(中、僕が生きる道)
やはり小説って難しいですね。
どう書けばいいのか、どう展開に持っていけばいいのか。
まだまだ分からない事だらけですが、なんとか中編を書くことができました。
年内に後編まで書けるよう頑張ります。
機会があれば、読んで頂ければありがたいです。
空梅雨の6月初旬。
珍しく土曜日のお休みをもらった安田は、大山、滝川兄弟と共に、大山の母校である天間林高校に向かっていた。
目的は卓球の練習である。
次の大会まで期間が短く、全員休みという好都合な日であったため、満場一致で行くこととなったのである。
安田も天間林高校にはよく練習に行っており、同校生徒でないにも関わらず、先生の名前を20人も覚えている。
大山はよく安田に
「他校の生徒の出入りは多いけど、他校の先生の名前をそこまで覚えてるキモい奴はお前だけやと思う」
と言われている。
学生時代の全盛期は週一で行くこともあった安田。
社会人になった今でこそ頻度は少ないものの、休みの時間があえば行くようにしている。
彼にとってこの天間林高校は、第2の母校と言っても過言ではない。
天間林高校では人数が少ない為、男女合同での練習をしている。
男女両方と練習できるからいい練習になる
と安田は機会があれば行くようにしているのだ。
いつも通りに練習し、いつも通りに試合をし、いつも通りの休憩を取る。
何も変わること無く時間が過ぎて行く。
ただ、大山が珍しくボーっとしているのだけは違っていた。
「大山」
……
「大山!」
………
「大山!!」
「お、おう!」
3回目の声掛けで気付いた大山はビックリした様であった。
「どうしたん?ボーっとしてたけど?」
「ん?
いや、どうやったら次勝てるかな?
って思ってて!」
「この中に負ける人はおらんやろ?」
「ちゃうやんちゃうやん!
そっちじゃないよ!」
「なんの話?」
「一択しかないやん」
「あ〜ね」
大山はよくこうして別の会話に持っていく。
大山らしい。
大山はあまり思ってる事を口に出すタイプではない。
そんなことは安田自身もよく分かっていた。
今迄もそのような事が多々あったからである。
(今回も同じだろう)
と安田はさほど気にしなかった。
この出来事に関して相談を受ける事になるとは、安田はまだ思ってもみなかったのである。
練習終わりに安田と某ファミリーレストランに居たのは同じく練習に行っていた大山や滝川、ではなく、高校一の親友である金子であった。
事は2時間前である。
本来なら卓球の練習終わりにはほぼ決まって、行ったメンバーでご飯を食べに行っているのだが、この日は大山が塾のバイト、滝川兄弟は家族で夜ご飯に行くことになっていた。
「それはそっちの方優先しなあかんやろ!」
(バイトや家族との時間を大切にしてほしい)
と安田は2人を快く送り出したのだ。
家に着きご飯の用意をしていた安田の携帯に一件の電話が入っていた。
それが金子だったのである。
「おつかれ!今日今から飯でも行きません?」
「俺も空いてるから大丈夫やで」
こうして現在、某ファミリーレストランに2人でいるのだ。
「久しぶりやな!いつ以来?」
「半年ぐらいちゃう?」
「最近全然会えてないもんな〜!」
「まぁ、お互い社会人やからしゃあないな!」
「そやな〜!」
安田と金子が会うのは正式に言えば7ヶ月ぶりであった。
幼稚園が同じであった事がきっかけで話し始め、高校一の仲だとお互いが感じている2人。
同じ様な境遇を持ち、共感もよくしていたのがさらに交流を深めた。
だが安田の本心は恐れ多いと思っている。
無理もない。
車が好きだった金子は、第一希望で某大手車会社を受け、約8倍の倍率を物ともせず合格したのである。
第三希望でなんとか合格した安田からしてみれば、金子は雲の上の存在なのである。
「じゃあそろそろ本題に入ろか」
出来立てのドリアを食べようとする金子に向かって、唐突に安田が声を掛けた。
「ん?なんのこと?」
金子は素っ頓狂な声をあげた。
「隠さなくても大丈夫!」
安田はこう声を掛けた。
安田は分かっていた。
金子がこうして誰かを呼ぶという事は、相談事があるのだということを。
大抵その相談事は、安田にとって重荷という圧を背負うのである。
最後に会った日も唐突に
「会社辞めたいねんけど」
などと言う事を言われた前例があったからである。
「やっぱり安田には敵わんな〜!」
「どんだけ一緒におると思ってるんさ〜!」
「そうやな〜」
お互いよく知っているからこそ隠し事は通じない。
「で、その話ってなに?
