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「女子会、ですか?」
仕事を終え、自室へと向かうカンナに華乃からかけられた言葉は、懐かしい言葉だった。この世界に来る前は友達と暇になってはしていた女子会。集まれば美味しいものを食べ、それぞれの恋愛話やどこのケーキが美味しいだのと他愛もない話を取り留めもなくしていた。
しかし、此処には良い意味で仕事で溢れていたため女子会をやるなどと考えたこともなかった。
「明後日の仕事終わりにみんなでやろうね!あ、ご飯とかはみんなで持ち寄りだよ!ボク、この前のお菓子持ってくつもり!」
「ということです。あと、みんなにこのことを話したらカンナさんのお部屋がいいみたいなの。どうかしら?」
「ええ、大丈夫ですが」
「ボクね、ちょー楽しみ!カンナちゃんも楽しみでしょー?」
無邪気に笑うカイルの姿に、カンナの顔にも自然と笑みが零れた。頭の中では部屋の片付けと料理の算段をしていた。
自室へと向かう前に洸の部屋を訪ね、明後日のことを伝えた。特に何ということはないのだが、なんとなく報告したくなったのだとカンナが言えば、洸は一言楽しんでと言った。カンナがどこかワクワクしているのが伝わったらしい。
ついでに大神に明後日は夕食はいらないとの伝言を頼み自室へと戻ったカンナは、ドアを閉めるなり部屋を見渡した。明日掃除をするために何処に何をどうするか計画を立てる。久しぶりの女子会は思いの外カンナを興奮させていた。
「「「乾杯!」」」
カンナの部屋での初めての女子会は掛け声とともに始まった。カンナは最近見つけたお店の煮込み料理を、尊はお気に入りのお店のディップを、眠り姫は見た目の可愛いカプレーゼを、要はアルコールからソフトドリンクまで様々な飲み物を、カイルは宣言通りケーキを、そして華乃はお腹にたまりそうな粉物を何種類か。内容が被らないようにある程度話をしていたのだが、それにしても様々なものが集まった。各々料理に手を伸ばし口にすれば、どこにでもいる普通の女の子へと全員が戻る。
年下三人はキャッキャとはしゃぎ、年上三人は久しぶりのアルコールを楽しんでいた。眠り姫は年齢としては飲酒可能なのだがあまり得意ではなかったため、要やカイルと共にフレッシュベリージュースを楽しんでいた。
「そういえば、」
楽しそうな表情で声を上げた眠り姫に全員の視線が集まれば、カンナの方に体を向け言葉を続けた。
「最近、洸さんといい雰囲気ですわね!私お二人が憧れなんです!」
「あの日のデートから更に仲良しになったものね、二人」
目を輝かせながら話す眠り姫に華乃も便乗し、カンナは向けられた視線に圧倒されていた。カンナは視線に負け洸との話を始めた。出会いがいつで、どの位二人が同じ時間を共有してきたか。長いこと同じギルドに居るものの、考えてみればゲーム時代はそこまで深く恋愛の話をすることなどなかった。もちろん、現実のことを多少は話していたので二人の関係は周知の事実ではあったのだが。カンナのちょっとした話にも素敵ですわ、と呟く眠り姫は恋に恋しているように見える。眠り姫は長いこと女子校に通っているため男性との出会いがないという。
「私、これからもずっと洸の隣がいいなって。一番落ち着くんです」
そう呟くカンナの頭の中にはおそらく洸が浮かんでいるのだろうと容易に想像できるほど幸せそうな顔をしていた。その表情を見た尊が意を決したかのように口を開いた。
「私も、恋しているんです。今まで秘密にしてきたのですが、みなさんに聞いて頂きたいんです。よろしいですか?」
「きゃー、尊さんも恋愛ですの!どうぞどうぞお話ください!」
「尊殿、どうぞ」
