九十話 読み
(……何故俺に近づいてきた………?)
アーストに煽られた日の昼、俺は1人食堂でご飯を食べながらその意図を考察していた。
(俺がジェットやらルリアさんと戦ったことで少し有名になったから……だろうか。だが、それだけであんな挑発的なことをする必要はあるのか?)
『一度顔を合わせたかった』と言ってたが……どちらかと言うと『喧嘩を売りにきた』感じだろう。しかし俺は今までアーストとの関わりなんて一つもなかった、何か理由でもあるのか…………?
(……いや、カリスト曰くそういう奴だそうだ。行動の一つひとつに理由なんて考えるのも無駄か。)
愉快犯的思想……カリストみたいに『気に食わない』ならまだ幾分わかりやすいのだが、これはまた面倒な…………
「どうしたものか…………」
「何が、どうしたの。」
呟きに、誰かが反応した。その誰かを見てみると……何やら温かい汁物を乗せたお盆を手に持っていたフィーリィアだった。
「隣、いい?」
「あ、ああ……というかいつの間に…………」
「……? 何のこと?」
「…………いや、何でもない。」
……知り合いが近くにいたら魔力反応で分かるよう意識していたはずだが……また気を抜いてしまっていたか。
「……いたたきます………っ!」
「…………前から思ってたが、もしかして猫舌なのか?」
フィーリィアは早速スープを飲もうとしたが、その熱さにやられて涙目になっていた。
彼女とはこれまで何度か一緒に食べたりしているが……いつも温かい物を頼んではこうなってる。人の好みにケチをつける気は無いが、毎回見てて冷や冷やするものだ。
「…………多分。」
「じゃあ、何でいつも熱い物ばかり頼んでるんだ? 夏だし冷たい物でもいいんじゃないか?」
「……何でだろう?」
(…………無意識なのか……)
いつか火傷しなければいいが…………
「……まあ、それは置いといて。フィーリィアはいつ帰って来てたんだ?」
「ふぅ、ふぅ…………昨日の、朝。」
「そうか……その、恩人って人は元気だったか?」
「うん……帰ってきて、すぐに抱きつかれて……暑苦しかった。」
そう言う彼女の表情は満更でも無く、むしろ嬉しそうなものだった。
「あと……魔法を使うところを見せたら、泣いちゃった。」
「泣いて…………それほど、フィーリィアが魔法を使えて嬉しかったんだろうな。」
「…………うん。」
彼女との魔法の特訓は何度かやっており、今では初級、中級までは勝負中でも比較的安定するようになっていた。上級も落ち着いている時は何とか使えるくらいには成長している。
この調子なら、そう遠く無いうちに魔法も普通の人と同じくらい使えるだろう。称号はまだだが、いつかは…………
「ふぅ……ウルス、明日……暇?」
「明日? ……ああ、暇だが。魔法の特訓でもするか?」
「ううん……違う。」
フィーリィアはスプーンを置き…………俺に言った。
「勝負……しよっ。」
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「……ルールはどうするんだ?」
「………じゃあ、剣だけ。魔法はまだ……不安だから。」
「……分かった。」
次の日、俺とフィーリィアは訓練所に来ていた。
『勝負……別に構わないが、何かやりたい理由でもあるのか?』
『それは…………また明日言う。いい?』
『……? まあいいが………』
そんな感じで戦うことになったが…………何かやりたいことでもあるのか?
