第二十一話「すっごいキレイな、ヒューどっかーん!」
少年は走った。
周りは見えてない。頭は良くもない。運動も得意ではない。目付きは悪い。
でも、大好きなともだちができたんだ。
だからこそ、大切なモノのために少年は走り出す。
花火大会、当日。
ハナが倒れてから、ぼくは何度も彼女をよびかけたり身体をゆすったりしたけど、目を覚ますことはなかった。
みんながすぐにかけつけて、これでもかってくらいにみんなでハナを呼んでいたけれど、それでも彼女は眠ったまま。
だけどちゃんと息はしているみたいで、それだけはホントによかった。
熱があるわけでもなかったから、大事にはならないだろうとシショーさんは言っていた。
ちょっとの時間が経つと、白くて大きな車の赤いサイレンの音が聞こえた。
いつもは遠目で見ているだけだった大きな救急車が、いざ目の前に来ると、何かとてつもないこわさを感じる。
オバケなんかより何倍も大きい不安がそこにあった。
救急車から出てきたおじさんに、ハナが倒れたときのことをいろいろ聞かれた。
とまどいながらも、ぼくはその時のことを必死に話した。
ホントはあまり話したくなかったけど、ハナを助けたい気持ちがいっぱいだったから、必死に、必死に伝えた。
「ハナを助けて下さい……お願いします」
最後にぼくがそう伝えると、
「はい。我々に任せてください!」
救急車のおじさんは、ニカッと笑ってそう言った。
☆☆☆☆☆
ハナを乗せた救急車を、シショーさんの車で追いかける。
海へ来たときとはまるで反対の、重く苦しい空気が車内に流れていた。
「…………」
いったい、なにがダメだったろう。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
もうちょっとハナのことを気にかけていれば、こんなことにはならなかったのかな。
彼女はずっとつらかったのかな。
どこか痛かったのかな。
だとしたら、ぼくはどうして気づいてあげられなかったんだろう。
「…………ぼくのせいだ」
「ヒビト」
シショーさんは、少し強めの声でぼくを呼んだ。
「誰のせいでもないって。何度も言ったじゃないか」
「わたし、どうすればよかったのかな……ヒメに、何かしてあげられることは無かったのかな」
「どうなんだろうな。でもオレたち、できるかぎりのことは……」
ハルヤといつも明るいヒカリでさえ今は暗く落ち込んでいるように見えた。
「もしかして!」
「ヒカリ、何か思い当たる節があったのか?」
「夜の……まくら投げがよくなかったんじゃ…………」
そう言ったヒカリをフォローしたのはシショーさんだった。
「多分、それはないだろうから大丈夫だ。夜にあんなうるさくするのは良くなかったけどな」
「じゃ、じゃあ良かった。良くないけど……」
重く苦しい空気の中、シショーさんはみんなに語りかけるように言った。
「原因は、僕の管理不行き届きにもあるだろうし、ハナちゃん自身でさえ気づけなかった何かなのかもしれない。だからな、『何が悪い』とか『誰が悪い』とかそういう問題でもない思う。お前たちだって、ハナちゃんのことちゃんと気遣っていたじゃないか」
「シショーさん……」
「それにハナちゃんだって、何か辛いことがあればちゃんとみんなに相談していたハズさ。だから、何かを責めようとするのは止めよう。反省会なら、ハナちゃんが起きてからでも遅くはない」
「もしも、ハナがこのまま起きなかったら……あっ」
思わず自分の口を手でふさいだ。
ぼくはなんてことを言ってしまったんだ。
……ふざけんな。クソ。
不安になるとどうしてこう、最悪なことばかり頭をよぎってしまうんだろう。
ダメだ。絶対にイヤだ。だってもう、二度と…………。
「大丈夫だヒビト。絶対に」