また会社辞めたいとか言わんよな?」
間を空けて安田が声を出した。
「それもあるかもな〜」
それもある。
この言葉を聞いた安田には心が突き刺さるものがあった。
この前の相談よりも酷いものだと直感で分かった。
「実は〜…」
「実は?」
「彼女と別れた。」
安田も覚悟はしていた。
どんなことでも受け止めると思っていた。
だが声が出なかった。
約15秒の沈黙。
体制を立て直そうと安田が言う。
「またまた〜!そんな冗談を!」
「事実」
「とか言っちゃって〜!喧嘩したんやろ?」
「嘘偽りの無い事実」
「俺も喧嘩ぐらいするよ!そんなん…」
「いや、事実やねん…」
安田もこのようなノリをしたいわけでは無い。
あまりにも驚きを隠せないが故、このような言葉しか発せれなかったのである。
どうにかこうにか我に返った安田は、改めてその言葉の重さを実感した。
「理由は?」
「お互いがお互いを好きで居られなくなった。」
またしても沈黙が走る。
金子の事情は安田自身よく知っている方であった。
だがそれでも、どのような声を掛ければいいかわからなかったのだ。
「愚痴とかあるなら聞くよ?」
これが、安田が言える精一杯の声掛けであった。
社会人と学生での遠距離恋愛に金子の彼女が耐えれなくなったのだと言う金子。
彼自身の好きと思う気持ちは、仕事という青春を忘れる衝動によって薄れつつあったらしい。
そんな時に金子の彼女の方が、大学のメンバーで別の男と遊んだ際に、その男の事を好きになったのだと言う。
それが引き金となって大ゲンカとなり、別れる事になったのだ。
金子が悪い理由なんて殆ど無いと安田は実感した。
「金子は悪くない。
悪いのはあっちの方だけ。
仕事なんかしゃあないやん、どないしようもないやん。
恋愛も大事やけど、仕事の方がよっぽど大事やと思うで!」
安田はごく一般人が言いそうなこんな言葉をかけた。
人に同情するタイプであった安田は、こんな言葉しか掛けれなかったのだ。
でも、今の金子にはよく聞く薬であったようで
「ありがとう!少し楽になった。
仕事までは辞めんでよくなりそうやわ!」
と少し笑顔を取り戻していた。
「いつもごめんな。」
「気にせんといて!
俺も金子には大分助けてもらってるから!」
お互いに笑顔が戻った。
「じゃあ、こんな面白くない話は置いといて、楽しく飯でも食べましょうや〜!
こんな機会もあんまりないことやし!」
「そうやな!ありがとう!」
「気にしない気にしない!困った時はお互い様やで!」
2人は冷めきったドリアを頬張り楽しく過ごした。
同情する。
それは安田にとって、他人の精神的辛さを和らげる効果があると同時に、安田自身のメンタルを壊す働きもあった。
100あった安田のメンタルゲージは少し下がり85になった。
でも気にしてはいなかった。
多趣味であった安田はその趣味でメンタルを回復出来ると思っていたからだ。
でもこの日を境に安田のメンタルゲージは下降傾向になる事を、安田も含め誰もが知る由もなかったのである。
とある仕事終わりに一通のメールがあった。
「今日夜空いてる?ちょっと話さん?」
といった内容の文章であった。
大山からであった。
安田は話すだけはあまりしたくない方なのである。
「じゃあ飯でも行きましょうよ〜!」
大抵話ごとになると安田はご飯も誘う。
安田が言うには
真剣な話は美味しいご飯を食べてこそ事が進む!
という勝手な解釈をしているのだ。
「了解」
と返ってきた30分後、2人は合致することになった。
珍しく大山が最寄駅まで迎えに来てくれていた。
大抵は滝川であったり、卓球の先輩である有岡や三宅を誘うのだが、今日は約1ヶ月ぶりの2人での外食となった。
「お疲れ!」
「お疲れさんです!