「どっちかの魔力防壁が壊れたら終わり…………で、フィーリィアは何で勝負したいんだ?」
「……えっと……その前に。」
俺がそう聞くと何故かソワソワとした様子で彼女は言い始める……初めて見たな。
「……もし、私が勝ったら…………1つ、お願いを聞いてくれる?」
「お願い? ……何を頼むつもりなのか知らないが、俺ができることなら別に何でも…………」
「…………なら、ウルスが勝ったら1つ、私にお願いして。」
……別に、何もお願いする事なんてないが…………まあ、いいか。
「……こう言うのはあれだが、俺に勝つ自信でも?」
「あるよ……じゃないと、こんなこと言わない。」
「…………なら、見せてみてくれ。」
そう言って、俺は剣を構える。それを見てフィーリィアも同じように自身の両手剣を構えたが……あまり覇気は感じさせなかった。
確か、氷花だったか。水色で統一され、まるで氷でできたような手軽そうな剣だが……少なくともシュヴァルツ以上の上物だろう。これも恩人とやらの贈り物なのか。
「うん、やってみる。」
「………そっちから、かかって来い。」
「………………」
俺の言葉と同時に、フィーリィアは腰深く定めてくる。が、ただ観察するだけで何も仕掛けてこない。何か図ってるのか?
「……挑んでおいて渋ってるのか?」
「…………そうやって、相手から仕掛けさせるのがウルスの十八番。だから、煽っても無駄。」
(……よく見てるな。)
ラナにも言われたが……俺は基本後手から攻める癖がある。まあ、癖と言っても意図的にやっているので変えようと思えば変えられるが…………学院では基本、相手の動きを利用した方が色々と好都合だから変えるつもりはない。
「なら、俺からやった方がいいか?」
「ううん、それはそれでずるい。」
「ずるい……って、何を……?」
謎の返しに俺は聞き返す。するとフィーリィアは何故かゆっくりとこちらへ歩いて近づいてくる。
一応俺も深く構え直すが、彼女は依然として覇気のないオーラを漂わせながら…………いや、隠しながら向かってきた。
「私なりに、色々考えた。格上のウルスにどうやって勝つか、って。」
「……ステータスはそこまで変わらないと思うが。」
「それで、私は1つ思いついた。」
俺の言葉を無視しながら、フィーリィアどんどん近づき……やがて、目の前で止まった。そこでもなお彼女は仕掛けてくる様子もなく、ただ俺を見上げていた。
その目は髪と同じ桃色の瞳をしており、また感情の感じさせない薄い色を映していた。
「ウルスを上回る。そのためには…………
……ウルスの読みを超えるんだ、って!」
「…………!?」
(剣を、投げ………?)
瞬間、彼女の頭上へと氷色の剣が投げられた。これは、俺がカーズにやった視線誘導と同じ………!
(なら、剣は無視で構わない!)
「無視するよね、ウルスは。」
「……素手………?」
無意識に動いてしまった視線をすぐに戻し、目の前にいるフィーリィアを見据える。すると、その目を離した一瞬で彼女はほんの少しだけ距離をとっており、まさかの拳を打とうとしていた。
(今までフィーリィアの武術は見たことがない。構えも不恰好……まず対処でき………)
「………来なっ……!?」
「ズレたね。」
しかし……その拳はあまりにも遅く、俺が剣で受け止めようにもタイミングが合わず少し力を空かしてしまった。
「本命は……こっ、ちっ!!」
「ぐぅっ!?」
フィーリィアは拳を落ちてくる剣に合わせ、掴み取った。そしてタイミングがズレて体勢を崩してしまった俺を思いっきり斬り飛ばした。
「……………やった。」
「っ……無茶苦茶な………」
クリーンヒットを食らった俺は、転がっていく体を立て直しながら成功して喜んでいるフィーリィアを再び見据える。
(……視線を誘導させていると思わせて、剣から意識を逸させる。そして拳を見せて完璧に選択肢を消させてから…………落ちてくる剣を掴んで攻撃する、ってところか……?)
……まず、普通じゃない。あの状況、普通なら剣を見てしまったところを何かしら攻撃するものだ。
『無視するよね、ウルスは。』
なのにフィーリィアは俺が剣を無視すると確信し、拳を攻撃ではなく囮に使った。
「……俺じゃないと通用しないぞ、それ。」
「大丈夫……ウルス専用だから。」
(専用…………つまり、いくつかさっきのような案があるのか?)
