3-30 スタンピード・アンデットの日③~鞭は武器の精霊様~
リーファ歴4075年8月14日、火の火。
≪ドォブチュッ
バジリアさんは、エルフ族だったアンデットに、風鳴の弓形を弓形にした状態で矢を射った。
矢は何処でも買える様な普通の矢だ。だが、風鳴の弓形に番えると、矢尻から矢羽まで全体が清澄風属性の自然魔素を纏い、矢尻の先端には高密度に回転する小さな風の渦を発生させていた。
矢は放たれると、周囲の風を集めながら、一瞬で標的の額を貫いた。
息吹の神具って言ってたし、風鳴の弓形の力ってとこか。しかし、凄いなぁ~。矢の先端で回転してた渦が周囲の風を取り込み加速し続けてたし、それにインパクトの瞬間渦が標的を抉っていた。
「これは・・・。標的に吸い込まれる様に矢が飛んで行きました」
「風鳴とかって呼ばれるだけありますね。まさか、普通の矢にオートで清澄風属性を付加するなんて・・・。本来の形状は弓じゃなくて鞭なんですよね?」
「鞭でありながら弓であり槍でもあると言い伝えられて来ました」
「槍ですか。鞭も気になりますが、槍の状態も見てみたいです」
「私もです・・・・・・」
バジリアさんは、風鳴の弓形を左手に持ったまま動きを止めた。
「どうかなさいましたか?」
「カトリーヌ殿。・・・ロイク殿。やり方が分かりません」
カトリーヌさんから俺へと視線を移し、そして風鳴の弓形へと視線を戻し、残念そうに呟いた。
「神眼で確認してみます」
「お願いします」
俺は、バジリアさんから風鳴の弓形を受け取ると、神眼を意識し確認する。
「ロイク殿。如何でしょうか?」
「ロイク様」
「確認してるところです。暫しお待ちを」
「「はい」」
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【名前】クーランデール・アルクヴァン
【性別】女
【状態】SMP強制休眠
【種族】息吹の精霊具
【身分】武具 【階級】風の中精霊
【JOB・cho1】BT・JOB:フエ
【JOB・cho2】BT・JOB:ランス
【JOB・cho3】BT・JOB:アルク
≪称号≫
【大精霊】息吹の精霊具
【風の樹人族】風鳴の弓形
≪ステータス値≫
休眠状態 unknown
≪スキル≫
【精霊風属性の心得】レベル10
【精霊風属性特化】 レベル10
①【ローブコケオラージュ】レベル10
※休眠制限レベル3固定※
②【清澄属性・風属性限定】レベル10
※休眠制限レベル3固定※
unknown
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何て言うか。突っ込みどころ満載だな。
「この鞭ですが、SMPによって強制的に休眠状態にさせられているみたいです。しかも、名前があります」
「この風鳴の弓形は、あの威力で休眠状態なのですかぁっ!」
「息吹の神具で【風鳴の弓形】という名前の武具なのですよね?」
バジリアさんは矢の威力に対して、カトリーヌさんは名前に対して反応した。
「そうです。たぶん精霊闇属性下級魔法【サンアノルマル】をレベル10で施し、任意で状態異常の睡眠を強制したんだと思います。それと、風鳴の弓形って名前ではなく称号で、本当の名前は【クーランデール・アルクヴァン】らしいです」
「人間の女性の様な名前ですね」
「えっと、ステータスによると、性別は女性らしいです」
「武具に性別があるのですかぁっ!?」
「みたいですね。俺も知りませんでした」
「ロイク殿。名前よりも、精霊魔法による状態異常の方が気になります」
「状態異常は、解除すれば良いだけなので、直ぐ解決すると思います。俺としては、カトリーヌさんと同じで、名前とか性別が気になります」
「えっ・・・。精霊魔法による状態異常を解除出来るのですか?」
「施された魔術なり魔法なり天罰の種類が判明している状態なら解呪や解除って結構簡単なんですよ」
「簡単なのですね・・・」
「バジリアさん。ロイク様ですから」
「あぁあ・・・。そうですね。ロイク殿の能力であれば・・・そうかもしれませんね・・・」
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精霊聖属性下級魔法【ベネディクシヨン】☆3☆1☆1 状態異常【睡眠】解除 ≫
精霊気による強制休眠は、俺によって呆気無く解除された。
そして・・・
「あちきを解放したのは、主さんありんすか?」
・・・あちき?・・・ありんす?
はぁ~↑?
「ロ、ロイク殿・・・。風鳴の弓形が喋ってますよね?」
「武、武具が喋ってま、ま、ますよね?空、空耳ではないのですよね?」
「かぜなきのきゅうけい?あぁ~あちきありんすか。かぜなきのきゅうけいはあの人さんと同じエルフさん達からもろうた称号だんす。あちきの名前は、クーランデール・アルクヴァンありんす」
だんす?・・・踊りの事か?・・・喋ってる言葉の意味が良く分からない。たぶんだけど、主さんは俺で、あの人さんはバジリアさん。で、この鞭の名前はクーランデール・アルクヴァンで間違いないみたいだ。
「主さん。あちきを見なんし」
みなんし?えっ?