「わざわざ迎えに来てもらってごめんな。」
「いいよいいよ!暇やったし!
それに俺から誘ってるからな!」
「飯どうする?」
「飯はお前が言ってんからお前が決めろよ!」
「俺なんでもいいねんけど」
「じゃあ適当に入るで」
「いいよ〜!」
車を走らせ約5分、某回転寿司屋で食事をすることにした。
2人とも回転寿司に来るのは2ヶ月ぶりであった。
久々のお寿司に箸が進む。
2人で合わせて30枚を過ぎた頃、不意に大山が話し始めた。
「実はお前には、話しておきたいことがあってさ。
それで今日呼んでん!」
「お、おう!どうした?急に改まって?」
日々会話している2人ではあるが、いざ改まって真面目な話をするとなると、やはり2人とも真剣な表情になる。
2人の関係が長いからであろう。
「実は、好きな人が出来てん!」
その言葉を聞いた安田の箸が落ちた。
わざと落とした訳ではない。
本当に手が滑っただけなのである。
だが大山はそうは思わなかったらしく
「そんな動揺すんなよ〜」
「わざとちゃうやん!
落ちてしまってんやん!」
だが安田の心中には
また出来たのか
という想いがあった。
「で、その好きな人は誰なん?」
安田は新しいお箸を取ろうとしながらこう言った。
「木下 恵梨香って子、多分お前なら知ってるはずやけど?」
大山の言う通り、安田はその名前に聞き覚えがあった。
安田はここ数日の出来事を掘り返した。
やはり思い浮かぶ人がいた。
「あ〜、あの子ね!」
合点がいった安田は満面の笑みを浮かべた。
『木下 恵梨香』とは、大山の母校である天間林高校卓球部に所属する高校1年生である。
「いつから好きなん?」
「何回か練習行ってて、可愛いな〜
って思い始めて…」
「って事は大山から好きになったん?」
「まぁ、そうなるな!」
安田は驚いた。
それもそのはず。
この長い付き合いぇあっても、大山から好きになって付き合ってる人を安田はほとんどみていないからであった。
「で、どうなん?落とせそうなん?」
「カモやん!ノリやでノリ!」
冗談じゃない。
女子を落とす事がそんな簡単なわけがない。
普通の人なら必ずこう思うだろう。
だが安田はそうも思わなかった。
安田は大山が、その言葉を言えるだけの実績を持っているのを知っていたからであった。
成績優秀、スポーツ万能で、圧倒的なリーダー力から天間林高校の生徒会長もしていた大山。
これだけでも女子からはモテていたのだが、それに加えてかなりのイケメンなのである。
故に女子にはモテる方であり、高校1年生の時には告られた回数10回を超えるという、一夫多妻制並の事情を持っていた。
要するに、一月半のサイクルで一回告られていることになる。
だが自分の好きな人ではないため、実際付き合った女子は3人しかいないのである。
現在も高校時代の女子から告られてる事もあるらしく、
「俺今思えば、めっちゃモテてるな!」
と、よく安田も聞かされていた。だが安田が悪口を言う事はなかった。
たとえそれがイヤミに聴こえても、反抗する態度は一切とらなかった。
安田からみた大山は
雲の上の遥か彼方の存在
なのであった。
「ただいつも見たいには行かんなんな〜…」
大山がボソッと口を開けた。
「いつも通りやったら大丈夫なんじゃないん?」
「それはそうやねんけどさ…」
大山が浮かない顔をしている。
安田は直感した。
何か問題があるのだろう
と。
安田の直感は間を待たずとして確定になった。
「ちょっとややこしいのよね〜」
大山は吹っ切れたのか、苦笑いを浮かべる。
「話したくないならいいけど、聞くよ?」
その言葉を聞いた大山は重い口調で言った。
「増田がおるねん。」
その言葉に安田は少し考えた。
頭をひねり出して出た推測。
そして大山の顔を観る。
その推測のようなものは、安田の中で確信へと変わったのだ。
その後大山から聞いた話は、やはり安田の推測通りの内容であった。
増田とは天間林高校の現高校3年生である。
大山や安田の後輩にあたる。
安田もかなり関わりがある方で、よく練習もしていた。
そんな増田が引退後大山と外食に行った際、増田は大山に
(木下の事が少し気になっています)
と話をしたらしい。
勉強で地方に行くことを決めていた増田は、この気持ちをどうすればいいかわからず相談した
と言っていた。
後日、木下に話を聞くと
(増田先輩がカッコイイと思う事があるんです)
と言われたという。
この時大山は、2人ともが2人ともに好意があることに気づいた。
簡潔にいえば両思いなのであった。
恋愛経験をかなり積んでいた大山でさえ、今回の事例は初めての経験であった。
故に、1番話を聞いてくれる安田に相談したのだ。
話が終わって、安田も同じように考えた。
だが、大山のように恋愛関係を知っているわけでもない安田には、なんの解決策も出なかった。
何をアドバイスしてあげれば良いかもわからなかった。
「応援してる!」
この言葉しか安田には思いつかなかった。
ただそれは大山もわかっていたようで
「ありがとう!本間にお前しか居らんから!
