4話 花言葉
花屋さん、人生で2回くらいしか行ったことないです。
頼むときは大抵、おまかせで束にしちゃうよなあ……。
カスミソウの花束を持って、奈緒子のいる病室へ向かう。本音は、ユウがいた病室へ向かう。だ。
階段を上りきると遠目にだが奈緒子の病室から母親らしい人が出てくるのが見えた。奈緒子の母親とは面識がないため、敢えておじきもせずに通り過ぎた。
ゆっくり歩いて奈緒子の母親がいなくなるのを確認してから奈緒子の病室に着く。
まだ普通に入ることができず、ドアの前で立ち止まっていると。
「タカシくんでしょ。入りなよー」
病室の中から声がする。どうしてわかったのだろうか。
タカシはドアを開けて中に入ると、そこには前回同様小説を読んでいる奈緒子がいた。
「昨日来てくれなかったでしょ。
どうせ学校サボってるなら、
来てくれたら良かったのに」
口をとがらせてそう言う。
病室にいるのは本当に暇で仕方ないに違いない。心無しか読んでいる小説も前回とは異なったもののような気させする。
途中の花屋で買ったカスミソウを奈緒子に差し出すと、
「え? 花?
買ってきてくれたの?ありがとう……。
それにしても……ふぅん。
これはどういう意味なのかなー?」
カスミソウを見た奈緒子が、疑いの目を向けてきた。
花に花以外の何の意味があるのだろうか。わからない。きっと俺は今困った顔をしている。
「ま、いっか。
ありがとね。私カスミソウ好きなんだ。
きっと私がカスミソウと似て小さくてかわいいからかな?」
などと言い出した奈緒子に呆れた顔をするしかなかった。
「なにその顔!
いいじゃん! 私可愛いよ?」
そう言って可愛いアピールをするのだが、そこにあまり興味のなく無視した。
椅子に座る。
奈緒子はカスミソウを一旦隣のテーブルに置いてから、向き直って昨日今日あったことの話を始めた。
異様にベタベタ触って来る医者がいるだとか、看護婦さんと仲良くなった。あんな人が姉だったらいいのにな。とか、ここの病院の購買に売ってるデザートが美味しいだとか。俺自身しゃべることがあまり得意ではないから、こうやって向こうから話を振ってくれるのはありがたい。ただそれだけでも、とても時間を潰すことができる。
奈緒子は大したことはない些細なことでも本当に楽しそうに話す。時間を潰すだけと言いつつ、俺もすこしは楽しい気分になれる。
「あ、そうだ。
タカシくん、勉強教えてよ。
復帰するときに少しでも遅れないように頑張ってるんだけど、
難しくて……」
そう言って、教科書をテーブルの上に出す。
「わかった。どこだ?」
そう言って教科書をのぞき込む時に、奈緒子の顔に自身の顔が近づいた。
今まで気づかなかったが、前回訪れた時より顔色も肌も元気そうであることがわかる。
少しずつ元気になっているんだとわかる。
奈緒子がわからなかったのは数学の問題だった。俺は数学だけは得意であったから、教えることは容易だった。
「タカシくん、すごい教えるの上手いね?
他の教科も教えてよ」
そう言われたが、他の教科はからっきしであることを告げると、なんだーと笑い出した。
「じゃあ、私が学校に復帰した時には私が教えてあげるね」
そう笑顔を向けてくれる。
その笑顔に少し癒された気がした。心が和んだ気がした。
それに気付いて……椅子から立ち上がった。
「ごめん。
今日はこの後用事があるからこれ以上は居れない」
小さい声でまたな。と言い、病室から出た。
後ろから、え、ちょっと。と俺を止める声が聞こえたが、それを振り払うようにして病室から、病院から出た。
奈緒子と話すのは楽しい。だが、ユウのことを少しずつ忘れてきている。ユウがいなくなった痛みが薄れていく。
そう言った状態に自身があることを俺はよしとしたくなかった。だから、奈緒子から距離をとることにした。
変な時間に病院を出てしまったから行く場所がない。なんとなく自宅に向けて歩いていると、今日花を買った店の前が見える。
ちょうど花束を抱えたお客が出てきた。
色とりどりの花が束にされて、とてもキレイだ。そしてその客を追いかけて、店を出てきた店員がその客にありがとうございました。と頭を下げていた。
店員は頭を上げて一息つくと、丁度道を歩いていた俺に気が付いた。
「あら、今日カスミソウを買ってくれた子ね?
ありがとう。それにしてもカスミソウを買うなんて、
面白いセンスね?」
「いえ、なんとなくです」
特に意味もなく買ったからそう言うしかなかった。
そこで、奈緒子からどういう意味かと言っていたことを思い出した。
「あの……。
カスミソウを渡した相手から、どういう意味か
聞かれたんですけど、意味があるんですか?」
聞かれた店員は俺を見定めるように見ていた。
「そうね。カスミソウは、純粋に愛してます、とか
ありがとうとかそういう花言葉があるわね。
他には……」
「ありがとうございました!」
店員からそれを聞いて恥ずかしくなって、駆け出した。
まさかそんな意味があったとは知らなかった。奈緒子にどういう意味? と聞かれていたのだ。
思い出して恥ずかしくなる。
「あら、他にもあったのに……勘違いさせる
言い方をしちゃったかな?」
残された店員は、最初にわざとそっちの方の花言葉を伝えてから普通の花言葉を言うつもりだったが、言えずに逃げられてしまい多少申し訳ない気持ちになっていた。
花言葉を調べて調べて……どうかな、と思ってこんな感じです。