「主さんっ!」
風鳴の弓形改め、改めというか本名クーランデール・アルクヴァンという名前の鞭は、たぶん俺に話掛けている。
「主さんって、俺の事ですよね?」
「おれぇ~?ありんすか。・・・耳に馴染の無い言葉ありんすなぁ~。主さんの御国は何方ありんすか?」
おくに?・・・。おくにって何の事だ?
「あのぉ~。話してる言葉の意味が良く分かりません。俺達の言葉は分かりますか?」
「えぇ」
俺達の言葉は通じてるのか。
「ロ、ロイク殿ぉっ!わ、我等風の樹人族一族に伝わりし息吹のし、神具は、風鳴の弓形ではな、ないのですかぁっ!?」
少なくても神具ではないな。
「主さん。あの人さん、どうなんした?」
どうなんした?・・・ダメだ。本格的に意味が分からない。これじゃ、会話が成立しない。どうしたら・・・。
「あ、あのぉ~。クーランデール・アルクヴァンさん」
「どうなんした?」
また、どうなんした?・・・だ。・・・今は無視してこっちの話を続けさせて貰う。
「えっと、俺の名前はロイク。テネブル族の彼女の名前はバジリア。フェアリー族の彼女の名前はカトリーヌです」
「主さんの名前はロイクさん。エルフさんの名前はバジリアさん。フェアリーさんの名前はカトリーヌさんありんすね」
ありすん?
「怒らないで聞いてください。クーランデール・アルクヴァンさんは、風の中精霊様で、息吹の精霊具って種族で、女性なんですか?」
「そうありんす」
ありんすしか耳に残らないんですけど・・・。
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「主さんからは、精霊王様を凌駕するいこう強いSMPを感じます。しっかしぃ~・・・・・・。見なんしな。とんちきがうようよといなんし。待っていんすにえぇ~。さっさと片付けなんし」
「ロイク様。うようよいなんしとは、木の下のアンデットの事ではないでしょうか?」
「いなんしは、いるとか存在するって意味なのか」
「ロイク殿。さっさと片付けなんたらとは、木の下のアンデットをさっさと片付けてしまえという事ではないでしょうか?」
なるほどぉっ!片付けなんしのなんしは、示唆か命令なのか。
「待ちなんし」
ま、まちなんし?・・・えっ、何?・・・違うのか!?
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バジリアさんは、アンデットの殲滅戦に復帰した。
マリレナさんから預かった。クーランデール・アルクヴァンという名前の鞭を俺に残して・・・。
「ロイク様。その武具は、精霊様なのですよね?」
「ステータスでは、風の中精霊様です」
「あちきは、風の中精霊と同列ありんす。ですが、精霊ござりんせん。息吹の精霊具ありんす」
「風の中精霊様で、息吹の精霊具って事ですね」
「たぶんそうだと思います」
本当に困った。話してる言葉の意味が半分も理解出来ない。
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カトリーヌさんと俺は、神授スキル【フリーパス】で移動し、テレーズさんと合流した。
「えっ?・・・弓が喋ってる」
「主さん。あの人さんは?」
「ユマン族のテレーズさんです。テレーズさん。この武具は、息吹の精霊具で風の中精霊様で、名前はクーランデール・アルクヴァンさん。本来の姿は鞭ですが、弓であり槍でもあるらしいです」
「テレーズさんあちきはクーランデール・アルクヴァンありんす」
「ありんす?・・・あぁ~アリスの知り合いなのね」
えっ、そうなの?・・・違うと思うけど・・・。
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簡単な挨拶と状況の確認をし、テレーズさんにフル支援を施した。彼女の素早い動きと巧みな弓捌き、火属性の魔術と火属性を付加した矢による浄化昇天。弓矢と魔術によるピンポイント遠距離射撃は圧巻だった。
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特に問題はなさそうだったので、俺達はエルネスティーネさんと合流した。
「エルネスティーネさん。昨日で一気に強くなりましたね」
「はい。陛下・・・あっ、ロイク様」
慣れるまで時間が必要そうだな。
「主さん。主さんは天皇さんありんすか?」
天皇?
