3-37 スタンピード・アンデットの日⑩~黒の外套を纏った男~
リーファ歴4075年8月16日、聖の日。
アンデット殲滅戦3日目、最終日が始まった。
俺は、マルアスピー、アルさん、フォルティーナ、騒がしい方のトゥーシェ、大人な方のトゥーシェ、マリレナさん、ミューさんと、上空100mに待機させたコーチの中にいる。
緊張感が集中力や能力の向上に、どれだけ影響を及ぼすのか実験も兼ねての待機である。
コーチの中に設置したリビングルームセットのソファーに腰掛、神授スキル【タブレット】の画面で戦況を確認していると、
「ねぇロイク何をしているの?」
「タブレットで戦況を見てました。テーブルの上に画面を出しますね」
俺は、操作中の画面とは別に、61インチ【縦76cm・横135cm】の画面を宙に表示させた。
「南林地域の地図に眷属とアンデットの配置を重ねて表示してるね」
フォルティーナは、ワインを飲みながら、マルアスピーが今朝完成させた試供品のチョコ菓子をつまんでいた。
俺からは何も言うまい。
「戦闘の状況をリアルタイムで把握出来るって気付いたんです。見ててください。皆の視点の画面をサイドに表示します」
「おぉぉなのじゃぁ~。バイルが火属性の魔術を使ったのじゃぁ~」
「良く親父だって直ぐ分かりましたね」
騒がしい方のトゥーシェは、表示と同時に右下の画面が映し出した、炎の矢がアンデットに突き刺さる映像を見て、親父だと気付いた。
「近い何かを感じるのは、バイルだけなのじゃぁ~」
近い何かねぇ~。ようするに、邪って事だな。
「ロイク様。バイル様は火属性の魔術は使えなかったはずです」
マリレナさんは、林檎の紅茶とマルアスピーのチョコ菓子を楽しみながら、画面を見つめていた。
「殲滅戦に参加してくれた眷属の皆に四大属性の心得と魔術耐性特化を付与したんです」
「ロイク様の神授スキルですね」
「そうです。親父の奴、矢に火属性を付加して射った方が確実なのに、態々魔術で炎の矢を作ってアンデットに飛ばすとか、【MP】の無駄遣いして・・・」
「画面?でしたっけ。その小さな画面は、発動したスキルや魔術。それに浄化昇天させたアンデットの数まで分かるのですか?」
「神授スキル【眷属隷属の主】と【タブレット】のスキル効果が、眷属達の思考を読み取って、発動したスキルや魔術を表示してるみたいなんです。因みに映像や音声は視覚と聴覚を読み取ってるらしいですよ」
マリレナさんは、ティーカップをテーブルに置くと、宙に表示した画面に近付き、親父の視点で表示された右下の画面を凝視する。
「凄いですねぇ~。・・・どうして、浄化した数まで分かるのでしょう」
「マリレナ。それはだね。このスキルが神授スキルだからだね。神は偉大だね」
そんなんで納得出来る訳無いけど、納得するしかない。それが神の理。理不尽だろうが、それが現実。
「神授スキルは凄いですね」
あぁ~・・・。マリレナさんなら納得しちゃうか。
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「これは面白いのじゃぁ~。皆が何をしているのかが手に取る様に分かるのじゃぁ~。皆の秘密を握って、イッシッシッシなのじゃぁ~」
「トゥーシェそれ出来ませんよ」
「どうしてなのじゃぁ~。それではつまらないのじゃぁ~」
「指示や任務に沿った行動を取ってる時だけ、視覚や聴覚で確認出来るみたいなんです」
「個人のプライバシーは守られて当然だね」
「フォルティーナは、皆の行動が何となく見えてるんですよね?」
「失礼な。何となくでは無いね。全てお見通しだね」
それはそれで問題だと思うけど・・・。
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「他にも、こんな事が出来ます」
俺は、眷属達のステータス値や支援状況を、夫々のサイド画面に追加表示させた。
「詳細な状況が表示されました」
マリレナさんが解説してくれてるし、改めて皆に説明する必要は無いか。
「で、更に」
俺は、親父が射ろうとした矢に、聖属性を付加して見せた。
≪おぉぉ――ー
「道具での支援や補助は無理みたいですが、魔術や魔法や特化による付加とかは、この画面で状況を把握しながらだと出来るみたいなんです」
「私もやりたいのじゃぁ~」
「無理ですよ」
「何でなのじゃぁ~」
「トゥーシェさん。先程、ロイク様は神授スキル【眷属隷属の主】と【タブレット】のスキル効果だと言っていましたよ」
「おぉ~なのじゃぁ~」
アルさんは、騒がしい方のトゥーシェに説明してくれた。たぶん、理解してくれないだろう。・・・ただ、無駄ではない事に期待したい。
「ロイク。私にもやらせろなのじゃぁ~」
アルさん。・・・やっぱり、無駄でした。
トゥーシェは、俺が操作するタブレットに触れようとした。
「あれ?おかしいのじゃぁ~」
