落ちてるし拾っても良いですよね?」
「拾うって、ロイク、あなた。あの翡翠玉から溢れる闇属性」
「よっと」
俺は、3つの翡翠玉に近付き、1つずつ触れてみる
「何をしているの?」
「もし俺に所有権があるなら、タブレットに回収出来る訳ですから、その実験です」
・
・
・
「回収出来たのかしら?」
俺はタブレットで翡翠玉を確認する。
・
・
・
「俺が所有者になりました。やりましたよ。これで大海石化の実験も楽しく出来そうです」
「そ、そう良かったわね・・・」
「はい。大海水の呪いの原因も取り合えず回収したって事になるし、後は水の浄化と解呪化かな」
≪ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「ねぇロイク」
「はい、何でしょう」
「この音何かしら?」
「天井から響いてくるみたいですがぁ~・・・あぁ?」
≪ドバババババ ゴォ―――
・
・
・
ありがとうございました。