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「え、兄貴をですか?」
それはシロエたちが領主会議へと出掛けて行った翌日のこと。突然きたシロエからの念話の内容は、大神を貸して欲しいというものであった。詳しく話を聞いてみれば、どうやら各領主たちとの交流の際に料理人の数が足りないらしく、ぜひとも力を貸して欲しいというのだ。加えて、食材も<追憶の彼方>から購入したいとのことであり大神の承諾を得てシロエに返事をすれば早速準備が始まった。
「とりあえず、兄貴と補佐として華乃さんに行って欲しいです。あと、うちから食材を購入するとのことなので運搬に月代さんとカイルに同行してもらおうかと思うんですが」
「お兄様が行くのでしたら、私もぜひ同行させていただけませんか?大地人のみなさんと仲良くなりたいんですの」
同行の申し出があった眠り姫も運搬作業を手伝うと言うので洸の許可が下りた。おもしろそうだから行きたいと騒いでいた御神に関しては、別の仕事を頼んでいたこともあり諦めてもらった。渋々という言葉がこれほど表現できるのかという表情を浮かべる御神の重りは尊に任せ、各自荷造りを始めたり自分の仕事に戻って行った。長期滞在の予定ではないにしろ、着替え選びなどに多少の時間はかかる。<円卓会議>の代表ギルドではない為、手持ちの服の中から制服のようなそれ相応の服を選びだす必要がある。
「華乃さん、これなんてどうでしょう?先日のお買いもので要さんに選んでもらいましたの」
「あらかわいい、でも少しくだけ過ぎじゃないかしら?貴族のみなさん、きっとびっくりされてしまうわ」
「姫、それは私と出掛ける時にとっておいて欲しい。その為に選んだ」
「わかりましたわ!今度のお休みにこれを着てお出かけしましょうね?」
「うむ」
どうにも気分がバケーションな眠り姫と、マイペースな華乃の支度が整い領主会議への助っ人組は出掛けけることになった。カイルが荷馬車を操縦し、女性陣はその馬車に同乗、男性陣は各々馬に乗り出発して行った。
「俺も行きたかったー…」
「私について来てくれないんですか?いいから準備しますよ」
見送りの最中も駄々をこねていた御神は、持ち物リストを読み上げる尊に引きずられている。もっとも、今は尊の読み上げる荷物の量の多さにツッコミを入れ始めている。久しぶりにアキバの街から出る為、尊の心配性の顔が前面に出てきてしまったのだ。尊と御神にはゴードンの家のある集落にクエストを受けに行くことになっていた。ゴードンから洸にクエストの依頼が持ちかけられた。どうやら村の集落で受けることのできる、いわゆる初心者クエストが消化されていないらしい。この手のクエストは、新人プレイヤーが初期の段階である程度のレベルを上げることができるものである。そのため定期的に発生するような内容のものであり、大地人としては地味に困っているらしい。そこで、親しくなった<追憶の彼方>に相談したところクエストを受けたのだ。ギルドとしてはそこまでのメリットは見込めないのだが、仲良くなったよしみで受けることを決めたという。内容的に難易度が低いため、今回はゴードン一家とギルドの中でも特に親しくしている尊と、コンビの相方である御神が行くことになったのだ。
「今回は居残り組は三人ですね。まさか兄貴たちまで出ることになるとは」
「ま、いいんじゃない?食事については街のお店で各自取る形になってしまうけど」
「私は構わない。二人が忙しいようなら、私が買い出しに行く」
居残り組となった洸、カンナ、要はそれぞれ自身の仕事をすることになった。当然、一階の商業スペースは大神が帰ってくるまでは休業となった。もっとも、スペースのみの使用をしたいのであれば申請をしたのち使用料さえ支払えば貸出もしている。カンナとしては帳簿の整理をこの機会に済ませたいらしく張り切っている。要は自身の武器の手入れや自作の商品の点検を行うらしい。洸は<円卓会議>の居残り組から呼び出されることもあり、ビルとギルド会館を忙しく行き来している。<円卓会議>の頭脳が領主会議で忙しい為、事務仕事の統括についての協力要請がシロエからきていたのだ。事務と言っても、内容自体はほぼ決まっている為あくまでも手伝い程度なのだが。
「でも、こんなに一度にみんな出掛けちゃうと少し淋しいね。そうだ、この前貰ったお菓子があるんだ!数が少ないから、三人でこっそりと食べようか」
「私がお茶を淹れる。二人は座って待っていてくれ」
「あら、ならお願いするわね」
自分の部屋から持ってきた焼き菓子を洸が用意していると、三人分のお茶を淹れた要が戻ってきた。焼き菓子を目にした要はどこか嬉しそうな顔をしている。甘いものがギルド一好きである要の浮かべた表情に、洸とカンナにも自然と笑みが浮かぶ。
「それにしても、クエストの消化はなんとかしないと困るわね」
「そうだね、僕らも大地人と共存しないと生きていけない。この世界からしたら、僕らが異質な存在であって大地人が正当な存在なんだ」
「大地人との商談、多い。私も鍛冶に使う素材を仕入れることがある」
<エルダー・テイル>時代、NPCから受けるクエストはゲームを進めるために必要な通過点であることが多かった。しかし、今現在はクエストによってはリスクが高く必ずしも受ける必要はなくなってしまった。その結果、クエストの消化が全体的に低下してしまっている。今回はゴードンからの依頼で双子神を派遣することになったが、他の場所でも同じ現象が起きているはずである。クエストが消化されないことで大地人に影響があれば、それはすなわち自分達冒険者にも影響が出ることを意味している。自分たちが生きていくためにはこの問題の解決が必要不可欠なのだ。
「ねぇ、私思うんだけど<円卓会議>にクエストの整理を進言するべきじゃないかしら?ある程度定期的に消化していかないと被害が出るわよ?」
「クエストは定期的に発生するものがあった」
「確かにそうだよね。このままじゃ、新人プレイヤーたちの訓練がてらクエストの斡旋をしてもらってもいいかもしれないね。簡単な戦闘系のものも結構あったはずだし。生産に関係する収集系は、きっとミチタカさんたちのところで消化してるだろうし。何があったかな?クエスト…、クエスト…」
そして、三人はあることに気付いたのだった。
「「「ゴブリン王の帰還!」」」
それは重要な気付きであると同時に、波乱を意味していた。