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乱舞りんぐロンド  作者: 佐久良 明兎
1.いにしえいしょん
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1日目:放課後12時間目の攻防(1)

 花火大会が終わり、四人は河川敷から寮へ向けて帰宅していた。

 気付けばすっかり道には人気がなくなっており、辺りには彼女たち四人しかいない。先ほどまでは他にも何組かのグループが近くを歩いていたのだが、いつの間にか別の道に進路を変えたらしい。そんなに細い道を歩いている訳ではないのに、と内心で春は首を傾げる。

 住宅街であるため車通りは多くない。幸い街灯が一定の間隔で並んでいるのでそこまで暗くはなかった。だが夜の静寂も手伝ってか、辺りにはどことなくよそよそしい、ひんやりとした気配が立ち込めている。


 やがて四人は更に一本道を曲がり、細い裏通りに出る。

 するとその道の先。やや灯りの消えかけた街灯の下に、二人の人物がすっと立っていた。


 二人は彼女たちと同様に浴衣を着ている。そして自分の顔を隠すように、古風な狐面を被っていた。浴衣のデザインや体格からおそらく男性だろうと思えたが、狐面に隠された表情は読めない。

 彼女たちに反応し、狐の顔が二人同時にこちらを向く。どきりとして春は足を止めた。他の三人も彼らに気付き、その姿に驚いてやはり立ち止まった。

 何度か瞬きし、彼らを凝視してから、潤が恐る恐る呟く。


「ちゅ、……中二病……?」

「違ェ!」


 言うや否や、濃紺の浴衣を着た背の高い方の人物が潤の台詞に噛みついた。だが背が高いとはいえ、それでも170センチ近くある潤の背丈と同じくらいだ。声色からして、どうやら男性であることは間違いがなさそうだった。

 彼は隣に佇む深緑の浴衣を着た人物に文句を言う。


「ほら見ろ! だから俺は嫌だったんだよ! そうだよ確かにどう考えても不審者じゃねぇか!」

「えー、浴衣に狐面とか和風ですげーいいじゃん。花火大会に超マッチしてるよ」

「花火大会にマッチしても現代社会にはマッチしねぇんだよ! 今どき狐面はねぇだろうよ!」

「そしたら屋台で売ってるアニメのお面になっちまうだろ。まだ仮面ライダーよりマシだと思おうぜ」

「どのみち嫌だって言ってるんだ! 他の手段はなかったのかよ!」


 狐面に浴衣という異様な光景だったが、平和な会話に毒気を抜かれ、春はいつもの調子で声を掛けることにした。


「あのすみません。そこでごちゃごちゃやられても状況が飲み込めないんですが、あれですか。もしかして何か私たちに御用ですか」

「……まさか」


 潤が目を見開き、彼らをびしりと指差す。


「お前らまさかMr.キャロルの手の者か!」

「「誰だよMr.キャロル!」」


 春と濃紺の浴衣の男がハモって叫ぶ。その勢いに押されて一瞬ひるんでから、潤はぐっと拳を握りしめた。


「いや、だからあれだよ! Mr.キャロル!」

「どれだよMr.キャロル!」

「なんだよMr.キャロル!」


 再度、春と彼は同時に突っ込んだ。思わず二人は顔を見合わせる。

 潤は人差し指の先をぐるぐる回しながら、調子づいて続けた。


「ほらーいたじゃん、花火大会に行く前にさ、全身黒づくめの怪しげな男が!

