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「なぁ、あそこのビル何であんな人並んでんだ?」
アキバの街に<円卓会議>の設立が宣言された翌日、街の角のビルがいつになく賑わっていた。今日新たな店がオープンしたという情報は朝早くに街中に配られた一枚のチラシが知らせていた。食事が出来るという情報は今のアキバの冒険者たちには願ってもない情報であり、道端で販売する者も多く見られる中、店舗で食事が出来る上にその味がこれまた絶品だというのだ。この情報は店で食事をした者が宣伝するかのようにアキバの街の至る所で話たことにより噂として広まっていった。チラシを手に列に並ぶ者や噂を耳にして並ぶ者で長蛇の列が出来上がっていた。ちなみにチラシは事前に店の話をしていたシロエに筆写師のスキルで書いてもらったあったものだ。
「いらっしゃいませ、ようこそ大神庵へ」
「えっとー…」
「メニューはこちらになりますわ、食券でのご提供ですので」
「あ、はい」
なんとなく興味本位で並んだ店で出迎えてくれるのは何とも美しい女性でありアキバの街では有名な眠り姫であった。戦場で稀に大剣を振るう姿は戦場の女神との二つ名を与え、見る者に再び立ち上がり戦う力を与えるという噂もある。そんな眠り姫が店の入り口のカウンターで食券を販売しているのだ。メニューはどれも懐かしいもので、値段ももっとも高額なもので金貨15枚だった。クレセントバーガーに比べれば安いが味のする料理の秘密がわかった以上は妥当な値段とも言える。その中からカレーライスのMを注文すれば金貨を払い券をもらう。空いている席に座れば顔の整った青年、月代が食券を受け取りに来た。彼が血に飢えた魔物の二つ名を持つ月代だと分かれば戦闘職のものは羨望の眼差しを向ける。
「ようこそ、ただ今お持ちしますので少々お待ちください」
「うっす」
それほど時を待たずに目当ての料理が運ばれてきた。目の前のカレーライスに思わず目が奪われた。一体これを食べるのは何ヶ月ぶりだろうか、などと思いながらスプーンで一匙掬い口へと運べば口に広がるスパイスの味に何とも言えない感動が生まれた。久しぶりに食べたということもあるが、カラーライスが美味しいということも感動に一役買っている。見れば周りには恐らく同じ思いをしているであろう冒険者が何人もいる。己のサブ職は料理人ではなく自身では作ることのできないこの味に幸せを感じる。食べ終われば出口へと向かう。そこには<カイルのお野菜直売所>と書かれた看板と見るからに新鮮そうな野菜が並んでいた。
「お兄さん、良かったら野菜買ってかない?そこの料理にも使ってるんだよ!」
「いや、俺料理できないからな…」
「なら生で食べれるやつ買えばいいよ!ボクんとこの野菜生でも美味しいよ!」
美味しい食事を終えた後で気持ちに余裕ができたのか、はたまたカイルの人懐っこい笑顔に絆されたのか、大きなトマトを買って行くことに決めた。おまけ、と渡された小ぶりなトマトを歩きながら口にしてみれば甘味と酸味が程よく入り混じった味に思わず笑みが零れた。ビルを出る時にまた此処の店に来たい、そんなことを思いながら狩りへと向かった。
「大神くん、大変よもうカレーがないわ。あらあら、シチューも無くなりそう」
「っしゃ、なら今日は完売だな!」
「僕、姫に完売って伝えてきますね。ついでに様子も見て来たいし。他は大丈夫ですか?」
「数量限定はとっくに売切れちまってるし、あとはあんみつがちょっとに丼物はまだいけるぞ!」
「わかりました、ちょっと行ってきます!」
オープン初日、予想以上の来客数に営業二時間でメニューの半分が既に売切れになっていた。とても今日は営業時間いっぱいまではもたないだろうなどと思いつつ入り口のカウンターに来れば眠り姫が一人で客をさばいていた。
「姫、ごめんカレー完売で。シチューもあと三人でストップ」
「わかりましたわ、そうご案内すればよろしいんですわね!任せてください!」
「頼もしいね、ところでカンナはどこに行ったのかな?」
「カンナさんは列の整理に外に行かれましたわ」
眠り姫の言葉を聞き外に出てみれば長蛇の列を整理しているカンナの姿が目に入った。
「カンナお疲れ」
「洸、もう色々売り切れてるわよね?全体的に出食出来なさそうなときは念話飛ばしてもらえる?今日ご案内できない人に整理券わたすようにするから」
「わかった、何かあったら連絡するね」
カンナは案内できなかった客に次に来た時に先に案内できるようにと整理券を作ってあったのだ。ちなみにこちらもシロエにスキルで作ってもらったものだ。厨房に戻った洸は大神と華乃に外の様子を伝え洗い物に戻った。そして全てが完売したのはそれから三時間後のことだった。
「疲れたー…、俺もうへとへとだー…」
「大変だったみたいですね、お疲れ様です」
売上は上々だった。大神の店だけでも3万枚を超える売り上げが店の忙しさを物語っていた。カイルの店もなかなかの売り上げで、要の店も数点刀が売れたらしい。ちなみに尊はビルの外まで続いた列の整理をしていた。
「閉店時間までまだあったのにね、全部売れちゃうんだもの」
「今日くらいだろうけど、それでもなかなか来たもんな」
「明日になれば店を出す人が更に増えるはずだから少しは落ち着くとは思うんだけど」
「休憩なしのメンバー総動員での対応でも結構厳しかったのは予想外ね」
「明日もよろしく頼むわ」
大神の店は本来一日おきの開店の予定だったが一週間はオープン記念で毎日営業することになっていた。しかし予想以上の出食に明日の分の仕込みも多少考えなければならない。肉類は下処理を仕込みでやっていないと調理することは難しい。一から解体するのには時間が掛かるため営業中には出来ないのだ。とにかく今夜中に肉の下処理だけでも済ませておかなければならない。夕食後すぐに厨房に向かう大神に多少は手伝えると華乃がついて行った。
「お兄様、アルバイトってとっても楽しいものですのね!私、明日も頑張りますわ!」
「初めてでよく頑張りましたね、明日も期待してます」
「姫のことチラチラ見てる人いっぱい居たねー!さっすが俺らのお姫様!」
「ボクのお店に来たお客さんも姫の噂してた!姫かわいいからねー!」
次の日からも客足は途絶えず、むしろ噂を聞きつけた冒険者で長蛇の列は更に長くなっていた。客同士のトラブルも特にはなくただただ忙しい毎日が過ぎていった。こうして一週間が過ぎる頃にはアキバ中に大神の店が知れ渡るようになり毎日のように来店してくれる冒険者もできた。