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母と姉と妹ができた

 結局、制服は見つからなかった。クラスメイトに聞いても女子は知らないって言うし、男子も言葉を濁していたが知らないって言ってた。その時にどの男子も女子の方を気にしているように見えたが果て?しょうがないので女子の制服のまま帰路へ。でも、このまままっすぐ帰るのはどうも……。俺は近くの公園で時間を潰すことにした。帰る気が起こるのを待つことにしたのだ。噴水がある広場のベンチでボーっとしていると、見るからにチャラい男が近づいてきた。


「へい、彼女。一人?」

 なんだこいつ。ナンパか?相手にするのも面倒なので無視する事にした。すると、男は俺の隣に座ってなおも言い寄ってきた。


「ねえ、一人なら俺とお茶しない?」

 お茶しないっておかしな日本語だな。茶道でもしたいのだろうか。


「ねえ、いいだろ?どうせ暇なんでしょ?」

 なぜ赤の他人のこいつに俺が暇だと決めつけなければならないのか。


「悪いけど家に帰るから」

 そう言って立ち去ろうとしたら男が腕をつかんできた。


「ちょっとぐらいいいだろ?なあ」

 身勝手な男に怒りが込み上げるも下手に刺激しない方がいいと思い、何かうまい断り文句が無いものか思案した。


「俺、男だよ」

 一瞬、男がフリーズした。


「男?」

「そ、男」

「どうみても女にしか見えないけど」

 まあ信じられないのも無理はない。体は女なんだから。


「証拠を見せてやる」

 俺は鞄から生徒手帳を取り出して開いて見せてやった。男だった俺の写真と性別のところに男と印字してあるはずだ。


「どうだ、わかったか」

「いや、性別が女になっているし写真も女だけど」

「なぬ?」

 そんなバカな。手帳を確認する。確かに写真がいまの俺になっていて、性別も女になっている。


「いつの間に?」

 龍の神様の力はここまですごいのか。まさか、出生時の性別も女に書き換えられているんじゃ……。神の偉大なる力に俺は戦慄した。


「変な事言って逃げようたって無駄だぜ。ちょっとの間だけ付き合ってくれたらいいからさ」

 しつこい奴だ。俺は男には興味ないの。


「えーっ、そんな可愛い顔して男に興味ないってもったいないじゃん」

 大きなお世話だ。


「だったら俺が男の良さを教えてやるよ」

 チャラいだけにしか見えないこの男のどこに男の良さなるものがあるのだろう。


「結構だ。家に帰るから手を離せ」

「そんな事言わずにさあ。ちょっと付き合ってくれるだけでいいって言ってんだろ」

 ちょっとでは済まない事ぐらい明白だ。なんで俺がこんなチャラい奴を相手をしなきゃいかんのだ。


「なあ、いいだろ?」

 馴れ馴れしくも男は俺の肩に手を回してきた。もう口ではどうにもならんようだ。俺は男の後ろから両腕を回してつかんだ。


「え?なに?」

 男からしたら後ろから抱きつかれた格好となる。俺は男を持ち上げた。


「死ね」

 そのままバックドロップで男の脳天を地面に叩きつけた。


「あが…いぎぎ……」

 脳天を押さえてのたうちまわる男。俺はその隙に走って現場から逃げた。どのくらい逃げたか、疲れたので走るのを止める。無我夢中だったのでいつもと違う下校コースとなった。


「くそったれ、なんで俺が男にナンパされりゃならんのだ」

 こうなったのもあの雑誌のせいだ。それと、うちのバカ家族ども。忌々しい。マジで腹立ってきた。ん、本屋だ。


「……」

 俺は何気なしに寄ってみることにした。この本屋にはあんまり来ない。いつもの通学コースから外れているのがその理由だ。そういや、親父が仕事帰りに寄る本屋はここしかないな。だとしたら、あの雑誌はここで購入された可能性が高い。この雑誌のコーナーにあの雑誌はあったのか。って、あれ?


