6話 人生の再出発
奈緒子、タカシ共々人生の再出発が決まる日です。
奈緒子は医者の診察を受けていた。
前回の診察からもう1週間経っている。その間にタカシは一度だけ訪れた。
タカシはその時にナデシコの花を持ってきていた。
奈緒子は花が好きなので、ナデシコの花言葉の意味を知っていた。
心から早く良くなって欲しいと言うことだ。
タカシが花言葉なんて知るはずもないから、きっと花屋さんに選んでもらったのだろう。
しかし前回の奈緒子の言葉から察して、花言葉を選んで持ってきてくれると言う心掛けがうれしかった。
ナデシコの花は花瓶に活けてある。
奈緒子が退院するまでにはおそらく枯れてしまうだろう。
でも、枯れるまでの間は何より元気をくれるものだった。
「最近機嫌がいいね。
いいことでもあったのかい?」
診察をしながら医者が奈緒子に聞いてくれる。
「内緒ですっ」
嬉しそうに言う奈緒子を見て医者も笑顔になる。
本来ならこうして意識があるだけでも奇跡なのだ。
そして目覚めた当初は混乱して生きているだけで精一杯に見えた。
一週間経つころにはなんとか落ち着くも、訪れる同級生や親族に戸惑うばかり。
二週間経った時には何が理由かわからないが、明るい少女になっていた。
そして今だ。
「体の調子もいいみたいだね。
後は体を少しずつ動かして体力が戻ったら退院できるよ。
病院の庭でも毎日歩くといい」
医者の言葉に奈緒子は喜んだ。
何もないだろうとは思っていたが、いざ本当に何もないと言われるまでは心配になってしまうのだ。
「ありがとうございます! 先生!」
奈緒子にそう言われた医者は照れてしまう。
幼い子供ではなく、奈緒子のような少女に言われることなどめったにないため、気恥ずかしくなる。
逃げるようにそそくさと病室を出ると、奈緒子の母親にちょうど出くわした。
「あ、先生」
「お母さん。
今ちょうど診察が終わったのですが、体調はとてもいいですね。
退院までは病院近くで軽く運動をしてもらい、退院後は家の近く
で少し運動をしてください。
一か月もすれば学校に通えるようになるでしょう」
それだけ言うと、では。と横を通り過ぎる。
奈緒子の母親は、律儀にありがとうございました。と深々と頭を下げていた。
そして、奈緒子の病室に入る。
ガラと開くドアの音に気付いた奈緒子は、
「お母さん!
明日から病院の庭に出て散歩するね!」
とても嬉しそうに話していた。
そのとき、奈緒子の顔が驚きに変わる。
何かあったのだろうか。
「お母さん……涙……」
言われて目の下を触ると濡れている。
気づかない間に涙を流していた。
ごめんね、と言ってハンカチで涙を拭う。しかし、涙は止まらなかった。
奈緒子が目覚めない間、奈緒子が目覚めてから元気のない間、そして今までずっと気苦労が絶えなかった。
それがようやく解放されようとした瞬間だったのだ。母親にも思うところがあったのだろう。
奈緒子はベッドから立ち上がると母親に抱き着く。
「お母さん、本当にありがとう」
その言葉で奈緒子の母親は更に涙を流してしまうのだった。
部屋で悩んでいた。
この間の話だと、後2週間もすれば奈緒子が退院する。
そして奈緒子と出かけることになっている。しかし、自身はまだ引きこもった状態なのだ。
今までユウのことをずっと引きずってきた。今ではようやくそう思える。主に奈緒子のおかげな気がする。
しかし、それも終わりにしなければならない。
間違えてはいけないのはユウのことを忘れるわけではない。むしろ忘れてはいけないのだ。それが大事なのだ。
ベッドから起きだして、ドアを開け一回に降りる。
まだ夕食の時間には早く、母親が料理をしていた。父親はまだ仕事から帰ってきていない。
母親は料理に集中しており、ドアを開けた音にも気づいていない。
そのまま母親に近づく。
ほぼ真後ろまで来た時にようやく母親は気づいて包丁を持ったまま振り返る。
「もう、タカシ。いるならいるって言いなさいよ。
急に後ろに立たれたら驚くじゃない」
「母さん。
俺明日から学校行くよ」
言われた母親は何を言われているのかわからなかった。
まともな言葉を聞いているはずなのに、ポカーンと数秒止まってしまう。
「え……あなた、今何言ったの?
わかってるの?」
「ああ。明日から学校行くよ」
それを聞くと、包丁をまな板の上において携帯で電話を始めた。
「あなた!
タケシが明日から学校行くって!」
「本当か?
今日はすぐ戻る。待っていてくれ!」
母親の電話ごしだったが父親は大きな声でしゃべっていたせいで聞こえた。
両親が本気でずっと心配してくれていたことに感謝した。
その夜、家族でいつもより少し豪華な食事をとった。
そして寝る前に心の中で思った。
(ごめん。ユウ。
俺ずっと信じてあげられなかった。
お前がもういないって。
でも、明日から立ち直るから)
それだけ思って、意識は沈んでいった。