テンションが上がり暴走しかけている眠り姫を要が落ち着かせ、続きを話すようにと促す。意外にも、冷静そうに見える要の瞳の奥にも好奇心の色が伺える。なんだかんだ言っても要も女の子なのだ。恋愛の話には興味があるらしく、珍しく積極的である要に驚きつつも再び尊が口を開いた。それは余りにも想像を超える内容だった。
「…付き合ってるんです、実は。付き合ってるんです、御神と」
「「「……っ!!」」」
「なんというか、話すタイミングを失ってしまったのでお話するのが遅くなってしまって申し訳ないのですが、はい。あの、話したくなかったとかではないんです、本当に!」
「尊さん、是非詳しく話してくれないかしら?とっても気になるわ!」
華乃に促された尊は話し始めた。付き合い始めたのは此処に来てからすぐだと言う。元々比較的頻繁に開催していたオフ会にほぼ毎回参加していた尊と御神は、ゲームの中でのコンビネーションのように現実でも相性が良かったらしい。二人で遊びに行くことも何度かあったと言う。何度か遊ぶ度に御神のことが気になっていった尊は、最初自分が恋をしていることに気づいていなかったらしい。
「ってことは、尊ちゃん初めての恋人!?」
「…はい」
「初めてが御神兄ちゃんかー!いいね、いいね!」
そして、この世界に来た時に自分が一番最初に頭に浮かべたのが御神でありその瞬間に自分の気持ちに気づいた。それは尊の気持ちをはっきりさせただけではなく、御神に告白させる決心をさせた。それから毎日が忙しくどうにも自分の話をする暇がなく今日まで言えなかったというのが尊の言い訳だった。もっとも、それを聞いたカイルの頭の中は仲のいい兄貴分をどうイジろうかということに頭がいっぱいであった。
尊の告白からそれぞれの恋愛の話が始まったのだが、眠り姫は恋に恋しているだけで実際自分が体験したいかと言われるとそうでもないらしい。そこまで多くない男性の知り合いがどうにも素敵に見えないのだと言う眠り姫の言葉に、周りは総じて身近な兄のスペックが高すぎるのが悪いと心の中で呟いていたのは言うまでもない。
カイルも同様で恋愛よりも楽しい事がとにかくしたいと、未だに頭の中は小学生並である。カイルの言い分としては、恋愛の良さはまだわかんないしそれよりも楽しい事でいっぱいだからそれで満足なのだという。特にこの世界で体験できた農業が、思っている以上にハマっているらしく今はそれを楽しみたいらしい。それもカイルらしいと言えばらしい。
要も男装の麗人ともてはやされているものの、恋愛対象は男性で今現在も気になっている人はいるのだという。同じ学校の友人らしく、最近一緒に出掛けることが多いらしい。今はまだ気になる人止まりであるから何とも言えないというのが要の主張だった。そして周りはそのことを話す要が少し顔を赤らめていることに猛烈に萌えを感じていた。眠り姫に至っては抱きついていた。
「私、婚約者との結婚式が控えてたのよね。でも、どうなるのかしら。ふふっ」
「「「え、婚約者?」」」
最後に話し始めた華乃はいつものようにのんびりとした口調で話しているのだが、内容は決して口調とは合っていない。
「華乃殿、婚約者が……」
「あら、言ってなかったかしら?彼ね、幼馴染で家同士が決めた結婚だけれどお互いとっても幸せなのよ。でも、私今ここにいるから結婚式は無理よね?可愛いドレスに決めたのに残念だわ」
「いや、華乃さんもはやそういう問題では…」
どこか見当違いなところで残念がっていた華乃にカンナが一言言うのだが、首を傾げているところを見るとあまり理解していないのだろう。しかし、華乃の婚約者の話に眠り姫は再びテンションが上がったのかキャッキャとはしゃぎ始めた。珍しく要まで少しテンションが上がっているところを見れば、恐らくこの部屋の雰囲気に酔って楽しくなっているのだろう。
各々新たに思いついた話を始めればそこから話の華が咲き、いつの間にか更けていった夜はいつになく気持ちの良い夜だった。
澄んだ夜の空気には、乙女たちの笑い声が響いていた。