なんかあったら頼むで!」
「もちろん!」
このような運びとなった。
「寿司は俺が出すから、しっかり食べや!」
「マジっすかパイセン!!
ご馳走様です!」
安田はせめてもの想いでご飯を奢ることにしたのであった。
そう言って2人は、まだ手を付けていない鉄火巻を口にするのであった。
安田のメンタルゲージはこの段階で50になった。
彼からしてみれば何の問題も無いのだが、少しもどかしさが残るようになってきつつあった。
会社との付き合いを大事に思う安田は、会社のイベントには必ず参加している。
今日は会社のBBQであった。
会費を払った分沢山食べないと損をする。
安田はこの言葉を胸に掲げ、今日も沢山食べていた。
バイキングや食べ放題では、いつも無理をして食べる。
その点、残飯処理で呼ばれる事も多い。
何より、残すのが大嫌いなのが大きな理由であった。
が、会社のBBQでは物足りず、その夜安田は、滝川兄弟の兄である大輝をご飯に誘った。
向かった先は居酒屋であった。
どうせやったら呑みたい
とのことで居酒屋になったのである。
「急に呼ばれたからビックリしたわ!」
「ごめんな、急に呼んで」
「でも珍しいな!安田の方から誘うなんて!」
無理もない。
安田から誘ったのは約2ヶ月ぶりの事なのであった。
「以前誘ってもらって行かれへんかったから、今日どうかな?
と思って誘ってん!」
「そっかそっか!ありがとう!」
2人はスピードメニューで出てきたタコワサを摘みながら、会話を進めた。
「最近上からの期待が重いねん。」
「本間にな。
仕事任せてもらうのは有り難いけど、ミスしたらどうしよう
とかよく考える。」
「俺も仕事全然出来ひんからヤバイわ〜」
「俺のとこの先輩ヤバイで!
5年目にもなって、管理者の方が俺を頼るねんから恐ろしいよな!」
「マジで?それはヤバイな!」
何気無い会話ではあるが、お互い社会人として、また友人として、会社の不満や愚痴などで分かり合える面が多々あるのだ。
そして何より『お酒』というものが話をよりスムーズに進めたのである。
「実は俺も話したかなあかん事があってさ…」
2人が3杯目の梅酒に差し掛かった時、大輝の口からふとこんな言葉が飛び出した。
「お、おう、急にどうした?」
安田は出汁巻を取り皿に取ろうとしたがやめて、話を聞く体制に移った。
「俺の好きな人知ってる?」
随分と唐突な質問に安田は少し戸惑いを見せた。
「あ〜知ってるよ!
琴葉さんのことやろ?」
大輝は半年程前から好きな人がいる。
名前は『山本 琴葉』と言い、天間林高校の現二年生にあたる。
以前から何となくのことは大山から聞いていたが、大輝が好意を寄せている事を知ったのは、つい最近のことなのであった。
「で、その琴葉さんがどうかしたん?」
安田が話を進める。
「俺も最近連絡してて知ったんやけど…」
滝川が言葉を濁す。
安田は悪い予感しかしなかった。
なぜなら、この前例をここ数日の間に何度も受けたからである。
頼むから別の案件であってほしい。
そう願っていた彼の想いは
強風に煽られる桜の花びらのように
儚く散った。
「今付き合ってる人がおるねんてさ」
その言葉は安田の心に深く刺さった。
空いた口が塞がらないとはまさにこの事なのだろう。
少しの間の沈黙の後、ようやく口を閉じた安田は問いかけた?
