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中編

 俺は途方に暮れていた。朝起きたら女になっていて、その原因が家族が“女の家族がほしい”と願ったから。アホか?と思われるだろうが事実だ。


「どうすんだよ……」

 もうそろそろ家を出なくてはいけない時間だ。だが、この姿で学校行けるか?誰が信じる?


「信じるも信じないも事実を話すしかないだろ」

 そりゃそうだろうけど。


「よし、今日は皆休んでこれからどうすればいいか家族会議だ」

「「賛成!」」

 ありがとうよ。だったら学校に連絡しないと。携帯に担任のアドレスを入れてある。入学した時に入れておくように担任に言われたからだ。まさか実際に電話をかける事態になろうとは。


『もしもし』

 出たので自分の名前を言って学校を休む旨を伝えた。


「では、お願いしまーす」

 と切ろうとした時だ。担任が“ちょっと待って”と止めた。なんだ?


『誰?』

 誰とはなんだ。自分の教え子を忘れるなんて……。あ、そうか、声が違うんだ。事情を説明する。


「と、こういうわけなんです」

『……』

 反応が無い。恐らく意味がわかっていないのだろう。逆の立場だったら俺だってわからん。そうだ、親父に説明してもらおう。大人なら少しは信じてもらえると思う。


「親父、頼む」

「わかった。…もしもし、電話代わりました。いつも倅がお世話になっております……」

 あーだ、こーだと説明して最後に


「だったら家まで来てご自身の目で確認されたらどうです?ご都合の方は?あ、大丈夫ですか。ではお待ちしています」

 で電話を切った。


「どうしても信じられないと言うから来てくれと言っておいた」

 多分、来ても信じないだろう。俺だと証明するものがないからな。一時間して担任が来た。出迎えると呆けた顔になった。


「えー、君が……」

 そうです。あんたの教え子です。


「まあまあ先生、とりあえずおあがりください」

 と親父が担任を客間にお通しする。弟がお茶とお菓子を持ってきた。


「どうぞ」

「あ、ありがとう」

「では、ごゆっくり」

 ペコッと頭を下げて弟は出て行った。客間には俺と親父と担任だけ。親父が話を切り出す。


「さきほど、お電話でもお伝えしたように、まあご覧のとおりです」

「はあ……」

 いまいち納得していない様子。無理もない。


「まあ、信じられないのもわかります。しかし、いいですか?よぉく、お考えください。どっちが得か」

 得?


「得、ですか?」

 担任も意味がわからないといった顔をしている。


「そうです。男のこいつと、おんなのこいつ。どっちがクラスに有意義かを」

 なに言ってんだ?意味が通じたのか担任が真剣に何かを考えているようだ。


「……確かにお父さんの仰られるとおり、そこらへんにいるような平凡な男子高生よりも男はおろか女も惚れさせる超絶美少女の方がクラスの皆も喜ぶかもしれませんね」

 おいコラ、ちょっと待てや。いまのどういう意味じゃ?


「君が学校に行くのに何の支障も無いという事だ」

 だから何でそうなるんだよ!俺だって証明されたのか?


「もうそんな事は重要ではない。要はかわいければいいという事だ」

 なに胸張って答えとるんじゃ。


「落ち着け、問題が解決したからいいじゃないか」

 こんな解決の仕方は嫌だ。


「我儘を言うんじゃない」

 我儘?これが我儘?ってか、勝手に人を女にした奴らに我儘なんて言われる筋合いはねえ!


「では、学校の方は問題無いということで」

「はい、若干の説明と説得は必要となりますが、まあ大丈夫でしょう」

 無視すんなや。


「じゃ、いまから先生の車で学校に行こうか」

 え、今から?いきなり行って説明つくの?


「大丈夫だ。先生を信用しろ」

 本当に大丈夫だろうか。しかし、不登校が続く事態となったら進路に影響してくる。他に良作も妙策も無い以上、担任を信じるしかないか。


「どうした?不安なのか?」

「あ、いや、そういうわけじゃ……」

 実は少し前から深刻な状態に陥りつつある。どうしようかと悩んでいる。言ってしまうのは恥ずかしい。しかし、事態を放置して最悪の結末を迎えるのはもっと恥ずかしい。


「確かにクラスの皆に受け入れられるか心配だな。でもな…」

「いえ、それ以前に切羽詰まった問題が……」

「どうした?はっきり言ってみなさい」

「……トイレに行きたい」

 一瞬、時間が止まった。さっきからずっと尿意を我慢していたのだ。さくらんぼ少年の俺はまだ年頃の女の大事なところを見た経験は無い。家族に女がいないから風呂で、という事もなかった。初めて見る女のあそこが自分のだなんて前代未聞だ。股間を押さえてモジモジする俺に担任も親父もどうアドバイスしていいか困惑していた。そりゃそうだろう。逆に知りすぎていてペラペラ喋られたらそれこそ引いてしまう。


