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Night  ~Eternal friendship~  作者: karuno104
第12話 「似た者同士と似てない二人」
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12-4 暗闇の中で  -Shikyou side-

「はぁぁぁぁぁぁぁ?」


 声は、左から聞こえた。

 矢鏡はゆっくり顔を上げ、その方へと目を向ける。

 はるか頭上では、人の背丈の倍はある大きな火の玉が浮かび、かなり広い範囲を明るく照らしている。

 その外側、わずかな光すら届いていない闇の中から、声の主は現れた。


 年の頃は三十後半。二メートルは軽く超える長躯で、華月の腰より太い腕を持つ筋骨隆々の大男だった。袖がなく、首元まで隠れる暗い灰色のつなぎを着て、革製の茶色いブーツを履いている。両腕には、長く鋭利な爪が五本付いた手甲をはめている。


 男は、一本残らず逆立てたギータと同じ色の髪を揺らしながら、矢鏡に三歩近づいて足を止めた。


「なんで? なんでなんで?」


 見た目に似合わない軽い口調で言い、首を傾げる。目玉が零れ落ちそうなほど開かれた、ギータと同じ色の目を、背もたれのある木の椅子に腰かけ、分厚い本を開いている矢鏡に向ける。油断を誘う気はないのか、纏う邪気の量は上級であることを示している。


 矢鏡は本を閉じて立ち上がり、本と椅子を消すと男に向き直った。


(……罠にかけたからには、すぐに様子を見に来ると思って待っていたが――)


 要塞の主を捕らえて全ての異空間を解除させれば、華月達と、先に来ているはずの仲間を見つけやすくなる。それなら要塞が落ちるタイミングを好きに決められるし、出口を探して闇雲に彷徨うより効率的だと考えた。だからこそ、落下地点からほとんど移動することなく、こうして暇を潰していたのである。しかし――


(弱そう……)


 緊張感の無い男の様子は、少なくとも、一人で要塞を動かしているようには見えなかった。他にも悪魔がいる可能性が自然と浮かんでくる。その場合、この男を捕らえる必要が無くなるが、この空間から出た後は、仲間と合流するために幾多もの異空間が繋がる要塞の中を彷徨わなければならない。そこまで考えて、矢鏡は素直に面倒臭いと思った。軽く肩をすくめ、いつもの無感情な目で男を見返す。

 けれど、目が合ったのは一瞬だけで、男はすぐに視線を動かした。


 矢鏡の背後――

 まるで統率の取れた軍隊のように、きれいに立ち並んでいる低級達へと。


「なぁ、なんでお前ら襲わねーの? そいつ敵だぞ?」


 不思議そうな顔をして、侵入者を葬るために集めた化け物達に問いかけた。けれど応えは返ってこない。自分に従うはずの手下達は、殺気どころか唸り声一つ上げず、ただ静かに男を眺めている。これではむしろ、矢鏡の方に従っているように見える。男は腕を組み、ますます首を傾げた。


「見た感じ数も減ってない……まさか、手懐けたのか?

 でも低級どもを手懐けられるのって、海の主護者だけじゃなかったっけ?

 ってことは、オマエが海の主護者――じゃねーよな。だって、数日前に捕まえた女が海の主護者のはずだもんな」

(海……じゃあ、討伐任務を受けたのは〈万能コンビ〉か。捕まってるということは、殺し屋に囮として使われたんだな)


 へらへら笑う女ノエルの顔を思い浮かべ、不憫な奴だと哀れんだ。

 そんな、一言も発さない矢鏡のことなど気に留めず、男はまるで独り言のように話を続ける。


「じゃ、あれだ。オマエ新入りだろ、そういう能力の。オイラ結構ながーく生きてるけど、オマエみたいな主護者知らねーし」

(……長く生きてる……? でもこいつを見た覚えはない……)

「ん? 違う? 新入りじゃない?」

(――今までずっと、人間を殺さずに大人しく隠れていた可能性が高いな。それなら、最近までシンに気付かれなかったことも納得出来る)


「そっか、違うのか。じゃあ、オイラ達みたいにずっと隠れてたとか?