今まで自分がしてきた分、いざ似たようなことをされると出鼻を挫かれて攻めきれなくなるだろう。ならやるべきなのは、フィーリィアに俺の動きを超えさせないような動きをするしかない。
「………っ!!」
今度は俺から攻め上がっていき、フィーリィアの懐へ潜り込もうとする。同然それを彼女は嫌がるので後退していくが、何かやるつもりなのか敢えて少しずつ追いつける程度にしか動いていなかった。
(今度は自然を装っているのか……でも、慣れてないのか装ってる感が否めないな。)
そこを突くか………
「……はぁっ!!」
「…………!」
やがて間合いまで詰めた俺は剣を振るい、フィーリィアはそれを弾いていく。
「正々、堂々と……やる気はない、ようだ、なっ!」
「……よく、喋る、ねっ。」
必死さを漂わせながら剣を弾かれては振るっていき、フィーリィアのペースに嵌められていると錯覚させる。
(……戦いにはリズムがある。ただの剣の打ち合いでも、それこそズラせば……!)
「はっ!」
「……えっ。」
剣を縦に構え、フィーリィアに当たらないように振り切った。その結果、彼女はさっきの俺みたいに踏ん張りのタイミングが合わなくなり、つんのめってしまっていた。
その隙を俺は逃さず、彼女の腹に手を合わせ発勁を繰り出した。
「ぐぉっ……何、これ……!?」
「驚いてる暇はない、ぞ!」
「っ……ぐはぁっ!!」
発勁で怯んだ後、続けて俺は斬りつけ吹き飛ばす。
発勁は内側にダメージが入るような攻撃方法であり、魔力防壁を無視できる数少ない技だ。前世の見様見真似で練習して、ミルの時より大分精度が上がったが……まだそれっぽいだけだな。
「げほっ……変な、攻撃……魔力防壁は壊れてないのに……」
「どうした、俺専用の策があるんじゃないのか?」
「……焦っても、仕方ない。」
相変わらず冷静沈着なフィーリィアに、俺は堪らず苦笑いをしてしまう。
(良くも悪くも揺れなさすぎる……もう喋るだけ無駄か。)
怪我の功名というか、フィーリィアは感情を抑制するのが誰よりも上手い。ある意味厄介すぎるな。
「「…………!」」
息を吐き、俺たちは同時に攻め上がって行く。そして俺は剣を下段に構え、フィーリィアはそれを見て上段に構えながら俺を観察してくる。
「……舞えっ!!」
「……砂埃…………」
なので俺は一度視界を遮るために、剣で地面を抉って土や砂を巻き上げる。するとフィーリィアの姿は朧げとなっていき、見えなくなっていった。
(これで思考は止まったは……)
「関係、ない!!」
「……!?」
砂埃に隠されたシルエットは途端に上段から中段へと変え、剣先を突き出してきた。そんな何の迷いもなく飛び出てきた剣に、俺は堪らず体を横にして避けてしまった。
「らっ!」
「っ、足……!?」
突きのすぐに俺は足を引っ掛けられ、バランスを崩してしまう。まさか俺がこうなるのを予測したのか……?
「やる……なっ!」
「あぅ、投げ……?」
(外したか……だが別に問題はない!)
俺は体が倒れながら無理やり剣を投げるが、砂埃で狙いが微妙にずれ外してしまう。
しかしそれは想定済みだったので、構わず体を倒していく。
「決める……!!」
「油断が早いぞフィーリィ……アっ!!」
倒れている俺の影を見て、フィーリィアは一気に勝負を決めに行こうと剣を振り翳そうとして来たが…………上がった足で腹を蹴って弾いた。
「えっ、逆立っ……!!」
(流石に驚いてるな………だが浅かったな。)
手で体を支えるのは何度も練習したが……やはり足より精度は劣る。完璧には弾けなかったか。
だが、隙は十分出来た。彼女も珍しく驚いているぐらい…………
『……焦っても、仕方ない。』
(いや、まさかこれも……!?)
