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「ビル買いますので資金提供をお願いします。現在ギルド資金として預けてある分には手を付けたくないので、別途よろしくお願いします。あ、一人金貨5万枚で」
それは友人の訪問から数日後のこと。突然の洸の発言に事前に話を聞いていたカンナ以外は虚を突かれたような表情をした。いきなり金貨5万枚と言われれば当然のことではあるのだが、時折洸の思考回路にはギルドメンバーでさえもついていけなくなる。恐らく理解できるのはカンナくらいだろう。
「洸、簡単にでいいからなんに使うか説明してからにしろな」
「あ、そうでした。ついついしたつもりになってました」
どうやら、合計50万枚の金貨でビルを買うことにしたらしい。正確には、ビルと家具等を。洸の考えではもうすぐアキバの街の経済活動が動き出すらしい。<記録の地平線>のシロエが現在進行させている計画がアキバの街に大きな変化を与えると。そうなった時にこのギルドで商売を始めたいというのが洸の考えだった。娯楽に関連した職種が多い<追憶の彼方>のメンバーで複合施設のようなものを運営したかったのだ。その為には現在のギルドホールではない活動拠点が必要となる。ちょうど良いビルを見つけたらしい。
「その計画、絶対成功するんですか?」
「大丈夫だよ、姫。シロエくんの計画なら必ず成功するよ」
「洸さんがそうおっしゃるのでしたら成功しますわね。わかりましたわ、用意します」
「森での戦闘で集めてきてもいいし、その他で稼いできてもいいですよ。あと、最初に提供してもらう5万枚はあとで返金しますから、現状みなさんから借金をするという形でお願いします」
実を言えばほとんどのメンバーが銀行に5万枚の金貨は余裕で預けていた、たった一人を除いては。
「どーしよー!この前ジョークアイテム買っちゃった!今そんなにないよ!」
「だからこれ買ってどうするんですかって聞いたじゃないですか」
「尊ー、どうしようー!洸くんいつまで?ねえ、いつまでに集めればいいの?」
「一週間でお願いしたいんだけど…。いいバイト紹介するね」
ちなみに御神が購入したジョークアイテムは、派手な法被とハゲヅラ。ノリだけで購入したのが御神らしい。
洸が紹介したアルバイトは森での狩りだ。シロエからの打診で肉の仕入れを受けていたのだ。これがアキバの街を震撼させたクレセントムーンの裏側だった。確実に売れることが分かっている分、材料は多めに仕入れておくことに越したことはないのだ。ちなみに、先日お土産に渡したカイルの野菜も好評だったようでこちらも既に契約済みである。
約束の期日まで御神以外のメンバーで目星のビルを何件か見て回っていた。御神と、なんだかんだ付き合ってくれる尊は森で納品するための肉を狩りに行っている。居住スペースと商業スペースが必要である為、全員での下見によって物件を決めることになった。考えてみれば全員でこうして出掛けることもなかった為、どことなく全員の表情がウキウキとしているのは決して気のせいではないだろう。
候補の物件は三件あり、アキバの街の中心地が一件と少し外れた処に一件と郊外の一件である。それぞれの物件に長所短所があり洸としても決めきれなかった。
一件目の物件は中心地の三階建てでフロア自体は広い為居住スペースも商業スペースも十分に取れる。難点と言えば居住スペースが今まで通りに個室、という訳にはいかないというところである。大き目の部屋が何室かある造りになっている為何人かで一部屋ということになりそうなのだ。洸としてはプライベートのスペースはなるべくそれぞれに確保してあげたいところである。
「誰かと同じお部屋になれるなんて楽しそうですわ!」
眠り姫は大賛成で妄想を膨らませていた。
「僕と華乃さんは同じスペースを使えばいいから問題ないですよね」
「ええ、広さ自体はそこまで必要ないものね私達」
「俺的にはもうちょい厨房スペース欲しいわ。店やるには少し狭いっつーか」
「じゃあ、次の処がいいかもしれないですね」
それぞれが店を持つ計画であり、大神の料理店とカイルの畑の直売所、それから要の金物屋に尊の医療所だ。御神はどこでも仕事が可能であるし、カンナは全体的に仕入れなどの交渉がメイン。眠り姫はおそらく大神の店の看板娘になるであろうし月代も良いボーイになってくれるだろう。と、このようなイメージなのだ。経済活動が動き出せば娯楽を求める者も出てくるだろうという考えだ。
二件目は中心地からは少し外れた五階建てのビル。もともと料理店が入っていたのか大きな厨房もある。
上の階は居住スペースが出来ている。女性陣と男性陣で階を分けて使う形にはなる造りにはなっている。それぞれの部屋は十分な広さがあり、広いリビングもあった。そして屋上も手を入れれば便利に使えるそうだ。難点はと言えば五階建ての階段の昇り降りくらいではないだろうか。
「あら、ここいいんじゃない?もともと上の階はお家だったのねきっと」
「商売するなら此処より遠くなってしまうと、客足が遠のいてしまう」
「確かに、月代さんの言う通りかも。洸、此処にしない?」
三件目に行く前にメンバーは物件を気に入ってくれた。もっとも、三件目は郊外であることが難点だった。
「僕としては賛成だけど。生活するにも多分便利だと思う」
「みんな気に入ってるみたいだしいいんじゃねーか?」
洸が見渡せばそれぞれが頷いて賛成の意を示してくれていた。御神も尊も気に入ってくれるだろうとこのビルの購入を決めた。決めてしまえば手続き自体は簡単で、御神からの資金は渡されていないものの他からもらった金貨で十分足りる金額だった。
「えー決まったの!見たい見たい!ちょー楽しみ!」
「今日で納品ノルマは無事完了しましたので先方にもお伝えください」
「間に合って良かったよ。明日オープンだからね、例のお店」
ギルドホールに戻り、夕食をとっている時に新たな我が家の話題になった。楽しそうに話す眠り姫の話に御神の期待は膨らんでいく。何でもあの場所からほど遠くない場所に要の鍛冶場があるらしい。ビルでは販売と整備のみ取り扱う予定だという。ちなみに今日のメニューは双子神が釣ってきたイワナの塩焼きと茄子の煮びたし、牛蒡のきんぴらという和食メニューだ。
「俺さ、兄貴のお店でボーイしながら時間になったら軽業師の芸見せるってどう?ショーが見れるお店!そーゆーの楽しそうじゃん!」
「おー、いいぞ!面白そうじゃねぇか!」
「やったね!」
「まぁ、すごく素敵ですわ!」
今日の食卓も笑顔が溢れている。いつでも笑顔でいられるこの場所が全員にとって大切な場所だった。現実とは違った生活を楽しんで過ごせるのだ。それが顕著になる場所が食卓だった。
「明日、みんなでクレセントムーンのオープン見に行きましょうよ。マリエちゃんからお誘い受けてるの」
「ボク行きたい!要と行く約束してたんだー!」
「ハンバーガー、久しぶりに食べたいからな」
それぞれの元に知人からお誘いの連絡が来ていたこともあり、全員で出かけることになった。次の日のアキバの街はかつてない熱気と活気に包まれた。味のする料理は冒険者たちに活力を与えるものとなり、街に笑顔が溢れる日になった。