「と、とにかくトイレに行って来い」

 それしかない。親父に言われたとおりトイレに駆け込んでパンツの中に手をつっこむ。……そうか、もう無いんだったな。気を取り直してズボンとパンツをおろして便座に座る。がまんの限界だったのですぐに出た。これで一安心。だが、問題はこれからだ。どう処理すればいい?えと、確かウォッシュレットのビデが女性用だったな。男しかいないんだからいらないと言っていたが、まさか自分で使う事態になろうとは。人生一寸先は闇だな。スイッチオン。ノズルが出てきて水噴射。


「ひゃうっ!?」

 思わず声が出てしまった。ビデとやら侮れぬな。えと、ちゃんと中まで洗わないとダメだよな。声が出るのを我慢して洗浄してもらう。


「やはり最後は紙で拭くべきだよな」

 水分は取っておくべきだろう。よし、これでOK。あとは立って流してズボンとパンツを上げるだけだ。だけなんけど……。


「……」

 実はここまでの経緯で俺は一度も自分の股間を見ていない。すべて手探りだ。どうする?見ない手もあるが、どうせ風呂となったら嫌でも見るんだし。しかし、見てはいけない気もする……。自分の股間にどうしてここまで遠慮しなきゃならないんだ?そうだ、別におかしくはない。自分で自分のを見るだけなんだから。意を決して見てみる。


「まさか、初めて見る女のところが自分のだなんて」

 日本語がおかしい。ほんの数時間前まであったはずのものが無くなって代わりに割れ目がついてしまっている。鼻血を心配していたがどうやら自分のでは興奮しないらしい。当たり前だが、当たり前で無くなっているからおかしいと言うのだ。


「この分だと風呂に入っても出血多量で死ぬ事はないな」

 自分の裸に興奮して鼻血出し過ぎて死んだとなったら末代までの恥だ。ご先祖様にも申し訳が立たない。トイレから出て客間に戻ってみると担任が学校に電話をかけていた。


「……はい、これから本人を乗せて学校にもどります。くわしい話は学校で。はい、おねがいします」

 電話を切ると担任はこっちを向いて


「学校にはいまから行くと連絡しておいたから。急いで仕度して」

「あ、はい」

 俺は部屋に戻って制服に着替えた。


「あれ、縮んだ?」

 カッターシャツの裾が足りない。昨日までちゃんとピッタリだったのに。そうか、胸が出た分だけ上にあがってしまっているのか。しょうがない。上にブレザー着て、鞄を持ってと……。ちょっと鏡で確認するか。洗面所の鏡で己が身を確かめる。


「……まるっきり男装だな」

 俺、男なのに……。男なのに男装ってどうよ?どうにか元に戻る方法は無いか?例の雑誌はいつのまにか処分されていた。ネットで調べようにも雑誌名を覚えていない。参ったね、こりゃ。


 ・・・・・・

 学校に着くと俺は校長室に連行された。まず最高責任者に事情を説明しないとな。担任が事前に説明はしておいたみたいだが、やはり本人の口からも聴取したいのだろう。実物を見たいという好奇心もあるかもしれない。果たして学校は俺を受け入れるであろうか……。コンコンとノックしてドアを開ける。


「失礼しまーす」

 と中に入った瞬間だった。まだ一言も喋らないうちに校長が何事も無かったかの調子で


「何をしているのかね?いまは授業中のはずですよ。早く、教室にもどりなさい」

 と言ったのだ。俺も担任もきょとんとしていた。


「し、失礼しました」

 礼をして校長室を出る。どういうこっちゃ?


「多分、問題無いということだな」

 え?俺、何も言ってないのに?


