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ワンライ投稿作品

弱者の生存戦略

作者: yokosa

【第92回フリーワンライ】

お題:

甘い匂いに誘われ蝶となる


フリーワンライ企画概要

http://privatter.net/p/271257

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

 着陸艇のタラップを降りて、アルバートは感嘆の声を上げた。

「こいつは驚いた」

 真っ青な空の下、可憐な薄紅色の花が咲き乱れている。アルバートは大気の向こう側、衛星軌道上に駐留する惑星調査船〈カレルレン〉号を意識した。

〈カレルレン〉の事前調査でわかっていたことだが、実際に久しぶりの大気と肩にのしかかる重力、足裏の大地の感触――勿論全て天然ものだ――以上に、地平線まで続こうかという花畑には圧倒された。

「地球の花と似てますね。そう、色はサクラにそっくりだ」

 足下にしゃがみ込んだベンがそう言った。彼は動植物のエキスパートだった。

「キャップ、こんな話知ってます? 美しく咲き乱れるサクラは死体の血を吸って薄ピンクに染まるって言う――」

「また馬鹿が馬鹿なこと言ってるわ」

 念のためにマスクを着用した医療スペシャリストのシャーリーが後ろから釘を刺す。

 先行偵察員として第一陣に名乗り出た三人だった。アルバート“船長”はファースト・ステップの栄誉を決して譲らなかったし、絨毯よろしく咲き乱れる花を見て動植物マニアのベンはよだれを垂らさんばかりだった。必然、押さえ役兼健康管理のシャーリーが三人目となった。

“船長”の号令一下、探査プローブも交えた現地調査が始まった。

 調査範囲は広大だったが、衛星軌道上から走査済みで、危険はなかった。というより、正確には“何もない”と言うべきだった。花以外には何もなかった。大陸の沿岸部には人工物らしき痕跡も発見出来たが、そちらは惑星上の基本データ収集が優先されて後回しとなった。

「わかっていたが、やはり何もなかったな。見渡す限り花ばかりだ。ベン、何か発見は?」

 数時間後、三人は再び着陸艇の前で顔を付き合わせた。早速、エキスパートに水を向ける。

「手当たり次第に見てみましたが、ここいらにあるのは全て同一ですね」

「同じ種類なのは見てわかるが」

「プローブで採取した分だけですが、解析にかけたところ遺伝子にほとんど差がないんです。同一種というよりは、同じ株から分かれた親兄弟ってところですね」

 アルバートは顔をしかめた。

「わかりやすく言ってくれよ、先生。そこに何か問題が?」

「大ありですよ。一つの株が病気にかかるだけで、あっと言う間に全滅です。こんな不自然な形態あり得ない」

「速報はわかった。とにかく持ち帰ってみよう」

 ベンの話が始まったと見るや、先んじて船内に引き込んでいたシャーリーがサンプリングセットを抱えて出てきた。二人はそれを受け取り、銘々花をいじり、茎を触り、土をほじくり返した。

「そういやキャップ、オフィオコルディセプス・シネンシスって知ってます?」

「あんたが嬉しそうに言うからには、ろくでもないことなんでしょうね?」

 シャーリーはいつもベンに辛辣だった。気にした風もなく、ベンが続ける。

「一種の共生関係みたいなものですけどね。この謎の花もそうかも知れない。案外、地面を掘り返したらその下に――」

「ぶえっくしゅ!」

 盛大にくしゃみが炸裂する。アルバートが顔をしかめて鼻を啜った。

「おや、花粉症ですか?」

 言いつつ、ベンが摘んだ花を嗅ぐ。花弁の中心には花粉があった。

「そうかも知れないな」

「……そう言えば変ですね」

 鼻を拭きながら、何がだ、とアルバートが返す。

「動物がいないことばかり気に取られてましたが、虫もいないでしょう。蝶や蜂。こいつも地球型植物と同じで花粉を持ってるなら、蜜と香りを餌に虫を呼んで、花粉を運ばせて受粉するはずです。虫がいないのは変だ」

