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「はい、屋根の補強終わりっと!このパンくれるの?まいどでーす!」
何でも屋を始めた御神は、村人の依頼を次から次へと引き受けていた。ゴードンが村の顔役だあったこともあり、村人たちに宣伝が上手く回っていた。依頼代も稼ぐことがメインではない為かなりの格安で設定していた。村人の中には、突然自分たちにも話しかけてくるようになった冒険者という存在に不信感を抱いている者もいたのだが、その点は御神の親しみやすさですぐに打ち解けていた。屋根の補強などの簡単な作業は“大工”のスキルは必要ないようで、既に何件かの依頼を完了させていた。
「しかし、冒険者様は男前だねー」
「そうかなー?ありがとー!」
今しがた仕事を終えた家の奥さんが、依頼代とは別に家で焼いたパンを渡しながら御神に話しかけた。そのルックスは大地人のご婦人方の間で、ちょっとしたアイドルのようになっていた。もちろん月代のような王子扱いとは行かないのが御神であるが、それでもいつもとは違う扱いに御神は上機嫌であることに違いはなかった。
「彼女の冒険者様もいい男捕まえたもんだ」
「違うよー、俺が尊のことを捕まえたの!彼女、良い女なんだから!」
恐らく、この言葉を尊が聞いていたら顔を真っ赤にしていただろう。あいにく、尊は採集クエストに勤しんでおり別行動だった。歯が浮くような惚気話さえもさらっと言いのけてしまう御神は、能天気な性格ではあるがなかなか男前である。聞いていた奥さんは豪快に笑いながら御神の肩をバシバシという音が聞こえるくらい叩いていた。
一方の尊は、採集したアイテムを確認していた。
「このくらい、ですかね。しかし、この辺りもモンスターが増えてきました。採集クエストをしながら、こんなにドロップアイテムを抱えることになるなんて。今日は荷物を減らしてきたので、大分魔法鞄の容量は空いていますが…。一度戻った方が良さそうですね」
昨日の反省もあり、非常時に備えて持ってきていたアイテムを厳選していた。置いてきた荷物は間借りしているゴードン家の部屋のベッドに山のように置いてきた。今回の持ち物に関しては、尊が一人で用意したためそこまで用意する必要があるのかという物まで持ってきていた。最近ではカンナのチェックが入っていた為、比較的に落ち着いていたのだがやはり尊だけになると心配性の虫が疼いてしまったのだ。
クエストの採集対象は果実だった為、魔法鞄の他に背負い籠を貸してもらい出掛けてきていた。果実は周辺の村では良く食べられている物だった為、ゴードン家の分も採集することにした。大量に収穫できた分に関しては村で配っても十分な量なのだが、それをしてしまうと村の経済均衡が崩れてしまう。出来ることと言えば、クエストで村の八百屋に卸すことくらいだ。最近はモンスターの増えている為森に出ることを敬遠する村人が多く、このクエストが非常に重宝されている。
「ただいま戻りました」
「尊おかえりー!」
一度ゴードン家に戻った尊を出迎えたのは、何でも屋業から帰ってきていた御神だった。収集した果物をゴードンに宿泊料の一部として渡し、荷物を部屋に置きに行く。食卓にはゴードンの妻が作ってくれた美味しそうな昼食が並んでいる。最近では大神の手伝いをしながら賄いを作る担当になっていたこともあり、奥さんの料理のレパートリーが増えてきていた。昨日の夕食で初めて手料理を食べた尊は、なかなかその味が気に入っていた。大神とは少し違った味付けなのだが、なんともあたたかい味なのだ。まさに、お袋の味なのだろう。
「尊さん、今日はミネストローネ鶏肉のソテーです。デザートは採ってきてきて下さった果物ですよ」
「とっても美味しそうな匂いが二階まで届いてました」
先に食卓に着いている御神はフォークを手に子どものようにテーブルを叩いている。マナーが悪いと尊に怒られ、シュンとしている御神にみんなで笑いながら昼食が始まった。長男は既に別に家を構えており、現在ここに住んでいるのはゴードン夫妻と次男の三人だ。もっとも、次男は今日はアキバの街で別の店の手伝いをしている。この休業期間中にも腕を磨きたいと修行しているのだ。大神の下で働くようになって日に日に料理への探求心が強くなっているらしく、今日はスイーツ専門の店で手伝いをしてるらしい。長い間仕事への意欲を見せなかった次男の成長ぶりは夫妻を大いに喜ばせていた。
「そーいえば、この村ってそんなに家族の数多くないよね?」
「ええ、世帯数で言えば数十軒。大きな街に移り住む者も少なくはありませんから。しかし大きくはないものの街道沿いにある為、旅に出る方々には重宝されます」
いざという時は二人でこの村を守り抜くと決めた御神と尊であったが、レベル90の二人であっても守りきれるギリギリのラインである。そのため、情報収集は欠かせないのだ。数日の間にこの村はゴブリンの進路に当たる可能性が高い。混乱を避けるために今はまだゴブリン王のクエストについては話していない二人だったが、隠し通せるのも時間の問題である。ゴブリンの隊列の本隊ではないにしろ、それ相応の数に無傷でこの村を守り通すことは難しいだろう。御神の中では、村の人々をアキバの街に一時避難させることも選択肢のひとつとして残っていた。しかし、それは強制出来ることではないことも同時に理解しなければならない事実だった。避難を余儀なくされる状況とは、すなわち甚大な損害が村に出てしまうことを意味する。一度村を捨てろと言っているようなものだ。
「お二人、私たちはあなた方に感謝している。どうかそのように苦しそうな顔をしないで下さい。あなた方の示す道であれば、私たちは喜んで受け入れましょう」
ゴードンの言葉は、まるで二人の考えを見透かしたかのようだった。
「ねぇ尊、俺は一度この村を離れてゴブリンの戦力削ってくる」
その夜、御神の中で出された答えは全く別の物だった。