「じゃあ向こう方は滝川の事嫌いってことか?」
「どうなんやろな。」
大輝自身もこのような事は初めてなのである。
この現実を知った今、今後どのように接すればいいのか、2人には見当もつかなかった。
「でも希望はあるよ」
ポツリと大輝が言った。
「その根拠は?」
安田が問いかけると、大輝は丁寧に答えてくれた。
聞く話によると、山本は他校の1つ上の人と付き合っているらしく、1ヶ月に1回会うのがやっとなのだった。
要するに高校生にも関わらず、大人の恋をしているのである。
山本の方が男子に惚れ、山本の方から告ったものの、あまり相手にされてないのが現状で、最近では連絡も取り合っていない程だと話していたらしい。
だからこそまだ希望を持てている。
そう滝川は自分で自分を言い聞かせていた。
このような理由で大輝は希望があると話した。
「俺はどうしたらいい?」
大輝は安田に問いかけた。
だが安田は答えを持ち合わせていなかった。
「どうしたらいいのかわからんけど全力で応援する!」
『応援する』
やはり出てきたのはこのような言葉であった。
「押し付けるようなこと言って悪いな」
「それはお互い様やで!」
「そうやな!」
大輝も一応は納得したようで、少し笑顔が戻っていた。
「じゃあ、出汁巻あと2つぐらい頼もか!」
「まだ食べるん?」
「変な話はお腹のすく元ですよ!」
「それもそうやな!」
いつしか2人とも笑顔になり、出来たの出汁巻を頬張っていたのであった。
安田のメンタルゲージは35で止まった。
同じ社会人としての愚痴を話せたことが大きな要因なのであった。
大輝と呑みに行ってから早一週間、安田のメンタルゲージは60まで回復していた。
多趣味であった安田は人よりメンタル回復が早い方なのであった。
そんな仕事終わりの安田に一件の留守番電話が入っていた。
それは滝川の弟である正彦からであった。
「安田先輩、お疲れ様です!
今日飯でも行きませんか?
仕事終わったら連絡ください!」
との留守電であった。
2時間後に2人は合致したが、安田は少し疑問を感じた。
正彦の他に誰も見当たらなかったからである。
「あれ?みんなは?」
安田は到着したばかりの正彦に問いかけた。
「あ、言ってませんでしたね!
今日は誰も呼んでないですよ!」
「予定があった訳じゃなくて?」
「2人で飯とか行くこともないんで、どうかな?
と思って誰も呼びませんでした!」
「そうなんや!了解!」
珍しく2人での外食となった。
正彦の希望で、某ラーメン店へと足を運んだ。
「2人で飯なんか今まであった?」
「僕が記憶してる限りはないですね〜」
「大概誰かおるもんな!」
「そうですね〜」
安田と正彦が2人で会うことも珍しいのだが、外食はもっと珍しく、今回が初めてだったのである。
正彦は大手の検査企業に就職している。
10時間以上の労働が当たり前である安田や24時間勤務もある兄の大輝と違い、半日出勤であったり、有給を比較的使いやすかったりと、かなりホワイトな会社なのだ。
とは言え、去年は1年目でバタバタしていた。
2年目を迎えた今年、ようやく正彦の仕事が落ち着いてきたのである。
「でも急に呼ばれたからビックリやわ!」
「そうですか?」
「そりゃそうやん!
で、俺を呼んだということは…」
安田は正彦の顔を見つめた。
「何かお兄ちゃんにも言われへん事があるねんな?」
「そうなんですよ…」
以外と当たっていたことに安田は戸惑った。
微塵たりとも当てる気は無かったのに、サラッと当ててしまったのだから。
「それは俺の方がいいんか?
お兄ちゃんの方が、よほど説得力あるんじゃない?」
「兄貴だからこそ言えない事だってあるんですよ!
安田先輩もそうじゃないんですか?」
安田は目線を逸らした。
「俺は兄弟姉妹が居らんから…」
「あっ、すいません」
「いや、気にしやんといて!