「はえっ?・・・えっ・・・えええぇぇぇ―――」
エルネスティーネさんは、悲鳴にも似た声を上げた。
「主さん。あの人さん、突然、声を荒らげてどうなんした?」
荒らげるは一緒なんだな。武具が喋ってる訳だし・・・。これが、普通の反応だと思うけど・・・。
「しゃ、しゃ、喋ってますよねぇっ!?」
「エルネスティーネさん落ち着いてください。この武具は、息吹の精霊具で風の中精霊様で、名前はクーランデール・アルクヴァンさん。武具ですが、普通の武具じゃないんです」
「武具のせ、せ、精霊様なのですかぁっ!?」
武具の精霊様?・・・あぁ~なるほど、そう解釈出来るか。
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簡単な挨拶と状況の確認をし、エルネスティーネさんにフル支援を施した。彼女は個体レベルが99になったばかりだというのに、火属性の長距離広範囲魔術を器用に扱いアンデットを浄化昇天させていた。
本来、火属性の魔術。その中でも広範囲に影響を与えてしまう魔術は、森林や草原や室内での扱いが難しい。一歩間違えると大惨事に繋がってしまう。だが、彼女は森への被害を考慮し、水属性の魔術で水の膜を張り、その内側で火属性の広範囲魔術を扱っていた。
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問題なさそうだったので、俺達はバルサさんと合流した。
「バルサさんは、パンチやキックで戦うのですよね?」
「はい」
「引っ掛かれたりとか危ないと思うのですが・・・」
カトリーヌさんは、バルサさんの戦闘スタイルを気にしている様だ。
「大丈夫よ。見てて」
≪ドッシュ ドォゴリ ドゴォッ
バルサさんは、枝の上から木の下で蠢くアンデットに向けパンチを右左右と3発素振りすると、何かが3体のアンデットの頭部を吹き飛ばした。
「おっ!」
今のって、風か?・・・イヤ、違う。
「バルサさん。今、何をされたのですか?」
「カトリーヌさん、次は分かり易くやるから見てて」
「ありがとうございます」
バルサさんは、木の葉を宙に投げ、少し溜めてからパンチを1発素振りした。
≪ゴォ――ー ドォゴッ
木の葉は、見えない何かに押される様にアンデットへ突っ込んだ。
「ほうぉ~。流気功ありんすか。主さん、あの人さんは?」
「武具が喋ってるぅ~~~!?あっ!」
≪ドサッ
バルサさんは、足を滑らせ木の枝から地面へと落ちた。
「えっ?だ、大丈夫ですかぁっ!」
≪バキ ドゴッ グチャッ バギィ ゴリ グリ グチャッ
異様な音が眼下で響いていた。
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「バルサさん紹介します。この武具は、クーランデール・アルクヴァンさんと言いまして、息吹の精霊具で風の中精霊様です。弓に見えますが、普通の武具じゃないんです。本来は鞭なんですが、弓でも槍でもあるそうです」
「武具なのに精霊様なのですかぁっ!」
「風の中精霊と同列ありんす。息吹の精霊具ありんす。主さんは、いこうまぶありんすなぁ~」
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俺達は、パフさんと合流した。
パフさんは、地属性の魔術で作った10m程の高さの岩の台の上から、火属性の近距離魔術でアンデットを浄化昇天させていた。
「あんな小さな炎で・・・」
「炎はビー玉程の大きさですが、アンデットの体内で膨張というか炸裂してるみたいです」
「今の一瞬で、自然魔素を圧縮させ放ち炸裂させているのですか?」
「パフさん。1カウンで2回の発動ですか。腕を上げましたね」
「ロイク様。ありがとうございます。ですが、御覧いただきました通り、詠唱を短くすると、魔術の威力が弱くなってしまって・・・」
「詠唱時間を短縮し速射を実現している訳ですし威力が落ちるのは仕方が無いと思うのですが」
カトリーヌさんの言う通りだ。魔術は、詠唱時間の長さに比例して威力が増し、範囲が広がり、消費する【MP】が減る。古代魔術がその最たる例である。
現代の魔術は詠唱を短くする事で実用的になり扱い易くなった反面、消費する【MP】は増え、威力や範囲は弱化している。
パフさんがやっている事は、威力を抑え範囲を絞り、消費する【MP】を増やす行為そのもの。本来の威力のままで発動させるには無理がある。
「私は、ロイク様の様に魔術を2つ以上同時に扱えません。ですので、詠唱時間を短く速く尚且つ正確に発動出来る様に練習しているのですが・・・」
1カウンに2発の魔術を速射出来るだけでも凄い。威力や範囲もアンデットを相手にするなら丁度良いだろう。インパクトまでの時間にも無駄が無い。パフさんの、自然魔素をコントロールするセンスはかなりのものだと思う。
「今のが練習段階なのですか・・・。パフさんは、まだ16歳ですよね?」
「はい。地属性と火属性の魔術は得意な方なんです」
2人の会話が微妙に噛み合ってい様な・・・。
「才能の塊なのですね」
「私がですか?」
「えぇ。パフさんがです」
カテリーナさんも、パフさんの自然魔素の統制能力に驚いている様だった。
あれ、噛み合ってるみたいだ・・・。
「地の精霊の血統ありんすのに、火属性の魔法も器用ありんす。まるで、ドワーフ族のピンイン一族ありんすなぁ~」
「ドワーフ族のピンインですか・・・って、えっ!えっ!ええ・・・えぇぇぇ―――。こ、こ、これな、な、ん何ですかぁ~!!・・・しゃ、喋ってますっ・・・・・・」
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「風の中精霊様で、クーランデール・アルクヴァン様と仰るのですか」
「あちきは、風の中精霊と同列の息吹の精霊具ありんす」
「ロイク様。クーランデール・アルクヴァン様の言葉は精霊様の言葉なのでしょうか?」
「俺にも良く分かりません。文字にして貰えたら、神眼で理解出来ると思うんですが。音だと無理なんです」
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ありがとうございました。