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Night  ~Eternal friendship~  作者: karuno104
第15話「同一と相違」
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15-5 目覚めると  - No side -

 左半身にかかる重圧に違和感を覚えながら、フィルは薄っすらと目を開けた。

 自分の左肩にのっている空色の髪を見やり、ぼやける思考の中でベッドに横たわっているのだと気付いた。ゆっくり右手を上げて、動く気配のないその髪をそっと撫でる。


「起きたか」


 ベッドの下からヌッと現れた矢鏡が、いつもより小さい声で言った。

 フィルは大きく目を開けて、何度か瞬きを繰り返す。同時に、ここはシンからもらった家の、シンに割り当てられた部屋だと理解する。


「悪いが上着だけ脱がせたよ」


 言いながら部屋の隅の椅子から立ち上がり、読んでいた本を消す矢鏡を見据え、


「……どういう状況?」

「任務は無事に終わった。今は待機中」


「いや、そうじゃなくて。

 どうして華月が僕に張り付いて寝ているんだい?」


 矢鏡はベッド脇に立ち、言葉通りフィルに抱き着き、パジャマ姿で静かに寝ている華月を見下ろす。少しばかり考えて、


「任務が終わってから二日経った。それでもお前が起きないから、心配した華月が『ひょっとして体温が低いせいじゃないか』と言い出してな。家中の布団をのせようとしていたから、それよりは体温の高い華月がくっついていた方が良いんじゃないか、と助言した結果こうなった。そして華月は『暇すぎる』とぼやいて五時間前に寝た」


「あぁ……うん……心配してくれるのは嬉しいけど、体温が低いのは生まれつきだから、暖められても困るよ。むしろ暑い」


 言って、ふーっと長く息を吐き、右手の甲を額に当てた。


「……華月も知ったんだね、僕のこと。心配させるから隠しておきたかったんだけどなぁ」

「バラしたのはセンリだ」

「だろうね」


 応えてすぐ、フィルは矢鏡にジト目を向け、


「ところで。華月はわかったけど……君はそこで何をしていたんだい?」

「決まってるだろ。お前が目覚めた時、華月に変なことをしないか見張っていたんだ」

「失礼だな。前にも言ったけど、睡眠中の人間に手は出さないよ」


 はっきり断言するフィルを、矢鏡は疑いの目で見つめた。


「本当か? エルナと比べて隙があるから好機と思って薬盛ったりしないか? 唯一無二の希少な肉体だからって、血を抜いたり手足切り取ったりしないか?」


「君、僕を良識が無くて見境の無い精神異常者だと思ってるの?

 というか、今までだって何もしてないだろ」


 一度視線を明後日の方へ逸らし、再びフィルに戻してから、冗談だ、と返す。続いて、ベッド脇のイスを引き寄せ座った。


「体はもう平気か?」

「大丈夫だよ。左腕の感覚がないことを除けば」


「そうか。因みに、霊体でもないのに復活に時間がかかるのは、お前の体が貧弱だからか?」

「ひんじゃ…………間違ってはないけど言い方ってものが……」


 フィルは呆れた様子で呟いて、それから真面目な顔で天井を見つめる。


「霊体の時は問題なかったんだけどね……

 通力が尽きただけならこうはならなかったんだけど、その前に薬を使っていてね」

「薬……? だってお前……」


 訝しげに首を傾げる矢鏡を見やり、


「薬といってもただの栄養剤だよ。即座に吸収されるよう調整したもの。それでも、僕の体には負担が大きすぎるんだけど」

「……なるほど」


 返事をしながら、矢鏡はセンリから預かったカードを手に現して、宙に浮き出た文字がフィルに見えるように移動させる。


「センリから。今回助けた請求だってさ」


 文字に視線を走らせた途端、フィルが露骨に顔をしかめた。


「…………燃やしていいよディルス。そんな不当なもの。そもそも、僕が倒れることになったのは彼が原因なんだよ。用意する義理はない」

「俺には何をいくつ要求してるのかわからないが……法外な要求なのか?」


「うん。最初の閃光薬二十個くらいなら別にいいけど、その次の高火力爆薬三百と霊体用神経毒四百は多すぎるよ。まず材料がないし、あっても作るのに数日はかかる。そのあとの破裂薬や溶解液も同じ。

 それだけの量が欲しいなら、最低でも試作品十個くらい付き合ってもらわないと」


「それは……相当だな……」


 口の端を引きつらせて呟く矢鏡。苦い記憶が脳裏を掠める。

 カードを受け取り消してから、フィルは視線を窓に移した。

 今にも雨が降り出しそうな灰色の空がわずかに見えた。


「因みに、用意したらどうやって届けろって?」

「簡単な話」


 矢鏡は人差し指をピッと立て、センリが去ったところから話し始めた。



**



「ノエルまで置いて行ったぞあいつ……コンビなのに一緒じゃなくていいのか?

