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ここから始まる新しい現実
「あら、みなさん揃ったんですね」
「あらカンナさんおはようございます」
「華乃さん、おはようございます」
昨日合流できなかった仲間とも無事に合流し本格的に話し合いをしようとした矢先、洸が大神の姿が見えないことに気が付く。そういえば昨日調理場へ行くと言っていたっけ。あれ、ホットミルク作った時には姿が見えなかったような…。周りに一声かけ調理場へと向かい大神の姿は見当たらなかった。部屋に居る気配がないことは朝起きてきた時に確認済みだ。ギルドホールが迷宮になっていない限り調理場に居るはずなのだが。
「兄貴…?ここに居ますか?」
声を掛ければ調理場の隅から聞こえる物音。見れば小さく蹲っている大神の姿があった。何が彼をここまでにしてしまったかと言えば心当たりは一つしかない。
「…きっとそのうち食べれますって美味しいご飯。とにかく今は全員揃いましたから話し合いしましょう、ね?」
「こんな、こんなことって…」
未だにあの美味しくないご飯の衝撃を引きずっている大神の腕を引きつつみんなの待つ共有スペースへと向かう。確かにあのご飯は衝撃的なほどに無味無臭だった。当然食事を重要視している大神にとっては緊急事態ともいえる出来事であるのは間違いないのだ。しかし、そのことをずっと言っていられる状況でもいと言うこともまた事実である。
「ということで、ようやく全員揃いましたね。改めて、〈追憶の彼方〉のギルマスの洸です。全員ではないけど何人かはオフ会で顔を合わせているし普段からボイスチャットを使うことも多かったからこの声に聞き覚えはあると思います。突然こんな状況になってしまいましたが、集まってくれてありがとうございます」
話し合いの最初は、ギルマスである洸の一声から始まった。此処から帰るする方法が現在不明であることは明白で誰もが理解していた。いつ終わるともしれない此処での生活を真剣に考えていかなければならない。先は見えず漆黒の闇に包まれた未来に希望の光が差すとするならば、その時自分の傍には仲間が居るものだという考えは洸の中では当たり前の結論だった。とはいえ、あくまでもそれは洸の中の考えであるというだけである。しかし、この場に居る気の置けない仲間たちはそのことを察しているかのように議論を投じていた。
「ということで、今回の話し合いでこのギルドから離れる人はいないということでよろしいですね。当面の活動拠点はこのギルドホール。幸いにも此処には全員それぞれの個室がありますから個人のプライベートは保たれるはずです。共同生活ですから家事は分担制ということで。何か疑問点がある方は?」
サブマスとしてのカンナの働きは申し分ないものであり、話し合いを上手く進行してくれている。これ程までに心強い味方がいるだろうか。
「はいはい!あのさ、ご飯なんだけど!牛乳とかさ、果物とかさ素材そのままって感じのやつは味するよね!」
「確かにそうだった」
今朝洸が姫たちに出したホットミルクなどもきちんと味がする物だった。スキルで作り出した料理ことは当分止めるとしても空腹はやってくる。とすれば、素材そのままで食べられるもの中心の食生活に変えるほかない。あの無味無臭のものをくちにするよりかはどれ程ましであるかは想像するに値しないほど明らかだ。
「調理担当は料理人の兄貴と華乃さんにお願いします。あと、カイルは農家だからもし可能なら畑から食材を少し分けてもらえると助かる。収穫には要と月代さんに手伝ってもらって。あと、双子神コンビは森で木の実の収集とか狩りをお願いしてもいいかな?それと僕を含めカンナと姫は掃除洗濯など他の家事で」
「大まかな分担は以上です。最後にみなさんそれぞれのサブ職の確認だけしてもしてもいいですか?」
「僕は占い師。すみません、今現在すぐに役には立たないかもしれないけど」
「私は交渉人です。今後、ここでの生活が長くなるのであればいづれは役に立つかと」
「俺、軽業師だよ!大道芸みたいなことしたら生活費稼げるかな?」
「医者です。道具も揃えてあるのでここでも治療は可能です」
「…料理人」
「ええっと、薔薇園の姫君などというもので…。もう、全然役に立ちませんわ、お兄様のばかー」