 あ、言っとくけどオイラ達が隠れてたのは、神に目を付けられるのが怖かったからじゃないぞ。色々武器作ってからの方が楽しめるからよ、こないだまでそっちに専念してただけだ。まぁ要塞も完成したし、武器も罠も大量に作ったし、そろそろいいかなーっつって出てきたってわけ」

(…………。聞いてもないのによく喋るな……)

「で? どう? 合ってる? ――違うみたいだな」


 全く反応していないにも関わらず、一人で勝手に納得する男。次いで顎に手を当て、しばらく考え、


「うーん…………駄目だわかんね! もういいや!」


 突然そう叫ぶと、口だけを笑みの形にする。


「言うこと聞かないなら処分すればいいだけだもんな。そうだよな、理由なんてどーでもいいよな。だって、従わないだけで、オマエの命令を聞いてるわけじゃないもんな。海の主護者がそうだもんな」

「…………」

「あーでも、殺すのはオマエが先だぞ。オマエは敵だからな。

 ――あ、そうだ、忘れるところだった。殺す前に自己紹介しないとな。冥途の土産は大事だもんな。

 いいか? オイラはブレッディ三兄弟の長男、マラクだ。覚えたか? 覚えたなら――」

「……二つ、聞きたい」


 両腕を振り上げ、臨戦態勢を取ろうとした男――マラクの言葉を矢鏡が遮る。

 動きを止め、きょとんとするマラクを、とてもつまらなそうに見つめ、


「"達"と言ったな。なら、この要塞にはお前以外にも悪魔がいるんだな?」

「よくわかったな! ってか、やっと喋ったなオマエ! 喋れないのかと思った!」


 確信していたことだったので返事が無くても良かったが、バカなのか律儀なのか、マラクは答えた。それも、何故だか嬉しそうに。

 矢鏡は数秒黙り、それから次の質問をする。


「……この要塞を動かしているのは、お前じゃないんだな?」

「あぁそうだ、オイラじゃない。要塞を操作してるのも、罠を管理してるのも、海の主護者を探してたのもヤドゥガ姉さんだ」

「…………そうか」


 矢鏡はぼそっと呟いた後、少しだけ目を細めた。そして、


「じゃあ、お前は"いらない"な」


 冷徹な声で、そう言い放った。

 マラクはさらに目を開いた。

 そんな悪魔を指差して、


「――殺れ」


 短い命令を下す。

 応えたのは――背後に居並ぶ全ての妖魔。


「は……っ!?」


 驚くマラク目掛け、低級達が一斉に駆け出した。矢鏡の横を通り過ぎ、次々と攻撃を仕掛ける。あるいは武器を掲げ、あるいは牙をむき出しにして跳躍し、あるいは四肢を繰り出し、あるいは突進する。


「なに!? なに!? なに!?」


 マラクは完全に混乱した様子で、全ての攻撃を軽やかに躱しながら同じ言葉を繰り返す。数が数だけに、反撃している余裕はないらしい。

 矢鏡は両手をだらりと下げ、悪魔の動きを目で追った。


「なにこれ!? どーいうこと!? 

 主護者は神の使いだぞ! オイラ達の敵なんだぞ!

 なんでそんな奴に従うんだよ!? ひょっとしてオマエ主護者じゃないのか!?」


 叫びつつ、マラクは闇の中へと身を躍らせる。

 その後に続く低級達。

 五秒も経たない内に、光の中にいるのは矢鏡だけになった。


(ふざけた言動の割に動きは悪くないな……)


 呑気にそう思った、直後――


 バヂィッ!


