2-4 術の使い方
「まぁ、それは置いといて――」
シンが言う。
「華月の特性は"月"なの」
「月? それは何系に入るの?」
「特殊系。だから普通の術は使えない」
横から矢鏡が口を出す。そして俺の目は点になった。
「え……」
呆然とした声が無意識にもれる。
だって、特殊系は十人くらいしかいないって――まさかその一人に入るとは思わなかった。
「あー……でもそうか。だから攻撃系の術が使えないって言ってたのか。月で攻撃とか出来ないもんな」
ふむふむと自分一人で納得する。
矢鏡みたいに氷とか雷とか出してみたかったが……まぁ仕方ない。回復とかは使えるみたいだし、それでよしとしよう。
「因みに、回復の他に使える術は?」
「肉体強化とかかな。それは通力か魔力持ってれば使えるし」
俺の問いに、矢鏡が答える。
「腕力とか脚力とか……全体的に常人離れした力を付けるのがそれ。防御力もかなり上がるし、高速で動いても空気摩擦とか無効化出来るよ」
「高速で動けるんだ……」
あ。もしかして、一瞬で現れたりするのはこれか。高速で動いてたから見えなかったのか。
……俺もそのうちやるのかな。目、回りそうだけど。
「実際に筋力が無くても、その術で補完できるからかなり便利だよ。まぁ……強いかどうかは個々の技術と力量によるけど」
「へぇー」
矢鏡は顎に手を当て、考えるポーズ。
「あと"転移"とか」
「てんい?」
「転移。世界を移動する特殊系の術。使えるのはシンと君含めて五人くらいかな」
淡々とした説明に、俺は一つ閃いた。
「じゃあ、俺がこの世界に来たのも、転移を使ったからじゃねぇの? 無意識で」
言った途端、矢鏡とフィルはハッとしたように真顔になり、ゆっくりと首を回してシンを見た。
シンは矢鏡、フィルと視線を移し、こくりと小さく頷く。次いで俺をまっすぐ見据え、
「多分あってるよ。どうして使えたのかは分からないけど……」
よーっしゃ! 当たった! ……ってか、矢鏡達はこんな簡単な考えが思いつかなかったのか? バカの自覚がある俺でさえ思いついたのに。
「それは一応考えたけど……転移は偶然使えるようなものじゃないし、シンが何も言わなかったから、何か他に裏があるのかと思ってたよ」
フィルが言う。――あ、なんだ。そうだったんだ。
「確証が無かったし……それに、気になることが他にもあるから言わなかったの」
真剣な眼差しでシンが答えた。
「もしかして、うちに来た魔族が関係ある?」
フィルが聞いて、俺はぼんやりとその時の事を思い出した。
そういえば……フィルが説明している時、なんか考えてるっぽかったな。
シンはじっとフィルの目を見つめ、しばらくしてからにっこり笑った。
「今は内緒。あくまで私の推測だからね」
「……了解。じゃあこの話は保留にしよう」
思ったよりあっさりとフィルは引き下がる。
相手が神様なだけあって、結構忠実なのかな……。いや、もしかしたらシンは結構強情……だったりとか? いやいや、きっとシンをもの凄く信頼してるんだろう。
そんな余計なことを考えている間に、とりあえず町に向かおう、と他三人の意見が一致。話の続きは歩きながら、ということに決まっていた。
フィルを先頭に歩き出す三人。
「ほら、行くよ華月」
「あ、うん」
矢鏡の呼びかけに短く返し、俺は慌てて後を追った。
あ。そういえば刀持ったままだった。邪魔だから消しておこう。
木々の間をひょいひょい抜けて、すぐに元の細道に出る。フィルは迷わず左側(俺から見て)に向かい、シン、矢鏡、俺と続く。
「――で、どこまで話したっけ?」
後ろに顔を向けてフィルが微笑む。
「華月がどの術を使えるか、だな。でもそれは言っても意味無いから……まずは通力の使い方を覚えさせないと」
矢鏡が抑揚の無い声で答える。
「けど、どうやって教えるんだい? 通力も術も感覚的なものだから、言葉で説明するのは難しいと思うんだけど」
「感覚的……?」
俺が割り込むように尋ねると、フィルはすっと右手を挙げ、ひらひらと振って見せる。
「例えば、こうやって手を動かす時にわざわざ頭で考えないだろ? 術もそんな感じなんだよ。手足を動かすような感覚で使うんだ」
「なるほど。どうやって手足を動かしてるのかなんて、聞かれても答えられないもんな……」
