15-4 取引
あぁ可哀そうに。枷を外す手はあっても、それが無理ゲーに等しいとは。
「……哀れんだ目で見てくるの、やめてくれる?
言っておくけど、俺は諦める気ないよ。実力差はわかっているけど、だからって諦める理由にはならない。いつか絶対に勝ってやる」
哀れみの目で見ていた俺にはっきり宣言したセンリは、短いため息を吐き、
「――って、そんな話はどうでもいい。いい加減仕事の話をしよう。
あんたたちの任務は配達だったよね。さっさとよこしな」
呆れたように片手を差し出す。
俺はハッとして、
「あ、そうか。そういえばそうだった」
ちらりと矢鏡を見ると、矢鏡はフィルを俺に寄こして預かっていたリコゼを渡した。
センリがじーっとそれを見つめる。
そしてなんと。
リコゼが薄く光り、その上にぴょこんっと小人が現れた!
「こんにちは、センリ♪」
小さなプレートの上に乗り、かわいく挨拶したのはデフォルメされたような姿の、手の平サイズまでちっさくなったシン!
くっそかわいぃぃぃぃぃっ! なんだこれ! マジかわいいんですけど! 手の平サイズなんですけど! 俺も欲しいんですけど! こっちに来てほしいんですけど!
「みんなもおつかれさま。任務は終わったみたいだね」
俺たちをぐるりと見渡して、にっこり微笑む小人。いや、天使。
そんな我らが主を、センリはがしっと鷲掴みにする。
「てめっ……なにしとんじゃぁぁぁっ!」
荒ぶる俺を完全に無視して、
「おいクソガキ」
「ク、クソガキィ!? お前シンに向かってなんつーふもっ」
「すまない華月、ちょっと黙ってて」
フィルを抱えているおかげで手を出せないってのに、さらに矢鏡の手が俺の口まで塞ぐ。
ぐぬぬぅ……あとで見てろよ……
「なぁにセンリ?」
ひどい扱いを受けても、シンはにっこり笑顔で応じる。
「上級悪魔たちだっていうから期待してたのに、実際は魔力と科学技術だけが高いザコで、俺の敵じゃなかったとか。その上、こいつらに俺の計画を台無しにされたこととか。
言いたい文句は山ほどあるが……ひとまずそれはいい」
冷めた口調で言いながら、手にしたリコゼを見せつけるように持ち、
「これはどういうこと? 元王佐君が持っていたやつだよね?」
「そうだよ」
シンは一度目を閉じると、センリの手からするりと抜け出て宙に浮かぶ。
あ、浮けるんだ。さすが天使♡
シンは淡く微笑み、
「アデルからお願いされたの。センリに渡してほしいって。
……あなたのことを信じてるって」
そのことばに、センリが意外そうな顔をする。
アデル……? どこかで聞いたことあるような……
「なぁ、アデルと元王佐君って誰?」
うまいこと口をずらし、俺は小声で矢鏡に聞いた。
矢鏡も合わせて小声で、
「それは同じ人物。アデルは元王佐で、氷の主護者。フィルと同じくらい頭が良くて、天界では参謀をやっていたよ」
応えながら冷静に俺の口を塞ぎ直す。
そうだ、確か六賢者の話で出てきた名前だ。
シンはふふっと小さく笑い、リコゼを指差した。
「これからのために、センリのために、いろいろ足しておいたよ。あとで確認してね」
「随分と待遇がいいことで。
――で、依頼内容は? そこまでするってことは、次のは大物なんだろ?」
「それも中に入ってるよ」
横目で見やり、さっそくリコゼを操作するセンリ。親指を表面に滑らせ、
「へぇ……」
再び爽やか笑顔を浮かべる。
俺には何も見えないけど、センリの目には文字か何かが映っているのだろうか。
「面白そうだね。たまには褒めてあげるよ、クソガキ」
「ふもっ! ふもふっふもっ!」
嬉しそうにド失礼なことをいう野郎に、思わず声を出すが――ふがふがとしかならん! ええい、離せ矢鏡!