「……ありがとうございます。シショーさん」
「お前たちもな、もどかしい気持ちはよく分かる。僕だって同じだ。でも今は、良くないことを考えるよりも、ハナちゃんがすぐに起きてくれることを信じてあげよう。な?」
シショーさんのおかげで、ぼくたちの不安の黒色に塗りたくられたココロは、少しだけ明るくなったような気がする。
どうか、目を覚まして。ハナ…………。
☆☆☆☆☆
そうこうしているうちに、ぼくらは病院へたどり着いた。
ハナはまだ眠ったままで、すぐに病室へ運ばれた。
シショーさんはお医者さんと何かを話していて、ぼくらは座って待つことしかできない。
それがなんだかやるせなくて、くやしくて、ぼくはひどく落ち込んでしまった。
ポンっポンっ。
二人がぼくの背中をやさしくたたいて言った。
「だいじょーぶだってヒビト、なんとかなるさ」
「そうだぞー! ヒメはちょっと疲れちゃってるだけだよ!すぐにでも起きて、また絵でも描き始めるって!」
「…………」
「そうだな、病室のベッドの絵とか描いてそうだな」
「だから、ヒビトもそんな暗い顔してると、またヒメに描かれちゃうかもよ?」
「……それはちょっと、イヤかも」
「そうだろ。ハナちゃんが自分を責めて落ち込まないようにさ、起きたときはオレたち明るく言ってやろうぜ、『おはよう!』ってな!」
「ヒビトはもう悪役じゃなくて、立派なあの子のヒーローなんだから! しゃんとしなきゃね!」
「うん……わかった! ありがとう、二人とも。ちょっと元気でた!」
二人の言葉がありがたくて、涙が出てきそうだ。
ハルヤとヒカリがぼくのともだちで、本当に、本当に良かった。
ぼくは下を向きっぱなしだった顔を上げる。
「ちょっとオレ、トイレ」
「あっ、わたしも行きたい! 場所どっちだろ」
二人は立ち上がってトイレへ行ってしまった。
1人になると、少しだけ心細くなった。
早く起きてよ、お願いだから…………。
☆☆☆☆☆
10分くらい経っても、二人はもどってこなかった。
とつぜんのことだったし、二人ともずっとがまんしてたのかな。
シショーさんは、今度は誰かと電話で話しているみたいだ。
「あっ……」
ふいに廊下の向こう側を見た瞬間、思わず身体がこわばってしまった。
そこには、ハナのママが立っていたんだ。
こわくて、身体がふるえて、動かない。
目をそらし、またうつむいてしまったぼくの顔がなかなかどうして上げられない。
ちゃんと言わなきゃいけないのに。
おばさんにちゃんと……伝えなくちゃ……。
「ヒビトくん、どうか顔を上げてちょうだい」
ぶたれるのかな。ぼく。 おばさんには何をされても文句はいえないよな。
「…………」
身体がふるえっぱなしで、言うことを聞いてくれない。
こわくて、こわくて、涙が出そうだ。
もう出ているのかもしれないけど。
おばさんは、そんなぼくをやさしくだきしめた。
「あなたも、辛かったのね……こわかったね……」
おばさんのあたたかい言葉に、体温に、とまどいが隠せなかった。
「……ごめんなさい。 ぼく、あんなこと言ったのに。 ハナのこと、ちゃんと……!!ちゃんとまもれなかった…………!!ごめんなさい……」
自分でそう口に出すとくやしくて、本当に苦しくて、なさけなさすぎて、どうしようもない感情はぼくの目からしずくになってあふれでてきた。
「あやまらなくても大丈夫よ。あなたたちが、どれだけあの子のことを心配して、気を遣ってくれたかなんて、その場に居なくても分かるもの」
「おばさん……」
なんてやさしい人なんだろう。
申し訳無さと、そう言ってくれることのありがたさがいっぱいいっぱいになって、なんだかもう、ぼくはどうすればいいんだろう。
ふと気がつくと、二人の足音が聞こえてきた。
