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Night  ~Eternal friendship~  作者: karuno104
第2章 エピローグ
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ノエルの秘密

 宣言通り、フィルたちは二日後の夜に帰ってきた。


 飯を断って風呂だけ入ったフィルは、すぐさま自室に引きこもった。

 ノエルはリビングのソファーを陣取って爆睡。メガネを外しもしない。


 朝になっても、フィルは部屋から出てこなかった。


 次の日も。

 次の日も。

 次の日も――


 やっと出てきたのは、四日経ってからだった。

 午前の散歩から帰ってきた俺が、ダイニングでチャーハンを食っている時だった。


 服とか髪とかは汚れた感じがしなかったけど、すげー疲れた顔と死んだ魚のような目で、幽霊のように足音一つ立てずに階段を降りてきた。


「お、フィル! 終わったのか?」


 チャーハンを飲み込み、テーブル越しに声をかけたが、フィルはまったく反応せずにふらふらと風呂場に入っていく。


「む…………無視された……」


「眠いんじゃないか? 爆薬なんかの危険物を作る時は、かなりの集中力が必要だからかなり疲れるって前に言っていた」


 対面に腰かける矢鏡が興味なさげに言った。食べ終えたサラダの皿とフォークを置いてスプーンを手に取る。

 俺は、ふーん、と返し、


「眠いと喋らなくなるタイプか、フィル」


「華月と同じだな」


「え、俺もそうなの? 知らんかった」


 とりあえず食事を済ませる。デザートはリンゴだった。


 因みに、食材はすべて矢鏡が持参したもの。日本にいる時、少しずつ買って物質召喚で仕舞っていたらしい。この家には冷蔵庫とほぼ同じ機能の戸棚はあるが、中身が勝手に補充されることはもちろんない。シンがパーティーから抜けた時点で、食料調達も自分たちの仕事だ。


 ……まぁ、俺は着替えくらいしか頭になかったけどな。

 気が利く矢鏡がいなかったらどうなっていたか。


 食器を片付けにキッチンに引っ込む矢鏡を見送り、お茶の入ったマグカップを手に取る。


 今日どーすっかなーっと考えていると、脱衣所へのドアが再び開いて、寝間着である水色ティーシャツとズボン姿でフィルが出てきた。さっきよりは少しだけすっきりしたような顔だが、その目は半分閉じていて、歩き方はやっぱりふらふらしてる。


「フィル、大丈夫か?」


 心配して声をかけると、フィルは階段の手前で一旦止まり、口だけ笑みの形にする。


「うん…………ごめん……少し休んでくる……」


 ほけーっとした様子で答えながら、ゆっくり階段を上っていった。

 衣装と髪型を変えればホラー映画に出られそうな動きだな。もちろん幽霊役として。


 すっかり冷めた緑茶をずずーっと飲み干して、はーっと溜め息を吐く。


 何日も徹夜して薬作りに励むフィル。

 家事担当で日中は掃除している矢鏡。


「あー……俺、なんもやってないなー……

 せめて掃除でも手伝えれば――」


「いや、大丈夫。任せて」


 洗い物を終えた矢鏡が、ドアを開けて俺の言葉を遮ってくる。無表情ではあるが、声にはびみょーに焦りが含まれている。


 俺はジト目を返し、


「皿洗いは失敗したけど、次は大丈夫だってー」


「似たようなことを言っていたエルナが、天界の神殿で壊してきた物を言おうか?

 その度にシンがどう反応していたかもついでに教えるよ」


「…………いい。わかった。家事は頼んだ矢鏡。代わりに周辺の低級退治しとく」


「そうしてくれ。小物ならいいけど、壁や床を壊されると困る」


 言いながらキッチンに戻り、コーヒーの入ったマグカップを持って出てくる。再び対面のイスに腰かけて、


「ところで、今日はもう出かけなくていいのか?」


「あー……」


 俺は頬杖ついて窓の外を眺めた。


 まだ昼だし天気も快晴。センリたちがいた世界とは違い、この世界は時間がちょいと進んでるらしく、景色と空気はすでに秋である。昼間は半そででもいけるが、夜は上着がないとちょっと寒い。


 まぁ、上着持ってないんだけどな。だって日本は夏だったし。季節ずれてるなんて思いもしなかったし。


「今日はいいや。フィル出てきたし。寝るっつっても一時間くらいで起きてくんだろ」


「多分ね」


「しかしさー、ぶっそうな薬品を大量に頼んでくるなんて、センリの次の相手ってそんなに強敵なんかな?」


「上級なのは間違いないよ。〈万能コンビ〉は俺たちの次に討伐数が多い手練れだからな」


「……マジか。ケンカばっかしてあんま活躍してないのかと思った」


「飽きもせず毎回争ってはいるが、仕事はきっちりこなしてる。ノエルサーガはほぼ寝ているだけだが、センリは性格が悪いだけで優秀なんだよ。言葉通り〝なんでも出来る〟多才な奴だから、みんなに頼りにされているんだ」


「えへへ……♪」


 ソファーの背もたれに両腕をのせ、こっちを向いたノエルが照れたように笑った。

 突然会話に入ってきたことにはもう驚かない――が。


 実はこいつ、タヌキ寝入りなんじゃね?