「……なっ!?」
俺が気づいた時にはもう遅く…………今度は手を引っ掛けられ、また体が宙に浮いてしまった。
「演技……だよっ!!」
「ぐっ、がはぁっ……!!!」
2回も浮かされることに反応しきれなかった俺は完全に無防備となり、フィーリィアに三度斬りつけられる。
また、その三撃全てが急所となったのか…………俺の魔力防壁は粉々に砕かれてしまった。
「私の……勝ち。」
(……俺が、負けた………?)
いくら本気じゃない、軽い勝負だと思っていたとはいえ……勝つ気で負けたのは初めてかもしれない。
俺対策の動き…………そう簡単に言うが、俺の動きはそんな一朝一夕で読まれるような戦闘スタイルじゃない。『予めこうしよう、これを基本に動こう』……だなんてマニュアルは持ち合わせていないのに、何をどうやって…………
「フィーリィア……専用の策を考えてたと言ってたが、一体どんな作戦を考えていたんだ?」
「作戦? ……あれは半分『嘘』。」
「なっ、う……嘘だと?」
予想していなかった答えに、俺は肩透かしを喰らう。
「……昔から、人の動きとか…………顔色とか、見てたから。その……それで、ウルスの行動を観察して……読んだ。」
「……読んだ?」
「…………人って、他の人には成れない……と思う。だから、相手のことを知って、たら……ほとんど、分かっちゃう。」
フィーリィアは顔を俯かせながら呟く。その声色には明るさや希望などまるで無く、ただ無力な……無気力な、泣いた声だった。
そんな色もすぐに掻き消した彼女は、続けて言う。
「……だから、読んだ。戦ってる時、試合をしてる時…座ってる時……寝てる時、ウルスが何を考えて、動いてるのか…………全部、読み切った。」
「……む、無茶苦茶だな。俺は本か何かなのか?」
「本……? ウルスは人だよ?」
(………………)
……俺だって、普段の立ち振る舞いやら身のこなしで測ったりはするが…………かと言ってそこまでしたりはしない。仮にしたとしても、そんな相手の全てを読み切るような芸当は……何年も付き添った人間でもない限り不可能だ。
俺とフィーリィアは他の人よりかは長い時間、一緒に居たりするかもしれないが……別に毎日一緒にいるわけでもないし、ミルや師匠に比べたら全然浅いはずだ。そんな2人ですら俺には分からないこともあるし、知らないこともある。
「……じゃあ、俺が今何考えてるのか分かるのか?」
「えっと…………それは、分からない。私が読むのは行動とか心理だけで、考えてることそのままは解らないから。」
「そ、そうか……なら良かった。」
(…………そういうことか。)
……まあ、要は経験則からの勘…………師匠と同じタイプなのだろう。ただその経験を戦闘以外からも得ている、と言ったところか。
(……これはまた、今後どう成長するのか…………楽しみだ。)
「…………そういえば、負けたら何か言うことを聞くんだったな。」
「……そうだった、忘れてた。」
「わ、忘れ…………それで、何をして欲しいんだ? お金とかはあげられないぞ。」
「ち、違う……そんなの要らないっ。」
特に何も思いつかなかったので適当に言ったが……それが不服だったのか、フィーリィアは少し怒った様子で首を激しく横に振った。
「冗談だ……で、なんだ?」
「そ、それは…………ウ、ウルスは明日…暇?」
「明日? 明日はローナとルリアさんのジェットの特訓だから、明後日なら暇だが……明日じゃないと駄目なことか?」
「う、ううん、明後日でもいい。」
俺がそう言うと、何故かフィーリィアはもじもじしながら了承する。
「じ、じゃあ……明後日に………………ぃく。」
「……? 行く? どこに行くんだ?」
「だ、だから………一緒に、街に行くのっ。」
まさかのお願い事です。
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