病院では走っちゃいけないなんてよく分かっているはずのハルヤとヒカリが、おばさんの前まで駆け足で来た。
「ハ、ハナママ……ホントにごめんなさい」
「ごめんなさいおばさん……オレたち……」
ハルヤはハナママを見ると、悲しそうな顔をして歯を食いしばり、ヒカリはゆっくりと頭を下げていた。
「ヒカリちゃんも、ハルヤくんも、あやまらなくていいのよ。怒る気なんてないわ」
「で、でも! おばさんはぼくたちのことを信じてくれたから……だから、みんなで……!海に」
ハナママはぼくの言葉をさえぎるように言う。
「おばさんはね、あの子が辛いときにまるで自分のことのように労ってくれる君たちには本当に感謝しているわ」
ハナママは、温かい目でぼくらをゆっくりと一人ずつ見つめる。
「ハルヤ君」
「はい」
「ヒカリちゃん」
「はい!」
「ヒビトくん」
「……はい」
「改めて言うわ。ハナの"ともだち"になってくれて、本当にありがとうね」
そう言いながら、おばさんは笑顔で涙を流していた。
ぼくらはそんなハナママを見て、うれしいような、悲しいような、つらいような、よく分からない気持ちになって、何も言うことができなかった。
ハナママは涙をふくと、続けてぼくらに語りかける。
「でも、あの時言ったでしょう。『あの子の身に何が起きても悲しまないで』って」
たしかに、言っていた。
みんなでハナママに"おねがい"をした日のことだ。
ぼくはあの言葉の意味がいまだによくわかっていなかった。
「あれはね、"おばさんからのお願い"じゃないのよ」
どういうことなのか、よくわからなかった。
おばさんのお願いじゃないなら、一体だれの……?
「あれはね、"あの子からのお願い"なのよ」
…………そういうことだったのか。
「ハナちゃんからのってことは」
「ヒメは、自分でこうなることを分かっていたってことですか」
おばさんは無言でうなずいた。
「えぇ、多分わかっていたと思うわ。あの子の身体のことは、あの子が一番よくわかっているハズだから」
「そんなの、ムリだよ」
「……ヒビトくん?」
そんなの、おかしいよ。ムリだよ。
「ムリにきまってんじゃん!! 聞いてないよ! 心配だってするよ! 悲しくもなるよ! だって……だってぼくハナのこと大好きなんだよ!!? 」
「ヒビト! 」
ハルヤが、大声を出してしまったぼくの肩をつかんだ。
「大好きでも、いや大好きだからこそ、言えないことだってあるだろ! 伝えるのがこわいことだってあるだろ! お前も、ハナちゃんも!」
「ハルヤ……」
大好きだからこそ、伝えるのがこわいこと。
……たしかに、ぼくには一つだけある。
ハナもそれと同じだったのかな。
「それにさヒビト。ヒメはわたしたちに『悲しまないで』って願ったんだ。だったら叶えてあげようよ。じゃないとヒメまで悲しんじゃうだろ」
「ヒカリ……」
自分が大変な目にあっても悲しまないでって勝手に願っといて、そんな大切なことも伝えないで、いざぼくらが落ち込んだら自分も悲しんじゃうぞって。
すごいワガママだな。まるでぼくみたいだ。
「わかったよ二人とも。 起きたらハナに文句言ってやろう。 『悲しむわ! バカ!』って」
「気持ちは落ち着いたか、お前たちって、菊地さん!」
シショーさんがもどってきたかと思えば、すぐにハナママの前で頭を下げた。
「結城さん! こちらこそ、娘がご迷惑をおかけして……」
ハナママもシショーさんに頭を下げる。
そのまま大人二人は少し難しい話をし始めた。
その間、ぼくらはイスに座ってハナが起きることを願いつづけることしかできなかった。
☆☆☆☆☆
あれから、大人二人はずいぶん長く話し込んでいた。
やはり大人は大人でいろいろ大変なことがあるんだろうなぁ。
「なぁ、お前たち」
