3 鬼を倒してハッピーエンド
道中は何事も無く、海辺近くの村から借りた小さな船を使い、三人は鬼ヶ島に上陸しました。
一周歩いても半日かからないほど小さな島には、黄や赤や青い肌の悪鬼が大量にいます。
「鬼って……やっぱ悪鬼なのか」
呟いた華月は、片っ端から悪鬼達を斬り倒し始めました。悪鬼達は三人を見るなり襲い掛かってきましたが、高レベルの華月達の敵ではありません。
悪鬼の半分以上は華月の斬撃で、残りは矢鏡の術を食らい、黒い粒子となって消えていきます。さして時間も掛からず、悪鬼は一体も見えなくなりました。
因みにフィルは、
「僕の出る幕無いね」
矢鏡の後ろで見ているだけでした。
華月は生き残りがいないかを確認するために島中を歩きます。そして、たまたま入った洞窟内で大量の金銀財宝を見つけ、
「うわすげー……。でもこれ持っていったら泥棒だよな」
見なかったことにして洞窟を後にしました。
ここにある宝は誰のものでもない、海の底に沈んでいたものだったのですが、バカな華月にはそんなことはわかりません。よく見ればコケとかついてるんですけどね。
「…………」
なにか言いたげに空を見上げる華月でしたが、足を止めることなく船に向かいました。
…………
ふーねーにーむーかーいーまーしーたー。
「わ、わかったよ……」
なにやらぶつぶつ呟きながら、華月はとぼとぼと船に向かいます。
「華月ー! どうだったー?」
船の傍で待っていたフィルが、手を振りながら尋ねました。
その横には腕を組んでつまらなそうにしている矢鏡がいます。
「残党はいなさそうだったぜ。これで任務完了だな」
二人の前で足を止め、華月が答えました。
その時です。
「イイイイイイイ……」
不気味な笑い声が響きました。
三人が目を向けたのは島の中央。そこには一人の少年が立っていました。ぼろぼろな黒いローブを羽織り、フードを目深にかぶって、腰にはトラの毛皮を巻いています。
「よう。お互い苦労するな」
「グレイ――じゃない、えーと…………だ、誰だきさまー名前を言えー」
謎の少年に向けて、華月が指を突き付けます。
「棒読みだね。ディルスみたい」
「俺はもう少し抑揚があるだろ。多分」
「ないよ。今度録音してあげようか?」
「……遠慮しておく」
話に関係ないやり取りをしている二人の方に、華月はジト目を向けました。
「せめて反応してやれよ……グレ――あいつが可哀そうだろ」
「まぁ気にすんな。ヘルに付き合うかどうかは本人の自由だ。
もっとも、ヘルが呼んだからには、ちゃんと理由があんだろうけどな」
「理由……? 遊びたい、とかじゃなくて?」
「それだけの時もある。どちらにしろ、すこーし付き合ってやりゃ満足するさ。
――ってことで」
謎の少年はこほんっと咳払いをして、
「ギイはグレイヴァ。鬼どもの親玉ってことになってる」
『……親玉?』
華月と矢鏡の声が重なりました。
華月は不思議そうに首を傾げ、
「それなら、なんで今まで隠れていたんだ? 悪鬼たちと一緒にかかってくれば良かったのに」
「あん? 当然だろ。本物じゃないとはいえ、あれらは悪鬼だ。親玉なんてのはただの設定なんだから、見つかったらボコボコにされちまう」
「え。グレイヴァは悪鬼にも勝てないのか?」
「うるせー、悪いか。ギイは非戦闘員なんだよ」
無神経なことを聞く華月に、グレイヴァが怒ります。
「でも親玉ってことは、君を倒さなければならないってことだよね?」
フィルの質問に、グレイヴァは頷いて返しました。
華月はものすごく嫌そうな顔をして、
「お前と……戦うの?」
「イイイイイイ……」
グレイヴァは笑顔を浮かべて三人に近付いていきます。そして華月の前で足を止めると、
「華月京と戦って勝てるわけないだろ。即死するわボケ」
「……それ、偉そうに言うことか?」
「強がったところで意味はないからな。つーわけで――」
言ってグレイヴァは大きく後ろに跳びました。それからばたりと横に倒れます。
「ぐわーやられたー」
『…………』
鬼の親玉を倒した三人は勝利に喜びました。
「…………ほら。哀れんだ目をギイに向けてないで喜べよ」
「……わ、わーいやったー。任務完了だぜー」
引きつった笑顔でバンザイする華月と、
「帰ろうか」
「もう少しで終わりだな」
大人げない二人は空気を読まずにさっさと帰り支度をしています。こんな寂しい大人にはなっちゃダメですよ、華月。
「……こんなぐだぐだでいいの?」
「あくまでアドリブがメインの劇だからな」
船に乗り込む華月に、矢鏡がそう返します。
悪鬼を全滅させて満足した三人は鬼ヶ島から立ち去り、村に船を返して来た道を戻っていきました。
道中、帰るところは無い、という矢鏡とフィルを心配した華月が、
「じゃあとりあえずシンのところに行こうぜ」
と提案し、結果的に三人一緒にシンの家に向かうことになりました。
日が暮れる前にはシンの家に着き、華月を先頭に中に入ります。
囲炉裏を挟むように正座するシンとリンを見て、
「リンさんの言う通り全滅させてきまし……た……」
嬉々とした様子で報告し始めた華月でしたが、途中であるものに気付き、徐々に声が小さくなっていきました。
「お帰り、華月」
にこやかにシンがいいました。リンは煩わしそうに三人を一瞥しただけです。
その二人の前にも、華月達と同じように黒い板が浮いていました。
シン 神 レベル∞
攻 : ∞ 守 : ∞
運 : ∞ 速 : ∞
通力 : ∞
リン 魔王 レベル∞
攻 : ∞ 守 : ∞
運 : ∞ 速 : ∞
魔力 : ∞
文字を読んだ華月はゆっくり息を吸い、
「すげぇぇぇぇぇぇぇ! 超チートキャラだ! さすが神と魔王!」
思わず大声で叫びました。
それから三人は、叫び声に苛立ったリンによって即座に家を追い出されましたが、すぐ近くに別々の家を建て、リン以外は皆仲良く平和に暮らしましたとさ。
めでたし。めでたし。
* * *
「なぁヘル」
「なんですか華月?」
「気付いたらここにいて、配役言われて、あとはナレーション通りに動いてって言われて、演技しないとダメだって言われて、わけわかんないままとりあえずやったけど……
結局これなに? つか、ここどこ? なんで急に劇が始まったわけ?」
「そうですね……
すべては答えられませんが――まず、ここは〝わたしの世界〟です」
「は?」
「わたしだけが使える術の中、と言った方がいいでしょうか。そこにあなた方の精神だけを招いているんです。
劇なのはまぁ……ぶっちゃけわたしの趣味です。深い意味があるわけではありません。
この中にいる間は、ある程度わたしの好きに出来るんですよ。だからあなたたちの服装も、景色も変えられるんです。それならば、普段やらない、もしくは出来ないことをしたいじゃないですか」
「それで劇なの?」
「パロディってやつです。昔から大好きでして。
それに、この中では時間経過は一切しないですし、ここで怪我をしても死んでも現実には何も影響しないから、ほとんどの方が付き合ってくれるんですよ。
――って、今話しても意味ないんですけど」
「意味ない? なんで?」
「まぁまぁ、そんなことはいいじゃないですか。
ここは癒しの空間、遊び場なんです。楽しければいいんです。
だから、また遊びましょうね」




