第十七話「もとにもどる 前」
「前に住んでいたところで、ちょっと……いや、すごくつらいことがあったんだ。
誰かにいじめられていたとか、そんなんじゃないよ?
でも、本当にすごくショックが大きくてさ。ママとこっちに引っ越してきたんだ。
忘れたいからかもしれない。
でも、絶対に忘れられないんだ。
……こんな話、聞いてくれるのはお前だけだよ。 ありがとう。◯?☆△……」
17話「もとにもどる 前」
よろしくお願いします。
夏休みの宿題。
それは、全小学生たちの前に立ちふさがる最大の敵。
いったい宿題とは何のために生まれ、ダレが産み出したモノなのだろう。
ぼくはそいつをゼッタイにゆるさない。
もし見つけ出したら、ふとんが石みたいにカッチカチになるのろいをかけて……。
「ヒビト~手が止まってるぞ~」
ハルヤにそう言われたぼくはもう、ガマンのげんかいだった。
「うるせえ~!! くそーーーー!!!もうヤダーー!!!!!」
「はやまるなヒビト! 自業自得だろうが!!」
目の前にある算数のプリントをビリビリにしてやろうとしたところで、ヒカリに止められた。
グーの音もチョキの音もパーの音も出ないことを"あの"ヒカリ言われて、ぼくはシンプルにめちゃくちゃ落ち込んだ。
みんなで海へ行けることにはなったが、それをよろこべたのはほんの一瞬のことだった。
ハルヤの放った、
「お前らそういえば宿題は?」
の一言により、一気に現実に引き戻されたのだ。
なんだかんだ頭がいいハルヤは宿題をコツコツと進め、一週間前には全て終わらせていたらしい。
ハナはぼくらとは違い、目の悪い人が通う学校に行っているらしいが、そこで出た宿題はなんと3日で終わらせたそうだ。
「ぼくはヒカリが宿題終わらせてんのマジで信じられない」
「"格"の"差"ってやつ?? お前らとは"才能"の"センス"が"桁違い"なのよ!!」
ドヤ顔のヒカリは、全宿題を配られた当日に終わらせていたらしい。
「いやー悪いな、オレが宿題やるときヒビトもさそえばよかったか」
「来年はお願いするよほんとに。うわぁ……あとプリント5枚もある」
残っている紙をイヤイヤめくって、えんぴつを動かしていく。
「あと5枚ぽっちだろー! 余裕余裕!」
「そうだぞー!あせんなくていいからな!」
ヒカリとハルヤが笑ってそんなことを言ってくれる。
シンプルにありがたいや。
一人だったら、絶対やる気が続かないもん。
「なんかゴメンね。みんな付き合わせちゃって」
ぼくの正直な気持ちを伝えると、本を読みながらハルヤが言った。
「気にすんなよ。それにもうすぐ海とか行くし、今は外より家でゴロゴロしたかったしな」
やっぱり、持つべきはともだちって言葉は本当だったんだなぁ。
「ありがとう。よーっし! がんばるぞー!」
それからぼくは、目の前の宿題と戦い続けた。
ヒカリはぼくが分からないところや、つまづいている時にアドバイスをくれる。
教え方がすっごく上手くてビックリしたし、本当に助かった。
ハルヤはソファの上にねっころがりながら本を読んでいたが、気づいたらいつの間にかねむってしまったようだ。
ハナはというと、そんなぼくたちのことを描いてはうれしそうな顔をしているのだった。
彼女がタイクツにしているワケじゃなさそうで本当によかった。
☆☆☆☆☆
「たはぁぁぁぁぁぁあ終わったー!!!!!!」
これ以上ない達成感に、両手を思いっきり上にのばして声をあげた。
「おつかれー!よくやったヒビト!! 」
「「いえーい!!」」
と、いろいろ教えてくれたヒカリとハイタッチをした。
「お疲れ様!ヒビトくん!」
「ありがとうハナー!」
「「いえーい!!!」」
それを見守っていてくれたハナともハイタッチをした。
「……お? なんだ終わったのか?」
思いっきり寝ていたハルヤがムクリと起き上がる。
「終わったぞーハルヤー! イエーイ!」
「え? い、イエーイ……何そのテンション?」
まだ眠そうなハルヤともハイタッチをした。
「おー!もうこんな時間かー!」
窓から見えるオレンジ色の空。
時計の針は5時30分を指していた。
「あっ」
自分で描いた絵をながめていたハナが声を出した。
「どうしたのヒメ?」
「このスケッチブックもうページなくなっちゃったの」
ハナがページをペラペラめくりながら答えた。
「海に行く前に買っておかなくちゃ」
「それにしても、すごいよなぁ」
