3-39 スタンピード・アンデットの日⑫~公王と化現の精霊具~
リーファ歴4075年8月16日、聖の日。
俺は、上空100mに待機させたコーチの中にいる。
コーチの中では、睡眠モードのマルアスピー、アルさん、騒がしい方のトゥーシェ、マリレナさん、ミューさん、フォルティーナ。フォルティーナが召喚したマルアスピーの母ミト様、ヒュム族に化現したエリウスが、リビングルームセットのソファーに腰掛け、とある返事を待っていた。
「フォルティーナ様。ロイク君。いったい私はどうしたら良いのだろうか?」
「まぁ~、待つね。急いだところで後2日半の人生だね。そう変わる事は無いね」
「は・・・はぁ~↓・・・」
バルタザール王子もまた、俺達とは異なる理由により、リビングルームセットのソファーに腰掛け、とある返事を待っていた。
とある返事とは、創造神様からの神授である。
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遡る事、1時間前。
「黒のローブを纏った男は、本当にヘリフムス・フォン・センペルと名乗ったのかね?」
「ローブを纏った男というか、その男の内にいたというか、当然現れた存在が、予はソルエルフ族の祖ヘリフムス・フォン・センペルだと名乗っていました」
「間違い無いのかね?」
「はい」
「ふむふむ、なるほどだね」
フォルティーナは、胸の前で腕を組み頷いた。
「フォンが名前に付いてるし、ウィザード族のフォンフォーラ一族って事ですよね?」
「ふむふむだね。なるほどなるほどだね。・・・俄には信じられないね」
フォルティーナは、俺の声が聞こえていないのか、独り言を呟きながら珍しく思案している様だった。
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「それで、どうやってヘリフムスは時空牢獄から逃げたね」
「逃げたのは、ローブを纏った男の方です」
「ヘリフムス・フォン・センペルが時空牢獄を破った訳ではないのかね?」
「えぇ。それに破られてはいないです」
「どういう意味だね?」
「ですから、シュワワワワァ~って、水蒸気みたいに蒸発して消えました」
「それじゃ分からないね。もっと、こう具体的ににだね。分かり易く言うね」
具体的に分かり易くと言われてもなぁ~。
「そうですねぇ~・・・......
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「左様。予は、ソルエルフ族の祖ヘリフムス・フォン・センペル」
ソルエルフ族の祖?
それに、フォン・センペルって事は、ウィザード族のフォンフォーラ一族の末裔なのか?
「ダダ家の者よ」
ソルエルフ族の祖って言ってるし、ウィザード族の末裔って事はないか。確か、フォンフォーラ一族はララコバイア諸島がカトラシア半島だった頃にカトラシア半島を治めてた一族だったはず。
あれ?・・・カトラシア半島っていつ頃ララコバイア諸島になったんだ?
それに、ソルエルフ族っていったいいつ頃から存在してる一族なんだ?
「おい。お前ぇっ!お前だ、ヘリフムス様がお呼びである」
ん?
「ダダ家の者よ」
ダダ家?・・・あっ、そうだった、俺って今ロイク・ダダだったっけ。
「聞こえてます。えっと、何ですか?」
「予に仕えぬか?」
「な、な、何と。ヘリフムス様。何処の馬の骨とも分からぬ者をっ!御止めください」
「黙れ」
「で、ですが・・・」
「黙れと言った」
「は、はっ!・・・申し訳ございません。お許しください」
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......で、仕えないかと誘われまして。それに対しては返事をしないで、大樹の森旧ワワイ大森林域で何をしてたのか確認しました」
「なるほどだね。それでどうしたね?」
「それで、確かヘリフムスって名乗った存在はですね......
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「ここは、大樹の森か・・・。ふっ!予がこの森にか?ハッハッハッハッハァ!何も無いわ。この森に用等ある訳が無かろう」
「なら、どうして、この森に?」
「予は此奴等に興味は無い。ダダ家の者よ。改めて問おう予の下に仕えぬか?」
俺の質問は無視ですか。それならこっちも。
「貴方は、フォンフォーラ一族ですか?」
「ほう。ダダ家の者よ。何処まで知っておる」
質問で返された。・・・何処までっていったい・・・。
「何の話ですか?」
「ハッハッハッハ。手の内を明かす気は無いという訳か。まぁ~良い。予は、ここコル・・・・・・お、残念・・・だ・が、時間が・・・・・・様だ」
何だ?また、様子がおかしいぞ。
「ヘリフムス様。お待ちください。いったい私はどうしたらぁっ!」
「予は・・・・・・無・・・能な・・・・・・興味は・・・無い。・・・・・・好・・・きに・・・が良・・・い」
「ヘリフムス様ぁ――ーっ!」
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......って」
「ふむ。ヘリフムス・ファン・センペルは、その時に時空牢獄の中から消えた訳かね」
「はい。時空牢獄に入る時も勝手に入って来ましたし、出る時も勝手に出て行きました。肉体が無いので、思念だけが自由に出入りしてる感じなのかもしれないです」
「なるほどだね。それで、ローブを纏った男は、どうやって逃げたね」
「さっきも言いましたが、ローブを纏った男の内からヘリフムスの気配が消えると、ローブを纏った男は酷く取り乱し大声で喚き始めて......