「『てめぇ、また言ったな』だって。ディルス、そろそろ離してあげて。
それと華月。私は気にしてないから、どうか怒らないで」
優しい優しいシンがにこやかに笑って言った。
言われた通り離す矢鏡。
これで自由に発言できるが、そーゆーふうに言われたらさすがに怒れん……
「あとこれ、発明マニアからの依頼品」
シンを掴んでいた方の手に、半透明の小さな黄色いクリスタル(にしか見えない)を現すセンリ。
「今回の悪魔が作ったシステム、機械人形及び武器のデータ、設計図、その他諸々、依頼通りすべて盗ってきた。預けるから渡しておいて。報酬は後で貰う」
「うん、わかった」
シンはすんなり引き受けてクリスタルを受け取った。今のシンには重いんじゃないかと思ったが、小さな手で触れた途端に消えた。物質召喚はいつも便利。因みにあのクリスタルは、地球でいうUSBメモリのようなものらしい。
あとついでに。
このタイミングで聞いたのだが、このシンは本体でもなければ分身でもないらしい。よくわからんけど触れる立体映像なんだと。扱いにくい分身とは違って、通信相手が誰であっても自動的に映像化する(但し相手が拒否した場合は映像化しない)し、リコゼからあまり離れられないし、実体が無いから浮けるしなんでもすり抜けられるし、通力の消費が無いらしい。他にも細かく違うらしいが、それ以上聞いても覚えられないからやめておいた。
それにしてもあの銀髪め……シンに対してなんて偉そうな態度なんだ……
タガナと同じく恨みがましい顔をしていたからか、俺を見た矢鏡が、
「華月、センリとは仲良くしておいた方がいいよ」
「…………なんで?」
「性格に難はあるが、かなり有能で多才な奴だから。性格に難はあるが」
大事なことなので二回言った。もちろん小声で。
「有能っつったって……報酬とか言ってるし。なんか頼んでもお金とか請求してくるんじゃねぇの? そんな奴に頼ることなんてなさそうだけど」
俺も小声で返し、ジト目を向ける。
と、
「次はどこだったの……?」
ようやくノエルが動き出し、リコゼをのぞき込んだ。
「んー……魔王城……? めずらしいね……」
魔・王・城。
「そ、それはつまりリンさんの家か!?」
「うん……城というより……屋敷だけどね……みんな城って呼ぶの……」
「俺も行きたい!」
シュバッと手を上げてアピール。
センリは腕を組み、呆れたような顔で、
「どうやら好みも変わらないみたいだね……
連れて行くわけないだろ。あんたたちの任務は終わったんだ。大人しく帰れ」
「ついてくくらいいいだろ?」
なんとか許可してもらおうと、にっこにっこ笑って食い下がる俺。
「邪魔だ。帰れ」
「邪魔しないってー」
「いるだけで邪魔なんだよ」
「気配消すからさー」
「そういう問題じゃない」
なかなか折れないセンリに、別にいいだろー、と何度も何度も言いまくり。
結果。
「ったくしつこい! だからあんた嫌いなんだ!」
舌打ちし、忌々しそうにぼやくセンリ。お、勝ったか?
続いて長いため息を吐き、シンを握っていた方の手を上げ――
「おおっ!?」
現したモノを見て、俺は思わず声を上げていた。
普通の写真よりちょっと大きな、額縁に入った一枚の絵。写真かと見間違うほど細かく綺麗に描かれているのは、腕を組んで不敵に笑うリンさんの上半身。
『わー……』
揃って感心するシンとノエル。
それもそのはず。芸術がまったくわからない俺でも、この絵が凄いってことはわかる。素人だけどこの凄さはわかる。生きてるような、という例えはこういうものに使うのだろう。それほど超超超ハイレベルなのである。とてもじゃないが、ひねくれた元殺し屋が描いたとは思えない。
素晴らしきその絵に、俺はわなわなと手を伸ばし、
「そ……それ……」
「こんなこともあろうかと描いておいて良かったよ。――欲しいか?」
にっこり笑い、ひょいっと絵を遠ざけるセンリ。
こくこくと何度も頷きまくる俺。
めっちゃ欲しいですセンリさん。頼ることないとか言ってごめんなさい。完全に侮ってました。画家っていっても大したことないと思ってました。あなたはすごい人です。
「もう一度聞く。大人しく帰るか?」
聞きながら、センリがひーらひーらと絵を揺らす。
絵か、リンさんのお宅訪問か、どっちを取るんだと聞かれているのだと、バカな俺でもさすがにわかる。
正直すっげー悩む。
今後リンさんの家に行ける機会があるかもわからないし、今を逃したらもう絵をくれないかもしれない。もしくは別の人に渡すかもしれない。
なんという究極の選択!