「先日、更新された機能がありましたよね」
「あったのじゃぁ~」
「あれ、共有の財産を管理する為の機能ですよね」
「おう。おぉ~なのじゃぁ~」
「トゥーシェと俺って共有財産ってありますか?」
「な、無いのじゃぁ~」
「管理する物が無い故、機能が機能していないのか。妾は簡単な操作の許可を貰ったが、もう1人の妾はまだであったのか」
「ずるいのじゃぁ~」
「自分の物は自分の物。他人の物も自分の物って言うからですよ。貸した物とか返してくれないし、私物は全て北のリビングと快適そうな時空の牢獄にあるんですよね?」
「当然なのじゃぁ~。私の物を取ろうとしても無駄なのじゃぁ~」
「妾と同じ存在であるはずなのに不憫よのぉ~そうは思わないか」
「不憫ですか。・・・いつも自由にしてるし、幸せそうだなって思う事はありますね」
「そうか・・・」
好きな時間に好きなだけ、ゴロゴロしながら、絵の多い書籍を読みながら、菓子を食べながら、家の事は基本何もせずに過ごす毎日。
逆に苦痛ではないかと思った事もあったが、楽しそうだし本人がそれで良いなら、特に気にする必要は無いだろう。と、最近ではそう考える様になった。
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「ん?バイルの動きがおかしいね」
「何やってんだ?」
「ロイク様。火属性特化がキャンセルだそうです」
「あっ!」
「当然だね。聖属性を付加した矢に、属性を上書きするのは無理だね」
親父・・・すまん。
「音声を出します」
≪「うお?・・・何だぁー。火属性が付加出来ねぇー・・・」
炎の矢を魔術で作って飛ばしてたから、矢に火属性を付加して射らないって勝手に勘違いしてたよ。
俺は、聖属性の特化を解除した。
≪「あれ?・・・付加出来た・・・まぁっ良いか」
「何と言うかだね。実にバイルらしいね」
「はい。御父様らしいです」
「細かい事を気にしない人間なのだから、当然ね」
フォルティーナもアルさんもマルアスピーも・・・・・・俺もそう思います。
≪「おっ!良い感じだぁっ!」
騒がしい方のトゥーシェに負けず劣らず、親父も幸せだよな。
≪「魔術の火の矢より、矢に火を付加した方がつえーのかぁっ!」
・・・親父。
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≪パチン
フォルティーナが指を鳴らした。
「ロイクっ!」
そして、意外な事に俺の名前を慌てて呼んだ。
「どうしたんですか?」
「危なかったね」
「何がですか?」
「バルタザールだね」
「「あっ!」」
アルさんと俺は、顔を見合わせる。
やば、忘れてた。
「ロイク様。私、忘れていました」
「俺もです・・・」
「気付いていたのかね?」
「昨日の夜に、アルさんから寿命の話を聞いたのですが・・・」
「あたしが止めなかったら、今の【最後の晩餐擬き】でバルタザールはアンデット達と最後の晩餐を楽しむとこだったね」
フォルティーナは、ニヤニヤとほくそ笑みながら、ドヤ顔を決めている。
勿体ない。・・・この顔さえなければ、お礼の1つ位は言ったかもしれないのにな。
「フォルティーナ。人の寿命って180歳以上ってありえますか?」
「人とは、コルト下界に住まう。普通の人の事かね?」
ここは、コルト下界ですからねぇっ!それしか無いと思いますよ。
「はい」
「端的に言うね。純粋な人では無理だね。だがだね。バルタザールは先祖に大樹の精霊がいるね。仮に80歳位で寿命を迎え死ぬ身体であってもだね。存在自体が保有する寿命ではないが極めて精霊に近いそれのおかげで、少し位なら平気だね」
端的でこれですか・・・。
「つまりどういう事ですか?」
「【最後の晩餐擬き】を【嘆きのアルビートル】として発動する様に、スキルを固定すると良いね」
「えっと。寿命に関しては?」
「減ってしまった物はどうしようもないね。良いかねロイク。神だからと言って何でも出来る訳ではないね」
万能だって言ってませんでしたっけ・・・。
「スキルの固定ってのも気になりますが、その前に寿命の方が気になります。バルタザール王子の寿命は分かりますか?」
「馬鹿にして貰っては困るね。それ位は寝てても分かるね」
「それで?」
「後3ラフン無い位だね」
3ラフン切ってたのか。
「ロイク様。後、2日と半日間は生きられます。良かったですね」
アルさん。俺としては、良かったとは思えないんですけど・・・。
「ロイーナになっていなかったら、とっくに死んでいたね。アルもロイクもあたしに感謝するね」
何と言うか、アルさんや俺のせいでこうなった訳ではない。フォルティーナに感謝する必要はないだろう。だが、死んでしまってからでは、如何する事も出来ない。正直対策を検討する時間を得られたのは助かった。
しかし、本当に180歳以上の寿命だったって事だよな。どうなってるんだ?