 闇の中に無数の雷が生まれ、辺り一帯に降り注いだ。その内の何条かが束となり、矢鏡を狙って突き進む。

 矢鏡は即座に杖を現し、同時に巨大な氷の壁を正面に作り出す。壁は飛び来た雷を受け止め霧散させると、パキパキと音を立て粉々に砕けた。氷の欠片が宙に溶けるより早く、矢鏡は杖の下端でとんっと床を軽く打つ。


 バヂバヂバヂッ!


 先程とは桁外れの強力な雷撃が、矢鏡の周りのみ避けて、先程の数倍の範囲をほとばしる。

 一瞬、目が痛むほど明るくなる。

 矢鏡はその僅かな間で、四方八方にどこまでも伸びる床と天井、そして左から迫っていたマラクが必死に雷を避ける姿を確認した。低級は一体残らず消えていた。

 迷わず視線と杖の先をマラクに向け、


「"銀棘ぎんきょく"」


 唱えた瞬間、矢鏡の周りに太く長いつららのような氷が二十本ほど出現し、凄まじい速さで襲い掛かる。

 マラクは両手を振り回し、手甲の爪でそれらを叩き落とした。だが、


「――ぢぃ!」


 全てを防ぐことは出来ず、内一本が脇腹を掠めた。深い傷ではないが、気にならないほど浅くもない。咄嗟に飛び退き、再び光の縁に立つ。

 その方に体を向け、矢鏡は一度杖を下ろした。


「変すぎるな、オマエ」


 言って、マラクは首を傾げる。


「主護者は特性に縛られる。特性に繋がる系統の術しか使えないはずだ。なのになんでオマエは火も氷も雷も使えるんだ? そんな特性があるなんて聞いたことないぞ?

 ――なぁ、オマエ何者だ?」

「…………」


 矢鏡はすぐには答えなかった。いや、答える気が無かった。相手がお喋りだからといって、こちらも合わせる必要などない。

 しばし経ち、またマラクが口を開く。


「……オイラと話すんのがそんなに嫌か」


 不満げに言い、それから不気味な笑みを作る。


「オマエ、強いからなかなかおもしれぇけど、それ以外はつまんねぇな。

 やっぱあっちがよかったなー。ヤドゥガ姉さんの陣地に落ちた、水色の髪の方」


 ぴくっと、矢鏡の片眉が小さく跳ねる。


「あいつの方が殺しがいありそうだったもんな。良い断末魔上げそ……」


 そこまで言って、マラクは気付いた。目だけを動かして真下を見やる。いつの間にか、腰から下が氷の塊に包まれていた。


「こんなん無駄だぞ」


 すぐさま視線を矢鏡に戻し、氷を砕こうと右手に雷を生み出す。


 ――そして、動かなくなった。


 薄い氷の板により、左右に断たれていた。

 恐らく、どうやって倒されたのか理解していないだろう。

 マラクが下を見たほんの一瞬の間に、不可視とも言える速度で板が降ってきたことを。


「思った通り弱かったし、殺し屋の獲物だから見逃しても良かったんだが――」


 呟く合間に、頭上の炎とマラクの手の雷が消え、四方に壁と四角く開いた出入口が現れる。矢鏡達は薄暗い広い部屋の中心にいた。


「――華月を狙うなら駄目だ」


 冷めた声音で言い捨てて、四つの出入口を一瞥する。四つとも、真昼のように照らされた廊下が奥に伸びているだけで違いはない。


 部屋の様子が変わった――つまり異空間が解けたことから、先程までいた場所はマラクが作ったものだとわかる。他者が作っていた場合、出口を探さなければならなかったので、倒して良かった、とぼんやり思う。


 どちらに行けばいいかわからないため、矢鏡はてきとうに、ただなんとなくで後ろの出入口に決めた。踵を返し、歩を進める。


『なぁ、オマエ何者だ?』


 部屋を出る寸前、マラクの言葉が頭をよぎる。

 矢鏡は一旦足を止め、肩越しに振り向いて死体を見た。


「…………俺は主護者だよ」


 ぼそりと呟き、それから部屋を後にした。

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