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「ヘリフムス様ぁ~!待っ・・・」
ローブの男は、膝から地面へと崩れ落ちた。
表情が見えないから、どうなってるのかいまいち良く分からないが、ヘリフムスって人の気配が消えたみたいだし、この男は見捨てられたんだろう。
ヘリフムスっていったい何者なんだ。・・・それ以前に、この男は黒って事で間違い無いのか?
「あぁ――ー。どうか。どうかぁ~」
下級ヴァンパイアの隷属達相手に偉そうにしてた奴とは思えない。・・・話掛け辛い。
「あ、あのぉ~。もしもし。何やらお取込み中のところ大変恐縮なんですが、1つ聞いても良いでしょうか?・・・もしかしてですけどぉ~」
「お、お、お、お、お前のせいだぁ~。ロイク・ダダぁ~~~」
黒のローブを纏った男は、俺の言葉を遮り大声で喚き始めた。
うわぁっ。貴方も他人の話を聞か無い系でしたかぁっ!
「お前の、お前の、お前の、お前のぉ、お前の。お前のぉーせいだぁ~」
俺のせい?・・・うわぁ~最悪だ。この人、他人の話を聞かないだけじゃない。他人のせいにして切れるタイプだ。
「お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ」
同じ言葉を呪文の様に連呼するローブを纏った男。
聞きたい事が沢山あるのに、これじゃお話にならないや。
「あぁ~もううるさい」
闇属性魔法【サルアノルマル】☆10☆1☆1 ≫
「・・・・・・・・・・・・」
ふぅ~。やっと静かになった。
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......そして、蒸発して消えました」
「ありえないね」
「ありえないと言われてもなぁ~。実際そうだった訳で、現に逃げられてしまった訳でして・・・」
「はぁ~?はっ?はっ?だね。ロイク。君の話は意味が分からないね。もっとこう何だね。具体的にだね」
女神フォルティーナ様。その言葉、貴方にだけは言われたく無いんですけど・・・。
「ですから、静かになったと思ったら、蒸発して消えちゃったんです。で、時空牢獄に残されてたのが、黒のローブと、衣類と靴とポーチと杖と、そしてこの身分カードって訳です」
タブレットから、ローブ、衣類、靴、ポーチ、杖、身分カードを取り出し、テーブルの上に出現させた。
「騒いで静かになったら蒸発して消えました。はい、そうかね。・・・で、誰が納得するね。意味が分からないね」
「分かってくださいよ。五月蠅いから黙らせたら、突然蒸発して消えちゃったんですから」
「ロイク。大丈夫かね」
フォルティーナは、俺の頭へと視線を動かし、ニヤッと一瞬だけほくそ笑んだ。
事実なのに・・・。フォルティーナに馬鹿にされる何て・・・。何だかとっても切ない。
「まぁ~、良いね」
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「それで、回収した身分カードなんですが、不思議な事に情報を確認する事が出来ませんでした。タブレットに1度収納したにも関わらずです」
「何を言ってるね」
何って・・・。目の前で聞いてましたよねぇっ!?あぁ~もうぉっ!
