表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/22

16

今回若干恋愛要素があります。

ただ少し暗いのでご了承ください。
















「洸、今日一緒に出掛けてくれない?」




どの店も落ち着き始めた頃、カンナからの突然の誘いが舞い込んできた。大災害以来、毎日が忙しくギルドのトップ二人は二人で出掛けるなどということは出来ていなかった。二人の関係性はギルドメンバー全員承知であり、今回は華乃が気を利かせて二人だけの時間を贈ったのだ。二人の一切の仕事を今日一日他のメンバーで賄うこと聞かされた洸はカンナに肯定の返事を伝え準備を始めた。カンナはと言えば既に準備を終えていた為共有スペースで洸を待っていた。いつもの様なフォーマルな服装ではなく、年相応のパンツスタイルに小さ目のショルダーバッグを待つ姿に年上の三人は親のような心境でカンナを見ていた。普段からあまり自分の為のことを主張することのないカンナたちカップルは、周りの人間が気を利かせてやらなければと思わせるところがある。今回は華乃が気を利かせたから良かったようなものの、恐らく二人はずっとギルドの仕事をし続けていただろう。



「おまたせ、じゃあ行こうか」

「ええ、じゃあ…行ってきます」

「楽しんできてね、こっちのことは私たちに任せてね」

「久しぶりのデートなんだからちゃんと楽しんで来いよ!」

「門限もありませんから、楽しんで」



三人に見送られる二人はいつもと違いどこかわくわくとしたような表情をしていた。特にカンナは華乃たちには見せることのない女の顔で洸を見つめていた。その表情を見た三人は、良いことをしたと内心頷いていた。












「こんなお店が出来てたんだね、全然知らなかったよ」

「ずっとあのビルから出ることないもんね、いくらなんでもひきこもり過ぎよ?」

「いや、屋上には出てるからひきこもりじゃないよ、うん」


二人にとっての久しぶりのデートは、洸にとっての久しぶりのビルの外への外出だった。基本的に洸の担当する仕事は自室で書類に目を通したり署名をすることがほとんどであり、外に出ずともすべてが完結してしまうのだ。一方のカンナは交渉担当である為商談や仕入れなどで外に出る機会も多く、変化していくアキバの街を見続けていた。


「ここ、二人で来たかったんだ」

「…甘いいい匂い。もしかして」

「ええ、洸の好きな焼き菓子沢山あったわ」


カンナがデートの場所に選んだのはカフェだった。最近では様々な店の出店が増えてきたのだが、特に此処のカフェの評判が良かった。何でも、元々パティシエを仕事にしていた者がサブ職をパティシエにしていたらしく腕は確かなのだ。甘いものが好きな洸を連れてきたいとずっと考えていた店のひとつだった。少し曇った天気だったがオープンテラスの席に座ればメニューを見て悩む二人。その姿はどこにでもいるカップルの姿であり、とてもギルドを取り仕切っている二人には見えない。二人で散々悩んだ挙句にそれぞれが一応二つ注文することにした。もちろん相手のものもそれぞれ一口ずつもらう予定だ。洸が選んだのはガトーショコラとマドレーヌで、カンナはシフォンケーキとクリームブリュレ。合わせる飲み物は紅茶やコーヒーではなく、アイスミルク。実は二人は昔から牛乳が大好きだったのだ。給食の時に余った牛乳を全て飲んだことでお腹を壊したのも、二人にとってはいい思い出になっている。


「こうして二人っきりになるの、ずいぶん久しぶりだよね。なんかちょっと変な感じだよ。僕は部屋に籠りっ放しでカンナは色んな所を駆け回って、お互い別々のことやってるし」

「私はずっとこうやって二人になりたかったわよ」

「え?」

「だから、ずっとデートしたかったの!当たり前じゃない、彼女だもん。でも色々やることあるし、私もサブマスだからそんなことも言ってられないし…。だから、華乃さんの好意にこうして甘えたの!」


カンナはずっと我慢していたのだ。別に彼氏とは何をするときも一緒がいいとか言い出す面倒くさい人間ではなかったカンナだが、それでも普通に恋をする女の子に変わりなかった。それでも責任感の強いカンナは自分の気持ちに蓋をして、ギルドの為に働くことで洸の役に立とうとしていた。それが自分のするべきことだと思うことで自分自身に言い訳をしていたのかもしれない。