 フィルが目覚めた時もタイミング良く現れたし、今回もセンリの話をした途端会話に入ってきたし。


 俺の疑惑の眼差しをまったく気にせず、ノエルはすっげー嬉しそうな顔で。


「そうなの……センリは本当にすごい人なの……」


 惚れたアイドルのことを語るファンのように。もしくは溺愛する孫を褒め称える祖母のように。

 つい先日、ボッコボコに殴られた奴とは思えないセリフを吐く。


「ノエルって……やっぱドエムだろ。あ、ドエムってのは痛いのとか暴言吐かれたりするのとかが好きなやつのことな」


「んー……そういうのぜんぜん好きじゃないよ……

 ただ……センリが特別なだけ……」


 特別、という言葉に矢鏡がぴくりと反応する。コーヒーを飲んでいた手を止め、カップを置いて肩越しにノエルを見た。どうやら矢鏡も知らない話らしい。


「気になるー……?」


 からかうような口調で、こてんと首を傾けるメガネ。俺と矢鏡が頷くとふふっと笑い、口の前で人差し指をぴっと立てる。


「二人は口が堅いから……教えるけど……内緒にしてね……

 センリが嫌がるから……シンにしか言っていないことなの……」


「他人のこと勝手に言いふらしたりしねぇよ」


 俺のことばに、頷いて同意する矢鏡。


 ノエルはゆっくり目を閉じて、ゆっくり開けて。

 そして目を細めて微笑んだ。




「センリは……〝おとうさん〟なの……」




「…………え?」


 予想外なワードの登場に、声がビミョーに裏返る。


「ち、父親? センリが? ノエルの?」


 まさかのセンリも妻子持ち!?


 その前に、ノエルとセンリぜんっぜん似てないんだけど。つーか見た目はノエルのが年上っぽいんだけど。


「あー……実の、じゃないよ……

 センリは……そういうのに一切興味が無いからね……」


 いろいろ考えていたところへ、やんわり訂正を入れるノエル。続いて、とても愛おしそうな顔を浮かべ、


「愛する妻の……シャロムの……義理の父親……

 センリは……シャロムの命の恩人で……シャロムが最も愛した人なの……

 それ以上は……秘密にするけど……

 センリがいなかったら……オレはシャロムに会えなかった……

 だからセンリは特別で……とても大切な人なんだよ……」


「……なるほど」


 俺も真剣な顔で頷いた。そして人差し指を立て、


「つまり、センリがノエルを嫌ってんのは『俺のかわいい娘の婿だとぅお、認めんぞぉ』ってことか」


 言った途端、呆れた眼差しを向けてくる矢鏡。


「……今の、そういう話じゃないだろ。あとセンリがそんな風に考える奴だとは思えない」


「え、違う? 嫁さんのおとーさんだからガマンしてるってことだろ?」


「それはあるかもしれないが……」


「あ! ってかさ、ノエルはセンリに『娘さんをください』って頭下げたってことだよな」


 そのシーンを想像して、うわー似合わねー、と密かに笑う。

 そんな俺に、ノエルはにこやかに笑ってみせ、


「んー……そうだねぇ……その辺りは教えてもいいかな……

 センリは……シャロムが七歳の時に亡くなったの……二十三歳という若さで……

 だからセンリとは……天界で初めて会ったよ……

 会えるなんて夢にも思わなかったから……すごくびっくりした……」


「へー」


 二十三歳と聞いて納得。見た目は確かにそれくらいだし、なおかつノエルの方が年上に見えることにも説明がつく。


「ノエルサーガ、殺し屋の娘に惚れたのか」


 淡々と矢鏡が呟いた。

 俺はぽんっと手を打った。


「確かに。そーなると、ノエルも実はやばい奴?」


 俺たちにジト目を向けられて、今までずっと笑顔だったノエルが、初めてむすっとした表情を作る。


「シャロムも悪人みたいに言うのやめて……いろいろ事情があるの……

 それにセンリは……表向きは画家だったから……シャロムは悪くない……」


「お、おう。悪かったよ」


 俺は素直に謝った。


 どうやらこの件には、軽々しく触れない方がよさそうだ。いろいろと気になる部分もあるのだが、この辺りで引くのが正解だろう。


 謝ったことで笑顔に戻ったノエルにほっと胸を撫で下ろし、別の話題を探してみる。


 ――が。

 見つける前にノエルが寝たので強制終了。


 仕方がないので、俺も矢鏡も読書をして待ってることにした。



 **



 それから小一時間後。


 元気になったフィルが降りてきて、完成した薬品の詰まった箱を受け渡す作業が始まった。

 それが終わるとノエルは、じゃあまたねー、と手を振ってさっさと帰った。


「ところで華月。外にあるあれはどうしたんだい?」


 階段の下で微笑むフィルが、玄関側の大きな窓を指差した。

 俺はゆっくり視線を動かして、その先に並ぶものを見た。


「あー、あれ? この近くにでっけー洞窟があってさ、今朝までずっとその中を探検してたんだよ。で、地下空洞……なんだろうな。すんげー広い場所があって、そこに見たことないもんがいろいろあったから、てきとーに取ってきた。フィルにあげようと思って」


 俺より背の高いまいたけっぽいキノコ。淡く光る車サイズのキレイな花。常に色が変わり続ける犬みたいな形の水晶。巨大なグミみたいなぷにぷにの塊。その他もろもろ。


「え? 貰っていいの? ありがとう華月」


 フィルは上機嫌で外に向かい、狭苦しく雑に置かれたプレゼントたちを物質召喚で消していく。

 俺は再び正面に顔を向け、


「……お前、今度は何したんだ?」


 眉をひそめて問いかける。


 背中に変な形の注射器を生やした矢鏡は、テーブルに突っ伏して泡を噴いていた。降りてきた直後、なにげない動作でフィルがブッ刺したのだ。


 フィル曰く、試作品であり命に別状はないらしいが――


「失敗作だと気絶するほど痛いって……そりゃあ実験に付き合いたくないよなぁ」


 しみじみと呟いて、心に決める。

 フィルは怒らせないようにしよう、と。

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