ハルヤはねむそうな目をこすりながらハナの持つスケッチブックをマジマジと見つめた。
「今まで、こんな何ページもあるスケッチブックを何冊分も書ききって来たんだろ??」
「す、すごくなんてないよ! ほかにすることがなかっただけで!」
ハナは首を横にふっていたが、その顔はうれしそうだった。
「いやあ、すごいって! ちょっとかしてみてよ」
ヒカリはハナからスケッチブックを受け取り、パラパラとページをめくった。
「見た感じだと100何ページ、ヒメの家に何十冊かあったよなこれと同じの」
「……112冊。ちょっと違うスケッチブックにも描いてた時期あるけど」
「「「112冊!!?」」」
3人そろって思わず声をあげてしまった。
そりゃあこれだけ絵が上手くなるわけだ。
「ぼくもちょっと見せてもらっていい?ハナ」
「もちろん! ちょっとはずかしいけど……」
ぼくはヒカリからスケッチブックを受け取り、ページをめくっていった。
1ページ1ページにちがう絵があり、どれもこれもていねいに描かれていた。
「夏休みの宿題なんかより何十倍も何百倍もたくさんの絵を今まで……」
本当に、すごいガンバって来たんだろうなぁ。
……どうしてそんなにガンバれるんだろう。
『――――忘れたくないの。わたしは、わたしが見た、たったの1日さえも』
いつの日か言っていた、ハナの言葉を思い出した。
結局、その言葉の意味はまだ分からないままだ。
そんなことを考えていると、とあるページが目に止まった。
「あっチビだ」
「えっ!? チビちゃん!!?」
ぼくの言葉に反応したヒカリが絵をのぞきこんでくる。
「あぁん!!!羽が生えてるー!!!! かわいいっ!!」
「真横でいきなりうるせぇ!」
すると、ハルヤも絵をのぞきこんできた。
「チビってたしか、ヒビトがちょくちょく話してたヤツ? 足をケガしてるとか言ってたっけ」
そういえばハルヤはチビと会ったことがないんだっけ。
「そうだ、チビちゃんのケガは良くなってんのか?」
思い出したようにヒカリが聞いてきた。
「わかんない。けど、タバコ屋のおじさんがジューイさんに見せるとかなんとか言ってたから多分だいじょーぶ!! ってあれ? このあし……」
チビの絵をよく見てみると、ケガをしている足が、消しゴムで荒くこすったように消えかかっていることに気づいた。
そのことに、"気づいてしまった"んだ。
「ハナ、この絵おかしくない?」
そのページを開いて、ハナの前に差し出す。
「ん?どうした……の…………」
次の瞬間ハナは青ざめた表情をし、いきなり立ち上がりぼくの手をつかんだ。
「ヒビトくん……ちょっとついて来て!!」
「え? ちょっ!!」
「ヒメ!?どうしたの!?」
「お、おい二人でどこいくんだ!!?」
ハナはそのままぼくを連れて走りだし、クツはかかとを踏んだまま家を飛び出した。
「ちょっと待ってよハナ! ハァ……ハァっ!どこ行くの!」
「チビちゃんのとこ!! 急がなくちゃ! チビちゃんの足が……!」
ぼくはワケが分からないまま、ハナと商店街まで必死に走った。
☆☆☆☆☆
「ハァ……ハァ……ヤバい……もう無理……」
「でも、急がなくちゃチビちゃんが……」
商店街に着いた時にはもうクタクタで、ぼくらはとっくに走ることが出来なくなっていた。
アセをたらしながら、重い足取りで進んで行くと、ようやくチビのいる裏路地への入口にとうちゃくした。
そしてそこには、タバコ屋のおじさんが立っていた。
「どうしたんだお前ら? 肩で息してるじゃねえか。走ってきたのか?」
おじさんが、心配そうにぼくらを見つめた。
「今日は暑いし熱中症になる。今水を持ってきてやるからここで待ってな」
「ありがとう……ございます。でも今はチビちゃんを……」
おじさんを待たず、ハナは歩き出した。
ぼくもそれに続こうとしたその時、
「待て!!!」
後ろからびっくりするくらい大きい声が聞こえてきた。
そして、おじさんが戻ってくると、ぼくらを通せんぼした。
「……今日は行かない方がいい」
「なんで?どうして!? チビに会わせて下さい!」
それでも進もうとすると、おじさんはまたまたぼくらを止めた。
「ダメだ!進むな!!」
「なんっ……!!」
おじさんに文句を言ってやろうと思ったその瞬間、ハナが手でぼくを止めた。
そして、落ち着きながらおじさんに質問をした。
「おじさん、チビちゃんの足はどうなりましたか?」
「……勘がいいな。おじょうちゃんは」
カンが良いってなんだ??