「後3ラフンの寿命だとして、180歳以上の寿命の謎が解けていませんよね」
「寿命もそうだがだね。サクレシュヴァリエもだがだね。創造神に聞くね。あたしは知らないね」
端的に説明出来るんじゃ・・・。
「ねぇロイク」
「はい、何でしょう」
「後2日と半日で死んでしまうのよね。サラにはどう伝えるのかしら」
えっ?・・・マルアスピー。バルタザール王子は死ぬの決定なんですか?
「まだ死ぬと決まった訳じゃないんで・・・」
「あらそっ。まだ・・・そうね」
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・
「僕は、ハイエルフ族から、風の精霊となったマリレナの様に、その人間の男も人間属を辞めてしまえば良いと思うぞ」
「人間を辞めるって、そんな簡単な・・・」
「うんうんだね。ミュー。良い着目点だね。人間を辞めてしまえば寿命で死ぬ事はなくなるね。善は急げだね」
善は急げってまさかぁっ!
≪パチン
「あっ」
フォルティーナが指を鳴らすと、バルタザール王子が俺達の前に現れた。
「なぁっ!・・・」
俺の声をバルタザール王子の声が追いかける。そして、俺とバルタザール王子の目が合った。
「ロイク君。これはいったい・・・」
「バルタザール」
「は、はい。フォルティーナ様」
「召喚したのはあたしだね。バルタザール。お前、人間辞めるね」
「はぁ~?」
・・・ストレート過ぎです。人間辞めろって言われて、『分かりました』とか『はい、そうですか』って、普通無いですからぁっ!
「ロイク君。フォルティーナ様はいったい何を・・・」
「えっとですねぇ~・・・何て言ったら良いのか・・・」
「端的に言うね」
既に、究極レベルで端的に伝えてるじゃないですか。
「はぁ~・・・端的にと言いますと?」
「お前は後1~2ラフンで死ぬね。だがだね、ロイーナになったおかげでだね。2日と半日後に死ぬ事になったね」
「はぁ~↑???」
「言いたい事は分かるね。だが、安心するね」
死ぬけど安心しろですか・・・。
「どういう事でしょうか?」
「だからだね。バルタザール。お前は後2日と半日で死ぬね」
「はぁ~・・・それはまた、急な。何でまた」
「寿命だね」
「寿命ですか・・・!?」
「手違いで、180歳以上生きる予定になっていた様だがだね。ちょっと予定が前倒しになったね」
「180年の寿命にも驚きですが、59年に前倒しとはなかなかどうして斬新過ぎて、どう反応して良いのやら・・・」
「だがだね。安心するね。今からお前に選択肢を1つ与えるね。このまま2日と半日後に寿命を迎え、人間としての存在にピリオドを打ち、ロイクの眷属を続けるのか、」
うん。・・・死ぬけど、俺の眷属を続ける?
「あたしが創造神に確認しに行ってる間、時間の理の外の存在となり、あたしの帰りを静かに待つのか。さぁ~選ぶね」
「時間の理の外の存在として、フォルティーナ様を待つと何かあるのでしょうか?」
「あるから待たせるね。何も無いのに待たせてどうするね」
「そうですね・・・」
「お前をサクレシュヴァリエにしたのは、創造神だね。本来サクレシュヴァリエは、神界の存在が就く神聖なる騎士だね。どうして、コルト下界の人間をサクレシュヴァリエにしたのか聞いて来るね」
・・・そっちですかぁっ!?・・・寿命は?