「もう4時限目だから早く教室に行け。今日は事情が事情だけに遅刻扱いにはしないでおいてやるから」

 担任も俺の女性化の件はこれで解決したと思っている様だ。納得できていないのは俺だけか。担任は職員室に行き俺だけで教室に向かう。事前に4時限目の科目の教師にもクラスの皆にも俺の事は知らせてあるらしい。さて、クラスメートが性転換したと聞いて皆どう反応したのか。まずは理由か原因が気になるところだろう。そして、原因を知ったら全員呆れ返るに違いない。家族の娘と姉と妹が欲しいという願いで女にされたって誰が聞いても「バカか?」となってしまう。でも、勘違いしないでほしいのは一番馬鹿馬鹿しいと思っているのはこの俺だ。


「ううっ…緊張する」

 毎日通う教室に入るのに今更緊張するとは。皆は変わり果てた俺を迎え入れてくれるのか。それともさっきの校長みたいに完全にスルーするのだろうか。高い確率で白い目で見られそうな気がする。ヒソヒソと陰口とか叩かれたりもして。これをきっかけに苛められっ子に転落という事も……。


「そんなの嫌だ……」

 俺、何も悪い事してないのに。そうだ、俺は何も悪くない。何もオドオドすることは無いんだ。堂々としていればいい。よし、行くぞ。俺は教室のドアを勢いよく開けた。まず目に飛び込んだのは副担任でこの時間の科目の教師、そして黒板。なぜ、黒板に目が行くかと言うと、そこには白のチョークで俺の名前が書いてあって、そこから横へ順に“トイレ使用について”“男”“女”“更衣室使用について”“男”“女”と書いてあった。


「なんだこりゃ?」

 授業もしないで何やってんだ?教師の方に目を向けるときょとんとした顔をしている。そういや、さっきまでガヤガヤしてたのに俺が入った途端に静かになった。皆、俺の方に注目している。そうか、皆いまの俺を知らないんだったな。


「あ、あの……」

 皆がやけに俺に注目してくるもんだからなんか緊張してしまった。「遅れました、すいません」と言って自分の席に行けばいいのにどうしたわけか怖気づいてしまったのだ。困っていると教師が俺の名前を呼んで俺だということを確認すると、それまでまるっきり静かだった教室が驚愕の声で大きく揺れた。


「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!?」」」

 そりゃ耳をふさぎたくなるみたいな大声だ。当然、隣の教室にも聞こえるわけで隣から壁越しに「うるせーぞ!」と抗議の声が聞こえた。


「う、嘘だろっ?」

「なんで、そんなに可愛くなってんのよ?」

「胸も大きい……」

「なんで金髪?」

「本当にお前なのか?」

「ほ、惚れた……」

「私も……」

「すっげえな、おい」

 なんか不穏な感想も聞こえたが、否定的なものはいまのところ無さそうだ。ひとまず安堵。安心して自分の席に着く。


「それでは本人も来たことなので議論の続きをしたいと思います」

 さっきから気になっていた黒板のトイレとか更衣室とか何のことだ。後ろの奴に聞いてみた。


「お前が女になったって言うからトイレとか更衣室は男用を使うか女用を使うか皆で話し合ってたんだよ」

 どっちをって、男用に決まってんだろ。女になったからってこれ幸いに女子の更衣室にお邪魔するような紳士に反する行為は俺はしないよ。


「でもな、男用ってわけにもいかないよな?お前が気にしなくても他の奴が気になったりするんだよ。それで議論してたんだけどさ、なかなか意見がまとまらなくてさ」

 俺は男用でいいんだけどな。説明を聞いてだいたいの事はわかった。俺が来るまでの間、皆意見を出し合っていたらしい。女子はおおむね男用って意見だったようだ。その心情は理解できる。男子は口では女用を使うべきだと言っていたが、どうも口を濁したような本心は別にあるといった感じだったという。まあ、意見が真っ向からぶつかっているんだな。


「他に意見がある人いませんか?」

 副担任が尋ねるか誰も挙手しない。すると、生徒の一人が挙手して意見を口にした。


「先生、もうこれ以上の議論は必要ないと思いますが」

 その意見に皆がうんうんと頷く。俺はわからない。


「そうね、もう皆の意見は決まったようね。念のため多数決を取ります。いままでどおり男子トイレ、男子更衣室を使用すべきだと思う手を挙げて」

 誰も手を挙げない。あれ?女子は男用って言ってたんじゃないの?