長い話がようやく終わったのか、シショーさんとハナママがぼくらの方に歩いてきた。
「シショー、もうハナママと話しは終わったの?」
「あぁ。お前たちも不安なのに、放りっぱなしですまなかったな」
シショーさんは申し訳なさそうに言った。
「ハナのことは心配だけど、ぼくたちは大丈夫だよ。それでどうしたんですか?シショーさん」
「これはお前たちに決めてほしいんだが」
「ぼくたちで?」
シショーさんは大きくうなずいてから、ぼくらを見つめた。
「あぁ。この後、予定通りに花火を見に行くか?」
大変なことがあってすっかり忘れていた。
そういえば今日は花火大会じゃないか。
「今年のはたしか海の上で打ち上げられるんだよね」
「去年のもすごかったけど、今年はもっとヤバそうだよな!」
ヒカリとハルヤは、去年も花火大会に行ったって言っていたっけ。
「でも、やっぱりヒメは一緒にいけないんだよね……」
ぼくはハナのいる病室を見つめた。
彼女はまだ眠ったままなのだろうか。
「ハナがすぐに起きれば、いっしょに行けるじゃないの?」
「それは多分できないわ」
そう言ったのはハナママだった。
「あの子がすぐに起きても、いろいろと検査があるだろうからすぐには外へ出れないと思う」
「じゃあやっぱり、ぼくたちだけで花火大会に……」
あんなにみんなで見る花火大会を楽しみにしていたのに。
そのハナがいっしょに行けないだなんて……。
「それでも、やっぱりハナなら」
「わたしたちに『行ってきてほしい』って言うだろうね」
「だよな。んじゃ、それで決まりだな」
ハルヤとヒカリも、ぼくと思っていることは同じみたいだ。
「シショーさん」
シショーさんは、ぼくらを見ると少し意外そうな顔をしていた。
「なんだお前たち、もう決まったのか」
ぼくらはみんな、ハナの大切なともだちだから。
だから、こそ。
「ぼくたちで見に行こう。花火大会……!」
☆☆☆☆☆
花火大会、会場。
まだまだ始まるまで時間があると言うのに、たくさんの人がシートをしいて場所取りをしている。
「やきそば、たこ焼き、じゃがバター、焼き鳥や、りんご飴にわたあめ、かき氷まで!!あぁぁあどうすれば!!!」
屋台もたくさんならんでいて、それを見たヒカリは頭をかかえてうなだれてしまった。
「そういえば、今日まだなんにも食べてなかったな……」
朝からバタバタしていたせいで、もう夕方手前だと言うのに今日はまだ何も食べていなかった。
シショーさんでさえ、今まで自分が空腹だと言うことを忘れていたみたいだ。
「何でも買ってやるから、お前ら好きなの選べよー!」
☆☆☆☆☆
タイトル 「ノンフィクション」 その2
天使さんは言いました。
わたしの目を、見えるようにするためのルールは2つあると。
1つ目は、時間制限。
わたしの目は見えるようになるけれど、3年間で"もとにもどる"ということ。
そして、もう1つは…………。
「もう1つのルールはね、ルールっていうより僕のお願いというか、ワガママなんだけどさ」
ずっと真っ暗だったわたしの世界を変えてくれるのなら、なんだって聞いてあげよう! という気持ちになりました。
「いいよ! わたしにできることなら聞いてあげる!」
わたしがそういうと、安心したようなため息の音が聞こえました。
「……ありがとう、ハナちゃん。2つ目のルールは"できれば"でいい。けれど内容はむずかしいことじゃない」
わたしは何を言われるかわからなかったので、みがまえて天使さんの言葉を待ちました。
「――――最後の日は、笑顔でいてほしいんだ」
「……へ?」
全く予想外のことを言われたわたしは、思わずすっとんきょうな返事をしてしまいました。
「へ? って、聞こえなかった?」
「いやちゃんと聞こえたよ! でも、そんなカンタンなことでいいの??
