エレムルスは背後を取られた
誰からも好かれる人間など、この世界中を探してみても、きっと見つけることはできないのだろう。そう思うのだ。聖母マリア然り、喜劇王チャップリン然り、人気アイドル然り。必ず何処かにその人々を羨み妬み、嫌う人間がいるはずなのだ。それはそう。この世の理とも言えるだろう。
しかしこの世には『逆もまた然り』という言葉がある。つまりそう、決して誰にも好かれない人間など存在しない。
我ながら小難しい理屈を並べてはみたが、要は『嫌われ者をすく人がいたって構わないでしょ、嫌われ者を好きになったって構わないでしょ』ということが言いたいのだ、私は。
おんなじクラスのとある不良がいる。所謂一匹狼で、他者を寄せ付けないオーラを纏う、気難しい男子。校内でも校外でもいっつもひとり。誰かとつるんでいる所など見たことがない。
皆から遠巻きにチラチラと窺われるだけの不良くんが、私は好きなのだ。恋愛感情的な意味で。
それから、彼が不良ではないことを知っている。彼は『どうすれば』良いのか分からないだけなのだ。ただの人見知りで、顔が怖いだけなのだ。私は知ってる。
彼のことなら何でも知りたい。中学校時代の彼のことも、それ以前の彼のことも、なんだって知っておきたい。授業を抜け出した彼を追うために、私も仮病を使ったことも数度ある。サボりだと思われない最低のボーダーラインで。
一学期の期末考査も終わり、校舎裏の石碑の所で座っている彼を見つけて、昇降口に繋がる螺旋階段からじっと様子を眺めていた。声も聞こえるほど近い。石碑の後ろでしゃがみこんで、彼はぶつりぶつりと独り言をつぶやいていた。
僕ばっかり。どうして僕にはなにもないの。どうしたら僕は話せるようになるの。
イジケながらぶちぶち足元の雑草を引き抜いている。
友達が欲しい。
最後の一言はそれだった。
大きくため息をついて立ち上がる。その場を離れようとする。
振り返った時、螺旋階段を降りた私とばったり遭遇した。恥ずかしそうな、驚いたような顔をして、私を避けて向こうへある気だそうとする。その、彼の腕を掴むと、ビクッと体を揺らした。
目を見開いて私を見る。
「友達になりましょうよ、呉町くん!」
目を白黒させる彼をよそに、私は精一杯の笑顔を浮かべていた。呉町賢吾くん。彼の友達第一号は、私だったのだ。