「女の子になったんだから女子用トイレ、女子更衣室を使うべきだと思う人手挙げて」

 全員が手を挙げた。


「はい、全会一致ね」

 あれ?意見がまとまらない…じゃなかったの?まとまってるじゃん。


「やっぱねえ、実物を見ちゃうとね」

「こんな上玉の着替えを男どもに見せるなんてもったいない」

「もう私、あのでっかいおっぱい揉みまくりたくってしょうがないのよ」

 誰だ、不穏な事口走っているのは。


「こら、授業中に変な事言わない!」

 さすが教育者、ちゃんと注意してくれる。


「先生だって、抱きしめてスリスリしたいのを我慢しているんですからね。あなたたちも自重しなさい」

 ……。


「では、これからは女子用トイレと更衣室を使用するという事でいいですね?」

 全員、異議なし。俺以外は。俺は挙手した。


「すいません、本人の意思は確認してくれないんですか?」

 それが一番重要だと思うのだが。


「別に聞いてあげてもいいけど、あなたひとりの意見で皆の意見を覆せるとは思わないことね」

 …やっぱいいです。


「それでは授業を始めます。前回の続きから……」

 いまから授業か。ってことはずっと俺がトイレをどこ使うか議論してたのか。余計なお世話と言いたい。女子トイレって…本当にいいのか?俺、男だよ?やっぱ、まずいっしょ。女子トイレに入れる権利を手に入れて俺にメリットは無い。女子がトイレしているのを見たいという性癖があるわけでもないし、第一個室だから見れない。まあ、幼稚園からの男子禁制の聖域に堂々と入れるというドキドキ感は味わえるんだろうが。いっそのこと男子トイレに入っちまおうか。それにしてもなぜ女子たちは俺が来た途端に意見を覆したんだ?それまでは反対してたんだろ?想像以上に美少女だったからか?しかも金髪。俺だって金髪美少女は嫌いじゃない。でも、自分自身がなりたいとは思ったことはない。それに髪の毛が長いからうっとうしいんだよな。


「髪の毛切りたいな……」

 ボソッとつぶやいたつもりだった。誰も聞こえてないくらいの小さな声で。ところが、言った直後教室内のほぼ全員が俺の方を向いて


「「「ダメっ!!」」」

 と強い口調で言ったのだ。


「何て事言うのよ、もったいない!」

「そうよ、せっかくのサラサラ金髪を切るだなんて」

「ああ、このツヤツヤ感たまんなーい」

「あ、ずるーい、私もー」

 女子たちが群がってきた。皆、俺の髪を触りまくっている。女子は髪の毛を気にするみたいだから金髪に興味があるのだろう。でも、時と場所を選ぶべきだ。いまは授業中でここは教室だ。


「こら、あなたたち授業中ですよ。いい加減にしなさい!」

「「「はあい」」」

 副担任に注意されて女子たちは名残惜しそうに自分たちの席にもどった。なんだかんだいってやっぱ教育者は違うな。


「あなたたち、そんなに触りたかったら休み時間になさい。いまは授業にする時間よ」

 できれば休み時間も控えてほしい。


「先生、休み時間だったらボディタッチもOKですか?」

 ?


「ええ、いいわよ」

 ??


「おっぱいもんでもいいですか?」

 ???


「もちろん、いいわよ」

 ????


「ニューハーフとかじゃなくて完全に女の子だという事を確認してもいいですか?」

 ?????


「うーん、まあ女同士だからいいんじゃない」

 いや、よかないだろ。さっきからなんなんだよ。


「男子がやるんだったら問題ありだけど、同じ女子だからね。でも、やりすぎはだめよ」

 おっぱい揉むのはやりすぎじゃないのだろうか。


「だから、いまは授業に専念しなさい。いいわね」

「「「はあい」」」

 なんか、俺の意思は無視される傾向にあるらしい。なんか授業をまともに受ける気が失せたな。ちょっと、寝るか。といっても完全に寝入るわけではない。あと20分で昼休みだからな。20分後、チャイムが鳴って授業終了。