そういう家系やから!」
さりげなく安田はフォローした。
どの世代でも一人っ子は珍しいのかもしれないが、安田と関わる人のほとんどが兄弟や姉妹がいる。
卓球の先輩である宮原や有岡は2人、金子や大山は3人、滝川には4人の兄弟姉妹がいる。
安田の身近で一人っ子なのは崎だけである。
その点やはり安田も崎も兄弟姉妹がいる事が羨ましいと感じる面も多く、2人を引き合わせるキーになったのかもしれない。
「まぁ、そんな兄弟にも話されへんということは、結構重大事やねんな!」
安田が話を戻した。
「俺でいいなら聞くよ?」
「ありがとうございます!
実は…」
「ちょっとストップ」
安田は口を挟んだ。
「重要ごとやねんな?」
「もちろんです!」
その言葉を聞いた時安田は思った。
(二度あることは三度あるものか、三度目の正直だ!)
と。
「ごめん、いいよ!言ってくれて!」
覚悟は出来た。
準備万端というものだ。
「わかりました。」
少し間の沈黙。
安田からすれば、これほど怖いものはないのだ。
「実は、僕好きな人が出来たんです!」
………
(やはりか…)
安田は悟った。
何をどうしても恋愛相談からは逃げられないんだ
と。
恋愛相談は聞いてあげるべきなんだ
と。
「で、相手は誰さん?」
安田は半ばこの質問に飽きたように、だが表情こそしっかりした表情で問いかけた。
「松田さんなんです!」
「松田さん…
ってえ〜!!」
安田は恐らくこの質問の応答では1番の驚きであろう声を発した。
正彦の言う『松田さん』とは『松田 瑠美』と言う人で、彼女もまた、天間林高校卓球部の2年生である。
安田が驚くのも無理はない。
安田の身近な友人3人が、揃いも揃って同じ学校の女子を好きになっていたのだから。
「そ、そうなんや…
好きになった理由は?」
安田は驚きを隠せない顔で問いかけた。
「一緒に練習してたら好きになってしまったんです。」
男女混合の練習とは恐ろしいものだ。
こうも人を簡単に『恋』という病に陥れるのだから。
そう安田は感じた。
「自分が好きになったんならそのまま頑張らないとな!
俺は応援しか出来ひんやろうけど、正彦の事信じて応援してるから!」
安田は改めて自分が付き合えている事に感謝しつつ、正彦にエールを送った。
「そうですね!頑張ります!」
「ほら、替え玉来てるぞ!」
安田はこういう話は早く終わらしたい人なのである。
故に話の切り替えは、自他共に認め早い方であった。
「そうですね!食べましょか!」
そう言って2人は伸びきった麺を冷めたスープに入れて啜るのであった。
安田のメンタルゲージは40に減少した。
気持ちの整理が落ち着かないのは事実ではあるが、安田自身、少しばかり抵抗が出来て来ているのだと実感したのであった。
日付が変わった午前0時過ぎ、安田は先輩の宮原と深カラに来ていた。
「明日仕事やのによう行くよな!」
「僕が行きたいから行ってるんですよ!
心配ご無用です!」
安田は2、3週間に一度、必ず深夜のカラオケに行っている。
翌日仕事の日に行く事も多い。
行きたい
という気持ちは確かに強い。
だがそれ以上の何かが安田をカラオケへと誘っているのである。
「僕は宮原さんと来るカラオケが1番自分を出せるんです!」
「お、おう!褒め言葉として受け取っとくわ!」
2人とも点数が出るわけではない。
ただ人を気にせず好きな曲が歌える。
自分の歌いたい曲が歌える。
安田にとってこの現象はとても大きなストレス発散になっているのだ。
午前2時。
帰宅準備に入る。
睡眠時間は約4時間。
少ないようにみえるが、最近の安田にしては平均程の睡眠時間なのである。
「大輝からなんか言われた?」
帰り際に宮原が安田に問いかけた。
「いや、なんも聞いてないですよ!
彼なんか言ってましたか?」
「いや言ってないねんけど、ここ数日随分と顔が悪くみえてな。
俺の勘違いかも知らんねんけど、いつもと違うような気がしてさ。
ちょっと気にしたってくれへん?
