2 道中で仲間を集め
青い空と白い雲の下、森と平原の境目を現すように緩やかな弧を描いて伸びる土の道を、華月は鼻歌交じりで歩いて行きます。リンから貰った刀を肩に担ぎ、周りの景色を見て楽しんでいました。
「いいねー、のどかで。こーゆーの好きだなー」
言いながらきょろきょろ見回していると、ふと、道の先に何かがいることに気付きました。
目を凝らしてよく見ると、道の森側にある大きな石に、一人の人間が腰かけているのが確認出来ました。
人間は黒いローブにつばの広い黒いとんがり帽子をかぶり、人間の背丈より長い杖を手に持っていました。杖の柄は黒色で、上部には青い石とそれを囲むような銀の装飾がありました。人間は華月の方に背を向けているため顔は見えません。
人間が視界に入った瞬間、華月は一旦足を止めて数秒考え、人間を不審者と判断して無視することに決めました。人間などそこにいないとばかりに平然と歩き、徐々に人間に近付いていきます。
あと十歩ほどで人間の横を通る、というところで――人間がぴくりと動きました。スッと立ち上がり、帽子を押し上げながら振り向きました。
「君を待っていた。鬼ヶ島に行くんだろ?」
淡々とした口調で人間が言いました。
あせた金髪と同じ色の三白眼を持つ、華月と同じ年頃の少年でした。
華月は思わず立ち止まり、露骨に顔をしかめます。
「は? いやあの……ちょ、ちょっと待って。タイムタイム」
片手を上げつつ慌てて言って、少年を上から下までじっくり眺め見て、
「なんで? なんで犬じゃないの? これ『桃太郎』だよな? ここで出てくるのって犬のはずだよな?」
そう尋ねると、少年はこっくり頷きました。
華月は完全に戸惑った様子で、
「じゃあなんで犬じゃないの? ――というか、お前は何なの?」
「俺は矢鏡、魔法使いだよ。師匠に言われて君を手伝う事になってる――という設定」
「いやいやいやいや! これいつの間にRPGになったんだよ!」
「さぁ……」
自称魔法使いは小さく首を傾げました。
呆れたように溜め息を吐いた華月は、ぐるりと周囲を見渡して、
「おいヘル、出てこい。説明しろ。桃太郎って言ったよな? どうなってんの?」
突然わけのわからないことを言いました。
「いや、わけわからなくねぇから。当然の疑問だから」
こらこら華月。今回わたしはナレーションだと言ったでしょう。こちらに話しかけちゃダメですよ。
「あとさー、矢鏡の恰好なんでこれ? ぽいっちゃぽいけど……どっちかってーとヘルっぽくね? 黒魔術師」
無視しないでください。はぁ……まったくあなたは……仕方ない人ですね。確かにわたしは普段黒ローブを着ていますけど、黒魔術師みたいな服はあまり好きではないですよ。なんか根暗な感じがするじゃないですか。
それと、題名は『桃太郎』と言いましたけど、改変しないとは言っていません。原作そのままだとつまらないでしょう。オリジナリティってやつです。
華月だってその方が面白いと思うでしょう?
「あぁまぁ……確かに」
納得していただけてなによりです。では、時間もないので再開しましょう。
さぁ出番ですよ。
「やぁ。楽しそうだね♪」
突然、平原の方から若い男の子の声が聞こえてきました。
反射的にそちらを向いた華月は、目を大きく開けて驚きました。
「いつの間に!?」
すぐ近くに、オレンジに近い明るい茶髪とエメラルドグリーンの目を持つ、誰が見ても美形だと認めるほど顔の整った少年が立っていました。綺麗な装飾のされた薄水色の外套がよく似合っています。
「今来たばかりだけど……まぁ、気付かないのも無理ないよ。ここまでは姿を隠す薬を使ってたから」
爽やかに微笑んで言う美少年に、華月は不思議そうな顔をして、
「……なんでわざわざ?」
「驚かせようと思って」
「あぁ……そう。ところでおもっくそ『少年』って言われてるけどいいの?」
華月、次ナレーションに反応したらメイド服着せますよ。服装くらいなら、わたしの思うがままだと、ちゃんと教えましたよね。それとも実際に変えてあげましょうか? 着物姿に変えた時と同じように。
「…………」
華月は頬を引きつらせると、長い溜め息を吐いて美少年にジト目を向け、
「ところで……あんたは何? 医者?」
「僕は僧侶だよ。名前はフィル・フィーリア」
美少年はひらひら片手を振りながらそう名乗りました。
じゃあ俺も名乗らないと、と思った華月が口を開く前に、
「あ、君の名前はわかるよ。華月君」
フィルに言い当てられました。
華月は呆れた顔をして、
「おいおい……駄目だぞフィル。ちゃんと初対面っぽくしないと――」
「いや、大丈夫だよ。気付いていないのかい?」
フィルはふっと笑って、華月の右の腰下辺りを指差します。
その先を目で追い、そこにあった物を見て華月は心底驚きました。
「……は?」
ぎりぎり手が届く距離に、真っ黒で半透明な四角い板が浮いていました。とりあえず触ってみようと思った華月は手を伸ばしましたが、すかっと擦り抜けて触れることが出来ません。そして、板には白い文字が書かれていることに気付きました。
華月 剣士 レベル72
攻 : 850 守 : 275
運 : 777 速 : 640
通力 : 999
「おおぅ……」
自分の前に浮かぶ文字を読み、華月はなんとも言えない複雑な顔をしました。その後すぐにはっとして、他の二人の足元を見ました。予想通り、自称魔法使いとフィルの前にも黒い板が浮かんでいます。
自称魔法使いの前の板には、
矢鏡 魔法使い レベル97
攻 : 780 守 : 350
運 : 4 速 : 810
通力 : 705
と書かれ、フィルの前の板には、
フィル 僧侶 レベル50
攻 : 500 守 : 500
運 : 500 速 : 500
通力 : 500
と書かれていました。
華月はしばしの間呆然としていて、やがてふっと爽やかに笑い、
「いくつかツッコんでいいか?」
他二人の視線が集まるのを待ってから、華月は大きく息を吸って、
「なんだよこのステータス! マジでRPGじゃねぇか! あとなんだよこの数値! 俺のレベル最初からたけぇな! 矢鏡なんてほぼカンストだし!
つーか矢鏡の運ひっく! カスじゃん!」
「……悪かったな」
ぼそりと呟いた矢鏡を無視し、華月はふーっとゆっくり息を吐いて落ち着いてからフィルに目を向け、
「あとさ、すっげー気になんだけど、フィルのステータス綺麗すぎじゃね?
なんか操作っつーか……改変されてない?」
「ただの偶然だよ。ある人がてきとーって言ってたし♪」
フィルは爽やか笑顔で答えました。
単純で素直な華月は『そうか。ただの偶然か』と素直に納得しました。矢鏡は疑いの目でフィルを見ていました。
フィルはくすりと笑い、
「それより君達、鬼ヶ島に行くんだろ? 僕も混ぜてくれないかな?」
「別にいいけど……フィルはどういう事情で?」
「僕は近くの村人達に頼まれた――ということになってるんだ」
「ふーん……。じゃあまぁ、みんなで一緒に行くとするか」
華月がそう言った途端、
『パッパラパッパッパーパンッ』
という軽快な電子音がどこからか聞こえてきました。
「なに今の音!?」
華月はきょろきょろ視線を彷徨わせましたが、自然の中に変わったものはありません。
警戒する華月に、矢鏡が言います。
「効果音だろ。仲間が増えた時の」
「……もう『桃太郎』じゃねぇな……」
華月は完全に呆れてしまいました。