「さあて、昼飯に……」

 金が無い……。朝、ドタバタしてたから金もらうの忘れてた。どうするか。


「……」

 しばし思案する。よし、帰ろう。もともと、今日は休むつもりだったんだ。とりあえず顔見せは済んだから帰ってもいいだろう。そこへ、一人の女子が


「あれ、帰っちゃうの?」

「そうだよ」

 言った直後、女子たちが群がってきた。


「なんで帰っちゃうの?」

 今日は来るつもりもなかった。


「駄目だよ、病気でもないのに早退しちゃ」

 ある意味病気だよ。


「もうちょっと学校に居ろうよ」

 やだよ。俺はもう帰るって決めたんだ。だいたい、なんで止めるんだよ。昼に帰る奴なんて時々いるだろ。そいつら全員引きとめてたか?なんで俺だけ引きとめるんだよ。


「だって、私達まだあなたの体を触りまくってないもん」

 よし、速攻帰ろう。


「駄目よ帰っちゃ」

「いや帰る」

 帰る帰さないの押し問答。一人や二人程度なら押しのけて強行突破もできるが、俺の周囲はすでに10人くらいの女子に包囲されている。さらにドア付近にも数人の女子が配置されていて脱出路を封鎖している。


「諦めて私たちに体を触らせなさい」

「やだよ。俺の体は俺だけのものだ」

「いいえ、こんな可愛い娘を独り占めするなんてずるいわ」

「そうよ、家に持って帰って抱いて寝たいぐらいだわ」

 俺は抱き枕か。


「いいから通してくれよ」

 正直うんざりしている。俺は周囲に視線を走らせて助けてくれそうな奴を見つけようとしたが、誰も俺と視線を合わせようとしない。お前ら男だろ。まあ、女子のほぼ全員を敵に回すリスクを負うメリットはないからな。しょうがない。ダメもとでも強行突破を図るか。俺が決意を固めているとそっと水筒の蓋らしき器に入れられたお茶が差し出された。


「はい」

 差し出したのは昨日パンをくれた娘だった。そういや彼女にお返しをしなきゃいけなかったな。


「別にいい。はい」

 妙に俺にお茶を勧めてくる。まあ、一杯やって落ち着けってことか。


「どうも」

 俺は何の疑いもせず差し出されたお茶をグイッと飲み干した。


「おいしい?」

 うーん、普通のお茶だけど。まあ、うまいかな?あれ?なんだか眠く……。


 ------


「起きろ、起きろって」

 誰かが俺を揺さぶっている。それで覚醒した俺は顔を上げて皆が起立しているのに気付いた。慌てて起立する。そして、礼をして着席。俺は寝てたのか?寝起きだからか頭がボーっとしている。それでも鞄の中からテキストとノートを取り出そうと視線を鞄に移す途中で俺は自分がスカートを穿いているのを目撃した。


「いっ?」

 なんでスカート?もしかして……。確認してようやく俺は女子の制服を着ているのに気付いた。


「?????」

 いつ着替えたんだ?いや、それ以前になんで着ているんだ?俺は自分自身に問いたい。なんでなんだ?動機はなんだ?そりゃ女になっているけど心まではって決めてただろ?わからん。


「そうか、これは夢だ」

 なるほど、夢か。だったら納得だ。だったら授業を真面目に受けるまでも無いな。寝よう。起きたら夢から覚めているさ。そして、再び揺り動かされて目を覚ました俺は自分の姿を確認した。元にもどって…なーい!まだ夢の続き?しかし、それにしてはリアルすぎる。


「……」

 さっきから気になっているんだが、どうも胸が締め付けられているような……。


「まさか…」

 そんなまさかな。ありえない。俺がそんな…。でも、この胸の締めつけ感は気のせいじゃない。俺は迷っていた。この締めつけ感の正体を探ることに。もう答えは出ているのだが怖くて確認できない。でも、やはり確認はしないと原因も探れない。俺は意を決して服の中を覗いてみた。


「やはりか…」

 豊満な谷間を覆う布と紐。俗にいうブラジャーである。


「マジか……」

 俺は頭を抱えた。どうした?どうしたんだ俺。一体何があった?さっき起きた時は締めつけ感は感じられなかったから(単に気づかなかっただけかもしれないが)寝ている間に着けたことになる。無意識でブラを着けるって俺は潜在的に女装願望があったのか?いや、待て。だとしたらどこで?まさか、教室で?そんな、まさか…。ちょっと探ってみるか。周りの様子を見る事で真偽を確かめる。周囲に視線を配ると何人かの男子生徒と目が合った。そして、その誰もが俺と目が合うと顔を真っ赤にして顔を背けた。どうやら疑惑は真実だったようだ。教室でブラジャーを着けるために服を脱いだのか?それ以前に男子用から女子用に制服を着替えてしまっている。寝ている間に何をやってんだ?おれは。でも、俺っていつから寝てた?


