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自殺代行屋  作者: ハジメ
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01. 自殺代行屋

気まぐれに更新。身内用に公開しているものです。

01. 自殺代行屋


『件名:ご依頼の最終確認


 お世話になっております、自殺代行屋です。

本日はご依頼内容の最終確認とご案内のためメールを差し上げました。

以下、ご案内内容になりますので、時間帯などお間違えのないようによろしくお願いいたします。


 本日23:55分発、T線I駅行きの電車を、M駅ホーム最後尾車両の乗車目標前でお待ち下さい。

それでは、本日最初で最期にお目にかかることを心待ちにしております。


自殺代行屋


追伸:もし気が変わりましたら、23:40~50の間に事務所へ4回コールをしてください。この10分が最期の契約解除可能時間となります。』


 はあ、と溜息をついてメールの本文を読み返す。

時刻はすでに23:30。徒歩で10分程の、指定された自身の最寄駅へと向かう。

今日で、俺は人生を終わらせる…いや、終わらせてもらう。

 それにしたって、わざわざ「最期」という変換を使うあたりが少々嫌味っぽい。『その自殺、請け負います!』などというふざけた謳い文句を掲げた事務所だけあるといったところか。


 自殺代行屋…そんな悪趣味な事業が成り立ってしまうほど、今の日本は死にたいと思う人間が多いのだろう。俺もそのうちの一人だ。

 死にたいと思って口にすることは簡単だが、いざ自分で死のうとなるとどうも腰が引けてしまうのは人間の生存本能だろうか。しかし、その本能に抗ってでも人生を終わらせたい人の背中を、物理的に軽く押すことを生業としている人々がこの世にはいる。それが自殺代行屋らしい。

 インターネットの自殺スレでたまたま見つけたこの事務所を、最初は鼻で笑っていたものの、気がつけば手が勝手に連絡先をコピーしていたのだから、俺もよほどの死にたがりなのだろう。結局、こうして得体の知れない事務所に最期のお世話をしてもらう羽目になっている。


 思えば散々な人生だった。幼少期から両親には勉強以外のことをほとんどさせてもらえず、かといって反抗するほどの勇気も持ち合わせていなかった俺は言われるがままに学校へ行っては勉強をし、塾へ通っては勉強をし、家でも机に向かう幼少期を送ってきた。その甲斐あってか、高校まで無事にトップクラスの成績を保ち、3浪という苦労の末、某有名大学への進学を果たした。もちろん大学でも必死に勉強した。

 しかし、良い大学を良い成績で卒業したからといって幸せな人生が歩めると思ったら大間違いだ。長年机と参考書にしか向かっていなかった俺は、いざ面接で人間と向かい合うとなると上手くしゃべることもできず、就職活動では幾つもの企業から不採用の報らせを受け取った。

 やっと保険会社のセールスマンとしての内定を得て働き始めたものの、対人スキルの低さはそう簡単に改善されるはずもなく、3年ほど勤めたところで俺の成績は平行線だ。その平行線が左上から始まったならばいいものの、底辺スタートである。

 親の紹介で半ば無理やりの形で結婚した女房もいたものの、向こうも本当は恋愛結婚を望んでいたらしくあっさりと浮気をされ、あっさりと離婚した。妻に浮気されていたというのに全く驚きもせず特に違和感なく離婚を受け入れてしまった俺も、結局は望んだ結婚ではなかったのだ。

 …ああ、せめてあの時大げさに傷ついたふりをして、大量に慰謝料を請求しとけばよかった。などと今になって思う。どうせこうなるだろうなんて最初から諦めていたせいもあってか、最低限の慰謝料だけで良いから大事にせずとっとと別れてくれなんて言ったあの日の自分をぶん殴りたい。

 その後の成績も安定のどんケツで、上司からは日々嫌味を言われ、後から入ってきた後輩にまで成績を越され、今ではどちらの立場が上なのかさえ分かりもしないような状況だ。


 あー、俺、生きてて意味あるんだろうか?


 そんなことばかり考えながら自堕落に日々を消費し、ネットにかじりついた落ちこぼれ組の俺は、酒やドラッグに手出しはしなかったものの、自殺というやつに手をだす結論に至る。

 そして本日やっと、俺はこのクソみたいな人生から解放されるのだ。


 指定された駅の指定されたホーム端でぼんやりと線路を見つめながら立つ。

駅のホームを指定されたってことは、電車が入ってくるときに背中を押されるんだろう。はたから見れば、いわゆる飛び込みというやつだ。

 飛び込みで人身事故を起こした場合、遺族に鉄道会社から結構な額が要求されるんだったなあなどとぼんやり思う。きっと離婚して家庭も持っていない俺の場合は両親の元に請求書がいくのだろうけど、特に罪悪感はない。結局親の勉強して良い大学を出たら幸せになれるなんて固定概念化された幸福妄想電車に乗せられた結果、脱線したのは子である俺なのだから。最後の尻拭いくらいしてもらっても良いだろう。

 元々人気のない駅だし、時間帯のこともあってか幸いホームに俺以外の人間は見当たらない。どうせ最後…いや、最期なんだし許してくれよ、とホームの上で堂々とタバコに火をつける。スマホの画面に表示されている時間を見れば、23:45と液晶画面に浮かび上がっていた。

 俺が思い直せる最後の執行猶予は、後5分。


 とはいえこれまでの人生を思い返してみればこれからやり直そうなどという気にもなれず、ただただぼんやりとタバコの先から立ち上る煙を眺めて最期の時間を過ごす。

 最期のチャンスである50分も通り過ぎ、駅のホームの時計の針が54分を指したところで駅にアナウンスが流れ始める。


『ホームに電車が参ります。危ないですので、黄色い線の内側へ下がってお待ちください。』

 

 小学校時代から毎朝聞いていたこのアナウンスとも今日でおさらばか。そんなことを思いながら左手を見ると、電車の先頭車両のヘッドライトと思わしき光の点が、だんだんと大きくなってくるのがわかる。その光に誘い込まれるようにふらふらと、黄色い線を踏み越えてホームのギリギリに立つ。


 どん


 不意に背中に強い感触を受け、俺のストレスでやせ細った身体はいとも簡単に線路へと投げ出された。


「依頼遂行完了です。」


 男の声だったように思う。そんな言葉が聞こえたのを最後に、俺の視界はヘッドライトの眩い白で満たされ−−−


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