俺よりもお前の方が話しやすいかもしらんからさ!」
淡々と話す宮原。
安田は大きな声で
「勿論です!」
と言った。
同日午後8時。
いつもの居酒屋に安田と滝川は居た。
無論、誘ったのは安田である。
この日は安田、滝川とも早上がりでいつもよりも早くに合致することが出来た。
おつまみを食べながら、安田は早速例の件について問いかけた。
「宮原パイセンから聞いたぞ〜。
なんか考え事してんの?」
そう安田が問いかけると、大輝は作り笑いをした。
「そんなに顔に出てんのか〜…」
大輝はふと溜め息をつくと、少し間を置き話し始めた。
「大山の好きな人は知ってるよな?」
「もちろん!
恵梨香さんやろ?」
以前にその話を受けていた安田は即答できた。
「そうそう。
で、その恵梨香さんを好きな人が身近にもう1人おることに最近気づいてん。」
滝川の顔が曇っていくのが見てとれた。
「そうなんや〜!
それって言える人なん?」
「言えるもなにも、俺の弟や。」
「正彦か?いや、あいつはだって… 」
「ちゃうよ。もう1人の弟や。」
その言葉で安田は感づいた。
「まさか?英和?」
「そうそう。その英和」
安田はやはりここでも言葉が出なかった。
驚きを隠せない安田に滝川は
「そりゃ驚くよな!俺も初めて聞いた時ビックリしたもん!」
兄で驚くのだから、他人である安田からしてみればかなり驚愕の事実だったのである。
『英和』とは滝川家の三男であり、木下と同い年である。
英和もまた卓球の練習に行った際に、木下の事を好きになったのだと滝川は話した。
安田は頭の中でこれまでの事を整理してみた。
ふと頭の中に夢のような話が出た。
(これは現実ではない。今自分はアニメの中にいるのだろう)と。
もう一度考えてみる。
考えに考えて考えた結果、変わらない現実がそこにはあった。
(夢であってくれ)
という彼の想いは、その時木っ端微塵に崩れ去ったのだった。
安田は滝川をみた。
滝川もそれに気付いたようだった。
彼は何も言わずただ頷いた。
「お前やったらどっち応援する?」
少しの間の後、滝川がボソッと呟いた。
安田は何も言わず、只々状況の整理と現実問題に翻弄されていた。
「厳しい…
いや厳しいな〜。」
安田がようやく口を開いたのは、1分後の事であった。
「どちらも応援したい。関わりがあるから。
でも今迄の事を考えたら、俺は大山を応援したい。」
安田は正直に告げた。
「そうやんな〜。お前ならそっち選ぶよな〜。」
滝川は分かっていたかのように言葉を発した。
「俺も関わりとか付き合いとかやったら問答無用で大山を選ぶよ。
どう言おうと俺の同期の中では1番の親友やと思ってるからな。
ただ、どういう形であれ英和は俺の弟やねん。
大事な弟やねん。
その2人を選べなんて…」
神様は意地悪だと安田は感じた。
1番の大親友と、とても大事な弟の二者択一は、滝川をかなり苦しめていた。
安田はその時初めて、滝川の目元から光り輝くものをみたのであった。
「もしも俺でよかったら愚痴でもワガママでもなんでも言って。
俺に言うのでお前の気が治るなら俺はそれでもかまわんから。」
安田はやはりこの『応援』であるような言葉しか言えなかった。
毎度毎度の事ではあるが、安田自身もとても驚いていたからである。
「うん、ありがとう。
でも大分楽なったよ!」
滝川の顔が少し良くなった。
「それは良かった!」
安田もそれに応えた。
「でもこの話は他の人には内緒にしといてくれる?
あんまり知られたくないねん。」
「そりゃそうやんな!いいよ!」
安田は今日1番の笑顔で滝川に答えた。
「ありがとう!」
その笑顔に応えるかのように、滝川も笑顔をみせた。
「じゃあこんな話は終わらせて、飯でも食べましょうや!」
「そうやな!」
そこからはいつも通りの2人の会話に戻った。
冷めたお茶漬けを掻き込みながら、2人の会話は続いていった。
何も問題ないかのように事は過ぎていく。
だが、安田のメンタルゲージは10まで低下していたのだ。
友人どころか、安田自身もその事に気付かなかったのであった。
安田の下痢が止まらなくなったのはこの日から2日後の事であった。