 なんか黒くて赤で雰囲気的にクリスマスキャロルっぽいから、名付けてMr.キャロル!」

「適当にも程があるぞこのタラシ!」


 春はまたも叫ぶが、しかし彼の方は息を飲みこんだ。微かな声を漏らし、そのまま黙り込む。

 彼の反応に春は引っかかるが、しかし彼女が何事かを問う前に、奈由が春を右手で制しながら一歩前に進み出た。


「……貴方たちの、仕業?」

「なっちゃん?」


 不思議そうに春が尋ねたが、奈由は構わず彼らに話しかける。


「さっき花火大会でうちらに妙なこと仕掛けたのは、君らかって聞いてるの」

「……御名答」


 彼女の言葉に、濃紺の狐面は顔を上げた。腕を組んで、彼は奈由を見据える。


「やっぱり気付かれてたみてぇだな。だが、今となっちゃもう関係ねぇ。

 その通り、花火大会で術を仕掛けたのは俺だ。ちょっとばかり用があってな。今も、それでお前らを待たせてもらってた」

「……お前らが?」


 彼の言葉に警戒して、潤は一歩後ずさった。杏季はと言えば、彼らが登場した辺りから早々に潤の背に隠れてしまっている。奈由はただじっと彼らの出方を窺っていた。


「成る程。……それで、顔を見られたくないって訳ね」


 独り言のように春が呟くなり、ばちっという音が響く。

 途端、彼らの顔を覆っていたお面が滑り落ち、その表情が露わになった。


「……っ!?」


 カランと音を立てて、二つのお面が地面に転がる。反射的に彼は右手で顔を覆った。


「隠してないで、堂々と素顔を見せなさいよ」


 奈由が振り返れば、後ろでは春が右手を構えて立っている。どうやら雷の理術で、お面の紐の部分を焼き切ったらしい。


「まだ、薬の効き目残ってたみたいね」


 彼女たちにしか届かない音量で、春がぼそりと囁く。


 街灯があるとはいえ暗がりの為、狐面が外れても彼らの顔はよく見えない。だが、ぱっと見る限り彼女たちと同年代のようだった。

 彼女たちを襲ったという彼は、不意を突かれたことに驚きながらも真顔で春を見つめ返す。

 先ほどとは違い、今度は警戒心を滲ませた潤が彼らに問いかけた。


「何者なんだよ、お前ら」

「……グレン」


 拾い上げたお面で口元を隠しながら、濃紺の浴衣を着た少年は答える。


「せめて名前は隠させてくれ」


 そう言って、グレンは鋭い眼光を湛えた目を細めた。

 一方、もはや顔を隠そうともしないもう一人の少年は楽しげに頭の後ろで腕を組む。


「あ、俺はワイト。まー何でもいいけどね。

 というわけで、さっそく」


 ワイトはおもむろに左手を上に掲げた。それを見たグレンは目を剥く。


「ちょ、おい待ておまっ……!」


 が、彼は言い終える前によろめき、地面に崩れ落ちた。片膝を地面について辛うじて倒れ込むことは逃れていたが、頭を抱えてうずくまっている。


 それはグレンだけではない。潤たち四人もまた急に眩暈に襲われ、地面に倒れ込んでいた。

 平衡感覚が狂い、立っていることが出来ない。四つん這いになっているのが精一杯だった。

 頭を押さえながらグレンは無理矢理顔を上げる。


「おっ、前……! お前の術は全員に効くんだぞ!? いきなりやるんじゃねぇよ!」

「そういうことは三秒前に言ってくれなきゃ」

「言ったっていっつも聞かねぇだろうが!」

「いいじゃん。お前は慣れてんだからさ」

「そういう問題じゃない」


 非難めいたグレンの台詞にワイトは飄々として肩をすくめた。グレンは二重の意味で頭を抱える。

 ワイトの言うとおり、グレンは初めて術を受けた他の四人よりは多少なりとも耐性があるらしい。歯を食いしばりながらなんとか立ち上がり、グレンは告げた。


「悪いな。お前たちに恨みはないが、適合者かどうか確認させてもらう。

 少し攻撃させてもらうぞ。――白原杏季」


 彼は両手を地面に向けて突き出した。