なんのことだよ??
「おじさん、チビをどうぶつのお医者さんに見せてくれたんだよね! 足いつ治るって??」
おじさんは、何かを覚悟したように目を閉じて息をはいた。
そして次に話したのは、ぼくが聞きたくなかったかなしい現実だった。
「……チビちゃんの足、治らねぇかもしんねぇんだ。」
「はっ……?」
なんで?
……なんで???
どうぶつのお医者さんなんだろ??
なんで、治らないかもしれないって……
えっ??
「今、チビちゃんの足はどういう状態なんですか?」
やっと、チビがちゃんとフツーに歩けるようになるって思ったのに……どうして?
おじさんは頭をかいてから答えた。
「どうも、チビちゃんの足のケガはどっかに強く打ちつけた打撲傷みてぇなんだ。ところが、チビちゃんのケガは時間の経過で段々ひどくなったモンだ。打撲傷ってのはな、本来なら時間経過で悪化するモンじゃなくて一度に……」
そこまで話して、おじさんは口を止めた。
ぼくの頭は、とっくに話の内容に追い付かなくなっていた。分からないことがだんだん重なってイライラしてくる。
「おじさん……?」
「あー……娘にも言われたっけか。ガキは理屈じゃねぇんだったな」
そう言って、おじさんはぼくらの前にしゃがんだ。
「今度はちゃんと聞けよ、ヒビト。ハナちゃんも」
おじさんに初めて名前を呼ばれて、びっくりした。
そのおかげでぼくのごちゃごちゃになっていた頭は、話を聞く準備ができた。
「「……はい」」
「世の中にはな、どうしようもならねぇことってのがある。
自分の力じゃ、その問題は解決できないかもしれない。
でも、何もできないワケじゃない。
そんなときはな、ちっぽけなことでもいいから、何かできることを探すんだ」
「ぼくにできること……」
「わたしにできること……」
「あぁ。そうでもしねぇと、余計に後悔することになるからな」
辛くて大変なことになっているチビに、してあげれることって一体なんだろう。
「例えば……お前たちを止めようとした俺が言えたことじゃねえが、
"なるべくチビちゃんのそばに居てやる"くらいのことならできるだろ。ホラ、チビちゃんお前にはナツいてるからな」
「そりゃあ、ぼくとチビはともだちだからね!」
「俺にはどうも、ナツいてくれないんだよなぁ。ともだちと思ってくれてねぇのかな?」
「お顔が怖いからじゃないですか??」
「タッハッハッハッ!!容赦ないねぇハナちゃんは!!」
さっきまでガチガチに固くなっていたその場の空気が、少しだけやわらかくなった。
「……だからこそな、お前らが今のチビちゃんを見たら間違いなくショックを受けるだろう。だからよ、行くなら覚悟しろ」
「「はい! 」」
「行こう、ハナ!」
「うん!」
「いろいろありがとうございます! おじさん!」
「ありがとうございました!」
「おう……気を付けてな」
深呼吸をして、ぼくらはゆっくりと歩き出した。
☆☆☆☆☆
言葉が出なかった。
そこにいたともだちには、血とか、アザとか、ケガとか、ぼくが考えていたモノはそこに無く、チビ自身でさえ何も痛そうな素振りは見せなかった。
だけど、ぼくもハナも圧倒的に何かが足りないことにすぐ気づいた。
「……チビ?」
――――そこにいたのは、三本足の白い子猫だったのだ。