 って、あれ? シンは?」


 ついさっきまで宙にいたシンの姿を求めて、華月がきょろきょろ辺りを見回す。


「あー……リコゼを持ってるのセンリだから……」

「あ! だから消えちゃったのか!」


 ノエルの言葉で納得し、くっそー、と頭を抱えて悔しがる。

 と、その時。


「シンから通信が来た」

「マジで!」


 通信機を取り出す矢鏡を向いて、瞳を輝かせる華月。

 ちょっと待ってと手で制し、矢鏡は通信機のボタンをスライドさせた。


『ごめんね。話の途中だったのに』


 通信機から、申し訳なさそうなシンの声が発せられる。


「シンは悪くないよ。勝手に行っちゃったセンリが悪い。

 つーか、通信機ってスピーカー機能ついてたんだな」


 華月はシンへのフォローを入れた後、感心したように言った。

 遠くで待機していたタガナが寄って来て、ノエルの後ろで腰を落とした。


『マスター、水の主護者を追いますか? わたくしも魔界までご一緒した方がよろしいですか?』

「ううん……大丈夫、追いかけないから……いつもありがとうタガナ……」

『かしこまりました。それではみなさま、わたくしは失礼いたします』


 ペコリと頭を下げるタガナに、じゃあな、と華月が返したところで、タガナの姿が光の粒となって消える。


「追いかけなくていいの? コンビって一緒にいないとダメなんじゃないの?」


 不思議そうに問いかける華月を見やり、ノエルはにっこり微笑んだ。


「ついてくるなって言われたから……」

「華月。ノエルサーガはセンリの居所をすぐに把握できるから、共にいなくてもいいことになってるんだよ」

「ほーん……。じゃあノエルにくっついていればいいと思ってたけど、無理か」


 補足を入れた矢鏡にそう返し、華月は通信機に視線を移した。シンに交渉するのが手っ取り早いし確実だと判断したらしい。


「なぁシン、俺もリンさんの屋敷に行ってみたい」

『んー……悪いんだけど、それは今度でもいいかな?』


 しかし期待は外れ、優しく拒否される。

 がっくり肩を落とす華月に、ごめんね、と謝り、


『華月たちに救援要請が来ていてね。だからこのまま次の任務を受けてほしいの』

「救援要請?」


『そう。詳しくは教えてもらえなかったんだけど、とにかく華月たちか、もしくはフィルに来てほしいって』

「じゃあ丁度いいのか。一緒にいるから」


『うん。もちろんフィルが起きてからね。……ダメかな?』

「ダメなわけないだろ? とーぜん引き受ける。任せろ!」


 力強く言い切って、華月が胸を反らす。


『ありがとう。とりあえず何日か戻して送るから、着いたらその場で待機していて。迎えに行くって言っていたから』


 それから、送る先はいつものように人里離れた森の中になることと、目印になるから家を出していてほしい、ということを付け足した。


「りょーかい。――ノエルはどーすんの?」


「あー……華月たちについてく……」


「え、俺たちに!? センリとは完全に別行動取んの!?」


「魔界には……話を聞きに行っただけみたいだから……

 それに多分……フィルに頼んだ薬……持ってきてほしいんだと思う……」


「なるほど、そういうことか」



**



「――というわけで、ノエルサーガがついてきている。この家を出してすぐに華月のベッドを占領して、今もなお寝続けているよ。それも華月がここで寝ている理由の一つだな」

「起こせばいいのに……。まぁ、華月はそんなことしないか。任務中なら別だろうけど」


 矢鏡はこっくり頷いて、華月の体がわずかに動く。


 二人の視線が空色の髪に集中し、三秒ほど経ってから。

 ぱちっと一気に目が開かれる。


 深い青と、エメラルドグリーンが向かい合う。


「おはよう、華月」


 爽やかに微笑むフィルを認め、華月はがばっと身を起こした。


「フィル! よかった! 目が覚めたんだな! 矢鏡が一日くらいで起きるって言ったのに、ぜんぜん起きないからすっげー心配したんだぞ! 心音弱いし体温低いし!」


「うん、心配かけてごめんね」


 華月と違ってゆっくり上体を起こしたフィルは、応えながらさりげなく右手で左腕に触れる。喜ぶ華月の視線を注意深く観察しながら、ばれないように痺れた腕を(さす)った。


 幸いにも華月は気付かなかったが、笑顔はすぐに浮かない顔へと変わった。


「……ごめん。一人にしたからだよな」

「華月のせいじゃないよ。あれはさすがに予想外だったし、仕方ないさ。結果的には無事だったんだから気にしないで」


 安心させるようにフィルは言ったが、華月は落ち着かない様子でそわそわ動き。


「お、おう。あの、それとさぁ……まだ謝ることあって……

 センリからフィルを渡された時、体軽いし冷たいしで、生きてんのかなって思って、その……心臓動いてるか確認するために……つい胸に耳当てちゃったんだけど……」


「えっ…………あ、うん……まぁいいよ……」


 フィルは少し動揺して口元を引きつらせたが、すぐさま困ったように微笑み。


「えっと、教えるから今度から心音測りたい時は手首で測ってね。あと体温が低いのは生まれつきだから、暖めようとしなくて大丈夫だよ。その……入浴してないし」


 華月は一瞬きょとんとして、次いでにぱっと笑った。


「ん? あぁ、汚いとか思ってないって。むしろいい匂いが――」


 最後まで発する前に、珍しく頬に朱の差したフィルの強烈ビンタが決まった。

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