「これ、あの雑誌と同じ名前だ」

 でも表紙が違う。確認してみると本日発売だそうな。ふーん、どれどれ。ページをパラパラとめくってみたらあの龍の神様のコーナーがあった。あれ、滅多にやらないんじゃ……ん、今回で最後?それで龍の神様が涙を出しているイラストになっているのか。最後なので有り金全部差し出せというのは免除になるとある。


「へー、金出さなくていいのか」

 俺は雑誌に書かれている宛先を暗記すると店を出て忘れないうちに家に帰った。


「ただいまーっ」

「「「おかえりーっ」」」

 どどどっと親父と兄貴と弟が出迎えに来た。そういやこいつらサボったんだったな。しかし、玄関まで出迎えとは俺もこいつらも一切したことがなかったのに。


「なあ、学校どうだった?」

 どうって別に。


「苛められなかった?」

 それは無いみたい。


「ナンパしようとしたパパに言ってくれ。二度とそんなふざけた事が言えない口にしてやるから」

 さすがに学校では無かったな。元は俺だとわかっているからな。いくら見た目が良くても元は男だった奴にナンパしようってアホはいない。


「ああ、でも帰る途中でチャラい野郎にしつこく絡まれたな」

 俺としては何でもない気持ちで言ったんだが、言った途端に親父たちの目が怪しく光った。


「えっ?」

 言い様の無い不気味さに引いてしまう。親父は俺の両肩に手を置いて


「どこでだ?どこでそいつに絡まれた?」

「学校の近くの公園だけど」

 それを聞いてどうする気だ?


「まだその近くにいたらいいんだが……どんな奴だった?」

 どんなって……。俺が男の特徴を説明している間に兄貴と弟が物騒な物を持ってきた。釘バットと鉄パイプと包丁だ。包丁はともかく鉄パイプと釘バットなんてよく家にあったな。


「こんな事もあろうかと今日急いで用意した」

 学校や職場に行かずそんな事してたのか。


「よし、それぞれ得物を持ったな。では、行くぞ」

「「おう」」

 待て、どこに何しに行く気だ?


「決まっているだろ。そのクズを屑箱に叩きこんで焼却してやるんだよ」

「姉ちゃんを怖がらせるなんて俺が許さない」

「この世に生まれた事を100万回後悔させてから地獄に落としてくれる」

 えー、別に制裁は俺が加えたったからいいんだけど……行っちゃった。まあ、いいやこの間に手紙書いとこ。願い事は……


「やはりアレだな」

 俺は親父の「娘が欲しい」、兄貴の「妹が欲しい」、弟の「姉が欲しい」という願いのせいでいまの姿に成り果ててしまった。奴らも同じ目に遭わせないと腹の虫がおさまらない。


『母親と姉と妹が欲しい』

 これで親父はおふくろに兄貴は姉貴に弟は妹になるはずだ。俺と同じ苦しみをあいつらにも存分に味わせてくれる。それから、1時間ほどして親父たちが帰ってきた。全力で走って帰ってきたみたいで3人とも息が上がっている。どうしたんだ?


「お前をナンパしようとしたカス野郎を探して街ん中をうろついてたら警察に通報されてな」

 まあ、街を包丁や鉄パイプや釘バットもって徘徊してたら誰が見ても通報するな。それより夕飯にしようぜ。腹が減ってるんだ。早くしてくれ。


「何言ってんだ。食事はお前の係だろ」

 はあ?今日は俺の当番じゃないだろ。


「お前は女だから、女が飯の用意をするのは当たり前だろ」

 なんだよそれ。そんなの承知できるわけないだろ。なんで俺ばっかし負担がかかるんだよ。


「その代わり、ゴミ出しとトイレ・風呂掃除、食器の後片付けと洗浄、リビング・玄関掃除は免除にするからさ」

 俺は夕飯と朝食の調理と洗濯を担当か。


「それと明日から皆弁当な」

 弁当?


