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「これでいいかい?」
「ありがとな、カラシンさん。これだよこれ、イメージにぴったりだ!なら全部もらってくわ!」
「毎度あり、しかし何始めるつもりなんだい君たちは」
「まぁ、そのうちわかるって。じゃあな!」
その日はそれぞれがアキバの街に買い物に出掛けていた。大神は<第8商店街>に店で着る仕事着を買いに行っていた。大神の店は大衆食堂にする予定らしく、仕事着は和装に決まったらしい。伝手のあるカラシンに連絡を取り、揃えてもらっていた。他にもの男性陣も商業スペースで使う物の買い出しを行っていた。椅子やテーブルなど営業に使うものの買い出しは今買った方が安く上がるはずだ。なにせ、今現在商売をしている店はあまりないため設備投資する人がいないのだ。店としても下手に在庫を抱えずに売れた方が良いのである。
一方の女性陣はと言えば、新居の家具などを見ていた。元来女性というものは買い物好きであり、例によって<追憶の彼方>の女性陣も買い物好きであった。ほとんどの家具は現在のものをそのまま使う予定であるが、カーテンなどは心機一転変えるというのだ。それぞれが気に入ったテイストの店を見つけ買い物を楽しんでいる。
「まぁ、要さんこれとても可愛いわ!あ、こちらも!」
「姫、落ち着け。品物は逃げない」
今日は珍しい組み合わせだった。もともと年齢の近い二人は仲が良かったのだが、眠り姫には月代が就き従うのが常である為ほとんど二人で出掛けることはなかったのだ。傍から見れば男装の麗人と呼ばれなかなかに整った顔立ちの要と、戦場の女神と呼ばれる眠り姫はお忍びでデートに来ているカップルのようにも見える。現にクレセントムーンの味のする食事ができたことで心の余裕が生まれたアキバの街の住人たちから、リア充爆発しろ!などという言葉が聞こえてきているのだ。その一方で黄色い声も上がっていた。アキバの街では有名人であり、ファンも多い二人が一緒にいるとなれば当然の結果とも言えた。
「姫、少し休もうか?」
「そうですわね、少し休憩しましょう」
近くにベンチを見つけ持っていたハンカチで汚れを払う要の姿は紳士そのものだった。そして要に感謝の会釈をし座る眠り姫もそれだけでも優雅で気品があった。どちらもロールプレイではなく素であるが故に行動の一つひとつが身に沁みついたものなのだ。要は現実世界でもボーイッシュな格好を好み、性格が男前である為同年代の女の子には彼氏にしたいと言われていた。女の子は守るものであるとの認識から、紳士的な対応で女の子たちに接することは極当たり前のことだった。一方の眠り姫も代々続く神社の箱入り娘であり、裕福な家庭で育ったことからいわゆるお嬢様であった。家族からは溺愛され、人を疑うことなく純真無垢に育った為言動に嫌みが無く誰からも愛されていた。
「今度のギルドホールではお部屋はお隣になりたいですわ。お兄様のお隣も嬉しいですけれど、お友達とお隣同士なんて素敵ですもの!」
「今度は階ごとに男女別だからな。月代殿は違う階だ」
「お隣同士になりましたら、いつでも遊びに来てくださいね?私お待ちしてますわ」
しばし他愛もない話をすれば再び買い物に戻る。もっとも、要自身は特に新しいものを買う予定はなかったので専ら眠り姫の買い物ではあるのだが。目当てのものを見つければ子どものようにはしゃぐ眠り姫の姿は可愛らしく要の顔にも笑みが浮かんでいた。
「はい、これを。良かったらもらってくださいません?」
「……?」
帰り道、眠り姫が要に渡したものは小さな袋だった。開けてみればストラップのようなものが入っていた。木彫り細工の付いた根付のようなものだった。手作りに見えるそれはお世辞にも巧い作りとは言えないものだったが、それでもどことなく温かみがあり素朴な可愛らしさがあった。先ほど店先で似たようなものを見かけた。大地人の伝統工芸品だと店の主人が説明していたはずだ。突然のプレゼントに首を傾げる要だったが視線を眠り姫に向ければ、どうですかと言わんばかりの視線が送られていた。
「せっかく二人でお出かけしたんですもの、やっぱり記念に何か欲しくなるでしょう?これ、お揃いなんですの!お友達の証ですわ」
なかなか二人で出掛ける機会がなかった為、今日の記念に二人お揃いで買ったという工芸品は眠り姫はほんのりとしたピンク色であり桜色との表現がふさわしいかもしれない。一方、要のそれは薄い緑色でこちらは若葉色という表現が適しているように思える。対であるかのような工芸品は眠り姫からの友情の証のような意味合いを持っていた。これまで友人からお揃いのものをプレゼントされたことがなく、それも友情の証と渡されたそれから目が離せなくなった。要は今感じているこの気持ちを上手く表現する言葉を知らなかった。それでも何とか伝えようと口から出た言葉は、
「……ありがとう、大切にする」
ありふれた言葉だった。しかし、滅多に見せない要のはにかんだような笑顔に眠り姫は満足そうだった。
「あれー今日の要ちゃんなんか嬉しそう!なんかいいことあったー?」
ギルドホールに戻れば先に帰ってきていた御神が要に声を掛けた。傍から見ればそこまでの変化はないのだがそこは仲間である分やはりわかるのだ。
「姫から、良いものをもらった。初めてだ」
「そっかそっか、今日は友達同士でお買い物だったんだもんねー。楽しかった?」
「たまにはいいものだと思った」
「いいね!ねー、尊今度お買いものいこーよー!ねー、聞いてるー?」
その日から主に和装の要の腰元には愛用の武器と共に若葉色の工芸品を付けるようになったという。