「ごめんね、僕も出掛けたくなかった訳じゃないんだけど」

「いいの、隣に居ればそれでいいって思ったんでしょ?現実世界(あっち)に居たときからデートに誘うのは私だったし。それにそんな洸が私は好きだから付き合ってるの」


お互いになんとなく気まずくなってしまった。





ちょうどそれぞれのスウィーツとアイスミルクが運ばれて来れば二人は無言で食べ始めた。今までずっと一緒に育ってきた二人はどんな時でも一緒だった。別に示し合わせていた訳ではなかったのだが、二人の居心地の良い場所が似ていて落ち着く場所は相手の隣だった。大災害から今までとは違う生活が始まり、二人は‘洸’と‘カンナ’になった。それは二人であって二人ではなくなったのだった。環境の変化に心まで変化してしまったのかもしれない。きっと前の二人であれば気付けたような小さな変化に気付くことが出来なかった。そしてその変化に気付かなかったことの代償が沈黙の時間だった。


「僕はさ」


先に口を開いたのは洸だった。


「僕はいつもカンナに甘えていたのかもしれない。いつでもカンナは僕の味方でいてくれたし、僕の為に色々してくれた。ここに来てからも僕はカンナに助けてもらってばかりで、僕が必要とするときにはカンナが傍にいてくれた。でも、全部僕でカンナが主体じゃないんだよね」

「それは」

「それはつまり僕はカンナのこと考えられてなかったってこと。自分やギルドのことで正直いっぱいいっぱいだったのかもしれない。本当にごめん」



洸は俯いていた。それは何よりも大切なカンナの気持ちを考えられなかった自分の不甲斐無さに落胆しているようにも見えた。自分の大切な存在すら守れていない自分に一体誰を守れるのか、自分の無力さを改めて知った。洸は決して自身が有能な人間だと驕っていた訳ではないのだが、現実を突き付けられたような気がした。サーバ屈指の策士と言われた洸であっても、色恋沙汰には普通の青年だった。上手く立ち回ることもできず、いや立ち回ることさえ出来ていなかった。



「いいの、別に。貴方の気持ちが傍にいなかったことはなかったし、単に前より物理的な距離が離れただけなんだよね。ここに来ていつもと違うことに不安だったのかも」

「我慢しないで、物理的な距離も近くしようよ。僕だってカンナが傍にいてくれたら嬉しいし、二人の時間はやっぱり落ち着くんだ。二人の時間をみんなに見られるのはやっぱりちょっと恥ずかしいから、昔みたいに僕の部屋に来てくれたら嬉しいな。さすがに五階に行くのは恥ずかしいからさ」

「…いいの?迷惑じゃない?」

「僕の好きなカンナはそんなこと気にせずにいつも僕の部屋に遊びに来てくれたよ?」

「もう、恥ずかしいこと言わないで!」




そういうカンナの顔はどこかすっきりしていて明るくなっていた。それは抱えていた不安を思い切り吐き出したことだけが理由ではないようにも見える。二人だけで過ごす時間が二人の気持ちを安定させたのだ。カフェを後にしてアキバの街を散策していた二人だったがいつの間にか他の店の特徴を分析したり、商売の仕方を観察することにシフトチェンジしていた。それに気づいた二人は思わず顔を見合わせ笑い合った。



「そうだ、これ」


洸が差し出した右手に持っていたのは特に珍しくもない革のブレスレットだった。そしてよく見れば同じものが洸の左手にもついていた。この世界に来てからの初めてのプレゼントは、二人にとって初めてのお揃いの物だった。シンプルなデザインでどんな服装でも合わせやすそうな色のそれをカンナの右手に付けた洸はカンナを見つめて口を開いた。


「約束して、どんなことでもお互いに口に出すって。僕らの正確だとお互いに我慢を重ねて潰れちゃうと思うんだ」

「わかった、約束するわ」



そうカンナが答えればどちらからともなく手を繋ぎ家路についた。約束の証はお揃いのブレスレット。今の二人には何よりも価値があり、大切な宝物だった。




その日のアキバの空はいつになく綺麗な夕日に照らされてオレンジ色に染まっていた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