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「いらっしゃいませ、ようこそ大神庵へ」
「姫、もっと元気に!っらっしゃいませ!こんな感じで!」
「御神、ちゃんと言えちゃんと!」
シロエやマリエールたちが<円卓会議>の設立に奮闘しアカツキや直継たちが救出に奮闘している中、<追憶の彼方>の面々は明日に控えた店のオープンの準備をしていた。といっても明日オープンするのは大神の店とカイルの店、そして要の店のみだ。占いはもう少し日々の生活が落ち着くまでは需要が無いだろうし、医療所については患者が来てくれればその都度開く形で間に合うはずだ。そして準備に勤しんでいるのは主に大神組だけである。カイルの店も要の店もそれほど準備が必要ではなかった。ちなみに洸と華乃は肉の調達の為に狩りに出掛け、カイルは野菜の収穫に要は工房で刀の作成、カンナは書類整理を行っていた。
大神組はとりあえず仕事着に慣れるためにも全員着替えていた。基本的なスタイルは全員同じもののどこかそれぞれの雰囲気に合っているのは決して気のせいではないだろう。眠り姫は可憐で看板娘という言葉がまさに似合い、月代もあだ名される王子という名が表す気品が滲み出ていて、御神は大学生のバイト感が隠せなかった。大神の作務衣に関しては、店の親父感がどことなく出ていた。眠り姫、月代に関しては普段から和装が多い為特に不便なく動けるようであるが、御神はやはり慣れていない為少し動きづらそうだった。
「基本的に、姫は会計な。食券用意してあるからそれ売ればいいだけだ。月代と御神は配膳任せるから頼んだぞ。会計はカンナも入ってくれるらしいが、あいつも忙しいから姫頑張れな」
「一度アルバイトしたっかったんです、私。頑張りますわ!」
「俺バイト飲食店だから配膳は任せて!兄貴の役に立っちゃうよ、俺」
「飲食店の経験はないが、何とかなる。それより裏の人手は大丈夫なんですか?」
「当分は華乃さん入ってくれるらしいしな。あとは作り置きできるもんが多いし大丈夫じゃねーか?」
「それならいいですが、何かあれば呼んでください」
大神からそれぞれが仕事を言い渡されれば、各自の仕事の確認に取り掛かった。眠り姫は箱入り娘でアルバイトの経験がなかったのだが、カンナの準備してくれた食券のおかげで仕事は簡素化されていた為なんとかなりそうだった。あとは案内の文言を何度も繰り返し呟いて覚えている。その姿がまた可愛らしいのだが、今はそんなことを言っている場合ではない人ばかりだった。何とか自分の仕事を上手く回せるようにそれぞれが必死だったのだ。眠り姫も動いてみて気付いたことをメモしていた。そのメモには事前に御神から受けていたアドバイスも書かれており、何だかんだギルド内ではおバカキャラである御神の面倒見の良さが垣間見られた。
「よし、じゃあ基本俺はこっち半分担当ね!この広さなら俺一人でも回せるし!」
「こっち半分は任せてください。食券の回収と配膳ですよね」
「番号と順番だけは間違えないようにしないとね!あのカウンターへの食券置き方とかも決めとく?」
「そうですね、その方がいいかと」
御神と月代はホール担当として担当範囲の相談をしていた。それなりに広めに取られた大神の店のスペースは二人で回すには事前にルールを決めておく必要があった。助っ人で洸やカンナが入ってくれるにしろ、いつでも甘えられるわけではない為最善を尽くしておくのは当然だった。今回ばかりは飲食店でのアルバイト経験のある御神が月代に指導する形である。いつもとは役割が正反対である為本人たちも若干の違和感を感じつつも話を進めていた。ホールでの動き方や食事の出し方、細かな気配りのポイントは気の利く月代にとっては日常と変わらないようなものではあったが接客であることを念頭に置きつつ御神からの教えを受けた。もちろん彼の視点から更なるポイントが提示されたのは言うまでもない。
「やっぱり姫って箱入り娘なんだね、バイトしたことないって。リアル姫!」
「実際、実家の神社で巫女はやってますがね。家の手伝いですからね」
「巫女さん!姫似合いそうだね、ってか絶対似合う!」
「可愛いですから」
「ほんっと、王子ってシスコン!でも、俺も妹いたらそうなりそー」
ケラケラと笑う御神にそうですか、と月代が呟けば厨房の方から大神に大声で呼びつけられる。どうやら食器などの収納に手が欲しいようで、シミュレーションなど大方済ませた二人は厨房へと向かった。食器の数にしてもそれなりに多いわけでこれを片づけるのは一人では重労働と言っても過言ではない。ふと、手伝いながら月代はある質問を口にした。それはオープン前日に気が付くには少し遅すぎることだった。
「これだけのお皿、洗うのも一苦労ですね」
「……」
「どうしたんですか、黙り込んで」
「忘れてた…、誰が洗いもんすんだよ!!」
「「え」」
大神は料理や配膳のことしか考えておらず裏方の重要な仕事のひとつである、洗い場担当の人員配置を忘れていたのだ。もちろん洗い場の人員なしで店が回るはずもない。いくら多めに食器の用意をしてあるといえども一日に何食出るかもわからないのだ。慌てて洸に念話を飛ばせば当分自分が入るつもりだったとの返答があっさりと返ってきた。もちろん先のことまで考えればその対応がいつまで続けられるのかはわからないが当面はなんとかなりそうだ。呆れ顔の月代と笑いっぱなしの御神に笑ってごまかす大神だったが、仮に洸も月代も気付いていなければオープン初日にあっという間に店を閉めなければならないところだ。
「頼みますよ、大将」
「すまんすまん、すっかり頭から消えてたわ!いやー、お前と洸が気付いててよかった!」
「兄貴おっちょこちょいなんだからー」
夕食時、どことなく明日のオープンが待ち遠しいという顔をするメンバーたちの顔を見ながら洸が話し始めた。
「みなさん、僕のわがままに付き合ってくれてありがとうございます。突然店をみんなでやりたいって言った時はきっと驚いたと思います。ゲーム時代、この<追憶の彼方>でやることと言えばみんなでたまに大規模戦闘に参加するくらいだった。だけど今の僕らは毎日を一緒に過ごしてるし、戦うこと以外でみんなで何かしたかった」
「私は洸がやりたいことについてくわよ」
「ありがとう、カンナ。戦闘ギルドでも生産ギルドでもないこの小さなギルドだけど、僕にとってはすごく大事な場所です。みんなで楽しみたい、それだけです。明日からよろしくお願いします」
洸の言葉にそれぞれ頷くメンバーたちを見てほっとしたような表情を浮かべる洸。自分の思い付きでみんなを巻き込んでいることにどこか後ろめたさを感じていた洸はどうしても何故こんな展開になったのかを伝えておきたかったのだ。
「俺は大工できねーし、でも料理できてそれで喜んでくれる奴が居んならどんだけでも料理作るぞ」
「私もサブ職に関係なくお役に立てて嬉しいんですのよ!」
「俺も、こんな楽しそうなことなら絶対やりたいもん!」
「みんながいやいやできる人たちじゃないのは洸くんもわかってるじゃない。気にしなくていいのよ」
「明日から頑張ろうって意味でみんなで乾杯しよーよ!」
「カイルの意見に賛成だ」
全員の視線を受け洸がグラスを持てば続くようにグラスを持ち出すメンバーたち。洸は全員の顔を見渡し一言、
「明日のオープン、みんなで頑張りましょう。乾杯!」
「「「「乾杯!」」」
その夜、アキバの街の角にあるビルからは楽しそうな笑い声が響いていた。