15-2 とりあえず、仲は悪い
銀髪さんは、小さくふふっと笑うと、
「そりゃあ軽いさ。体温だって低くて当然。中身の欠けた欠陥品なんだから」
優しい口調で、衝撃的なことをさらりと述べた。
思わず目を点にする俺。
「け……欠陥品……?」
「あんたは偶然出来た史上最高の完璧な超人。
対するそいつは、落ちたら死は確実の場所で細い糸の上を渡るような、死なない方が不思議なくらい、奇跡的に生きている出来損ない。いくつも内臓が足りない、いつ死んでもおかしくない体だ。
だから当然、体重は軽くなるし、体温も低くなる」
で……出来損ないって……言い方ひでーな。話し方はすげー優しげなのに……
つか……内臓が足りないって……
いつ死んでもおかしくないって……
「そいつに医学の知識がなかったら、二十年生きられるかどうかってところじゃないかな」
「それは……冗談、だよな?」
「信じたくないなら信じなくていいよ。ただの人間じゃないんだから、肉体の寿命なんてどうでもいいし。
――そんなことより」
言いながら、ピッとフィルを指差す銀髪さん。
「護れないなら連れてこないでくれる? 迷惑なんだよ」
「心配しちゃうもんねぇ……」
爽やか代表の横に一瞬で現れる、やんわり笑いを浮かべたノエル。瞬間移動はわずかにモーションがあるのだが、召喚には無いらしく、初めからそこにいたかのような佇まい。潰されたダメージは無いだろうが、全身砂まみれでちょっと汚い。
銀髪さんはノエルに顔を向けて、
「心配なんてするか」
「ぐぇっ」
爽やかオーラ全開のまま、ノエルの脇腹に回し蹴りを叩き込む!
カエルがつぶれたような呻きを残し、海の方へ吹っ飛ぶメガネ。V字型の巨大なしぶきをあげつつ沈んでいく。あ、でけー虹……
またしても茫然とする俺に構わず、銀髪さんは姿勢を正すと、
『あーっ!』
タガナの叫びが頭に響いた。次いで、勢いよく下りてきた本来の姿のタガナが銀髪さんの隣に着地。両方の翼をパタパタさせながら、
『突然飛び降りたから何事かと思えば! マスターになんてことするんですかっ!』
見た目ではわからんけど、口調からしてどうやらお怒りのご様子。
その矛先である銀髪さんは、表情ひとつ変えずにそちらを見やり、
「照れなくていいんだよセンリ……」
二人(一人と一体)の間に現れ、全身に纏わりついた海藻からぼたぼた雫を垂らしながら、優しく諭すノエルを即座に海へ投げ返した。再び上がるしぶき、プラス虹。
『やめなさいと言っているでしょう!? 怒りますよ!?』
「怒りたいのはこっちだよ。計画は崩れるし、鉄板は飛んでくるし」
『確かにあんな勢いで飛んできた時には驚きましたけれど、あなたが防がなくてもわたくしなら避けられましたよ!』
「どうかな。多少力があるとはいえ、所詮鳥だろ」
『なっ……元人間ごときが我が種族を愚弄するなんて……っ! マスターの相方とはいえ、そこまで言われたらもう堪忍出来ません!』
吠えたタガナはばさりと羽ばたいて後退し、距離を取る。
「へぇ、やる気? 言っておくけど、あんたら幻獣は制約対象に入ってないからな」
低く呟き、空気を揺るがすほどの強烈な威圧感を放つ銀髪さん。
こっちもケンカすんのか、やっぱ優しくないかも、制約って何、などと疑問が浮かぶが、どう見てもそれどころではない。さすがに止めるべきだろう。
俺は慌ててフィルを矢鏡に渡し、振り返って――
「ひとーつ……」
「びへっ」
どこかからのんびりノエルの声が聞こえたと同時に、銀髪さんが落下してきた巨大な水まんじゅうに押し潰された。
つやっつやの水まんじゅうにしか見えないそれは、下敷きにした銀髪さんを余裕で覆い隠せるほどの大きさで、表面の上の方にいかつい顔が張り付いている。多分生き物。
「ケンカしないで……」
水まんじゅうの傍に現れたノエルが、びみょーに困ったように言った。次に腰に手を当て、
「んもー……センリ……冗談でもそんなこと言っちゃダメだよ……
特に君の冗談は……わかりにくいんだから……」
「マスター、止めないでください。今回ばかりは許せません」
怒気を含んだ声音で抗議するタガナを見返して、ノエルは注意するように。
「あのねタガナ……
センリはものすごーく素直じゃないのー……意地が悪いことばかり言うけど……それは全部本心じゃないのー……
天邪鬼とか……嘘つきとか……へそ曲がりとか呼ばれてるけど……悪い人じゃないんだよー……照屋さんなだけで……本当は優しい人なんだよー……