「ですから。身分カードの情報を確認したんです。でも、何も分からなかったんです」
「情報を確認?なんでだね」
「ローブを纏った男の手掛かりになるかもしれないからですよ」
「手掛かりかね。ふむふむ、ちょっとよこすね」
「どうぞ」
俺は、テーブルの上に置いた、ローブを纏った男の身分カードを、フォルティーナに手渡した。
「やっぱり、意味が分からないね」
フォルティーナは、身分カードを受け取ると直ぐに首を傾げた。
「そうなんですよ。神眼でも個人情報を認識出来ないんです」
「何を言ってるね。神眼でも無理に決まってるね」
「どういう事ですか?」
「これは、アシュランスカードでは無いね。ロイクがどうしてこのカードに個人情報を求めるのか意味が分からないね」
そんなの見れば分かりますよ。アシュランスカードは工房ロイスピーが開発した新式のカードですからね。それは旧式の個人カードです。
「黒は旧教の関係者何ですよね。事実上敵対関係にある俺達の新式のカードでは無く、旧式の身分カードを所持してるのは当然だと思います」
「ロイク。さっきから、何を言ってるね」
「何って、だから、その旧式の身分カードの話ですよ」
「ロイク様。それ、身分カードではありませんよ」
フォルティーナと俺の噛み合わない会話に、マリレナさんが加わった。
「えっ?どう見ても旧式の身分カードに見えるんですが・・・」
「ユマン族の魔導具なので、詳しくはありませんが、それが身分カードでは無いのは確かですよ」
「え、えぇ~?」
「バルタザール」
「はい。フォルティーナ様」
「このカードを見るね」
「はい」
フォルティーナは、バルタザール王子に、ローブを纏った男が残した身分カードを手渡した。
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「ロイク君。このカードは、間違い無く身分カードではない」
「本当ですかぁっ!」
「35年以上も共にあったカードを見間違えるはずがない」
そ、それもそうか。普通なら16歳の時に・・・。正確にはJOBを設定する際に、身分証として発行して貰う。俺は、2ヶ月位前に始めて手にした訳だが・・・。
「それじゃぁ~、そのカードはいったい」
「ロイク様。そのカードは、ユマン化の魔導具です」
「ユマン化?人に変身する魔導具ですかぁっ!?」
「前に見たのはいつだったかしらぁ~」
マリレナさんは、顎に左手の人差し指を当て、必死に思い出そうとしている。
どうやら、かなり昔の事の様だ。
「だから、さっきから意味が分からないと言ってたね。その魔導具は、どうやって見ても、化現の魔導具だね」
「身分カードじゃないって気付いていたなら、もっと分かり易く教えてくださいよ」
「だから何度も言ったね。それは身分カードでは無いね。精霊達がヒューム属の世界を旅する際に使っていた精霊界の魔導具だね」
「それ、精霊具っ!?」
「えっ?」
あ、あれ?マリレナさん、何で俺と一緒に驚いてるんですか。知ってるじゃないんですか?
「フォルティーナ様。それ精霊具なのですか?」
「当然だね」
「ほう。このカードが精霊具ですか」
「まぁ~、そんなに珍しくは無いね。その辺に幾らでも落ちてる程度の魔導具だね」
精霊具がコルト下界に普通に落ちてる訳ないでしょうがぁっ!
「伝説の中に出て来る精霊具がですか?」
「そうだね。バルタザール」
「何でしょうか?」
「・・・・・・あぁ~・・・。まぁ~良いね。何でも良いね。問題はそこでは無いね」
「あの何でしょうか?」
「フォルティーナ。今の間は何ですか?」
「気にする必要は無いね。さて、そのカードなんだがね。精霊にしか使えない魔導具だね」
精霊様にしか使えない?・・・それもそうか。精霊様がヒューム属に化現する為の魔導具な訳だから当然か。あれ?だったらどうして、ローブを纏った男は・・・。
「ヒュームには絶対に使えない魔導具なんですか?」
「何が言いたいね」
「精霊様にしか扱えない魔導具を、ローブを纏った男が何故持っていたんでしょうか?それに何処で精霊具を入手したんでしょうか?」
「そんなの知らないね」
・・・ですよねぇ~。
「ロイク君。あくまでも可能性としての話だが、ローブを纏った男は精霊様だったのではないだろうか?」
「ローブを纏った男がですかぁっ!?」
「バルタザールの推測は強ち間違いではないかもしれないね」
「フォルティーナまで、ローブを纏った男を精霊様だって言うんですか?」
「まぁ~、聞くね。ローブを纏った男が精霊界の公王ヘリフムス・ファン・センペルの名を名乗り、化現の精霊具を所持していた。この件には、精霊が関わっていると考えて間違いないね」
え?今、何と?
