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Night  ~Eternal friendship~  作者: karuno104
第11話 「ピンチ ピンチ? ピンチ!」
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11-1 バラバラにされた仲間達  -Fill & Shikyou side-

「華月!」


 咄嗟に出来たのは、名を呼ぶことだけ。

 目を見開くほんのわずかな間に、華月は黒い塊に包まれ消えてしまった。

 静かになった廊下で、フィルは一人、呆然と立ち尽くした。


 ――想定外だった。

 罠があることはグレイヴァの話でわかっていた。だから要塞の上に来る前に、どんな罠が仕掛けられているか数多く推測していた。

 矢鏡が落とされた時点で、華月とも分断される可能性は考えていた。

 光線を撃つ塊に襲われた時点で、ここに入っても一斉射撃を受ける可能性は考えていた。

 ドアが閉まった時点で、大量の妖魔が押し寄せてくる可能性は考えていた。

 しかし――


「……今のはまさか……"ヴォーラ"?」


 それだけは視野に入っていなかった。

 エルナが発案し、ヘルが名付けた空想の術だったから。


 通常、異空間を創る時は、扉や窓などを媒体にして、出入り可能な状態にする。

 ヴォーラとは、その媒体を『何らかの方法で持ち運べるようにした空気の塊』など、不定形で壊れやすい物にし、ぶつけられた者だけが異空間に飛ぶ――という、出入り口のことだった。尚、媒体は一度当てれば壊れるくらいが理想で、異空間に閉じ込めるのが目的だという。


『出来るけど……使うことはないと思うよ……』


 その案を聞いた時、引きつった笑みでシンは言った。

 エルナは『なんで?』と首を傾げたが、そもそも異空間は位置情報が狂っているため転移では外から入ることは出来ず、転移が使えるなら別だが、出入り口が無ければ外に出るのが不可能になるし、シンであっても助けに行くのは相当難しい、と説明すると、


『なんだ……当たったら負けって感じで、投げて遊べると思ったのに』


 そう言ってすぐに納得し、二度とこの話はしなかった。

 故に、実現はしなかったのである。


「――まぁ、戦わずに僕達を排除するには、一番楽で有効な手段だよね……」


 静かに呟き、フィルはふぅっと小さく息を吐いた。次いで、軽く額に手を当て、


「……油断した。妖魔が使ってくるとは思わなかった……僕もまだまだだな……」


 言いながら、閉じたドアの方を向く。

 なんとなく見上げ、口元に笑みを浮かべた。無理矢理作ったぎこちない笑みを。


「それにしても……これは、まずいな……」


 ちらり、とフィルは左の廊下に目を移す。

 気掛かりなことはいくつかある。

 その中で、今一番問題なのは――


「華月、かばってくれたのは嬉しいけど……一人にしないでほしかったな……」


 ぼそりと呟いた直後、奥から小さな音がした。

 その方に、フィルはゆっくり体を向ける。


(落とし穴だったら、どうにかしてついていったのに……)


 視界に入るのは、延々と奥に伸びる廊下だけ。

 自分の他には何もない。何もいない。

 それなのに、音がする。

 音は規則的に鳴り続け、徐々に大きくなっていく。

 最初は小さすぎて、何の音なのかわからなかったが、数秒も経てば判明出来た。


「さすがに――」


 重い何かが床を叩き、硬い何かが擦れ合う音。


「機械用の薬は用意してないよ……」


 力無く呟いた直後、三百メートルは離れた廊下の奥から音の主が現れた。

 初めはぼやけた大きな塊にしか見えなかったが、すぐに姿がはっきりしてくる。


 色は紺。全長はおよそ人の二倍。

 小さな箱を組み合わせて作った大きな目玉を中心に、何十本もの太く長い棒が乱雑に組まれている。目玉の左右には二本の棒を捩って作ったような大きな槍が、三つに畳まれ穂先を突き出しており、下方にはくの字に曲がった八本の棒が、まるで生き物の足のように交互に地を蹴っている。


 それが、計四体。

 足の速い人間と同程度のスピードで、まっすぐこちらに迫り来る。


「無駄だと思うけど!」


 フィルは即座に、透明な液体が詰まった円筒形のビンを右手に現わし、先頭の一体に向かって全力で投げた。その後すぐに、ドアの対面に伸びる廊下の角へと身を隠し、両耳を手で塞いだ。瞬間――


 バゥンッ!


 派手な爆発音が鳴り、衝撃波とわずかな熱が体を掠める。

 それと同時に、フィルは耳から手を離し、


「やっぱ魔力強化されてるな……人間用のじゃ駄目だね」


 足音の旋律が変わっていないことを聞き取ると、すぐさま奥へと駆け出した。

 目玉の機械はドアの前に来ると向きを変え、ガシャガシャと騒々しい音を響かせながらフィルを追った。

 肉体強化を使わずとも、ほぼ全力で走れば距離を縮められることはない。術を使えば振り切れるだろうが――フィルはそれをしなかった。


(いつ仲間と会えるかわからないから……なるべく通力は温存しないと……)


