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それは、誰もが予想できない現実(リアル)









目の前に広がる世界は、本来僕自身が目にするはずであるパソコンのモニターとそこに映されるウインドウではなく大いなる自然に飲み込まれてしまった秋葉原の街というべき世界だった。

こんな光景を目にして次に感じたものは上から降り注ぐ冷たさを含むような感じたことのない日差し。少し眩しさを感じるそれを遮る為に挙げた自身の手は、今まで目にしてきた自身の手よりもほんの少しだけ大きく思わず笑みが零れた。華奢な僕からすると少しでも男らしい身体に憧れを持っている為小さな変化でも喜べるのだ。

自身の身体へと視線を落とせば明らかに我が家のクローゼットには入っていないような服、もはや服というよりは〈装備〉と呼ぶべきものを纏っていた。そういえば、先ほどまで行っていたはずのゲームの世界ではこのようなものを纏っていることが当たり前だった。僕は夢でも…、いや現実は早めに受け入れておくべきだろう。



 ―――――僕は、エルダー・テイルの世界に来てしまったのか。



本当は目の前に広がる世界を目にした瞬間から気づいていたのだが、その現実はひどく受け入れがたいものであった為に現実逃避という非生産的な行動をとってしまったのだ。しかしながらこんな状況を受け入れること自体そうそうあるものではないのだから自分の行動もそこまで否定するものではないだろうと、誰に言う訳でもないのに言い訳じみたことを考えてしまう洸。


ここまでの洸を第三者が見ればひどく冷静な冒険者である。





子どもの頃よりどこか大人びた空気を放っていたのは、早く大人になりたかったとかかっこよく見せたかったとかそんな思いではない。

ただ単にそれが洸の持つ空気だっただけなのだ。

無邪気にはしゃいだりするのがなんだか苦手で、そのくせ心の中で駆け巡る感情は大きな起伏がある。自分が先頭に立ち盛り上げることが苦手で、一歩引いたところから全体を見て考えることが好き。近所のガキ大将のように外で悪さばかりして名誉の勲章という名の怪我を増やすより、図書館で本を読むことが好き。


それが傍から見ればおとなしい子であり、参謀的存在であり、優等生なクラスメートである洸なのだ。

――もっとも傍から、と言ってもきちんと洸の隣に立ったことのある人間であれば本来の姿がわかるのだが。




現実を受け入れてしまえばその後に来るのは好奇心の波だった。

ここがエルダー・テイルの世界であるならば、自身の姿はハーフアルヴなんだろうか。様々な情報をあのウインドウで見ることができるのだろうか。魔法は、魔法は使えるのだろうか。

久しぶりに感じるこの感情は紛れもなく興奮で、一ヶ月前の大規模戦闘(レイド)を遥かに上回る。

試してみても良いものか、と思いつつも好奇心に勝てない身体は無意識のうちに目の前の何かを押すような動作を実行していた。

まるでそれが当たり前の動作であるかのように。





現れた物の内容を確認すれば、自身のこの世界での名前(キャラクター名)やステータス、所持アイテムなどゲーム時代と変わらない情報を確認することができた。

名前は、洸とこの世界での名前(キャラクター名)がしっかりと表示されている。もちろん本名は別で、〈龍崎 光〉という。どこかのアニメの主人公かのような名前ではあるが、両親が付けてくれたこの名前を割と気に入っている。

どうやらログアウトはできないらしいが、フレンドリストを見つけた。

考えてみればこのような状況下で、一人でいるよりは誰か信頼できる仲間を見つけることが先決だったのではないだろうか。

いつもの洸であれば真っ先に思いつくようなことであった為、やはり自分も冷静ではなかったのだと気付かされた。




フレンドへの念話が可能であるならば、すぐにでも連絡を取りたいのはいつもの仲間(ギルドメンバー)である。

リストから名前を見つけ連絡がつけば、街の外れで待ち合わせをする。






















「なるほど、光は洸のステータスやらは確認してあるのね」

目の前のハーフアルヴの妖術師はお互いの情報を共有することに専念していた。

彼女はいつもの仲間(ギルドメンバー)であり現実世界での僕の幼馴染である。


「それにしても、洸は相変わらずね。こんな状況でも私の知ってる洸だわ」

「そういう君もね。ところで、ここではそっちの名前で呼ぶことにしたのかな?」


幼馴染にこの世界での名前(キャラクター名)で呼ばれるのはやはり妙な感覚である。

いつもは光と呼ぶ彼女の口からこの世界での名前(キャラクター名)と呼ばれる日がくるとは。

僕の本名は〈竜崎 光〉と、まるで何処かの漫画の主人公のような名前であるが案外本人としても気に入っている。



「ええ。せっかくエルダー・テイルの世界に居るんだもの。洸も私のことはカンナって呼んでよね」

ちなみに彼女の本名は〈白月弥胡〉である。名前の由来は誕生月の十月の旧暦の神無月から。

もっとも本名の弥胡も、神無月生まれというところから神=祭事=巫女という発想からきているものらしいが。似たような発想なのか、彼女が真似たのか。



「僕がに思うに、この状況がいつ改善されるのかは不明だ。どの程度の期間ここに居ることになるかわからない今、恐らく単独行動をすることは不利でしかない」

「私も同感。だから洸が言いたいことはわかるつもり」

それならば、とそれぞれに作業を行うことにした。やはり、彼女と合流して正解だったと言えるだろう。



「幸か不幸か全員揃いそうだね」

そう、自分が願った相手への念話はすべて成功したのだ。それはつまり、誰一人としてこの事態から逃れた者が存在しないことを意味する。彼の所属するギルド、正確には彼自身がギルマスであるため彼のギルド〈追憶のの彼方〉メンバーは全員この世界にいる。もっとも、タイミングからすれば当然の結果とも言えるのかもしれない。





〈追憶の彼方〉はギルドの規模からすれば零細ギルドである。メンバー数も両手で収まる人数。

しかし、そのスペックの高さは大手ギルドにも引けを取らない。メンバーの大半が古参プレイヤーであるが故に、その名は日本サーバーでも屈指の戦闘ギルドとの呼び名が高い。

もっとも、本人たちにしてみれば戦闘ギルドではなく自由なものであった。戦いたい時は周囲のモンスターを殲滅する勢いで戦闘を行い、生産をしたい時は生産にのめり込む。ようは、やりたいようにやっていた結果そこそこ強くなり有名になってしまったに過ぎない。周囲に評価されるほど戦闘に特化した集団ではないのだ。

そして古参プレイヤーのみならずほとんどのプレイヤーが待ち望んでいた12番目の拡張パック、ノウアスフィアの開墾の導入がまさに今日。噂では、レベルの上限が更新されたり新しいアイテムやゾーン増えるという。エルダー・テイルに嵌まり、ヘビーユーザーであるメンバーがそんな記念すべき瞬間にログインしていないはずがなかった。

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