 アルバートが鼻の下を拭い、忌々しげに鼻を鳴らした。

「ここまで密生してれば必要ないんじゃないのか」

「そうかも知れません。でも、かつてはいたはずなんですよ。それが一体どこへ」

「ぶえっくしょ!」

 再びアルバートの口腔が炸裂する。

「ははは。案外、この星特有の未知の病原菌かも」

「馬鹿、滅多なこと言うんじゃないよ。キャップ、ここは私がやっておきますから、着陸艇に戻っておいてください」


 *


 惑星探査を終え、地球への帰還航路に途次に付いた〈カレルレン〉号。いくつかのサンプルと乗員を抱え、暗黒の宇宙を静かに航行しているはずだった。

 航路は気が遠くなるほど遠く、最新のエンジンを用いても尚、地球は遠い。保守点検のためのクルー以外、約三分の二がコールド・スリープに就いている。その数年置きの覚醒サイクルになって、アルバートが起き出して、最初に見たものに絶句した。

「なんの真似だこれは」

 頭痛を覚えてこめかみを押さえる。

 目の前には、交代で眠りに就く予定のベンとシャーリーがいた。そして、彼らよりだいぶ小さいものの、そっくりな顔をしたベンとシャーリーが二人ずつ。男の子二人、女の子二人。

「いやそれがですね。経口避妊薬をきちんと使ったはずなんですが。なぜか」

 正直に告白するベンの脇を、嫌そうな顔をしたシャーリーが突いている。航路中の長い付き合いのことである。船員の色恋には特に制限はなかったが、コールド・スリープの関係や重量、食料の関係から子をなすのは御法度だった。

 頭痛の箇所が増えた気がした。そして嫌な予感も。

 避妊薬が用を為さないとなれば、その方策も考えなければならないが、差し当たって重要なのは。

「お前たちがそういう関係になるとは思っていなかったが、まあいい。良くないが、言っても仕方ない。この年齢で子どもをコールドスリープさせるわけにもいかないし、適用可能年齢まで起きて面倒見ろ。

 ……しかしなシャーリー。君ほど頭のいい人が、どうしてこんなことに」

 小さな女の子を抱えたシャーリーが眉根を寄せる。

「私にもよくわからないんです。ただ、なんとなく」

 男女の仲とはそういうものかも知れない。ともあれ、船内の風紀を変える必要がある。吐息を付こうとしたアルバートだが、代わりに口から出たのは小さなくしゃみだった。

「風邪ですか?」

「まさか。私は目覚めたばかりだぞ――現実感がないせいでまだ眠ってるような気がしてるがね。もし風邪のウィルスが私の体内にいたって、まだ眠ってるだろうさ」

 これからのことを考えると頭が痛かった。

 考えとは裏腹に、くしゃみが出る。


 嫌な予感は的中した。

〈カレルレン〉号の覚醒中の三分の一のクルーの間で、ベビーブームが巻き起こっていた。


 *


『ニュースの時間です。

 みなさん、大変なことが判明しました。半年前に落下してきた宇宙船〈カレルレン〉号の続報です。政府は今日の会見で、宇宙船を徹底調査した結果、生存者がゼロだと発表しました。乗組員は忽然と姿を消していたのです。制御コンピューターに異常がないことから、最後の航路上でなんらかのトラブルが発生したものとして、引き続き調査を続行するとのことです。

 また、船内には地球上に存在しない大量の花が発見されました。〈カレルレン〉号から一報のあった惑星の固有種と見られます。

 次のニュースです。

 ここ半年間で、我が国の新生児出生率が大幅に増加したとのことです』



『弱者の生存戦略』了

 まあ『たった一つの冴えたやりかた』ですわな。誰も気付かず、決断しなかった結果という感じ。

 ま、まあ、あれですよ、宇宙船がカレルレンなだけに、人類を新たなステージに引き上げるとかそういう方向のあれかも知れない。

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