「ああ、少しでも支出を減らさないとな。弁当も頼む」

 うーむ、確かにいまは支出を控えるべきだが……。


「いいよ、たいしたものはできないと思うけど」

 どうせ、そのうちまた当番制になるんだからな。じゃ、飯の支度をするか。何すっかな。当番じゃなかったから何も考えていなかった。


「何がいい?」

「今日は急だから茶漬でいいぞ」

「俺も」

「俺も茶漬でいい」

 なら俺はオムライスでも作るか。


「ちょっ待て」

 なんだよ兄貴。


「皆が茶漬食べるのに一人だけオムライスか?」

「俺は茶漬にするとは一言も言ってない」

「だったら俺たちもオムライスがいい」

 じゃあ今夜はオムライスにしよう。えっと鶏肉はあったかな?キッチンに向かおうとすると兄貴が呼び止めた。


「あれ?お前それ女子の制服じゃね?」

「そうだよ」

 今頃気づいたのか。そういや、着替えるの忘れてた。


「いや、あまりにも似合いすぎてたから」

 アホ言ってんじゃねえ。


「兄ちゃん、それどこで手に入れたの?」

 どこでって学校に決まってんだろ。


「自分で買ったの?」

「いや、気づいたら着てた」

「「「はっ?」」」

 まあ、そういう反応になるな。


「これ以上は追及しないでくれ」

 答えられんからな。親父たちは顔を見合わせた。これで下着も女物だって言ったらどんな顔をするかな。女にされた事に納得していなかった俺が下の根が乾かないうちに女装して帰ってきたんだからな。多少の誹謗中傷を覚悟していると親父が「それなら話が早い」と紙袋を持ってきた。


「何だよ、それ」

「開けてみろ」

 中を確認すると女物の下着が詰められていた。


「……これは?」

「実は今日3人で買いに行ったんだ。やはり女の子として暮らしていくんだから必要になるだろ?」

「女の子のセンスなんて知らないから選ぶの苦労したぞ」

「うん、なんか周囲の視線が冷たく突き刺さっている感覚に襲われたけど気のせいだったかな?」

 いや、気のせいではないだろう。男3人が女性用の下着を物色しているなんて変態以外の何者でもない。


「でも、よくサイズとかわかったな」

「ああ、それは最初からわかってた」

「最初から?」

「うん、願い事を書いた時にスリーサイズとか体型とかを一緒に書いておいたんだ。後でわかったんだけど、兄ちゃんと父ちゃんも同じ事書いてたんだ」

「ああ、ものの見事に胸の形やクビレぐあいまで3人ピッタシだったな。おかげで下着選びに苦労しなかったよ」

「やはり家族だな。こんなにも心が一致している家族はそうはいないぞ。パパはすごく嬉しいぞ」

 その家族の一員だと思うと恥ずかしくて世間様に顔向けできない。「はっはっはっ」と笑いあうバカ3人をほっといて俺は飯の支度にとりかかった。飯の後はお風呂。


「なんでついてくるんだ?」

 どういうわけか風呂に向かう俺に3人がついてきた。


「いや、一緒に入ろうかなって」

 4人でか?家の風呂の広さを考えろ。せいぜい2人が限界だ。3人の間に火花が散る。


「俺だ。俺が入る!」

「俺だよ!」

「うるさい。入るのは父さんだ!」

 三方とも一歩も譲らない。バカどもがいがみ合っている間に俺は脱衣所で服を脱ぎ始めた。下着だけになるといったん脱ぐのを止めて鏡を見た。


「いったいどういう経緯でこんなの着けてんだ?」

 思い出そうとしても頭ん中が霞がかかっているようではっきりしない。鏡を見ていると不思議な感覚に襲われる。鏡に映っているのは紛れもない自分自身なのにまるで別人を見ているような感じだ。同年代の女の裸なんて普通なら興奮するもんだが、自分の体であるからかあんまり興奮しない。でも、ブラジャーを外して胸が露わになるとやっぱりちょっと恥ずかしい。ついつい胸を隠してしまう。


「何も自分の体なんだから隠すことないよな」

 堂々としてたらいいんだ。だからパンツおろして全裸になっても恥ずかしくなったりしないぞ。……とっとと入ろう。


「えっと、どうやって洗えばいいんだ?」

 女の子のお肌は男よりもデリケートだって聞いたからいままでのようなゴシゴシ洗いはまずかろう。髪も綺麗な金髪だから丁寧に洗わないとな。試行錯誤の末どうにか洗い終えて浴槽にドボン。