 そう考えつつ、手元にクリーム色の小さな丸薬を一つ現す。迷わず口にくわえ、パキッと噛み砕く。この薬の効果は、持久力と体力を五倍にする効果を持つ。

 一応作っておいて良かった、と心底思った。

 それと同時に、真っ先に落とされた情けないディルスを恨んだ。


 もし、光線を放つ青い塊が現れた時に彼がいたなら――

 どれだけ数がいようと、あの程度ならば氷系の術かなにかで瞬時に倒せていただろう。そうすれば、どう考えても怪しい入り口から入る必要はなく、ヴォーラを受けることもなかっただろう。今のように、三人がバラバラになることは避けられたかもしれない。


 何があるかわからない、ぼやけた廊下の先を睨み、


「もー! ディルスのバーカ! 任務終わったら実験体にしてやるっ!」


 意味が無いとは知りつつも、フィルは叫ばずにはいられなかった。


 ――気掛かりなことはいくつかある。

 華月は恐らく異空間に飛ばされた。そこで何が待ち受けているかは知る由も無いが、運も実力もある彼なら何があっても大丈夫だろう。異空間に出口が無ければ閉じ込められたことになるが、少なくとも死ぬことはない。

 ディルスも華月と同様。どこに招かれ、どんな状況に陥っていたとしても、彼も死ぬことはないだろう。華月と違って運は無いが、代わりに十分な知恵がある。

 ただ、どちらも見つけられるか不安ではある。

 本意ではないとはいえ、ディルスから目を離すな、というリンの指示に反してしまっていることも気にかかる。


 フィルは一度、背後を一瞥した。

 目玉の機械は変わらぬ速さで追ってくるだけで、青い塊のように光線を放ったりはしてこない。大方、近接戦闘タイプなのだろう。どれほど強いかはわからないが、一つだけはっきりしていることがある。


 もし、どれだけ走っても廊下が続いたら――

 もし、この先が行き止まりだったら――

 もし、仲間の誰にも会うことが出来なければ――


(生きて帰れるかな……)


 息を切らせ、ぼんやり思う。

 今一番問題なのは、自分の身が危ういことだった。



 **



 一方、矢鏡は――

 自分の体がぎりぎり捉えられる程度の闇の中で、真上を眺めて立っていた。

 目を凝らしたところで、黒しか映らないことはわかっている。

 ただなんとなく、自分が今しがた通ってきた穴の方を向いているだけだ。

 華月と違って夜目が効かない矢鏡には、どれほど深い場所に落とされたのかは正確にはわからない。しかし、肉体強化を使っても、落ちた時の衝撃が相当なものだったことから、かなりの高さがあったのだと推測出来る。もし咄嗟に術を使っていなければ、間違いなく命を落としていただろう。この場所に硬い床以外何もなかったことも幸いだった。


 怪我一つしなかったことに安堵し、次いで、丁度落とし穴のある場所に立っていたという己の運の悪さに溜め息を吐く。

 あっさり罠にかかってしまった自分に、きっと華月は呆れて、フィルは怒っているのだろう――そう考え、心の中で詫びを入れた。といっても、はぐれたこと自体は気にしていない。問題は、今回の任務達成に必要な物を自分が持っていることだ。


(早く合流しないと……)


 矢鏡は左手を胸の位置まで上げ、手のひらを上にして軽く開いた。わずかに意識を向けるだけで、その上にオレンジの小さな炎が現れ、周囲をぼんやり照らし出す。

 前回の任務の時とは違い、ちゃんと術が発動したことに少しだけ安心した。例え暗闇でも肉体強化しか使えなくても大抵の相手には勝てる自信はあるが――そんな面倒なことは極力避けたい。


 矢鏡は上から右、左と順に視線を動かした。

 天井までは、少なめに見ても百メートルはある。光量が少ないためよく見えないが、通ってきたはずの穴や、それらしき跡はどこにも見当たらなかった。天井があることから、ここが部屋の中なのだとわかるが、残念なことに壁らしきものは依然として見つけることが出来ない。部屋というより空間だな、と矢鏡は思った。

 一番手っ取り早いのは同じルートで戻ることだったが――術を使ってジャンプしても余裕で届かない高さと、もし届いても天井を壊さなければならないことを考えると、別の道を探した方が賢明である。


 空を飛べない矢鏡はそう判断し、次にどこに向かうかを考えた。

 けれど、動き出そうとはしない。

 ――いや、動けなかった。少なくとも、今は。


 悪鬼。死霊。少し体格のいい人間と同程度の大きさの獣。剣や鉈などの武器を持った、倍高い背丈の骸骨。それより若干低い、土偶の首から蔓が生えたようなモノ。悪鬼を五倍ほど大きくし、斧を持たせたようなモノ。サソリにコウモリの羽を付けたようなモノ。タコのような形の植物に歪な口がついたようなモノ。筋肉と骨で作られた蜘蛛のようなモノ。太ったトカゲのようなモノ。血色の悪い人の頭。その他にも種類は多々あるが、どれも巨体で人間より小さいモノはいない。


 そんな化け物達が、矢鏡の周りを取り囲んでいた。見える範囲全てが埋め尽くされているため、どれほどいるかはわからない。数を数えようという気力も湧かない。よくこれだけ集めたな、と呑気に思った。


 妖魔達は矢鏡を睨み、殺気を放ち、攻撃を仕掛けるタイミングを見計らっていた。

 そんな妖魔達を、矢鏡はじっと見つめた。

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