「僕も狂戦士だからね、力仕事くらいは」
「刀匠だ。包丁研げるぞ」
「ボクは農家だよー!早速野菜とか採りにいかなきゃね!」
「私も星詠みだからすぐには役に立てそうにないわね」
なるほどこうしてみれば生産職でもないようなサブ職ばかりだ。〈追憶の彼方〉らしいと言えばらしいのかもしれない。
昼食は各自の鞄からとり、午後は各自の仕事に移った。居残り組五人の内大神は調理場に再びこもり始めた。どうやら御神の話を聞いて手持ちの食材アイテムで実験を行うようだ。一人では心配ということで華乃もそちらに向かう。眠り姫は自分なりに何とか役に立とうとはたきを持ち掃除をしている。カンナは自室に籠り書類の整理を始めたらしい。なんでも今朝早く尊から大量のリストを渡されたらしい。
洸はと言えば情報収集に勤しんでいる。現状洸の思考に歯止めを掛けているのは情報量の不足だ。とすれば情報を集めれば良いだけだ。洸はそれなりに広い交友関係を持っていた。プレイ歴10年の古参プレイヤーであればその人脈は大いに価値がある。大手ギルドの大規模戦闘を手伝いにいったことも一度や二度ではないとなればリストの中の名前に有名人が増えていくことも至極真っ当なことだった。戦闘系なら眼鏡の狂戦士さんや黒剣の団長さん、生産系では海洋の豪快な彼なら多くの情報を得ている可能性は十分高い。情報通な孤高の眼鏡の彼も何か情報を持っているかもしれない。色々な処に連絡を取ってみればトランスポート・ゲートが使えないことが判明した。それはつまり都市間の移動が容易ではなくなったことを意味していた。とはいえ、現状すぐにでも出掛ける予定はない為差し迫って困っているというほどのことでもない。連絡を取った相手は自分の処に顔を出すように言われたが後日、と断りを入れた。孤高の彼、シロエは昔の仲間の直継と行動を共にしているようだった。ギルドに所属しない彼に良かったら自分たちの処に泊るよう言えば既に三日月の姐さんに先を越されていた。近いうちに顔を見せに来てくれるとのことだったので無理強いは止め、念話を切った。
「尊、木の実いっぱいだよ!これ綺麗だし絶対美味しいよ!」
「それは毒薬作りに使う実だから捨ててください」
「ええー!危なかったー!」
森の採集班はと言えばピクニック気分で仕事を楽しんでいた。一時間ほどでかなりの量の木の実を採集をしていた。現在は感覚を取り戻すかのように移動を行い川へと向かっている。木の実の次は魚を捕まえようと考えたのだ。近くの川で釣り糸を垂らせば何故か田舎でのんびりと夏休みを楽しんでいるような気分になる。
「ゴブリン、現れないねー。俺ゴブリンに会いたいんだけどなー」
「戦闘になるよりは平和に釣りの方がいいです」
「でもさ、会えなかったらペットにできないんだよ?俺の夢叶わないじゃん!」
現状ゴブリンなどをペットにできるような機能は〈エルダー・テイル〉に存在していない以上はその夢が叶うようなことはないだろうと思う尊だが、口にしないのは優しさなどというものではなく御神が騒ぐだろうと考えてのことだ。もっとも、拡張パックでそのような機能が出来ていたら可能なのかもしれないが。いつの間にか大漁になった魚を持って我が家に帰る頃には日が落ち始めていた。
「畑、こんなに広かったんだー!わーいボクの畑ー!」
「どれを獲ればいい」
「収穫しましょうか」
カイルの畑にに収穫に来てみれば農家というサブ職にふさわしいほど広い畑だった。それは家庭菜園のレベルを遥かに上回る広さと種類だった。これなら当分食料に困ることはないだろう。すべてを収穫しきってしまっても仕方ないので一週間分ほど収穫する、とはいえ十人分であるからそれなりの量になる。体力に
自身がない訳ではないとはいえ、実家が農家と言う訳でもない為収穫作業というものをしたことがなかったことから多少戸惑っていた。
「ボク、スキルあるみたい!なんかポンポン獲れるんだけど!」
カイルには農家としてのスキルが反映されているらしくいとも簡単に収穫をこなしている。その姿を見た二人は自分たちのできる仕事をと収穫したものをまとめたり運んできた荷車に載せたりしている。収穫を終えれば荷車いっぱいの野菜に三人の腹の虫は静かにはしていてはくれず、我が家への道を急いだ。