ふむふむと納得する俺。しかし、そうすると一つ疑問が湧くのだが……
「じゃあさ、皆どうやって術使えるようになったんだよ? その話だと、教わるの無理ってことじゃん。まさか『いきなり閃いた!』……とか?」
俺がそう聞くと、フィルと矢鏡は顔を見合わせ、困ったように、うーん、と唸り、
「こう……ぱっと分かる感じ?」
「うん。気付いたら術が使えた……みたいな」
無駄に手振りを付けながら言った。
「普通はね、天界に来ると通力に気付くんだよ。それと同時に通力の使い方を理解して、自分で術を編み出すの。セロが一度亡くなってからじゃないと、通力は開花しないからね」
シンがふふっと笑って言った。
「は? せろ?」
俺は眉根を寄せて聞いて、シンは肩越しに振り向いて言う。
「セロってのは、魂の一番初めの所有者のことだよ。――平たく言うと、まだ一度も生まれ変わったことのない人のこと」
シンの解説は次の通り。
人間の魂は、輪廻転生したものもあれば、新しく生成されて宿るものもある。通力を持たない魂は、初めの人生を終えると成仏して冥府に向かい、浄化(記憶や人格などの情報を封じてまっさらな状態にすること)されて転生を繰り返すのが普通だそうだ。
しかし、通力を持つ魂は、初めの人生を終えると自動的に天界に送られるらしい。そこで神であるシンの神気に触れると、自身の中にある通力を自覚するようになるという。そして、ほとんどの人はそこで主護者として活動することを選ぶため、その魂は浄化されず、第二第三の人格は生まれなくなる――つまり、主護者のほとんどはセロだってことだ。
因みに、通力を持ったセロが主護者にならなかった場合、浄化を受けても通力が消えることはないので、転生しても普通に術が使えるらしい。その際、通力の使い方だけは自然と思い出されるから、あとは主護者と同じように術を覚えるんだってさ。
「つまり、俺はセロじゃないから、これから自然と思い出すってこと?」
「んー……普通は物心つく頃には思い出すんだけどね。多分華月は自覚してないだけじゃないかな? だから無意識でも使えると思うよ」
『へぇ……』
俺と矢鏡の声が揃う。俺は一拍の間の後、ジト目で矢鏡を見やる。
「って、なんでお前も感心してんだよ?」
「いや、最後の方は知らなかったから……」
矢鏡はそう言って、シンの方に視線を移した。
「でもシン。それだったら、華月に簡単な術でも教えればいいんじゃないか?」
「さぁ? なにせ、華月に関しては事例がないからね。でもやってみる価値はあるかもよ?」
シンがにっこりと微笑む。
「いや、だから、術だって口で説明するのは難しいって話だったろ?」
俺の問いに、矢鏡は再びこっちを向く。
「そうだけど、通力が使えるなら話は別」
「マジ?」
「あぁ。"言霊"でなんとかなると思う」
はいきたぁぁぁぁぁ!
やっぱ魔法って言ったら、呪文唱えるとか技名叫ぶとかだよな!
俺、内心でガッツポーズ。そういうファンタジー要素が欲しかったんだよ!
「ちゃんとあるんじゃん! そういうの! 難しくて長い話ばっかりだったから、てっきり現実はゲームみたいに甘くないのかな、とか思ったよ!」
一気にテンション上がって喜んだ。仕方ないだろ。ややこしい話とか苦手なんだよ俺は。
「あ。ひどい華月。知っておいた方が良いかと思って説明したのに……」
シンが振り向いてしょんぼりとした顔をする。
やっば!
「あ、いや! めっちゃタメになったよ! うん!」
慌ててフォローを入れたが……慌てすぎてフォローになってねぇなぁー……
「シンを泣かせたらだめだよ、華月」
フィルが小さい子を諭すように言った。はい、すみません。以後気を付けます。
「そうだよ。そんなことしたら殺されるよ」
矢鏡がやたらと物騒なことを言う。
「だ……誰に?」
「シンの姉妹に」
おそるおそる聞くと、意外な答えが返ってきた。
「シンに姉妹とかいるの!?」
「いるよ。すごく優しいの♪」
シンが嬉しそうに笑って言った。
「へぇ、仲良いんだな。やっぱシンに似てるのか?」
『会えばわかるよ』
フィルと矢鏡が揃って言う。どこか遠くを見るような目で。
……その反応だと似てないのかな? ちょっと気になる……神様の姉妹だし。
「早く会ってみたいなぁ」
俺は意味無く空を見上げて呟いた。
もう陽が落ちて、空は暗くなり始めていた。