苦い顔で悩んでいると、センリはリコゼをコートの内ポケットにしまい、代わりに親指サイズの銀の棒を取り出す。その横についた小さなスイッチを押し込んで、上端から出た火を絵に近付け――
「あああああわかった! 帰る! 帰るよ!」
慌てて言った瞬間、すぐさま火が消え、ライターも消えた。
迷いなく燃やそうとしやがったひねくれ画家さまは、満足そうにふふっと笑い、
「よし、言ったな」
と言って絵をパッと消した。
物質召喚で消した。
この場から消した。
「えっ! くれるんじゃないの!?」
咄嗟に騒ぐ俺に、センリがすっげー優しい口調で。
「バーカ。俺は『帰るか』と聞いただけ。代わりに絵をあげるなんて言っていない」
「ずるっ! じゃあさっきのは無しだ! 無し!」
「あんたが勝手に帰るって言ったんだろ。自分の発言には責任を持ちなよ」
はっ、と小馬鹿にしたように笑うひねくれ銀髪を、いっそ殴ってやろうかと思ったところで矢鏡に肩を掴まれた。
「華月。センリはこの性格だから、仲間からの支援をほとんど受けてないんだ。代わりに取引することで必要な物を得ているんだよ。つまり交渉が必要」
それから矢鏡は、まかせて、と呟き、センリを見据えて片手を上げる。次いで、その手の上にぽんっと教科書みたいな本が現れる。
「地球で天才と呼ばれる画家の画集」
あ、背表紙に『ゴッホ』って書いてある。
つか、取引材料は絵画関係でいいんか?
と思ったのだが、センリは興味深げに表紙を見つめ、
「…………写真か。なら、さっきの落書きとなら手を打つ」
「それでいい」
そして画集と交換されたリンさんの絵を、矢鏡が俺に寄こしてくれる。
「をー! サンキュー矢鏡!」
すげー手の込んだ絵に見えるものを落書きと言った件は気になるが、とりあえずフィルを落とさないように受け取って、汚さないよう術で消しておく。
あとでゆっくり見よう♪
「あぁそれと」
センリが手に現した白いカード(学生証くらいの大きさで、中心に描かれた円を囲うように装飾がされている)を矢鏡に向けた。
「今回助けてあげた請求書。黒医者に渡しておいて」
矢鏡が受け取りわずかにカードを傾けると、円から真上に光が伸びて、目の前の空中にずらっと文字が浮かび上がる。おーすげぇ。かっけぇ。
「一三五が二十、四四六六が三百、九一が四百……」
「数字しか書いてないぞ……なんだこれ? 呪文か?」
最初の一文を読み上げる矢鏡の手元をのぞき込み、俺はおもいっきり眉根を寄せた。
「フィルの薬の番号と必要数だよ。フィルは自分が作った薬に、いちいち名前とかつけないからな。因みに、番号をどういう基準でつけているのかはフィルしか知らない。製作順ではないらしい」
「へー。じゃあ最初の一三五ってなんの薬?」
「さぁ……。成功作だけでも数千種類はあるからな。俺には覚えられない」
聞けば、失敗作と試作品を含めるとよゆーで一万超えるらしい。風邪薬とか軟膏とかの治療薬は含まずに、である。
「センリは覚えてるってこと? すげぇな」
「さすがに全部は無理だけど、要りそうなものくらいは覚えてるよ。あんたたちとは頭の出来が違うんでね」
爽やか笑顔で腹立つことを抜かすセンリ。最後のひとこと余計なんだよ。
呆れたジト目で見ていると、センリが急に真顔で俺をじーっと見返してくる。
「……なんだよ?」
問いかけるが、返事はすぐには来なかった。
十秒くらい経ってから、やっと口を開く。
「無知なあんたに、一つ助言をしてあげよう」
一拍の間を空けて、爽やかに微笑んだ。
「〝隣に立っているからといって、味方だとは限らない〟
――精々気を付けるんだな」
ギリギリ聞き取れるくらいの小声で言って、センリは踵を返し、にこにこしていたノエルを蹴っ飛ばす。但し威力はなかったようで、さっきのように地平線まで吹っ飛んだりせず、体勢をちょっと崩しただけで終わる。やっぱ女性だから手加減してるのかも。
「なんで蹴るのー……?」
「顔がむかつく。――ついてくるなよ」
首を傾げるノエルから離れ、爽やか口調で突き放したセンリは、薄紫色のサイコロっぽい小箱を指で潰してこの場から消えた。