「ふう……」

 今日はいろいろありすぎて疲れた。朝起きたら金髪美少女になっていて、学校で寝ている間に教室内で男子用制服を脱いで全裸になってブラジャーとパンツを着用して女子用制服を着るという珍妙な行動に出て、おまけに人生初の逆ナンが男からという世界広しといえども恐らく俺一人だけであろう不可思議な体験をしたんだからそりゃ疲れる。


「なにが娘や姉や妹が欲しい、だ」

 妹願望は当然妹がいない奴が持つが、実際妹を持っている奴によると妹がいてもそんなに嬉しいとかは思わないようだ。二次元みたいに「お兄ちゃん♪」みたいな事にはならないらしい。なるとすればそれは何かをねだる時だ、と妹を持つ友人が言った。まあ、女の家族が欲しいのは俺も思っていたから親父たちを責めるのも酷かもしれない。だから、俺も女の家族を持つ喜びを持つとしよう。そうなったら男の家族がいなくなるわけだが、もういらないだろう。


「さて、と」

 浴槽から上がり風呂から出る。体を拭いて親父たちが買ってきたという下着が入っている袋を開ける。どんな下着を買ってきたのか。一枚目は…


「Tバック?」

 却下。続いて二枚目…


「紐だけ?布は?」

 却下。三枚目…


「紐に長方形の布がついている…」

 いわゆる褌という奴だろう。却下。後は…無い。


「何、考えてんだよ!」

 そりゃ、こんなのばっかし見てたら冷たい目で見られるよ。しょうがない。パジャマだけ着てパンツは女子がくれたのを穿こう。親父たちに一言文句言ってやろうと思ったら、まだいがみ合いをしていた。


 ------


 翌朝、弁当を作るために早めに起きる。生まれてこの方弁当なんて作ったことない。おかずはウィンナーとハンバーグと卵焼きとプチトマトに沢庵……でいいかな?ご飯を詰めてふりかけをサラサラっと。まあ、こんなんでいいか。弁当ができたら朝食の用意。朝から面倒くさいったらありゃしない。絶対にあいつらにも作らせてやるからな。今に見てろ。味噌汁を作って、魚を焼いて、漬物を小皿に盛って…としてたら親父たちが起きてきた。


「お、今朝は和食か」

 いつもは各自が勝手に食べていた。手っ取り早く済むのでだいたいパンの日が多かった。こうして家族そろっての朝食なんてほとんど無かった。


「やはり、女の子がいると違うな」

 親父の意見に兄貴と弟がうんうんと頷く。


「そうだな、何か華があるというかさ」

「俺、綺麗なお姉ちゃんがいるって皆に自慢してるんだ」

 待て、お前俺が女体化した事言いふらしているのか?


「だって……」

 何で余計な事を言うんだ。そんな事言ったら観に行きたいって言うだろ。


「うん、今度の日曜日に遊びに来るって」

 俺は珍獣じゃないぞ。


「いいじゃないか。こいつはずっとお姉ちゃんが欲しいって言ってたんだからな」

「うん、あと妹も欲しいな」

 それは無理だ。お前自身が妹になるんだからな。俺も妹願望が無いと言えば嘘になる。これは黙っておかないと願い事に響く。それはともかく弟にはペナルティを課さないとな。


「次の日曜日まで食器の後片付けはお前ひとりでやれ」

「えー、何で!?」

「余計な事を言った罰だ」

 文句言うとすべての家事をお前にやらせるぞと言うと、弟はふくれっ面しながらも引き下がった。朝食を終えると俺は部屋にもどって制服に着替えた。女子用の制服に着替えるのはこれで二度目だが実質初めてともいえる。意味がわからない?俺だってわからんよ。だから、どう着たらいいかわからないからネットで調べた。


「ふむふむ、なるほど、ここはこうするのか」

 完成。しかし、昨日はどうやって着替えたんだ?不思議だ。家出るまでまだ時間はある。テレビを見よう。チャンネルをNテレビ系列にして、と。あと少しでぼこずキッチンが始まる。これは毎回タレントがボコボコにされながら料理をするという非常に意味がわからないコーナーである。どんな状況下においても料理ができるようにというのがコンセプトらしいが、フルボッコされながら料理をしなきゃいけない状況ってなんだ?あ、始まった。


“ぼこぼこになりながらもつくれちゃうかんたんレシピをしょうかい、ぼこずキッチン♪”