『世界一美味しいものを食べさせてー!』とか、
『世界一面白いおもちゃを買ってー!』
とかそういうのかと思って……」
「あはははは! そんなことはハナちゃんにお願いするまでもないからね!」
『最後の日は、笑顔で』か。
「うん! それならわたしにもできそう! 」
「それは……ホントに頼もしいね。ありがとう。じゃあ、僕はそろそろ行くよ」
「わかった! バイバイ天使さん!ありがとー!! 」
「うん。さようなら、ハナちゃん」
そしてその後、わたしのフシギな夢の世界は暗闇に包まれて無くなりました。
「……うぅ……ん?」
そして目を覚ますと、わたしの目は初めて光を受け入れたのでした。
☆☆☆☆☆
花火は、キレイなのかな。
もし、それが本当にめちゃくちゃキレイでヤバいくらいすごかったとしたら、ぼくはそれを見てちゃんと楽しめるのかな。
それよりも、ホントにぼくはここにいていいのかな?
彼女は、いつ目を覚ましてくれるのかな。
もう起きているかもしれないな。
もしそうなら、すぐにでもぼくは……。
「ヒビト何ウロチョロしてんだ、もうすぐ花火始まるぞ!」
「あぁ、ごめんハルヤ! 」
手すりに腕をのせて空を見上げているハルヤの横にぼくも並んだ。
海辺はたくさんの人で埋め尽くされていたので、ぼくらは少し離れたところにある丘の展望デッキに来ている。
「それにしても、こんな良い花火スポットが見つかるとはね」
ヒカリも同じようにして空を見上げている。
……あれ?それにしてもさっきからシショーさんを見てないな。
「そういえば、シショーさんは?」
「パパ? 車にカメラ忘れたっていって、取りに行った。 まったく、もうすぐ花火始まるってのに……」
「あはは、そうなんだ。 シショーさんも疲れているんだろうね」
ぼくらのめんどうを見なくちゃならないし、ハナのこともあって、シショーさんも本当に大変なんだろうなぁ。
「今度みんなで、シショーさんの肩をたたいてあげよう」
「おっ!それいいな!」
「やってあげようぜー!」
なんとなく言ったけど、二人はノリノリみたいだ。
今度みんなでやってあげよう。
……できれば、ハナもいっしょに。
「今日は、星がよく見えるな」
ヒカリがつぶやいた。
空を見上げると、一つ一つかがやいている星が、夜空にたくさん散りばめられていた。
「そうだね……花火が無くても、ここの夜空はキレイだ」
昨日の深夜、ハナと砂浜を歩いていた時のことを思い出す。
思い出そうとなんかしてなくても、ぼくの頭の中では勝手にその時の映像がくりかえされていた。
『どこかわからない所に行っちゃうかもしれないんだ』
あのときの会話のことも、ほっぺたに……ちゅ……キスをされたときのやわらかい感じも。
思い出すだけで、顔が熱くなってくる。
それと同時に、ぼくのココロがすごく、すごくザワついた。
どこかわからない所って、どこだよ……。
いったいどういう意味だったんだろう。
どっかへ引っ越すって感じもしなかったし。
もしそうなら『今度引っ越すんだ』って言うよな、あんなややこしい言い方はしないで。
…………もしかして、ハナしんじゃうの?
「あっ!この曲! この前テレビで聴いた!」
とつぜん、どこからか有名な音楽が聞こえてきた。
「おっ!始まるのか!」
ボンッ!!!!
とつぜん、どこからかバクハツしたような音が聞こえた。
「打ち上がった!」
ヒュ~~~~~…………バァン!!!
巨大な、花が咲いた。
ボンッ!!
ヒュ~ーーーーー……バァン!!
また一つ、花が咲いた。
ヒュ~ーーーーー…………ドッカーーン!!!
いくつもいくつも打ち上がっては、それぞれが大きな、ホントに大きな花を咲かせていて――
それにはいろんな形があって、いろんな色があって……いくつもならんで…………どれも、ホントにやばくて――
「どうして」
夜空を……紫色のキャンパスを多い尽くすようにして、色とりどりの花火が咲いて――
「なんで」
横の二人も、海辺のたっくさんの人たちも、みんなが同じ夜空を見上げて、同じ花火に感動していて――
「おかしいって…………」
――――それは、今まで見たことのないくらいに、すっごいキレイな景色だった。
『その時は、キミがわたしをそばで支えてくれる……?』
ヒュ~ーーーーー……バァン!!! パラパラパラ!