だからそのまま受け取らないで……
見抜けないなら……会話しないようにしてねって……言っておいたでしょ……?」
一拍の間を空けて、タガナは戦闘態勢を解くと頭を垂れた。
「……申し訳ありません、マスター。冷静さを欠いておりました。わたくしだけのことならまだいいのですが、種族まで軽視されると……
なにより、彼のマスターに対する振る舞いがあまりにも目に余るものでしたので……」
「オレは大丈夫だよ……痛くないし……」
にこやかに、朗らかに、そう言う主に、タガナはキラッキラと尊敬の眼差しを送る。
俺は座布団にされた銀髪さん(姿は見えないけど)を見やり、可哀そうに、と同情した。
要塞の中では避けられまくって、攻撃が当たったと思ったらまさか『痛くない』のひとことで済まされるとは……
とりあえず会話は終わったっぽいので、
「ひとつ聞きたいんだけど……
今銀髪さんを潰してるそれはなんなの? 水まんじゅうにしか見えないけど、それも幻獣なのか?」
尋ねると、ノエルはこっちを向いてへらっと笑って、
「あー……これ……? これは幻獣じゃないよ……
岩の一種でね……水分を吸収して大きくなるの……
だから水系しか使えないセンリは……術ではどかせない……」
「岩なの!? 強面のおっさんみたいな顔がついてるけど!?」
「そういう岩なの……これはまだ小さい方だけど……大きくなるにつれて……かわいい顔になっていく……不思議な岩……」
「それ岩じゃなくね?」
「岩だよー……成長するけど生き物じゃないよー……
因みにこれの重さは約一トン……」
「一トン!?」
バッと銀髪さんの方を見る。ノエルが落ち着いてるからスルーしてたけど、さすがにそれはまずいんじゃないか?
だがしかし、心配はいらないようだ。
水まんじゅう岩の下から、凄まじい殺気があふれ出てきた。
続いてゆーっくり岩が押し上げられ、
「こっの……クソメガネが……っ! いつもいつも……こんなもので抑えられると思うなよ……っ!」
わずかに出来た隙間から、血走った目が覗く。
その様はまるで、ホラー映画によくあるベッドの下から這い出てくる怨霊のよう。夜でもないのに迫力がある。
おー、と感心した声を出し、ぱちぱちと拍手するノエル。
「強くなったねぇセンリ……数年前までは……持ち上げられなかったのに……」
言いながら、ぱっとチョキを彼に見せ、
「ふたーつ……」
「ぅぐっ!」
水まんじゅうの上に、もう一つ水まんじゅうが乗っかった。同じ大きさ、ということは合計二トンかな。
哀れな銀髪さんは耐えきれず、ぺしゃっと伏して再び見えなくなる。
「お、おい……そんなことしたらもっと怒るんじゃないか? ってか大丈夫なの? さすがに潰れちゃったんじゃ……」
「大丈夫だよー……肉体強化は使えるし……
それにねぇ……こうするのが一番早いんだよ……」
「早い?」
「少し待ってて……」
ノエルはにっこり笑って、水まんじゅう岩を見下ろした。
言われた通り見守る俺。
それから間もなく。
徐々に、徐々に。ゆっくりと。
夏の空気さえ冷やしていた猛烈な殺気が、少しずつ少しずつ収まっていく。
やがて完全に消え去って。
「もういいかなぁ……」
呟いたノエルが片手をかざすと、まんじゅうたちが瞬時に消える。
その下に倒れていた銀髪さん(ダメージを受けた様子はない)は、五秒ほど動くことをせず、その後十秒かけてゆっくり立ち上がる。呆れたような諦めたような表情で、足元の鉄板を見下ろして静かに長く息を吐いた。
――そこからは速かった。
銀髪さんは鬼の形相で即座にノエルに掴みかかると、左袖から伸ばした糸を首に巻き付けて引っ張り、空いてる右手で端正な顔を殴りまくる。器用にメガネだけ避けて、一秒間に十発以上叩き込む。
なぜだか大人しくやられているノエルのイケメン面が、だんだんボコボコに歪んでいく。
あぁ……まずい……
人として止めるべきなんだけど……
『いいぞもっとやれ』としか思えねぇ。日頃の行いって大事だよなぁ……
糸で首を固定されているため、格ゲーのはめ技みたくなっている。
およそ千発ほど殴り。
そして最後に、首から外れた糸が袖に吸い込まれるのと同時に、ノエルのパンパンに腫れた顔に上段回し蹴りを入れる。キラーンと海の向こうへ飛んでいって一瞬で視界から消えた元イケメン。
その方をぼんやり眺める銀髪さんの顔は、少しだけすっきりしているように見えた。