 いつものナレーションが流れる。そして、このコーナーの主役“ぼこみちくん”が今日も爽やかな笑顔で登場。改名を勧めたいと思うのは俺だけではないはず。コーナーはまずメールの読み上げから始まる。


“『ぼこみちくん、こんにちは。いつも楽しく見ています。先日、彼氏が浮気をしていたのがわかりました。しかも、よりによって私の妹と浮気していたんです。絶対に許せません。そこで罰として晩御飯を作ってもらう事にしました。本当に反省している意思と私を愛している証のためにぼこぼこになりながらも料理をしてくれることになりました。ぼこみちくん、ぼこぼこになりながらでも作れる季節の野菜を使った料理を教えてください』”

 そして、料理開始。と、その前にゾロゾロと人相の悪い人たちが現れた。このコーナーは“ぼこられる”“料理をする”の繰り返しで進行する。そして、いつも料理が完成する頃になると立っていられなくなる状態となる。それでも、いつも“今日はこれで決まり『その日の料理名』です”と爽やかな笑顔で言い、ナレーションが“ぼこみちくん、出来栄えはいかが?”と尋ねて試食となるのだが、食べるの動作さえも辛そうだ。それでもフラフラになりながらも最後まで爽やか笑顔を貫く。まあ、最後は決まってふらあっとなって倒れそうになる瞬間で終わるんだけどな。さて、もう30分経ったな。歯磨きしよう。よし、これで出発だ。おっとハガキを忘れてた。


 ------


 学校に着くまでの道中、なんか注目を集めているような気がしたけど気のせいかな?まあ、金髪の生徒なんて俺ぐらいのもんだから珍しいのだろう。校門前に立っている先生に「おはようございます」と挨拶する。顔を上げると「誰だ?」みたいな顔をしている。そうか、まだ知らない教師もいるのか。説明するのも面倒なのでそそくさと校舎に向かう。あとで担任にちゃんと先生方に説明するよう言っておこう。


「ちょっといいですか?」

 横から男子生徒が声をかけてきた。


「新聞部の者ですがインタビューよろしいでしょうか?」

 インタビュー?


「実はあなたのことを記事にしたいと思いまして。ご協力願えないでしょうか?」

 却下。取材拒否だ。


「そんなこと言わずに。あなたがなぜ女の子になったか皆知りたいと思ってますよ?」

 そりゃそうだろう。俺だって友達が女になったらその原因を知りたい。しかし、どう説明する?どこをどう説明しても「アホか?」と思われないようにするのは無理だからだ。よって黙殺することにする。すると、「我々は知る権利がある」だの「真実を伝えるのが我々の仕事だ」だのとしつこく付きまとうではないか。正直、ウザい。


「ところで女子の制服を着ていますが、これはもう男としてではなく女として生きていくとの意思の表れと受け止めてもいいのでしょうか?それとも、まさか以前からそのような趣味が?」

 人間、言ってはいけない事がある。いまのがそれだ。胸ぐらをつかんでやろうと奴の方を振り向いた瞬間、そこにあるはずの奴の顔がなくて誰かの足が見えた。それも横向きで。何が起きたんだ?


「この娘につきまとうなんて良い度胸ね!」

 頭をおさえて悶えている新聞部員を指差して言い放ったのはうちのクラスの女子だ。状況を整理すると、彼女が新聞部員にドロップキックを放って、んで新聞部員は倒れた際に地面に頭をぶつけたと。


「この娘は私達のものよ。他のクラスの人間に渡すもんですか!」

「そうよそうよ!」

「今後、彼女に近づいたらマジ殺すから!」

「っていうか、いま殺っちゃお」

 いつの間にかクラスの女子たちが集まってきていた。この娘たちこんなに団結良かったかな?あと、こんなに暴力的だったかな?新聞部員を皆して足蹴にしている。なんかついさっき似たような光景を見た気がする。