 途端、アスファルトを突き破って植物の蔓が勢いよく伸びる。

 急激に成長したその蔓は、まだ倒れ伏す杏季に向けて襲い掛かった。


 が、グレンの攻撃は弾かれた。軌道は僅かに反れ、誰にも当たらず空しくアスファルトを叩く。両手に走った痺れに、グレンは顔を顰めた。

 杏季の隣では、顔を何とか持ち上げた春が、右手をグレンの方へ向けて睨みつけていた。


「つっきー、……起きろ」


 春の声に促されるように、潤は倒れたまま右腕だけ高く上に差し上げる。そのまま空中へ向けて大量に水を放った。

 空に放たれた水は数メートル上まで上ってから、重力で四人へ雨のように降り注ぐ。水を浴びて正気に返った潤は上半身を起こし、頭をふるふると振った。


「あー、すっきりした。

 ……あれ、今回は……まあ、いいや」


 意味深なことを呟いてから、潤は片腕を振り回す。春も一緒に立ち上がり、素早く杏季を庇うようにしてグレンと対峙した。


「あっきー狙いか、あんたたち」

「何が目的か知らねぇが、うちらの友達に手ェ出してんじゃねぇよ」


 潤も同様に杏季を背に隠して彼らに立ちはだかった。

 その光景を見たワイトが嫌そうに眉を寄せ、額に手をやる。


「あ、ホントに俺ら悪役っぽい……」

「いやそこで勝手に自分のアイデンティティに対して悩んでんじゃねぇよ、このロリコン野郎が!」

「ろ……!?」


 思わず狼狽してワイトの動きが止まった。それを好機とばかりに、潤はワイトへ文字通り水を浴びせ、その隙に奈由と杏季の腕をつかんで助け起こす。

 春は春で、右手と左手を向い合せ、手と手の間に電撃を発生させていた。


「つっきーも二人も、ちょっと後ろ向いてな!」


 春は自分では目を閉じながら電撃を放つ。

 春の放った電撃は、バスケットボールほどの大きさがある球状の電気の塊であった。電撃の球はグレンとワイトの目の前で、眩い光を放つ。


「うわっ……!」


 彼らは反射的に目を閉じた。だが時既に遅く、二人は突然の強い光にやられて一時的に視力を奪われる。


「今のうちに!」


 春はまだワイトの攻撃から立ち直り切っていない杏季の手を掴み、潤は奈由の手をとって走り出した。グレンはまだ目の奥がちらついたままの状態で彼女たちを見つめ、僅かに表情を歪める。


「させるかよ」


 呟いて、グレンは右手を伸ばした。道の両脇の生垣から、彼女たちの通り道を塞ぐように植物が伸びる。春と杏季はぎりぎりのところで何とか通り抜けたが、潤と奈由は植物のバリケードに阻まれ、グレンたちのいる側に取り残された。

 振り返った春に、間髪入れず潤は叫ぶ。


「はったん、あっきー連れて先に行け。こいつらはあっきー狙いなんだろ!」

「……分かった。頼むよ!」


 頷き、春と杏季は走り出した。

 ようやく視界が元の状態に戻ったらしいグレンは、渋面でワイトの方を向く。


「ワイト。お前は白原を追ってくれ。俺は他の連中を食い止める」

「はいよ」


 短く返事し、ワイトは植物で埋まった方と反対の道から杏季たちを追い始めた。

 その隙に潤は絡み合った植物をかき分けようとするが、すかさずグレンがまた右手を伸ばす。


「うおう!」


 潤は冷や汗をかいて手を引っ込めた。植物の壁を塗り重ねるようにして、更に刺の付いた茨が生える。


「お前らの相手してる暇はねぇんだ」


 グレンは両手を広げ、瞳を閉じた。

 ざわっと耳障りな音がして、地面からつる状の植物がするりと生える。電信柱の根元から生えたそれは、アサガオと同じ要領で電信柱に巻き付き、じわじわと成長していく。


「大人しく足止めされててくれよ」


 言ってグレンは踵を返し、自分もワイトの後を追った。

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