「話が良く見えないのですが・・・。今の話で疑問に感じた事について質問させていただきます」
「構わないね」
「ありがとうございます。・・・私は死して尚、ロイク君の眷属を続けるのですか?」
「あぁ~それはだね。人間としての寿命は終わるね。だがだね。大樹の精霊の血統としてのそれがまだ続いているね。それが終わるまで眷属を続けられるね。うんうんだね」
全く意味が分からないんですけど・・・。
「それとは何ですか?」
「目に見える寿命と目に見えない寿命があるね。それは目に見えない寿命の事だね」
「・・・えっと・・・それは・・・」
寿命って目に見えないですよね。
「フォルティーナ。言ってる意味が全然分からないです」
「何でだね」
「何でって。だって、目に見える寿命と目に見えない寿命って何ですか?」
「聞かれても困るね」
「こっちも、言われて困ってるんですけど・・・」
「良いかね。簡単に考えるね」
「簡単にって・・・」
「フォルティーナ様。自分自身の寿命の話ですので、流石に簡単に考えろと言われましてもぉ~」
「あたしのこの綺麗な眼には、沢山の情報が見えているね。例えば寿命だね」
「はぁ~・・・」
バルタザール王子は、一瞬だけフォルティーナの瞳を見つめ、視線を逸らした。
「例える必要ってありますか?」
それに、自分で綺麗って言っちゃってるし・・・。
「だがだね。この美しい瞳にも、見えない物があるね。それは例えるなら寿命だね」
「はぁ~。そ、それでぇ~?」
確かに美しい瞳だと思う。思うが、だが・・・何も言うまい。
「見える寿命は、簡単に言うとだね。生き物としての存在の寿命だね。見えない寿命は、それとは別の存在としての寿命だね。だから、普通には見えないね」
ダメだ。こいつの話を真面目に聞いていたら、それこそどれだけ時間があっても足りなそうだ。
「バルタザール王子」
「ロイク君。フォルティーナ様の話は私には難し過ぎて理解が追いつかない」
いえ、難しいのではなく、目の前の女神様に問題があるだけです
「何なのじゃぁ~!?何でここにいるのじゃぁ~。ロイク。見るのじゃぁ~」
「トゥーシェ今それどころじゃ無いんです」
「ロイク様ぁっ!」
「マリレナさんまで、どうしたんですかぁっ!?」
「アンデットの中に人がいます」
「人?・・・そんな訳」
俺は、手元のタブレットの画面を確認した。
「変です」
「変なのじゃぁ~」
「サンドラ王女、ロレスさん、パロスさん、パフさん、エルネスティーネさんの画面には映ってるのに、地図には反応がありません」
マルアスピーは、俺の右隣から身を乗り出す姿勢でタブレットの画面を覗き込んでいたが、顔を俺へと向けると、
「おとうさまの正面に現れたこれって、あの時の変な感じに似てるわ」
同意を求める様な視線で俺の眼を見つめ、強い口調で言った。
「・・・あれって!」
俺は、マルアスピーと視線を重ねたまま、喉まで出掛った何か。見覚えのある何かを必死に思い出す。
「あら懐かしい。このローブは、黒ですよ」
「マリレナさん。この人は黒なんですか?」
「その人間が黒かどうかは分かりませんが、そのローブは黒です」
「思い出したわ。この変な感じ、ロイの宮殿でロイクの拘束から逃げた何かに似てるわ」
「あっ、それですよ。それ、あの時の独り言の多い男だ」
「あの時のローブはタブレットに収納してるはずよね」
「えぇ。ですが、回収したローブはただの黒いローブでした。マリレナさん。黒は至極色のローブに大きな銀色のクリザンテムなんですか?」
「クリザンテムではありません。あれは、重なり合う陽。横陽に隠れた縦陽の陽の光を現した物だと言われています」
「ロイク。陽は、創造神の象徴だね」
「えぇ・・・この世界の人間ならたぶんほとんどの人間が知ってると思います」
「そうかね。なら良いね」
「あの変な感じに似ているわ。・・・でも、違うのよね?」
「分かりません」
「やっぱりなのじゃぁ~。ロイク、見るのじゃぁ~」
「トゥーシェ。次は何ですか?」
「こいつらは、ヴァンパイア種なのじゃぁ~」
「ヴァンパイア種?いったい何ですか。それ?」
「私も聞いた事が無いわ」
「マルアスピーも知らないんですか」
「えぇ」
「ロイク様。私もありません」
「ロイク、アスピー、マリレナは知らなくて当然だね。ヴァンパイアは魔界の悪魔域の存在だね」
「妾の祖父。魔王サザーランドの右腕ジョンペーターの隷属達ではないか」
「何でそんなのが、アンデットに混ざってるんですか?」
「妾は、旦那様に嫁いだ身故、魔界の事情にはとんと疎い、知らぬのか」
「あのトゥーシェから分離した様な存在だし、幽閉されてた時間の方が長い訳だし、そうなるか・・・。フォルティーナ。ヴァンパイアってどんな悪魔ですか?」
「上はアランギー程度、下はぁ~・・・分からないね」
うわぁ~役に立たねぇ~・・・。
「上は、その何だ。魔王の側近だとして、下は・・・あそこにいるのはどの位ですか?」
「あれは、アランギーより弱いね」
・・・でしょうね。背に腹は代えられない。この際、
「トゥーシェ。あれは強いですか?」
「あれは、下級ヴァンパイアの隷属なのじゃぁ~」
「つまり?」
「見た事はないのじゃぁ~」
知らないって事か・・・。
「あっ!御父様が」
次は何だぁっ!
「アルさん。親父がどうかしたんですか?次は何を」
「噛まれましたぁっ!」
「へぇ?」
ありがとうございました。