「ま、待て、俺はただ取材しようとしていただけだ!」

 ドカドカ蹴られながら新聞部員が抗議する。


「嘘!下心見え見えよ!」

「この期に及んでまだ下手な言い逃れをするなんて、これはもう死刑にするしかないわね!」

「私刑のうえに死刑…ぷぷぷっ」

 誰だ、くだらん事言ったのは。それより、そろそろ止めた方がいいな。


「まあまあ、そのへんで許してやったら?」

「…あなたがそう言うなら」

「ちっ、命拾いしたわね」

 女子たちは新聞部員から離れた。新聞部員は「ヒイィィィッ!」と叫びながら一目散に逃げて行った。


 ------


 一応、助けられた形となったので礼を言ったら女子たちは、それまでの殺気に満ちた顔からニコッと微笑んだ優しい顔になった。ギャップが激しすぎて却って怖い。その後は皆で教室に向かったのだが、女子たちが俺の周囲にびっしり張り付いていてまるで要人警護みたいだった。


「安心して。あなたのことが私たちが守るから」

「あ、ありがとう……」

 多分、女になった俺を気遣ってくれているんだろうとは思うが、元男としては女子に守られるというのはどうも……。それに少し過剰だとも思う。だってさ、休み時間にトイレに行くだけなのに教室にいた女子全員が張り付いて行くって言うんだぜ?それはさすがに…と断ったら、皆まるで敵国に人質として差し出される姫を見送るような目で俺を送り出した。たかがトイレに行くだけなのに。

 俺らの教室は一番奥にあってトイレから一番遠い。途中でよそのクラスの男子二人が俺の方を見て挙動不審になっているのが少し気になった。通り過ぎた際に、小声で「ほら、行けよ」「いや、でも…」と言っていたが何の事だろう。まあ、いいや。トイレに着くと何の迷いもなく右側の入り口へ。ここでハッとなって左側の入り口へ入り直す。そう、右側は男子トイレなのだ。いかんいかん、ついついいつもの習慣で。俺としてはどっちでも良かったんだけど。

 トイレから出て教室に戻る道中、さっきの二人組がまだいた。一人に背中を押されたもう一人が俺の前に立ちはだかった。


「あ、あの……」

 まごまごしていて何を言いたいかわからない。


「えと、何か用?」

 用がなかったらどいてほしい。そして、そいつが意を決して放った言葉が


「僕と付き合ってください!」

 だった。そうか、こいつは俺が転校生と勘違いしているんだな。どうしよう、真実を語るべきか。面倒だ。


「ごめんなさい」

 ペコッと頭を下げて通り過ぎる。これで済むはずだった。ところが、そいつは俺の腕をつかんでこう言ったのだ。


「と、友達からでもいいから」

 友達?男の時は男の友達はいた。でも、いまは何でだろう。男と友達になるのに躊躇いがある。それは「友達から~」という台詞だろう。友達からの先は恋人という事になる。


「ご、ごめんなさい」

 とにかくこう言って逃げるしかない。だが、そいつは俺の両腕をがっしりつかんで逃がそうとしない。


「君がそう言うのもわかる。男から告白されて嬉しいはず無いもんな。それでも、俺は君を一目見た時から惹かれてたんだ」

 俺は引いてるけどな。それよりこいつは俺が一昨日まで男だった事を知っているのか。知っててなんで惹かれる?


「俺は一生君を幸せにする。ひもじい思いなんてさせない。仕事が終わったらまっすぐ家に帰るし、結婚記念日も絶対に忘れない」

 待て、さっき「友達からでいい」と言ってた奴がなんで結婚後の話までしているんだ。飛躍しすぎだ。冗談だとも思ったが、奴のは目は真剣だ。正直言って怖い。ウザいが高じてキモい、キモいがさらに高みに到着するとコワいになると思う。「友達から」でウザい、「君を幸せにする」でキモい、んでいまがコワい。


「お前、俺が男だったって知ってんだろ?」

「ああ、昨日噂になってたからな。俺も最初は“はあ?”って思っていたけど実際に君を見たら一瞬で心を奪われてしまった。もう俺の心は君の虜だ」

 キモい!ウザいし、怖い!