「えーと…」

 記憶を探るも頭がボーっとしてよく思い出せない。不老不死の魔女との契約で得た王の力によって支配された時みたいにその前後の記憶が失われていたのだ。俺は授業中ずっと記憶を呼び起こそうとしたが結局なにも思い出せないまま放課後となった。クラスメイトたちが教室を出ていくなか、俺は机に両肘をついて組んだ両手の上に顎を乗せるという考え込んでいるポーズのままそれを見守っていた。なぜ、帰らないのかって?それは俺の制服がどこにあるかわからないからだ。この格好で家に帰ってみろ。奴らの思うツボだろ。どこに行ったんだ?俺の制服。


「どうしたの?」

 俺が途方に暮れていると昨日パンをくれた女子が声をかけてきた。昨日に続いて彼女から声をかけてくるなんて珍しい。ひょっとして俺に気がある?んなわけないか。


「いや、俺の制服どこ行ったかなって」

「制服ならいま着てる」

「いや、これじゃなく俺の制服」

「それも、あなたの制服」

 は?俺こんな制服買った覚えないぞ。そういやこの制服見た感じ真新しいけど買ったばかり?誰が持ち込んだ?俺が無意識に着替えたにしても、そもそもこの制服はどこから来たんだ?


「どうしたの?一層落ち込んだりして」

「いや、俺が寝ている間にしでかした醜態を思うとな」

 もう末代までの恥になっているだろう。


「大丈夫」

「なにが?」

「男子は皆追い出したから」

 それはうれしい配慮だね。できたら俺を止めてほしかった。ん?男子は追い出したって、女子は?


「皆、あなたに釘付けだった」

 なんということを。俺はクラスの女子全員の前で着替えていたというのか?何のショーだ。ブラジャーをしているって事は上半身裸になったって事だろ。待て、ブラジャーってことはまさか…。俺は女子に背を向けて自分のスカートをめくってみた。俺はトランクスを穿いているはずだ。ところがスカートの中に見えたのは純白のパンティだった。あろうことか俺は教室で女子が見ている前で全裸になっていたのだ。もう犯罪レベルの犯罪だ。


「おちこむことはない。あなたは女の子だからブラもパンティもスカートも当たり前」

「でも、俺は男…」

「いいえ、あなたは女。立派な女性。もっと自分に自信をもって」

 いや、できたらそんな自信は持ちたくない。


「過去に縛られていてはダメ。未来に進むことだけを考えて」

 未来に進む……。


「そう、過去に引きずられていては永久に過去から離れられなくなるわ。男だったあなたはもう過去に遺物なの。忘れなさい」

 もう男の俺は過去の存在なのか。そうだよな。元に戻る方法は無いんだから。


「わかった。もう男にはこだわらない」

「そう、よかった。はい、これ」

「なに?」

「女子全員からのプレゼント」

「何が入ってるの?」

「開けて見たらわかる」

 開けてみると女物の下着が詰まっていた。


「あ、ありがとう」

 礼は言ったもののどうもあんまり嬉しくない。


その後の教室


「ねえねえ、結局あの娘さいごまで気づかなかったわね」

「薬で眠らせている間に私らで着替えさせたのにね」

「でも、睡眠薬なんてよく持ってたわね」

「常備している」

「そ、そう……」

「しかし、かわいかったなぁ。もうずっと抱きしめていたい!」

「私も思う。だから心配なのよ」

「なにが?」

「悪い虫がつかないかって。だって、男に警戒心が無いでしょ?」

「そうね。男はケダモノだって教えてあげないと」

「そうそう。さっきだって、あの娘着替えさせてたときに出血多量で病院に搬送された男子が3人ぐらいいたもんね」

「裸ぐらいで鼻血出すなってね」

「でも、あの娘の裸は私だって鼻血出るぐらい興奮するよ」

「鼻血ぐらいならかわいいもんよ。あの娘の可愛さは懲役覚悟で襲いかかりたくなるレベルだもん。金髪美少女にはそれだけの値打ちがあるわ」

「じゃ、私らで守ってあげろうよ。悪い虫と狼から守ってあげるのよ」

「賛成!」

「あと、男だったことを忘れさせてあげるのも重要だよ。寝ている間に着替えさせたのはそのためでもあるんだから」

「わかってるって。実はあの娘が寝ている間に生徒手帳を失敬して性別と写真を取り換えておいたんだ」

「見たら驚くわよ」

「どんな顔するかな♪」


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