第一話
母さんが死んで、何十年、何百年経っただろう。
それなのに、ボクの体はずっと小さいままだ。
ボクはいつまでたっても子ども扱いで、ハイドが美味しそうに飲んでいる酒も飲ませてくれないし、夜会がある日はいつもビンセントと留守番だ。
ボクが大人の体に成長するのがいつになるかは、誰にも分からない。
下手すれば、ずっとこのまま大人にならないかもしれない。
ここは悪魔ばかりが暮らす世界。
悪魔ばかりといっても、父さんとボク以外は元人間だ。
人間は年を重ねるごとに成長や老いで体が変化していき、やがて死を迎える。
悪魔は老いも寿命もなく、永遠を繰り返す。
悪魔の父さんと人間の母さんの間に生まれたボクは、赤ん坊から今の体になるまで人間と同じように成長し、それ以降成長が止まってしまった。
「ハイド。ねえ、ハイドってば!
悪魔のくせに何で寝ているの?
窓の外を見て。雪が降っている。
湖へ行ってみようよ。氷が張っているかもしれない」
暖炉の前のソファーで毛布にくるまっているハイドの肩を揺すった。
「うーん……。ベルデか……。
昨日、飲みすぎたから少し休ませてくれよ。
それに俺が寒がりなのを知っているだろう?
あー。早く春にならないかなー」
「春って……。冬になったばかりだよ?
父さんから『一人で屋敷の外へ出るな』と言われているし、ビンセントは、ずっと自分の部屋に籠りっきり。
退屈だから遊んでよ」
「ラルフは何処へ行った?
たまには親子水入らずで遊べばいいじゃないか」
ハイドが毛布で丸まったまま返事をする。
毛布の中に顔をうずめているので、毛布から銀髪だけが出ていて、まるで大きな毛虫みたいだ。
「父さんならジャックの茶会に呼ばれて、朝からいないよ」
「ジャックの茶会か……。
お前も付いて行けば良かったのに」
「えー、嫌だよ。
ジャックの話、長いだけで全然面白くないもの。
茶会に参加するくらいなら、毛布にくるまっている方がマシだよ」
「ハハハ。分かる分かる。
あの爺さん、毎回同じ話をしているよな。
じゃあ、お前も俺の毛布にくるまるか?」
毛布の中からハイドの手が伸びてきて、手探りでボクを探す。
「そんなに酒臭い毛布に、誰がくるまるか!」
「ハハハ」
ボクがハイドの手から逃げていると、背後からビンセントの声がした。
「ベルデ。借りた本は元の場所へ戻せと、いつも言っているだろう?
何故、借りていた本を戻さず、新しい本を持っていく?
この本も、お前のベッドの上に置きっぱなしだった」
ビンセントの目が赤く光っている。
黒髪に黒い瞳のビンセントは、この季節になるとたまに瞳の色が赤くなる。
「だって……。魔術が覚えたくて色んな本を見ているけれど、どれを試しても、ちっとも使えない。
ビンセント。ボクでも簡単に魔術が使えるようになる、おすすめの本はないかな?」
「ベルデ。魔術を覚えたいのなら、まず読み書きを覚えろ。
お前は本を読んでいるのではなく、本に載っている挿し絵を見ているだけだ。
それではいつまでたっても魔術など使えない」
ビンセントがハイドのために熱いお茶を淹れながら話し始めた。
嫌だな……。
こんな時は、決まって話が長くなるんだ。
「読み書きなんか覚えなくていいよ。
本を読む時ぐらいしか使わないし。
そうだ、ハイド。この間ボクに見せてくれた、青い炎の出し方を教えて」
「ベルデ。俺だって、本を読んだり魔術を覚えるのは苦手だけど、あの位の炎なら本の説明通りにすれば簡単に出せるようになるぜ?」
ハイドが毛布にくるまったまま体を起こし、お茶に手を伸ばしながら言った。
「リリアは本を読むのが好きだったのにな」
いつの間にか瞳の色が黒に戻ったビンセントが、呆れた顔でボクを見つめる。
ビンセントは、きっとボクを見てはいない。
少しだけ母さんの面影が残るボクを見て、母さんを思い出しているんだ。
「……もういいよ」
「ベルデ、何処へ行く?」
部屋から出ていこうとするボクを、ビンセントが呼び止める。
「本を戻しに行くんだよ」
ボクは振り向きもせず、部屋から出ていった。