「お前の気持ちは嬉しい…くもないし、気持ちも理解…できない。だから諦めろ」

「いや、諦めない。俺は君が“うん”と言うまで諦めない。ずっと諦めない!」

 なんなんだ、こいつの気迫は。これは一発殴ったぐらいでは治まらないな。しかし、高校生でこうも人を好きになれるもんかね。情熱的というかキモいだけというか。いま俺が思うのは助けてほしいという事だけだ。


「なにしてんのよ」

 その声に奴が振り返った瞬間、奴の顔面にジャイアンパンチが炸裂した。ジャイアンパンチとは顔がめりこむぐらい強烈なパンチの事である。


「うちのクラスの女神になにしてくれてんのよ!」

 め、女神?俺に言い寄っていた奴をパンチでKOしたのは同じクラスの女子だ。黒髪のロングでメガネという知的なイメージのするそれなりの美人だが、いまは獲物を狩る野獣の目をしていて怖い。


「さ、行きましょう」

「う、うん…」

 彼女に連れられて教室にもどろうとすると、さっきの奴と一緒にいた奴が食ってかかってきた。


「ちょっと待てよ、いくらなんでもこれはやりすぎだろ!」

 倒れている友人を指差して抗議している。確かにその顔面の無惨な様を見たら俺でもやりすぎだと思う。俺も「ちょっとやりすぎじゃないかな」と言うべきか思っていたら、女子は再び獲物を狙う猛禽類みたいな目で


「なに?文句あるの?」

 うちのクラスの女子ってこんなに怖かったのか。俺も喰ってかかってきた奴も恐怖で震えあがった。


「かわいそうにこんなに震えてよっぽど怖い思いしてたのね。あんたたち、このままじゃ済ませないわよ」

 俺の頭を愛でるように撫でてくれるが、俺が震えているのは君のせいだと言いたい。


「学校ってこんなに怖いところだったんだ……」

 聞こえないように小声で呟く。教室にもどると早速、さっきのことで女子が俺の机に集まってきた。


「やっぱり、一人で行かせたのがまずかったわね」

「だから一緒についていくって言ったのに」

「これからは誰かがついててあげないと」

「登下校も誰かが一緒の方がいいんじゃない?」

「そうね、ケダモノは学校だけとは限らないし」

 女子がこんなに俺の周りに集まるなんていままでなかった。嬉しいというよりもいまは怖い。


「でも、相手が本気で来たらどうする?男と女じゃ…」

「大丈夫よ。これを用意したかな」

 そう言って見せたのがスタンガン。


「かなり強烈な奴よ」

 これって学校に持ってきたらダメだよね?ダメだ、このまま黙っていたらどんどん話がとんでもない方向に行ってしまう。


「ちょっと待って、皆の気持ちは嬉しいんだけど、俺は大丈夫だから。さっきのは不意打ちだったからうまく対処できなかったけど次からは一人で乗り切るから」

「でも……」

「大丈夫だって!」

 心配顔の女子たちをどうにか説き伏せる。


「わかったわ。あなたがそこまで言うなら仕方ないわね。あなたを四六時中陰でそっと見守るだけで我慢するわ」

 …それってストーカーだよね?


 ------


 龍の神様にお願いした『母親と姉と妹が欲しい』という願いはなかなか叶えられなかった。前の願いはすぐに叶えられたのに。まあ、個人差はあるさとは思っていたが、3日経っても一週間経っても半月経っても一向に家族が女体化する気配は無かった。


「おいおい、いったいどうなってんだ?」

 ひょっとして最後だからって手抜きしたのか?そんなの認められないぞ。やはり金を出さなかったのがまずかったのか。でも、向こうからいらないってあったんだからな。次第に俺も関心が薄れていきついには忘れるぐらいにまでなっていた。

 そして、願い事してから一ヶ月が過ぎたある日、俺と兄貴と弟は親父にファミレスのロイホに呼び出された。店に入ると『ロイホー、ロイホー、食事が好き~♪』と軽快な音楽が流れていた。7人の小人が料理を作ってもてなすという絵が掲げられている。俺達はだいたいレストランで外食といえばここを利用する。Gは安いけどあんましうまくないし、Sに至っては安いだけでうまくもなんともない。一回、食べに入ったことがあったがハンバーグを頼んでライスを残したのは生まれて初めてだ。俺は味にはそんなにうるさい方ではないが、Sはうまいまずい以前に味が無いのだ。隣の席で小さい子供が「おいしい」と食べていたが、よその子供ながらその子の将来が心配になってしまった。これならコンビニで弁当を買った方がよっぽどマシだ。それはさておき、親父は俺達をこんなところに呼び出してどうしたんだ?大事な話があるって言っていたが、兄貴は何か聞いているのだろうか。


