14-2 勝利の決め手は -Senri side-
無数の刃が広い室内を交差する。十本単位で次々と生み出されるそれは、ダガーナイフから柄だけを取り除いたような形状で、肉でも骨でも容易く断ち切れるほど鋭く、人体を貫くには十分なほどの長さがある。
しかしそれらはすべて目的を果たすことなく叩き落され、あるいは躱されて無機質な床へと突き立った。
「……命中無し。これ以上の継続は無意味と判断します」
宙に浮かんだ人影から無機質な声が発せられる。攻撃を止め、刃を撃ち出していた筒形の巨大な機械を後ろに下げる。
人の姿をしているが、その顔からは生気を感じない。顔と胴体は若い女性に見えるが、両手両足は武骨な機械で出来ており、また目の位置には黒い板状のモノが巻かれ、一つの赤い光点がその中で左右に動く。頭部に髪は無く、耳の代わりに角のような三角の板が張り付いていた。
右手に握る大振りのナイフ一本で攻撃を凌ぎ切ったセンリは、とても楽しそうな表情で敵を見上げた。もう片方の腕で抱きかかえるフィルを隠すように軽く身を引く。俵担ぎの方が動きやすいのだが、背後への警戒を怠れば彼女が危ない。どちらがマシかを考えて、少々動きにくいが彼女を守る方を優先したのである。手放さないのも同様の理由だ。
「人工知能搭載の人形『ネクドロ』か。資料で見た時はただのオモチャだと思ったけど、撤回するよ。これは確かに良い出来だ。こんなに優秀で面白いモノを作れる奴はあまりいない。
――誇るといいよ、ヤドゥガ・ブレッディ」
「貴方に褒められても主は喜ばないでしょう。それよりも速やかに死んでください」
「嫌だね。あんたこそどきなよ」
「拒否します。主の邪魔はさせません」
言って、ネクドロは両腕をセンリに向けて伸ばした。
「水の主護者、貴方のことはすでに知っています」
手首から先が左右に割れ、ぽっかりと空いた穴から激しい電撃が射出される。
センリは大きく退って第一波を避けた。ひゅうっと口笛を吹き、
「合わせてきたか、困ったな。雷とは相性最悪なんだよね」
まったく困った風もなくにっこり笑う。大振りのナイフを消し、代わりに短剣を出す。
続いて第二波が空を裂く。
センリは今度は避けずに、真っ向から対峙した。飛来に合わせて短剣を振り回し、電撃を明後日の方へ弾き飛ばす。
「まぁもちろん、弱点でもないんだけど。対策してないわけないだろ」
呟きながら一気に間を詰め、攻めに転じる。
ネクドロは十メートル以上の高度を浮遊している。決して届かない高さではないが、まっすぐ突っ込んでは恰好の的になる。
故にセンリは、砲口がこちらを向き、発射される寸前で軌道を変えた。ネクドロの真横まで飛んで雷光をやり過ごし、照準が再び自分を捉えるその前に真下へと移動。すぐさま跳躍して斬りかかる。
腕を切り落とすつもりでまずは右肩を狙ったが、視界外からの攻撃にも関わらず、ネクドロは素早く身体を捻り右腕で防いだ。同時に左手の砲口をセンリに向ける。
センリは咄嗟にネクドロの腹を蹴り飛ばし、短剣を軽く上に放って細長いナイフを四本現した。猛スピードで対面の壁に激突する機械を追うように、それらを投げ放つ。無論、この程度でダメージを与えられるとは思っていない。
案の定ネクドロはすぐさま体勢を整え、あっさり攻撃を受け流した。
けれどそれで十分。おかげで身動きの取りにくい空中から床に降りるまでの時間は稼げた。
「水系の技が使えないのはやっぱり面倒くさいな。
暇な時ならいいんだけど、今は時間がないからね。早くしないと邪魔が入る」
にこにこ笑って落ちてきた短剣をパシッと掴み取る。それから右側の壁を一瞥し、固く閉ざされた鉄の扉を確認した。扉の先には核心部と、ヤドゥガがいるはずのモニタールームがある。
「時間がないのはこちらも同じです。侵入者はあと四人もいるのですから」
「俺を倒した後のことまで考えてるなんて余裕だね。
あんたの攻撃、かすってさえもいないのに」
「貴方も当てられていません」
ネクドロは応えながら、再び両手を突き出した。二か所から雷の槍が次々と生み出され、センリを狙って驀進する。その速度はかなりのものだが、軌跡は単純だ。
センリは易々とそれらを打ち払い、機を見て瞬時に接近、機械の体目掛け刃を振る。
電撃を撃ち続けながらすんでのところでかわし、ネクドロが再び宙に浮き上がる。タタンッと軽快に壁を蹴って最初にいた位置まで移動すると攻撃を止め、
「それに、勝敗はすぐに決まります」
両手を戻して砲口を隠し、フッと笑って宣言した。
直後。
「――っ!」
フィルの体が勢いよく引かれ、耐える間もなく腕から離れる。次の瞬間には吸い込まれるようにネクドロの元へ弾き飛び、武骨な鉄の手がフィルの腕を掴んだ。
「貴方のことは知っていると言ったでしょう」
もう片方の手を鋭い刃物に変形させ、目を見開くセンリに見せつけるべく、だらりと下がった無防備な頭に切っ先を向ける。
そしてようやく気付く。
いつの間にか、フィルの腰には銀のベルトが巻き付けられていた。
ネクドロはそれを目で差し、
「磁石みたいなものです。直接触れなければ付けられませんので、容易ではありませんでしたが……うまくいきました」
「……なるほどね。近付いて来させるための雷撃か」
「水術を封じてしまえば、動きは限られてきます。弾かれたのは予想外でしたけれど。
――さて。これで勝ちですね」