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此処何日か〈追憶の記憶〉は生野菜と果物のみで生活していた。この世界に来て料理らしい料理にありつけたことはない。大神がスキルを使いどんなに最高ランクの料理を作ろうともそれは料理と呼べる代物ではなかった。一方、サブ職が料理人ではない華乃はと言えば調理の準備で包丁を使った途端に目の前には得体の知れない物体が現れた。ギルドホール中に響いた華乃の悲鳴に駆け付けたほかのメンバーたちも同じように悲鳴を上げた。黒くぶよぶよとしたこの得体の知れない物体は、華乃以外のメンバーが切っても同じ結果が生まれた。しかし、大神が切ると普通に切れる。得体の知れない何かなどというものがまるで存在しなかったかのように至って普通なのだ。これを見た洸と大神は目の色を変えて二人連れだって調理場に籠ったのは四日前のことだった。



「洸くん大丈夫かな、大神の兄貴も。俺様子見に行ってこようかな」

「やめといた方がいいって御神兄ちゃん、ボク覗いたけど二人とも真剣すぎて逆に怖いから」



そんなこんなで調理場に近づく人はいなかった。わざわざ邪魔になりに行くようなものである、覗きに行く馬鹿は居ても邪魔しに行く大馬鹿者は居ないのが〈追憶の彼方〉である。馬鹿二人の覗きは興味本位ではなく二人のことを心配してのことである為周りも何も言わない。


―――――そして、その時は突然訪れた。



「「できたぞー!」」



大神はともかく洸にしてはいつになく興奮した様子で二人は共有スペースに飛び込んできた。調理場でなにをしたらそんなにに汚れるのかというほどに汚れている二人はその汚れとは裏腹にとても清々しい顔であった。二人の手に抱えられている皿にはシンプルな料理、照り焼きが盛られていた。一昨日辺りから魚だけでなく肉も狩ってくるようになっていたのだ。



「これ、美味しそうな匂いがちゃんとしてる…」


カンナが目を輝かせながら呟く。今まではどんなに見た目が良くても決して匂はしてこなかった。しかし目の前の料理からは確かに美味しそうな匂いがしているのだ。全員が期待の眼差しを向けたのは一瞬だった。期待が大きければその分ダメージも大きいことは分かっているのでほぼ全員が疑いの目を向けていた。



「いただきます!」


声と共に照り焼きを口にしたのは御神。本能のままに生きている御神は美味しそうな匂い=美味しいと脳が瞬時に変換している為、躊躇いというものが存在しなかったのだ。しかし、今回は御神の本能が正しかった。


「美味しいー!これ、照り焼き!ちゃんと照り焼き!二人ともすごいね!」



ついに二人は本来の料理というものを再現したのだ。御神の言葉を聞いた他の面々は各々口にし、浮かべる表情は満面の笑みへと変わっていった。久しぶりに口にする味のついた料理は懐かしさすら感じさせた。そして体力的にはなんの問題もないメンバーたちの食事の度に荒んでいっていた心を癒した。



「料理はスキルじゃダメなんだ。だけど同時にスキル、というか職業はすごく重要になってくる」

「洸、もうちょいわかりやすく言ってやれって。つまりあれだ、普通に料理すりゃ良かったんだよ。スキルを使った瞬間に食料アイテムに変換しちまうから味は消える。だけど、普通に手順踏んで料理してやれば食材の味は消えずに俺たちの知ってる料理の完成っつーことだ」



華乃が食材を切った瞬間に得体の知れない物体を生み出してしまったのはサブ職に料理人を付けていないからというのが二人の出した結論だった。洸も試してみた結果同じようなものを生み出してしまった結果から言ってほぼ間違いない。誰がやっても料理人でなければあれが生まれてしまう。しかし、非常に境界線が難しく塩や胡椒などをかけて味を付ける行為は誰でもできるのだ。仮説としては、食材の形を変える行為ではないから誰でも可能ということに落ち着いた。この発見は現状このギルドでは恐らく大神のスキル以外は適用されないだろう。占いや刀匠などの特殊サブ職は現実に行っていたものが居らず、農家は適用されそうではあるが収穫は誰でも可能だったのだ。もっとも、スキルを使ってカイルが収穫したほうが簡単で早い為特に関係ない。恐らく生産系のサブ職は同じ現象が起こると予想される為、唯一残念なことと言えば大神の現実での大工としての腕が活かされないということだろう。




「いやー、ほんと美味しいね!ね、尊!」

「本当に、大神兄さんと洸さんのおかげです」

「ボクの野菜たちも美味しく料理してねー!」

「おうよ、任せとけ!」



それぞれに笑顔が戻ったことが洸としては喜ばしいことだった。ギルマスとしては、できるだけメンバーたちに快適に過ごして欲しいのである。









「みなさん、この味のある料理のことはしばらくここだけの話にしてください」



新しく別の料理も作り終え全員で堪能した後、カンナが口を開いた。その言葉に首を傾げるものがほぼ半数。



「現状、このことに気付いている者はほぼ居ないと考えられます。ということは、この情報はとても価値があり有効な交渉の材料になることは間違いありません。私、交渉人のサブ職を持つ身としてはこれを上手く利用したいと思ってます。ですから、このことは他言無用で」



全員がカンナの言葉を理解し、それが自分たちのギルドの為の交渉を意味しているということであると把握した。洸としてもこの世界での重要な交渉アイテムは情報であると考えていたこともあり、ギルマスとしてその言葉を承認した。




「よろしいですか?倉庫の管理担当しては、食事に関わるものの在庫を減らす予定でした。会計のカンナさんと大神兄さんと、今後の仕入れのことを相談したいのですが」

「お、それは俺も話したかったことだ。カンナ、良いよな?」

「もちろんです」

「ボクもボクも!野菜どうするか話したいから混ぜて!」

「それではカイルも一緒に」



四人が話を始めれば、自然とそれぞれに分かれた。



眠り姫と月代はソファーで寛ぎ御神がかまってもらっていた。その姿はまるで弟を可愛がる姉のようであるが実際の年齢は御神の方が上である。そして月代はといえば当然のように二人を保護者の目で見守っていた。


「姫、王子、見て見て!俺こんなことできるんだよ!」

「まぁ、御神さんすごいですわ!お兄様見ました?」

「ええ、さすが軽業師だ」

「へへ、まだまだできるんだよ!」

「でも、お怪我されないように気を付けてくださいね?」

「了解!」




洸と華乃は先日決めたギルド内での役割分担について相談していた。主に華乃のことについて。


「私、大神くんの役に立てないわ。お野菜洗ったり、盛り付けしたりしかできないもの」

「十分じゃないですか?僕ら全員の食事の用意は大変ですからね。華乃さんに手伝ってもらえたら助かると思いますよ?」

「そうかしら?それなら一生懸命頑張るわ」

「よろしくお願いします」

「それにしても大神くんの淹れてくれた煎茶美味しいわね」

「ええ、和やかな気分になりますね」


今日も華乃ののほほんとした雰囲気は通常運転だった。



要はと言えば愛用のセイバーの手入れをしていた。彼女にとってそれは至福の時であった。


「…美しい」






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