「いや、俺は何にも」

 じゃ、弟は?って訊くまでもないな。親父が弟に言って俺や兄貴に言わないって事は無いからな。


「何の話か知らんけどあんまし外には出たくなかったんだけどな」

 俺は最近、引きこもりになっている。外に出ればほぼ100%の確率でナンパされるのだ。クラスの女子が陰で俺の周囲を警戒していてナンパ男を片っ端から血祭りに上げているのだが、それでもナンパしてくる男は後を絶たない。これ以上犠牲者を出さないためにも、またクラスメートから犯罪者を出さないためにも俺は学校以外は家に引きこもる事にしたのだ。今日は兄貴と弟が一緒だからか声をかけられる事はなかった。


「そういや親父、最近おかしくないか?残業でもないのに帰りが遅くなったり休みの日に出かけたりして」

「そうだな」

 兄貴の言うとおり親父は最近おかしい。いつもは休日は家でゴロゴロするのが日課なのに最近はどこかへ出かけている。趣味でもできたのかだろうか。家でゴロっているよりは健康的だ。


「そういや、父ちゃん言ってたよ。“父ちゃんたちはまだ願い事をすべて叶えていなかった”って」

 願い事と聞いて俺は龍の神様にした願い事を思い出した。そういや、とうとう叶わずじまいだったな。でも、親父がそんな事を知っているわけもないし、俺を女にしただけでは飽き足らなかったのかあの親父は。


「なんだよ、その“すべて叶えていなかった”って」

「さあ?」

 あの親父のことだ。どうせくだらない事だろ。お、その当人が来た。


「待たせたな」

「どうしたんだよ親父、こんなところに呼び出して」

「いや、お前たちに会わせたい人達がいてな」

 会わせたい人達?俺は親父の後ろにいる人たちに目を向けた。


「この人達?」

「誰?」

 知らない人ばかりだ。30代半ばぐらいの美人さんと俺達と同世代の男女が3人。どれも並以上の見た目をしている。


「実は父さんはこの人と再婚する事にしたんだ」

「「「再婚!?」」」

 俺達は顔を見合わせた。再婚っていつの間に…。


「そうだ、こっちから長女、長男、次女だ」

 名前を言ってやれよ。


「どうも初めまして」

 再婚相手の女性が頭を下げる。俺達も慌てて立ち上がって頭を下げた。


「い、いえ、こちらこそ初めまして」

 親父の紹介によると長女さんは兄貴よりも年上で、次女さんは弟よりも年下だそうだ。弟の妹が欲しいという願いが叶ったわけだ。でも、兄貴は?姉が欲しいと思っていたのだろうか。そんなの聞いたことがなかったが、本人は満更でも無い顔をしていた。そして、俺の『母と姉と妹が欲しい』という願いも叶ったわけだ。なかなか願いが実現しなかったのはこのためだったのか。確かに願いは叶ったよ。義理だけどな。『親父と兄貴と弟を母と姉と妹にしてほしい』とするべきだったか。仕返しになってないじゃないか。そして、今頃になって俺は気づいた。『俺を男にもどせ』という願いにすれば良かったと。そうそう、長男さんは俺と同い年だそうな。じゃ、学校も一緒かな。この場合どっちがお兄さんお姉さんになるんだ。どうでもいいけど。


「そうだな……誕生日はどっちが先だった?」

「あ、俺は5月10日です」

 俺より先か。じゃ、兄貴というわけだ。しかし、いきなり兄貴と呼ぶのも。かといって、お兄ちゃんもな……。


「じゃ、お前は義妹になるわけだな」

 義妹!?義理の妹と書いて義妹?確かに義妹だ。『義妹』。どことなく妖しげな雰囲気を醸し出す。義兄は見たところ健全そうに見えるが実際はどうかわからないからな。


「まだ会ったばかりで互いの事わからないけど、どうかよろしく」

「は、はい、こちらこそ」

 爽やかな笑顔を見せる義兄に俺は波乱の幕開けを感じずにはいられなかった。

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