『ぼくが絶対にハナのことを守るよ』
ヒュ~ーーーーー……バァン!!! パラパラパラ!
『どこかわからない所に行っちゃうかもしれないんだ』
ヒュ~ーーーーー……バァン!!
『ハナがどこか遠くへ行っちゃうのなら、ぼく追いかけるよ。君の元へたどり着くまで』
ヒュ~ーーーーー………………
『……おバカなヒーローさん』
大きく、息をすいこんで
何よりもすごくて、キレイな
夜空に咲いた、いくつもの花たちへ向けて
ココロが、叫んだ――――
「――――っっっ!!!くそっったれがぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!」
大きな花火が咲く度に。
その美しさに、ぼくはココロから感動した。
花火の咲く音が聞こえる度に。
その音は、ぼくのココロをノックした。
いろんな人の感動の声が聞こえる度に。
花火より、花火を見上げる人たちの絵を描いたハナの気持ちがわかったような気がした。
ふと、横を見る度に。
そこに彼女の笑顔がないことに……ぼくは…………ぼくは…………。
「ヒビト!?」
「おいっ!どこへ!」
走り出していた。 勢いよく。
気づいたらもうとっくに、ぼくの足は動き出していたんだ。
「ごめん二人とも、すぐにもどるから!」
走れ。走れ。走れ!!
ヤクソクしたんだ……!!
ハナを守るって!!!
あの子が今、苦しんでいるのなら。
辛い思いをしているなら。
大変なときなんだから!
側に、いなきゃいけないんだ……!!
近くに居たいんだ!!!ぼくは!
ハナの……ヒーローなんだから!!!
花火の大きな音を聞き流しながら、走った。
それはもう長い距離を。
必死に、必死に走った。
細かいことなんて考えていられなかった。
ここから病院への道のりなんて覚えていなかった。
もちろん地図なんて持っちゃいない。
それでも、ただ走った。
「はぁ……はぁ…………!!!」
ぼくは……止まっちゃいけないんだ。
もう、止まれないんだ。
「はぁ…………!!がぁぁ……!!!」
心臓がバクハツしそうだ。花火みたいに。
足も、身体も、ボロボロだ。
「ぐぁぁぁ……!!!!!」
こけた。いってぇ。今、何につまづいた。
「はぁ……あぁ……!!!」
すぐに立ち上がって、また走り出した。
もう、景色も、道も、よくわからない。
「ん"ぁぁ……!! あ"ぁ"……!!!」
自分が、どこにいるのか。
自分が、どういう状態なのか。
何度、ぶっ転んだとか。
さっきどこかがケガしたとか。
足とか、身体が痛いとか。
何分走ったとか。
どれだけの距離を進んだとか。
そんなの、もうわかんない。
それでも……ただ一つ、ココロに誓った、あの子と交わした約束だけは……!!!
それだけは……!!!!
だから……ハナのもとへ走るんだ!!!
「がぁぁぁあ……!!!!」
ぼやけた視界の先、赤い光が見えた。
あれは……たしか、見たら止まって青くなったら…………手を上げて進むやつだ……
「だからなんだよ……知るかよ、ぼくは行くぞ……!!!」
ちぎれそうな、足を引きずって、赤い光へ向かって…………進もうとした――――
――その時だった。
「ぶわっ!!!」
な、なんだ!今の……!?
なんかの白いかたまりが……飛びかかって…………。
後ろにたおされてしまったぼくの身体は、いよいよ言うことを聞いてくれない。
もう、街の明かりも、信号の色も……さっきの白いのがなんだったのかも…………ダメだ、頭も動かない…………。
声が聞こえる。
あれ、これダレの声だっけ。
聞いたこと、ある気がするな。
たしか……ぼくの、大切な…………。
「って、重い……」
お腹の上になんか、乗ってる…………?
重たい頭を少し上げると、"ソイツ"と目があった。
「にゃ~」
そこにあったのは、"三本足の白い子猫"の姿だった。