「ちょっと待ってください。ヘリフムス・ファン・センペルって精霊様なんですか?」
「知らなかったのかね」
「知ってる訳ないじゃないですかぁっ!」
「う~んだね。ロイク。君はもう少し勉強した方が良いと思うね。日々の努力が人を作るね」
怒るな俺。我慢だ俺。落ち着いて次の質問に行こうじゃないか。
「そ、それで、ヘリフムス様が精霊様なのは分かりましたが、ローブを纏った男はいったい」
「知らないね。ただ1つだけはっきりしてる事があるね」
「何ですか?」
「時空牢獄に思念を拘束する事は出来ないね。つまり、精霊界の化現の魔導具があったという事は、ローブを纏った男は拘束出来ない存在だった可能性が高いね」
「うん?・・・それだと、ユマンに化けた存在は何処に行っちゃったんですか?」
「何を言ってるね」
「何って、だから、化現した本体です」
「ロイク。君は自分で言ったね」
「え?」
「蒸発して消えたと言ったね」
「その化現の魔導具って、蒸気にも化けられるんですかぁっ?」
「無理に決まってるね。自然魔素をヒューム属の姿形に似せ、意識思念をそれに入れ操るね。存在する生き物以外の存在には化現出来ないね」
「なるほど。つまり、精霊様もローブを纏った男も、化現しヒューム属の姿形に似せていた自然魔素の中から外に出ただけって事か。蒸発して消えた様に見えたのは、化現しヒューム属の姿形に似せた自然魔素・・・」
「それが妥当だね」
ローブを纏ってた男も精霊様で、後から現れた存在も精霊様。
コルト下界で精霊様は、地属性の魔力陣を使い魔界の下級ヴァンパイアの隷属達を召喚し契約した。
アンデット殲滅作戦中の俺達の前に現れたのは偶然だとは思えない。それに、精霊様と黒、旧教は繋がってる可能性がある。
ふむ。・・・駄目だ。情報が足りな過ぎる。
≪パーン
「おっと、忘れていたね」
フォルティーナが、手を叩いた。
「バルタザール。君の寿命とJOBの事なんだがね」
「はい。フォルティーナ様」
バルタザール王子の瞳が輝いて見えた。
「今、創造神に確認しているんだがね」
「はい」
「確認って、念話か何かでですか?」
「違うね。あたしは忙しいね。アランギーに名代を任せたね」
chefアランギー様。お疲れ様です。
「創造神様に御説教される為に、神界に帰るのは億劫ですよね」
「な、何を言ってるね。模範な女神を捕まえて失礼な」
「冗談ですって冗談」
「冗談かね」
「はい」
「笑えないね」
「笑いを狙った訳じゃないんで・・・」
「まぁ~、良いね。それと忘れていた事がもう1つあったね。創造神にだね。地の魔力陣への干渉許可を求めたね」
「許可?」
許可が必要な事なのか。精霊様かもしれない黒のローブを纏った男は使ったんだよな。
「・・・おかしくないですか?」
「何がだね」
「精霊様がコルト下界で生活するにあたり、創造神様は精霊様に沢山の制限を与えていますよね」
「そうだね。それがどうしたね」
「コルト下界への干渉制限は厳しくて、大精霊のマルアスピーですら、今の状況です」
「うんうんだね」
「ローブを纏った男や、精霊様のヘリフムス・ファン・センペル様は、創造神様の許可も無しに、地属性の魔力陣に干渉したって事ですよね?」
「それがだね。ヘリフムスなら話が変わるね」
「どういう事ですか?」
「つまりだね」
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フォルティーナは、長々と脱線交じりで説明してくれた。
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「1つずつ整理しましょう」
「私もその方が良いと思います」
アルさんは、真っ先に俺の意見に同意してくれた。
「その方が良さそうだ」
「フォルティーナ様。私もロイク様の意見に賛成です」
バルタザール王子もマリレナさんも、俺の意見に賛成してくれた。
これが普通の反応だと思う。話合いとはまとめる必要があるのだ。言いたい事を言うだけは駄目なのだ。
「この揚げドーナツも旨いのじゃぁ~。食べないのなら食べてしまうのじゃぁ~」
例え、こいつの様に、極限まで場違いな存在がいたとしてもである。
「・・・どうぞ、トゥーシェさん」
アルさんは笑顔だった。微笑みながら、トゥーシェに揚げドーナツの皿を手渡した。
「トゥーシェさん。私のも差し上げます。静かに食べましょうねぇ~」
マリレナさんも、揚げドーナツをトゥーシェに譲った。だが、この人だけは何時もと同じだった。
「トゥーシェ。うるさいね。それにそれはあたしのドーナツだね。返すね」
フォルティーナは、トゥーシェが奪った揚げドーナツを奪い返した。
「おケチなのじゃぁ~」
「五月蠅いね。これはあたしのだね」
そう、いつもと同じ様に食べ物を奪い合っていた。
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ありがとうございました。
話が進展しない会話ばかりで申し訳ありません。